おいでませ北郷亭   作:成宮

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鉄は熱いうちに打つべき
心底思う今日このごろ


可哀想だからといって餌を与えるべきではない

 

 

 膝には食べ終わったあと即座に眠ってしまった徐晃。さらさらの髪を撫でても起きる気配がなく、無防備過ぎて将来が本当に不安になる。いつか悪い男に食べられてしまうのではないのか、いっそ曹操に献上してしまうというのも、またひとつの選択肢かもしれない。確実に恨まれるだろうが。

 

「「ぐぅぅぅぅ~~~~」」

 

 しかし徐晃の眠りは存外に深いようだ。ここまで俺を探しに来たのだから、当然かもしれないが、ほっぺたをフニフニしても、肩を揺すっても、胸を揉み揉みしても覚醒の兆しさえ見えない。頼む、せめてその服を掴んでいる手を放してくれぇ。

 

 心臓がうるさいくらい鼓動する。その原因はわかっている。先程から背後から聞こえる唸り声、いや正確には腹の虫の声。

 

 それも二つ。

 

 いくら徐晃に気を取られていたからといって、ここまで近づかれたことに気づかないとは、全くの不覚であった。というか腹の音で気づくとか間抜けすぎる。もし敵対者であったならば既に囚われていたか、最悪死んでいたかもしれない。

 

「ッ」

 

 意を決して振り返ると二人の少女が涎を垂らし、こちらを羨ましそうな目で見ていた。その愛らしい表情に反して、手には共に重量級の槍を軽々と持っている。ただその点だけを見ても一般人とはかけ離れていることがわかる。

 

「・・・」

 

 最悪襲いかかってくることも覚悟したが、あれはコチラが切り出してくるのを待ち構えている顔だ。どうやら無理やり奪うような真似はする気がないらしい。それが唯一の救いかも知れない。

 

「・・・何か用?」

 

 無言を貫いているのならば、こちらから探らなければなるまい。幸い相手は人間―――言葉が通じるのならばなんとかなるはず。同種の匂いを感じさせる夏侯惇さんにだって一応話せば多少は通じるのだから。

 

「お腹減った」

 

「空腹なのだ」

 

「うん、見ればわかる」

 

「・・・お腹すいた」

 

「・・・お腹が減ったのだぁ」

 

 まるで子供のような受け答え。いや片方はわかるが、赤髪のくせっ毛の娘はどう見てもは子供という歳には見えない。どんだけ過保護に育てられたのだろうか。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 徐々に情けない顔に変わっていく二人の少女たち。ああ、もうそんな顔するなよ。

 

「あーもうっ。ほら、その手に持ってるもん置いてこっちこい」

 

 大地に自分の獲物を突き刺し、満面の笑みを浮かべこちらに近づいてくる二人。警戒していたこちらが馬鹿らしく思えてくるような、人畜無害笑み。

 

「の前に自己紹介だ。俺は北郷一刀」

 

「呂布・・・奉先・・・」

 

「鈴々は張飛、翼徳なのだ!」

 

 笑みは人畜無害そうに見えるけれど、やばい人たちだった。いろんな意味でかかわりあいたくないトップレベルの方々。機嫌損ねて一刀両断とかマジで笑えない。

 こちらも笑みを浮かべつつ、戦々恐々とおもてなしを開始する。

 

 

 

 

 

「がつがつがつ」

 

「むしゃむしゃむしゃ」

 

「うおおおお、シチューは飲み物じゃねぇぇ!!」

 

 吸い込まれるかのごとく、鍋のシチューが消えてゆく。まさかシチューは飲み物とでも言うのだろうか。

 

「・・・おか・・・わり」

 

「おかわりなのだぁ!」

 

「くっ」

 

 まるで作業が追いつかない。野菜を切っても切っても、肉を炒めても炒めても次々と消えてく。これは物量作戦に出るしかない。もはや命の灯火となっているシチューは諦めざるえない。ごめんじょこたん。

 

「さらば、シチュー!」

 

 お玉を渡し、シチューに別れを告げる。セルフサービスになった瞬間、さらに加速するふたりの食欲。張飛は豪快に、呂布は淡々と、剛と静をおもわせるその食事風景。見とれている場合ではない。稼ぎ出した僅かな隙に大鍋を仕込み始める。

 

 常備してある出汁をベースに、皮をむいた野菜をどんどん放り込む。そして豚肉、肉味噌をいれて蓋をする。あとはひたすら煮込むだけ。大味だが、それだけに旨い。

 そして鍋ができるまでの繋ぎ、炒め物。材料、調味料、残っているものありったけ使い尽くす。でなければこの猛攻防げない。

 

「お兄ちゃん、もうこれなくなったのだ」

 

「ん・・・もっと・・・」

 

 相手は未だ余裕の表情。すでにシチューはご臨終、できた炒め物を出したが、みるみるうちに山が消えていく。やはり御飯やパンがないのが痛い。おかずだけではなかなか腹は膨れない。

 

「鍋、いい匂い」

 

「おー、これそろそろ出来上がるのか?」

 

 ついに最後の砦にまで手が入る。これが最後の食料だ。

 さよなら、誰かが丹精込めて作った食材。バイバイ、研究に研究を重ねて作った調味料たち。ぐっばい、手間をかけて手に入れたとある名水たち・・・。

 数々の散った戦友たち、空になったカバンを見ている間に、勝手に鍋の蓋を開けられていた。

 

 

 

 

 

 

「・・・足りない」

 

「うー、もうないのか?お兄ちゃんの御飯、美味しいから鈴々まだまだいけるのだ」

 

 くそぅ、こいつらもうその辺の草とか鍋に突っ込んで食わせてもいいんじゃないかなぁ。未だに不満顔している二人を見ると思わずはっ倒したくなる、もちろん確実に返り討ち確定なのは明らかであるが。

 これからしばらくひもじい生活になるだろうことは想像に固くない。そんな明日以降のことを考えて憂鬱になりそうだ。一刻も早く支援を受けねば餓死しかねないだろう、特に徐晃が。

 その徐晃は俺の服を枕に未だ夢の中、ぐーすか気楽に眠ったままである。しっかりと睡眠をとることは成長の秘訣であるが、護衛一体なにやってんの?こちとら死線を掻い潜ってるんですよ?

 

「おしまい、すっからかん」

 

「ちぇー」

 

「残念・・・」

 

 無い袖は振れぬ、どんなに可愛くしょぼーんとしてもどうすることもできないのだ。

 

「そういえばこんなところに何しに来たの?」 

 

 もっと早く感じてもいい疑問。なぜこの場に呂布と張飛がいるのか。しかもセットで。

 二人共先日の黄巾党本隊の捕獲作戦に動員されていたのは知ってる。結局こちらが曹操の方に保護を求めたために空振りとなっているはず。すでに董卓軍は領地に戻り始めていてもおかしくはないし、劉備たち義勇軍もそれほど余裕があるわけではない。もしや俺を捕まえるために捜索部隊を出したのかとも考えたが、ならば少人数であること自体おかしい。少数精鋭にしては効率が悪すぎる、つまり矛盾だらけなのだ。

 

「美味しそうな匂いがしたのだ!」

 

「・・・いい匂い・・・した」

 

「なんでやねん!」

 

 二人の答えは馬鹿らしくなるほど単純だった。匂いに釣られるとか、動物か!まさか今後追っ手を撒く際には料理の匂いにも気をつけなきゃいけないのだろうか。呂布・張飛の猟犬部隊とか恐ろしすぎる。

 

「にゃはは、鈴々なんだか眠くなってきたのだ」

 

「恋も」

 

 内心恐怖でおびえている俺をよそに、二人は未だ寝ている徐晃をちらりと見たあと、そんなことを言いだした。自由気ままに寝場所を探し始める。そして張飛は一刀の太ももに頭を乗せ寝転がり、呂布は一刀の背中に寄りかかるように身体を預けた。

 

「えーと、君たち?」

 

「暖かくて、ポカポカする・・・」

 

「そっちの徐晃を抱き枕にしていいから離れなさい」

 

「いやー、お兄ちゃんの身体、美味しそうな匂いがするのだ」

 

「それはちょっと待て」

 

 背中の少女は既に寝落ちしかかっている。背中に寄りかかられ、足も封じられた動けない状況。一刀にとって、ここまで有無を言わせず押し切られるのも珍しい。それほど自然に二人の少女は内側へと入ってきた。

 

 飯を食べさせただけの男のどこに信頼したのだろうか。

 

 太ももには張飛、背中には呂布、すぐ手の届くところには徐晃。一騎当千のタイプの違う美少女が三人、なんとも恐ろしい状況である。できることならばすぐさま脱出したい、が服を捕まれそれもできず。

 

「もうどうにでもなれ・・・」

 

 すやすやと眠りに入る三人を見て、もちろん邪な気持ちなんぞ欠片もわかず、穏やかな陽気に身を任せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「ああよかった。カンが鈍ったわけではないらしい」

 

 そこらじゅうから感じる悪意の視線を受けて、目を覚ます。気持ちの良いまどろみは霧散し、ねっとりした気持ちの悪い感覚が身体にまとわりつく。

かなりの距離はあるが、囲まれているようだ。

 

「うはぁ、団体様っすね」

 

「ん?おはようさん」

 

 そばには目覚めた徐晃。向こうに気づいて目を覚ましたようだ。

 

「てゆうか誰っすか、その人たち。なんでてんちょに密着してんすか?!私が寝てる間に浮気っすか?!」

 

「浮気ゆうな。というかむしろなぜ起きなかったし」

 

 逆ギレ、あれだけ騒がしかったのに一向に目を覚まさなかったくせにコイツは一体何言ってるんだか。それより眠っていた二人が覚醒するようだ。

 

「なんか、気持ち悪いのだ」

 

「・・・・不快」

 

「なんかそれ、俺が言われてるようでなんか気分悪」

 

 呂布、張飛二人共、目をこすりながら開口一番気持ち悪いだの、不快だの。確かにこの感覚は、いいものではないがこっちに向けて言わないで欲しい。

 

「あはは、てんちょいい気味っす。ほら、誰か知らないけどいつまでもくっついてないで離れるっすよ」

 

 さりげなく徐晃が二人を引き離した。4人揃って固まった体をほぐすように背伸びをする。骨が小さく鳴る独特の感覚、体が軽くなる。

 

「おっと挨拶が遅れまして。徐晃っす」

 

「鈴々は張飛、なのだ!」

 

「恋は呂布・・・」

 

「マジっすか?!」

 

 慌てて徐晃が視線を向け、答えるように頷いた。今回、史実のような黄巾の乱になっていない以上、呂布や張飛の勇名はあまり広がってはいない。しかし未来を知っている俺は、徐晃に覚えている限りの要注意人物のことは伝えてある。その中でもこの二人は最上級といっても過言ではない。

 

「うへぇ、まさかまさか。てんちょもよく頑張ったみたいっすね」

 

「犠牲は大きかった」

 

 食料とか食料とか食料とか。

 

「あー、シチューがなくなってる?!」

 

「だけでなくなんもないぞ。文字通り食べ尽くされた」

 

「あはははは・・・」

 

 徐晃のこの世の終わりを見たかのような泣きそうな表情に、張飛は多少申し訳なさそうな表情を浮かべ、呂布はそっぽを向く。

 

「あーもうなんなんっすか。ひどっ、てんちょもどーしてっすかぁ?!」

 

「落ち着け。また作る、近いうちに作ってやるから」

 

「ぜーったいっすよ」

 

 食材を集めるところからかなり時間がかかるだろうけどな、と心の中でつぶやく。そう、手軽に手に入るものでもないから、時間がどうしても掛かってしまうのだ。つくづくスーパーとかコンビニのない不便さに嘆いてしまう。まぁ袁家の支援があるだけまだましな状況にはなっているのだろうけど。

 

「そ、それよりなんなのだ。鈴々のお昼寝の邪魔するのは誰なのだ」

 

「あれって黄巾党の奴らじゃないっすかね。あいつらって吸収されたんじゃなかったでしたっけ」

 

 一般的な視力しかない北郷一刀にはまだ見えない。だが常識を外れた彼女たちには見えたようだ。その服装からして正体が。

 

「ああ、ほとんど、な」

 

 徐晃の言うとおり、彼らの大半はどこかの勢力に吸収されている。そして先日最後の本隊も曹操に吸収された。そのことから導き出される答えは一つ。

 

「残党、だな。天和たちに従わなかった生粋の賊ってことだ」

 

「うわちゃー。迷惑な奴らっすね」

 

「だな。せっかくの努力を無下にして・・・」

 

少しでも被害を減らそうと策を巡らせたのに、甘い蜜を吸いたいバカが大暴れをする。そしてそいつらのせいで投降した奴らの風当たりも悪くなるだろう。最悪、本当に最悪だ。

 

「こっち・・・くる」

 

「おー、結構数いるっすね。ひーふーみー、おおー、500はいるんじゃないっすかね」

 

 眠たげだった瞳がしっかりと開かれる。ああ、あいつらは運が悪い。

 

「うざい・・・潰す・・・」

 

「にゃはは、気持ちよーく寝てたところを起こされて、鈴々ちょっとイラっときたのだ」

 

「これって所謂正当防衛って奴っすよね。4人を500人くらいが襲いかかろうとしてるんっすから。しかもこんな気持ち悪い視線を向けて、本当に最悪」

 

 ようやく彼らの姿が見えてきた頃にはこちらは準備が万端。戦意に満ち溢れ、三人はやる気満々といったところ。そしてあちらも完全にこちらを舐めきった様子。その顔には下品な表情を浮かべ、もしかしたら既に脳内であんなことやこんなことを始めているのかもしれない。

 

「まぁいいんじゃないかな」

 

 もはや黄巾党だったからといって彼らを助ける義理は、北郷一刀にはない。チャンスはあった、しかしそれを活かすこともしなかった。そしてよりにもよって手を出してはいけないところに手を出した。

 

 呂布、張飛、徐晃。歴史的に見ても類を見ない圧倒的な武力を持つ彼女たち。

 

「おい、てめぇらおとなしくしてれば命だけは助け」

 

 間抜けそうな下っ端、のこのことこちらに歩み出て、お馴染みの決まり文句。全部聞いてやるほど、彼女たちは優しくはなかった。

 最初に手を出したのは徐晃。鍋・・・元々シチューの入っていた鍋は徐晃の尋常じゃない脚力によってけり飛ばされ、形を変形して尋常じゃないスピードで下っ端を直撃した。鈍い音と共に男は崩れ落ちる。

 

「あ、すみませんっす。長そうだったんで」

 

 全く悪びれることもなく下っ端の男に向けて徐晃は歩み寄ると、そのまま蹴り飛ばした。男は高く飛び上がり、突然のことに阿呆面で固まっていた集団に突っ込む。あまりに非現実な光景、そしてそれを作り上げたのは少女といっても過言ではない。

 

「おー、徐晃すごいのだ!」

 

「何言ってるんっすか。どーせ張飛ちゃんもできるんでしょ」

 

「にゃはは」

 

 張飛はただ笑うだけ、言われたことに否定をしない。明らかに体格に見合っていない自らの得物を軽々ひと振りしたあと、ニシシと笑うだけ。ここにきてようやく彼らは状況を理解し始めた。そう『俺たちの人生ヤバ過ぎ・・・』と。

 

「呂布さんも、できますよね」

 

「どうでも、いい・・・」

 

 呂布から発せられる身も毛もよだつ殺意。そして怒りをぶつけるように得物を大地に叩きつけた。

 大きな音とともに大地が文字通り、割れる。

 それが合図であった。まるでパニック映画のように慌てふためき、逃げ出す黄巾党ら。深い目的もない、ただ適当に奪うためだけに寄ってきた彼らが、ここで命をかける意味はない。阿鼻叫喚になりながら彼らは新たにトラウマを刻み込んだ。

 

「あーあ逃げちゃった。つまんないっすね」

 

「・・・もう一度、寝る」

 

「うー、鈴々目が覚めちゃったのだ。つまんないのだ」

 

 彼女たちは言いたいことを言って、漲らせていた戦意を解く。その場に残ったのは徐晃、呂布、張飛、そして崩れ落ちた北郷一刀。

 

「あ、あれ?てんちょ、どーしたっすか?」

 

 一刀の突然の奇行に慌て出す。結局追い払っただけで怪我一つ負っていない、にも関わらず手をつき、うなだれる一刀の弱々しい姿。こんな姿、見たことない・・・

 

「―――」

 

「え、なんっすか?」

 

 何かを言ったように聞こえたが、小さすぎて分からない。徐晃に読唇術の心得はなく、仕方なく聞こえる位置まで耳を近づける。

 

「―――鍋」

 

 思わず飛び退った。まるで刃物を首筋に添えられたかのような本能的な恐怖。そして本能のターンが終わり、理性のターンがやって来る。そしてその単語の意味を理解し、サーっと血の気が引けた。一刀の視線の先には凹んだ一刀愛用の鍋。つまりそういうことだ。

 

「徐晃」

 

「は、はいっす!」

 

 思わず背筋を伸ばしてしまう。本能がとにかくやばいと警鐘を鳴らしている。だが金縛りにあったかのように体が動かない。

 

「なにしたか、わかってるか?」

 

 恐ろしくて、一刀の顔が見れない。思わず助けを求めようと呂布、張飛の方向を見ると、既に先程までいた場所から大きく離れていた。

(う、裏切り者ー)

 我関せずとそっぽを向く二人。実際裏切り者でも何でもないわけであるが、ひとり取り残された身としては思わずにはいられない。

 

「そうか、そうだよな。最近少し甘やかしすぎたんだよな。だから平気でこういうことしちゃうんだよな」

 

 何やら一人で納得する一刀。

 

「あはははは、てんちょ、ごめんな―――」

 

 徐晃の謝罪は言い終わることもなく、一人の修羅が降臨した。

 

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