「んー、気持ちいい・・・」
適度な暖かさが、固まった全身の筋肉をほぐしていく。今までの疲れがお湯に溶けていくようだった。
一刀は一人、徐晃らが寝ている場所からそう遠くない場所にあった天然温泉に入っている。地元の人間がよく使うのか、きちんと整備されたそこはゴミが浮いていることもなく、気分が良い。時間帯が夜であったならば、月を眺めながら一杯、もしくは風呂上がりにキンキンに冷えたビールが欲しいところである。どちらもないが。
「ふひぃー。あーこれからどうしようかなー」
西か、東か。内陸部では魚介類などは高価であり、新鮮なものなどは存在しない。日本人である一刀にとって、久々に海の幸が恋しくなってきた。そして逆に西方の食材、シルクロードを通ってくるものにも興味がある。中国にはない、西欧特有の食材は滅多なことでは手に入らない。
「まぁ今回は西かな」
邑で拾ってきた馬岱、すぐさま他の三人と打ち解けられるのはリア充もとい才能だと思う。特に予想通りというか、徐晃とはすぐに仲良くなれたようだ。野外でのBBQはまさに弱肉強食と言わんばかりに激しい戦いが執り行われ、しっかりと強者と弱者に別れ、その弱者たる徐晃と馬岱は傷を舐め合うかのように急接近、いつの間にか遊びに行く約束までしていた。ちなみに一刀は調理人特権ですでに自分の分は確保済みである。終盤それすら狙われていたが。
「しかし、最近はちょっときっついなぁ」
黄巾の乱に半ば巻き込まれ、曹操に追い詰められ、3人の大きい子供の面倒を見て、今日はトラブルメーカーも釣り上げた。わずかの間にイベント発生しすぎで精神的にも肉体的にもしんどい。
一刀は張三姉妹を皮切りに短期間に歴史上の有名人と鉢合わせしすぎていることに、一抹の不安を感じていた。この広い大地にまるで導かれるかのごとくエンカウントしていく彼女たち、確かにこれまでにも多くの人びとと出会いを重ねてきたが、それは多くはこちらからあえて行動を起こしたからであってこうまで立て続けに受身に回らされたことはなかった。
「そういえば多くは黄巾の乱から始まってたっけ」
三国志を題材にした物語の多くは、黄巾の乱を出発点に物語を進めていく傾向が強い。それは乱世の幕開けを象徴していたから、なのだろうか。そこから多くの英雄たちが舞台に上がり出す。
「まぁなんにせよ、しばらくはゆっくりしたいよなぁ」
どこか腰を据えて落ち着いてみるのもアリかもしれない、徐晃には悪いけれど。とりあえず今はこの湯でゆっくりしたかった・・・のだが。
「みつ・・・けた」
後ろから聞こえた声、そしてゴソゴソと布が擦れる音。思わず反応し振り向いた先にはちょうど下着を脱ぎ終えて全裸になった女性。均衡のとれたボディに玉のような褐色の肌、そして刺青。
月に照らされたその神秘的な姿に、思わず息を飲んだ。
見惚れ、固まっている一刀をよそに、そのまま流れるようにゆっくりと呂布が温泉につかり、ゆらゆらと一刀の隣へと収まった。
「あ、え、う?」
「・・・?」
動こうとしない一刀を不思議そうに眺めたあと、温度のためか、ほんのりと頬を染め、こてんと可愛らしく首を傾ける。やがて見飽きたのか、気持ち良さそうに目をつむり、ほっと息をつく。
なぜ彼女がここにいるのだろうか。混乱した頭で考えても大したことは浮かんでこない。ただわかるのは自分は嫌われていないことだけ、だろうか。でなければ同じ湯につかることなんて到底できやしないだろう。
呂布が顔の辺りまで湯に浸かり、その艶かしい身体が見えなくなったことでようやく視線をはずすし、背を向けることができた。今更ながら阿呆ヅラを晒してしまったことが異様に恥ずかしい。
時間にして数分だろうか。一刀はようやく激しい動悸が収まり落ち着いてきたところで、ひとつの質問を口にした。
「呂布さんにさ、一つ聞きたいんだけど」
「ん・・・」
「食べ物と武器、どちらかしか手に入らないとしたら。どっちとるかなって」
今まで感じていた疑問、彼女は一刀が知っている呂布奉先なのか、それとも全く別の存在なのか。後世にまで悪名轟くその裏切りの人生、目の前のこの少女からはそういった悪意の気配は感じられないが、それでもその武は本物と賞賛してしかるべきものがある。いつその無垢な瞳が獰猛なものに変わり、こちらに牙をむくのか、そっと息を潜めて観察してきた。
しかしわからない。共に食事をとり、肩を並べ歩き、身を寄せ合って眠り、裸の付き合いをした。でも彼女が何を思い、なにがしたいのかはわからなかった。だからいまこの裸の付き合いをしている時に聞けるのではないか、と思った。
「恋は」
「恋は皆と一緒に美味しいご飯が食べれて、ゆっくりみんなと日向ぼっこして・・・うん、ずっと、ずっと皆と一緒にいたい・・・」
零れたのは、少女の切なる願いであった。しかしそれは決して叶うことのない願い。この戦乱の世は彼女ほどの力を持った一騎当千なるものを放って置くはずもなく、いやがおうにも巻き込まれていくだろう。否、既に彼女は董卓軍の一人、ここにいること自体がおかしいのだ。
「そっか、・・・そっか」
その呂布の言葉に、一刀の胸につっかえていたものが、ストンと落ちたように感じた。嘘だと微塵も感じられなかった。
ふっと背中に重さがかかる。後ろから抱きつく、呂布のコミュニケーション。互いに裸だというのにいやらしい気持ちはわかず、暖かい、安心感があった。
「恋でいい。そう、呼んで欲しい」
互いに無言が続く。その場は時折吹く風と吐息、わずかな波の音だけの空間となった。
馬岱の怪我の様子見、ということで小屋に滞在していたある日のことだった。買い物に行けなくなった一刀の代わりに渋々、仕方なく、どうしようもなく、苦渋の決断をした結果、徐晃が邑に材料を求めに行った帰りのこと。
「くっくっく。いやぁちょろいっすね」
買い物袋を手に、徐晃はごきげんであった。その袋には本来よりもずっと多い食料の数々、徐晃が行った成果物。商売人における男性の割合は高く、可愛い子ほどおまけがもらえるのはこの時代にも通じるものがある。一刀は交渉によって本来のものよりも多く、格安に手に入れる術を身につけているが、徐晃は自らの可愛さ、相手のツボを熟知し巧みに値引き、おまけを引き出す。
では何故一刀はそんな徐晃が買い物を行うことに難色を示すかというと、彼女の手によっていくつもの商売人が崩壊の危機を迎えたという経緯があったためだったりする。嫁がいれば家庭を崩壊させ、より徐晃の歓心を買おうとした商売人は競って値引き、おまけを付け出し手痛い出費を強いられ、気づいたときには経営が崩壊している。
一刀が気づいたときには、いくつもの馴染みの店がひどい状況になっていた。そして原因を突き詰めると徐晃に行き当たり、以降よほどのことがない限り徐晃に頼ることをしなくなったのである。
当の本人である徐晃はそのことに対して不満を持ちつつも、これは一種の一刀の独占欲の表れ、とかポジティブなこととして受け止めている。でも見ていないところではやめる様子はみられない。
「―――うわー・・・でかいっすねぇ」
そんな意気揚々と戦利品片手に歩いていた徐晃の視界に、遠目から見ても黒髪の美しいおっぱいさんがいた。ちょこちょこ邑の人に話しかけているようだったがすぐに逃げられているようである。それもその筈、その手には馬鹿でかい得物を持って話しかけているのだ、普通の人ならどんなに美人でも近寄りたくはないだろう。一刀も徐晃も基本は客商売、ゆえに基本無手を念頭に置いている訳は相手に余計な警戒心を持たせないこと、それに尽きる。たとえ戦いになったとしても相手の油断を誘えるし、身軽な分逃げられる可能性も高くなる。
「くぷぷぷぷっ、まーた避けられてるっすね。気づいていないのか、それとも気づいた上でやってるのか、てんちょが言ってた残念美人っていうのはああいう人のことを言うんっすねー」
一刀の残念美人の括りに、自らも入れられていることを理解していない徐晃である。気がついたとしても、一刀に”美人”と付けられ喜ぶかもしれないが。
そしてわずか見守っていただけで既に5人もの人に逃げられた美人さんは、こちらの視線に気がついたのか、近寄ってくる。心なしか足取りが力強いのは気のせいだろうか。
「そこの方、少しいいだろうか」
「あ、すみません。自分買い物の途中なんでこれで」
厄介事は避けろ。傍から見てる分は面白くても、自分に降りかかるのはつまらない。だが、一歩遅かったようだ。
「いやいや、少しぐらいいいだろう。なぁ私を見続けていた時間があるのだから」
ぐっと肩を掴まれる。それなりに力を入れているようで、結構痛い。恐らく服の下では赤くなっているだろう。ああ、てんちょに嫁入り前なのに傷ついたらどうしてくれるのだろうか。
「ちょっと痛いっすよ。私だからいいものの、普通の人なら骨折するくらい力込めてるっすよね、傷でも残ったら同責任とってくれるんっすか」
「あ、ああいや、そのすまない。何故だか少しイラッときてしまってな」
ちょこっと脅かしただけですぐさま頭を下げた。頭が固い、正直すぎる、根っからの善人、いいおもちゃ。うん、蒲公英ちゃんにいいお土産ができそうだ。てんちょに布団に縛り付けられて退屈していたから、いい暇つぶしになるだろう、やりすぎて命の保証はしないけど。
「いえ、こっちもちょっと言いすぎたっす。ごめんなさい」
困った顔で謝りつつ、内心微笑む。てんちょがいっていたポーカーフェイスはお手の物、それくらいできなきゃ北郷亭でウエイトレスなんて務まらない。
「それで、なんでしたっけ?」
「ああ、ちょっと人を探していてな、赤い髪の・・・」
どうやってこの人を連れて行こうか、と思案している最中黒髪おっぱいさんから聞く探し人。運命って怖いっすねーと再度心の中でほくそ笑んだ。
「てんちょ、ただいまっすー」
一刀が小屋の外で切り株に座り、木彫りのコップなんてちょっと洒落たものを作っていると元気に徐晃が帰宅したことを告げる声が聞こえてきた。とりあえず無事に帰ってきたようだ、あとは問題を起こさず、きちんと食材を買えたかどうかだが。
「そちらはどなたさん?」
顔を見せた徐晃の隣に、一人の少女が付いてきていた。その少女を認識した瞬間、背筋に得体の知れないものが走った。見たことはない、だが誰だか知っている。黄巾にいたときに噂になっていた英傑の一人、姿も一致している。
「私の名は関羽という。ここに張飛がいると聞いたのだが」
ええ存じておりますとも、この日をどれだけ待ち望んだか。一刀は視線で徐晃にGJと送る。徐晃はそれを完璧なウインクで返した。
「関羽さんですか、失礼ですが、張飛ちゃんとはどういったご関係で?」
義姉妹、ですよね。劉備、関羽、張飛の誓いはこの世界でも有名な話だ。美談は人を惹きつける。義勇兵にはその話を聞いて参加した、という人もそれなりの数に登るであろう。それだけ風評をいうものは人の心を大きく左右する。
「む、そうだな。強いて言えば保護者といったところだろうか」
「なるほど、さぞ張飛ちゃんが心配だったでしょう」
「はぁ、鈴々のやつ急にいなくなって。桃香様がどれだけ心配していたか。しかしこちらで保護していただいたようで助かりました」
「いえいえとんでもない。いい子でしたよ、元気すぎるくらい」
「面目ない・・・」
その姿が想像できたのだろう、うなだれる関羽。呂布といい関羽といい、そのしょんぼりと肩を落とす姿のなんと可愛らしいことか。史実通りの男ならからかった時点で、萌える萌えない以前に叩き切られていただろうが。
「ではちょっと待っててください。今呼びますから」
そう言って小屋の方に視線を向ける。抜け出していなければ張飛ちゃんは呂布や馬岱と共にお昼寝の真っ最中だろう。歩みを進めると、同じく後ろから関羽と徐晃がついてきた。
そっと戸を開ける、そこには馬岱を真ん中にして川の字に張飛と呂布。あどけない寝顔を惜しみなくさらし、その姿を見て思わす笑みがこぼれる。天使の寝顔とはまさにこのことだろう。徐晃ではこうはいかない、残念が混じってるから。
「てんちょ、何も言わなくていいっす。あとで一発殴らせてくれれば」
「お前は何を察したんだ」
勘が良すぎる徐晃はそっとしておいて、張飛の傍まで行って肩を優しく揺する。
「んにゃ?」
上半身を起こし、まだ眠たそうに目をこする。とろんとした視線は、まだ焦点が合っていないようだ。
「おはよう、お迎えが来てるよ」
そう言って関羽に視線を向ける。張飛の瞳に徐々に理解の色が浸透していく。視線を合わせる二人、一方は元気100倍の笑顔を、もう一方はやれやれと苦笑いを。
「張飛ちゃん、お母さんが迎えに・・・」
一刀が張飛に向けてそう言い切る前に、関羽から拳骨が放たれた。
「まて、私はまだそのような年齢ではない!」
関羽は内心思わず手を出してしまったことに後悔しつつも、叫ばずにはいられなかった。武芸に身を捧げ未だに恋などもまともにしてこなかった自分が、鈴々くらいの子供がいるような年齢に見られたというのは許しがたいことであった。
「関羽さん、痛いです。あとけが人が寝ているのでお静かにしてもらいたいのですが」
「そ、それはすまなかった。しかし!」
「だーかーら、静かにするっす。ほらそこの子達が起きちゃうっすよ」
「うぐぐ、でも」
「お前、うるさぃ・・・」
「なっ、私が、私が悪いのか?!」
「うふふっ、私もおねーさんの声で目が覚めちゃったしぃ。どーみても悪いと思うよ?」
まさに四面楚歌。出すこと出すこと全て周囲の人々から反論される。目の前の鈴々も役には立たず、わけがわからないといった表情でこちらを只見つめるだけであった。
いつの間にか全員が目を覚まし、関羽に非難の視線を向ける。特に呂布はそれなりにイライラしているようだ。関羽VS呂布、虎牢関よりも先に夢のカードがいま実現するかもしれない。ちなみに馬岱は狸寝入りをしていたようで、この小屋に入った直後から様子を伺っていた。弱いゆえの高い危機察知能力、ではなく、なんか気配がして目を覚ましたら面白いことになりそうだったからとりあえず乗ってみた、という感じである。
「先ほど保護者とおっしゃったので、てっきり」
「わ、私が子持ちに見えるのか?!」
「・・・人は見掛けに拠らないといいますし」
「目をそらしながら言うな!」
見た目に反している人などこの世界ではざらである。具体例を上げればキリがないというか命に関わるため伏せるが、とある太守さんなんかは一回りも年上であったり、更には子供までいたりする。つまり関羽の子供が張飛なんてことが確実にないとは言い切れないのである。
関羽は自分が小馬鹿にされているのを自覚しつつも、上手く切り返すことができない。生真面目な性格が災いし、こういったことへの対処ができないのであった。もしこの場にいたのが趙雲であれば華麗に乗り切ったであろうがその人物は今ここにはいない。むしろ関羽とともにいたとしたら、周囲に同調してからかってきていただろう。
「にゃははは、愛紗が鈴々のおかーさんなんて御免こうむるのだ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「・・・お前、黙れ」
「くっ、なんだこの威圧感はっ!」
すぐ間近で発せられた威圧感に思わず全員身構えた。これほどまでのモノ、今まで味わったことがない感覚に、関羽の背中から冷たい汗が流れる。
一触即発、そんな空気がこの場を支配し、誰がその均衡を破るのかと思われた、が。
「はい全員抑えて抑えて」
頭をさすりながら、一刀が間に入った。唐突に霧散する緊張感、一番ホッとしたのは馬岱であった。呂布、関羽、張飛、徐晃と名だたるメンバーの中、自分がもっとも弱者であろうことを自覚している馬岱は、怪我も相まって逃げることすら叶わなかっただろう。呂布の沸点の低さを甘く見た結果であった。
「呂布さんも馬岱ちゃんも悪かったね。すぐに連れ出すから」
そういって一刀は張飛と関羽の首根っこを掴んで立ち上がった。そして抗議の声が上がる前に立ち上がった勢いを利用して放り投げた。
「なっ!」
「にゃにゃっ」
あっけなく投げられた二人は揃って驚きの声を上げる。いくら女子供とは言え、人はそう簡単に投げられるものではない、普通ならば。しかし彼女たちならば、大の男であっても軽々と弾き飛ばすことができるだろう。では何故彼女たちは驚いたのか、正確に言えば彼女たちが驚いたのは、自分が油断していたとは言えこうもやすやすと投げられたから、である。
屈辱、特に関羽の視線はより厳しく一刀に向けられることとなった。
「ほら、怖い顔しないでさ。ほら、外で建設的な話でもしようよ」
「・・・一体何者ですか、あなたは」
「何者もなにも、ただの料理人ですがなにか」
「巫山戯てるんですか?」
「とんでもない。でしたら後で何か作りましょうか?」
「愛紗、おにーちゃんのご飯は美味しいのだ」
まるで自分のことのように嬉しそうに語る張飛。関羽はその笑顔に毒気を抜かれたのか、苦笑いしながらため息をついた。
「いいでしょう、あとでご相伴にあずかります」
「んじゃちゃっちゃと外に出たでた。徐晃あとヨロー」
追い出すように一刀は二人の背中を押す。微妙にその扱いに納得いかないような表情を浮かべながら関羽と張飛は先に小屋を出て、その様子をきちんと確かめたあと、一刀と徐晃は笑い合う。
「あいあいっす。しーっかりふんだくってくださいね」
「任された」
先に外に出ていた姉妹には、今の不穏な会話は聞こえない。あくどい笑みを浮かべた一刀と徐晃を見ていた唯一の証人である馬岱は、ご愁傷様と誰にも聞こえないような声で呟いた。
「な、な、な、なんだその金額は?!」
「そりゃあれだけ食べればこれくらいいくよ。さあきっちり払ってもらいましょうか」
耳打ちした金額に、関羽の顔が真っ赤になる。それはそうだ、小さな家くらいならば買えるような金額を張飛は使い潰したのだから。
「おかしい、こんなことって・・・」
「現実ですよ」
がくりと大げさにうなだれた関羽の肩を優しく叩く。俯き、ブツブツとなにやら物騒なことをつぶやいている彼女はとてもヤバげなので、いつでも飛び出せるように影に徐晃を配置している状況、だが面白い。お勘定が支払えなくてうなだれる関羽とか、関羽に苦しめられた有力武将からすれば爆笑ものであろうこの光景。是非写真などで脅しネタとして保存しておきたいが残念ながら叶うことはない。
「愛紗、どーしたのだ?」
「そもそもお前が全部悪い!」
「にゃ、い、いふぁいのらぁー」
怒りで顔を真っ赤に染めた関羽が、張飛の柔らかそうな頬を両手で引っ張った。張飛は必死に抵抗しようとするのだが、いかんせんリーチが足りてない。普段武器で補っている分には問題ないのだろうが、素手の今は戦闘力が激減している。戦場の外で張飛を狙うというのは史実通り正攻法と言えるのかもしれない。
下手に手を出してこちらにまで害が及ぶのが嫌だったため関羽が大人しくなるのを待つ。わずかな時間であったか、それともそれなりの時間だったか、正確な時計がないためわからないが、見ている分には飽きない関羽の奇行を十分に楽しんだところでようやく熱が冷めたのか、関羽は襟を正してこちらに向き直った。
「うちの愚妹が大変迷惑をかけた。その、代金の方なのだが、大変言いずらいのだが」
「そんな余裕はない、ですよね」
地盤もなく、金食い虫である軍隊を持つ劉備たちにそんな余裕などありはしない。そもそもこの時代に義勇軍を作り、ほかの諸侯と肩を並べられるような活躍をできることがまず異常なのだ。たとえ後ろ盾があったとしても、張飛一人の食費として経費で落ちるはずがない、たぶん。
「ではここは王道、身体で返すというのはどうでしょう」
「身体・・・?」
一瞬の間の後、関羽は今度は別の意味で真っ赤になった。張飛はお子様だからかイマイチ意味がわからないようで、首をかしげていた。
俺としては別にエロい意味で言ったわけではないことをはっきりと明言しておく。確かに魅力的ではあるが確実に破滅への第一歩を踏みだすことこの上ないだろう。脱げ、程度のセクハラで頭と胴が離ればなれになってもおかしなことではない、とすら思ってる。では身体で返すの意味は、そりゃ護衛とかそっちの意味であろう。常になくとも関羽という鬼札を必要な時に使える意義は大きい。
いやここはむしろ曹操に売っぱらってしまうというのもひとつの手か。そうすれば曹操に多大な恩を売れるし、こちらを狙うこともなくなるかもしれない。いやだが劉備が伸び悩み、曹操の天下になってしまえばいずれ逃げきれなくなることも必至。だが将としての能力的にも申し分なく、見た目的にも曹操のどストライク。史実でも様々な手を使って手に入れようとしてたし、交渉次第でなんとかなる可能性も。
一刀がそこまで思考を巡らせていたとき、ようやく彼方に思考を飛ばしていた関羽が戻ってきた。
「いや、そのさすがに身体というのはちょっと」
「はぁ、ではどうするおつもりで?」
「う、ぐ、ぐぐぐぐぐぐっ」
歯をくい縛る。いやならば突っぱねてどこへと逃げればいいものの。借用書があるわけでもなし、知らないふりをしてしまえばいいのにできないのは、噂を気にしてか、それとも律儀な堅物ゆえのプライドの問題か。
そろそろここいらで妥協点を出すべだろう。あまりに追い詰めすぎると後が怖そうだ。
「では今回は貸しということでどうでしょう」
「貸し、ですか」
「ええ。いずれあなたが偉くなったら、たーっぷり利子を付けて返してもらうというのはどうでしょうか」
「そ、それならば」
先送りといってもいい一刀の言葉に、関羽はしかめっ面を笑顔に変える。劉備の夢のことを考えればすぐにでも戻らなければならない現状、先の見えない未来のことよりも現在の事の方が優先事項であった。それに運がよければこの青年がこの約束のことを忘れている可能性、場合によっては果たせないことすら考えれば決して悪い賭けではない。それに新しい条件、関羽が偉くなればというところ。劉備の夢を叶えるならば関羽が偉くなる必要性はない。つまり払う必要性はなくなる。
というような独自理論を瞬時に展開した関羽は即座に承諾した。
だがさらに上、未来を知っている一刀は内心ほくそ笑んだ。関羽が上へ行くことはほぼ確実、そして貸しということは具体的な内容が決まっていない。つまり応用が利くということにほかならない。関羽の性格から律儀に守ることは確か。一刀は関羽達が見えないところでガッツポーズをしたのだった。
いろいろ書いては中途半端なところで終わるというのを繰り返してる
このままじゃダメだと思いつつ、難しい