ハッ! 失礼、欲望が流出してしまったようだ。
心なしか長かった気がする。
P.S
全く関係ないが、落第騎士の英雄譚十五巻発売中
そのせいか、昨日何故かルシード・グランセニックっぽい主人公が活躍する二次の夢を見た。誰か書いてくれ……。
エリカの住まうマンションに訪れた万理谷祐理。彼女が語るは四年前にオーストラリアで行なわれた「ジークフリート招来の儀」。そこで行なわれた非道を聞いて、座して待つほど護堂が温厚な性格をしていなかった。
嵐の中、護堂を含む四人は万理谷と共に同行していた。甘粕の運転する車に乗り込み、戦場となっている東京の青葉台に向け、車を走らせていた。
「平和主義者って看板を下ろす日もそう遠くない日なのかもしれないわね、護堂? まあ、護堂のは元々エセが付くのだけれど」
「エセじゃない! 本当の平和主義者だ! ……それにあんな話を聞いて黙っていられるか」
からかうエリカにぶすっとした表情で応える護堂。万理谷祐理は護堂にとって大切な友人だ。そんな彼女がヴォバンの身勝手な欲望のために危機に晒されているなど到底許せるものではない。
「護堂さん……」
そんな護堂に心痛めるような表情をする万理谷。彼女は他人を大事にするためか、我が身を余り省みない悪癖を持っていた。自身の所為で同世代、それも神殺しとはいえ親しい友人を戦場に送ることが、申し訳ない無さが良心を痛める要因となっていた。
「しかしまあ、とんでもない被害ですね」
三者三様、今回の件に護堂が絡むことに対し、護堂含め様々な意見が出る中、運転手を務める甘粕はチラリと窓の外に目を向け呆れたような感想を洩らす。現在、首都高速渋谷三号線。ヴォバンが呼び込んだ台風の所為か車通りは全くなく……首都高から見下ろす光景は凄惨なものであった。
暴風に吹き飛ばされていく看板。それなりの年数が経っていそうな家屋は半壊しており、ビルの窓ガラスは叩き付けるような雨風に一部割れているのが見える。さらには工事現場から吹き飛んできたのか鉄棒が建築物に刺さっていたり、車が横転して家に突っ込んでいたりと酷い光景が広がっていた。
「お恥ずかしい話、『女神の腕』に助けられた形ですねえ。青葉台近隣の人々は私たちが対応するより早く退去済み。とはいえ、《正史編纂委員会》の行動よりも早くに対応されるとそれはそれで組織の威信がどうだのという問題が発生するのですが……」
「へえ、やっぱり『堕落王』と《正史編纂委員会》は全く同じ行動をしているわけではないのね?」
甘粕の一言にキラリと狐の聡さもかくやという風に目を光らせて反応するエリカ。彼らの関係が同盟に近いとは知り合いの《民》の魔術師を通して知っていたが、実際の組織の人間が言うこととではやはり確信の度合いが違う。
「どういうことだ?」
「簡単よ。二つの組織は足並みこそ揃えているものの、主導権はやはり『堕落王』にあるということよ」
問いかける護堂にエリカが応じる。
「今回の件、《正史編纂委員会》と『堕落王』では行動に時差があるわ。私がヴォバン侯爵来日の件について知ったのは今朝の話。そして私がヴォバン侯爵を知る頃にようやく《正史編纂委員会》が動き出しているのよ。でも、この大嵐……ヴォバン侯爵が保有する嵐の権能『疾風怒濤』によるものと思われる天候異常が起こったのはそれと同じ時間なのよ」
「それがどうしたんだよ?」
「天候異常が起こったのは今朝六時終わり頃から。ヴォバン侯爵の来日を《正史編纂委員会》が知っていたならば、『堕落王』との戦いで生じるであろう被害に対して、それよりも早く先手を打っているはず。なのに、避難勧告が実際に出されたのは天候異常が起こった後……『堕落王』と《正史編纂委員会》の行動には時差がある」
そう、ヴォバン侯爵と『堕落王』。この両者に因縁があることは本人住まう日本の組織である以上、予め心得ているはずだ。彼らの不仲も含めて。仮に本人が語らずとも彼らの因縁に纏わる万理谷がいる以上、何らかの形で組織は二人の関係を知っているはず。
ゆえにヴォバン侯爵が来日した時点で両者の間で行為に順ずる諍いが起こることを予想するのはそう難しい話ではない。まして、実際に『堕落王』は万理谷が狙われていると《正史編纂委員会》に報告していたらしい。
「でもその情報が出回ったのは天候異常が起こる直前、しかもその時になってようやくヴォバン侯爵が国内にいると知れ渡っている。ていうことは……」
「《正史編纂委員会》の行動が『堕落王』より遅い……ああ、主導権ってそういうことか」
要するにエリカが言いたいのは『堕落王』が号令によって《正史編纂委員会》がようやく動き出したということだ。……恐らく『堕落王』は何らかの手段でヴォバン侯爵来日を予め知っていた。だからこそ、今朝方、《正史編纂委員会》に忠告することが出来たのだろう。そして忠告が《正史編纂委員会》に知れ渡る頃に王同士の戦闘は開始されている。詰まる所、組織の行動と個人の行動がかみ合っていない。情報伝達速度、戦闘開始時間、全て『堕落王』が先行しているのだ。
主導権を握られているとはそういうこと。国内の事件なのに国の組織である《正史編纂委員会》よりも早く情報を入手し、悉く対策を講じてこの件に通じている。先ほど甘粕がぼやいた『女神の腕』の人払いの件も含めて、行動が早すぎる。成る程、組織の威信も形無しである。《正史編纂委員会》は『堕落王』に助けられている形になるのだ。これでは対等も何もない。
「全体的にワンマンが過ぎる辺り、よくも悪くもやっぱり『堕落王』も
今回の件。『堕落王』一人で全てをこなしたには規模が大きすぎる。特に情報。ヴォバン侯爵の来日はどうやら何者かの行動により伝達が遅らされていた形跡があるという。にも拘らず『堕落王』はそれを知り、かつ《正史編纂委員会》に伝えるほどの時間があった。
加えて、戦地となった青葉台周辺は既に《正史編纂委員会》が人払いをするよりも早く人払いが済まされていたという。これを一人でこなすには権能の力が必要だが、『堕落王』にその手の権能は確認されておらず、必然、《正史編纂委員会》ならざる組織が代わりに動いたと考えられる。
「貴方達も中々、
「ははは……ええまあ。何分、王を含め
「それは大変ね」
「ええ全く」
ウフフ、ハハハと何処か空々しい笑い方をするエリカと甘粕。両者間に生じる微妙な空気を察して護堂と万理谷は居心地の悪さを覚える。
「そういえば、その『堕落王』が既に動いているんならもう、ヴォバンってじいさんと戦っているってことだよな?」
「そうね。つまり護堂が横から参戦すれば最悪三つ巴の戦いになるってこと。ホント、平和主義者の看板下ろしたら?」
「下ろさない! それに俺はそのじいさんに一言言ってやるだけで喧嘩をするなんて一言も……」
「儀式の話を聞いて随分と凄い顔をしていたような気がするけれど?」
「……いや、誰だってあんな話を聞いたら不機嫌にもなるだろ。それにじいさんはともかく、俺は『堕落王』って人とやり合うつもりなんて無い。一応、守るために行動してるんだろ」
行動が結局戦いに行き着いているのは気に喰わないが正当性があるのはどうみても『堕落王』だ。戦いに参ずるからといって別に両者共々殴りつけたいわけではない。ただ、何の関係もなかった万理谷を過去、『儀式』に巻き込んだことも含めて、一つ責任を取らせなければ気がすまないというのが今回、護堂が動いた動機である。
「護堂がそうでも向こうがそうじゃないとは限らないわよ。二人には因縁があるし、戦いの邪魔をされれば、『堕落王』も黙ってはいないと思うわ。結果的に三つ巴に……」
「―――それは、余り考えられないと思います」
「え?」
エリカが言う推測に否を唱えたのは以外にも……万理谷祐理その人だった。余りの唐突さに運転しながら聞き耳を立てる甘粕も驚きを露わにしている。
「考えられないって、どうして分かるんだ万理谷?」
「その、私も多く語ったわけではないんですが、あの方はとても身内を大切にしていて、けれど、それ以外には余り興味が無いように思えました。ヴォバン侯爵との戦いも結局、桜花さんを助けるための行動でしたし……」
「桜花、ね。度々聞くけれど、もしかして『堕落王』の側近かしら?」
万理谷の意見、というより『媛巫女』としての印象に口を挟んだのはエリカだ。『堕落王』を語るに際して万理谷の口から度々出る桜花なる存在。察するに彼に通じる術者だろうが、どうやら四年前の事件にも関わっているようである。とならればエリカが気にするのは当然といえよう。
「桜花さんは彼の友人、でしょうか? すいません、恵那さんならばもう少し詳しく語れるのでしょうけど……私から見てもかなり親しい関係であると思いましたよ?」
「そう、貴方からはどう見えるのかしら甘粕さん?」
「さて、王について邪推するのは畏れ多くてとてもとても……」
エリカの言葉をしれっと流す甘粕。……どうやら『堕落王』と《正史編纂委員会》は思ったより磐石とはいえないらしい。その感触を確認できただけでも今回の件は十分な
(少なくとも『二人目』を捩じ込む
ならば、少し本気で調べてみるべきだろう。キーとなるのは『女神の腕』、それから『桜花』という少女か。いっそ、件の『ジークフリート招来の儀』まで遡って調べるのも手かも知れない。
「―――ん?」
「どうされました護堂さん?」
エリカと甘粕。両者の間で交わされる言外の情報戦を傍目に完全な部外者となっていた護堂は窓の外に目を向け……ふと、何か聞こえたような気がした。その反応にいち早く応じたのは同じく蚊帳の外だった万理谷。
「いや、なんか聞こえないか?」
「私は何も……え?」
ビュウビュウと車体を煽る風、暴風に吹き飛ばされ建物等に当たるモノの激突音、打ち付けるような雨の音にだんだん近づく悲鳴……悲鳴?
「……おおおぉぉぉわああああああああ!?」
「―――なっ!?」
どこか気の抜けるような悲鳴。単純に予想外の結果に驚いた、そんな時に発せられるような類の悲鳴であった。走行する四人を乗せた車両、その上空から落ちてくる悲鳴と人影に……それが見覚えのある人物であることも含めて……甘粕は驚愕を口から洩らし、同時に直撃コースから逃げるよう、慌ててハンドルを切った。
「うわっ!」
「きゃあ!」
「あべしッ!?」
急ブレーキと共に車は振り回され、働いた慣性に護堂含む三人の乗客は短い悲鳴を洩らし、頭上から落下者は首都高速道路のアスファルトに直撃しながら風変わりな悲鳴を上げる。
「痛たた……まさか上空で交通事故に巻き込まれるとか、誰が予想できようか。……
口にするは領外の非常識。人は空を飛べず、空中での交通事故といえば飛行機同士の激突が主だろうに、まるで生身で激突したという風に語る人間。否、果たしてアスファルトに上空数十メートルから落ちて来てなお無傷な人間を人間と呼べるのだろうか。
護堂はその言動からして常識に不在している男を見る。若い日本人男性だ、年は自分とさして変わるまい。否、僅かに大人びている印象から三つ四つは上かもしれない。
痩身痩躯で鍛えられた印象はなく、極めて一般的の様相。顔はシュっとした二枚目風味だがどこか覇気にかける雰囲気に中和されており、端的に言って何処にでもいる少年に格を落としている。衣服が所々、まるで災害に巻き込まれたようにボロボロという特徴を省けばこれと入って特徴の無い男だ。……発せられる領外の呪力量さえなければ。
「まさか……!」
目を見開き驚愕を露わにするのはエリカだ。そう、この人間が保有するにはありえない呪力量。しかしまつろわぬ神と言うには神々しさはなく、ならば、該当するのはこの世で一種の人間しかありえない。
「……あー、衛さん? どういうことか説明をしてもらっても?」
「うん? おお、甘粕じゃん。なんでこんな所にいるんだよ? ていうか……」
初めて、護堂と非常識の住人との間に視線のやり取りが交わされる。不思議と、戦意は起こらない。相手が極めて異例の温厚な人物だとは聞いているが、相対して尚、大小の際無く戦う気が起こらないとは成る程、異常だ。だが代わりに油断ならないという感情が胸に飛来する。
そう、例えるならば熊か。こちらから踏み入らなければ向こうは向こうの世界のままに過ごすのだろうが、一度禁じられた域に立ち入ればとたんに噛み砕かれかねない危険性。殴りかかれば倍返し所か、撃滅するまで止まらない苛烈さ。普通に接する分にはさほどの問題が起こらないだろうが
そして相手も同じか、護堂に目を向け何処か納得するような表情を浮かべる。甘粕が決定的な名を口にするより前に二人は神殺し特有の野生の感で両者の素性を知りえていた。そう、彼こそが……。
「へえ―――初めましてでいいかい?
同国の両王、相対する―――。神殺しらしい非常識な遭遇こそが日本に君臨する二人の神殺し、草薙護堂と閉塚衛のファーストコンタクトであった。
☆
「ま、そういうわけでお互いに手を取りつつ、まずは人様の領地に土足で踏み入った駄犬を蹴散らすって言う話になったんだが……予定変更、みたいだな」
既に衛の視界にヴォバンなど入っていない。眼先、そこにいるのは様変わりした相棒と見覚えのある女神。衛が不在した僅かな間に事は中々、動いたようだ。
「さて、後輩君? 悪いけど先約より優先しなくちゃいけない用事が出来たようで、押し付けるようで悪いが、あのクソジジイを任されてくれない?」
近くもなければ遠くも無い。まるで二人の関係を表す微妙な距離で共にある両者。衛は先ほど出会ったばかりの後輩にヴォバンの相手を任せると言う。押し付けられた護堂は小さく肯き、特に嫌な顔もせず応じる。
「別にいい。俺は元々あっちのじいさんに話があってきたんだ。用事も一人で済ませる予定だったし、閉塚……さんもそっちの優先したいことをすればいいと思う」
「……ふうん。ならこっちはそうさせてもらおう。後、さんは要らないさ。最もそっちが先輩扱いしたいならば好きにすればいいけど」
「別に先輩扱いしたいわけじゃない。ただ年上を呼び捨てにするのは落ち着かないってだけだ」
「じゃあこっちは後輩君と。別に親しいわけでもなし。まずは共通の目的を果たす、ビジネスライクに行こう」
「異論はない、です」
ヴォバンを、女神クリームヒルトを、傍目に交わされる両者の会話。敵意はなく、隔意はない、が同時に親しくも無い。同族の知り合い、されど知り合い以上の一線を越えないという意思が二人にはあった。端的にいって、仲は悪くは無いが良くも無い。それが二人の相性を示していた。
「ほう、それは愚弄か若造。よりにもよって誕生して間もない新参に、このヴォバンの相手を勤めさせるだと?」
「言っただろう、先約以上の用事が出来たと。本来ならば素敵に不敵に
そういって、睨み付けるは女神クリームヒルト。まず間違いなく桜花の肉体を器に降臨しているだろう『まつろわぬ神』。
「どうやら今回は『ジークフリート招来の儀』じゃなくて桜花自身の縁に繋がれて降臨しているのか……だったら、今度は、今度こそお前は殺す、クリームヒルト」
「ふふ、見覚えがあると思えばあの時の神殺しですか。こうも今世で知己に再会するとは成る程、貴方方には変わった縁があるようですね」
衛を知る者がこの場にいれば、いつもとは違う静かな戦意を露わにする衛に疑問を覚えたところだろう。だが、この場に彼の知己はヴォバンと女神のみ。そして二人はその異常にさして反応することは無い。
「あんたがヴォバンってじいさんだな。何の関係もなかった万理谷を変な儀式に巻き込んだって言う」
「いかにも。しかし、仮にも王を名乗るならば、相応の態度と言うものがあろう。若造にも通じる話だが、些か君たちの言動は幼稚に過ぎるというものだ」
護堂の言葉に応じるヴォバンの態度は何処か緩慢で居て拍子抜けしたものである。……それが、護堂という障害を毛ほども気に留めていないゆえのものであることに気付き、その態度がまた、彼の癇に障る。
「しかし、うむ。どうやら君が連れてきた気配は私が望む者のようだ。その一点に関しては感謝しよう……では、巫女を渡したまえ。何、私は先の二戦で少なからず満足しているのだ。巫女の譲渡を持って君の命は見逃そうではないか」
「……ふざけんな」
静かに、されどマグマの様な赫怒を言葉に乗せる。話をつけるということであったが気が変わった。この目の前の老人は、よりにもよって万理谷をまるでモノのように扱った。その一点、護堂がヴォバンを敵と見なすには十分だった。
「お前が何処で神様と喧嘩しようが勝手だけど、それに万理谷を巻き込むなよ! 万理谷は一人の人間で、女の子なんだぞ、道具みたいに呼ばれる筋合いはないんだ! それをよくわかんない儀式を行なうために使うだとか、連れ去るだとか、勝手なことをいうなッ!」
「ほう……小僧ごときがよく吼える。ならばどうするというのかね?」
「決まっている。第一、万理谷を悲しませたお前は……一発殴ってやらないと気がすまない!」
「……くく、よく言った小僧。ならば特別にこのヴォバン手ずから相手を務めてやろう。来るが良い、貴様の奮戦で若造の代わりと無聊の慰めをしよう」
四者既に言葉のみで終わらせる気など無い。衛は取り戻すために、ヴォバンは戦うために、クリームヒルトは神であるがために、護堂は万理谷のために……この場の誰一人とて譲る気も引く気もさらさら無い。行き着く先など、決まっている。
「―――負けたら尻拭いはしてやるよ、先輩としてね」
「そっちこそ、負けるんじゃないぞ」
最後に、衛と護堂。二人の間で視線が交わされる。仮にも相手こそ違えど手を組み、同じ戦場を駆け抜ける戦友としてお互いを発破して……最後の戦いの幕が上がる。
「返してもらうぞ、桜花を……クリームヒルト!」
「こっちだ……!」
右と左。両者同時に跳んだ。互いの相手を倒すがために、衛とクリームヒルト、護堂とヴォバン侯爵。負けられない理由を背に死線を両者は駆け抜ける……。
………
……………
…………………。
「アルマティアッ!!」
主の意を汲み、稲妻の神獣が駆ける。山羊の造形を捨て、稲妻となったアルマティアは《神速》を以って刹那と掛からずクリームヒルトの懐へと到達する。
「野を駆ける獣が、王族たる私に牙を剥くなど不敬なッ!」
だが、敵は『まつろわぬ神』。例え、武勇に関する逸話無くともデフォルトで人間を凌ぐ超人的な技能を持つ怪物。ゆえに《神速》で駆け抜けるアルマティアを正確に視認しながら迎え撃つことなど造作もなかった。
「ああッ!」
左半身に直撃する衝撃と痛み。アルマティアの突撃を浴びたクリームヒルトは悲鳴を上げる。……そう、《神速》の雷獣、アルマティアは《神速》中であろうが自在に方向転換が可能。迎撃に躍り出る
「チッ、浅い……いや、手を抜いたか。ええい、やりにくい!!」
だが、直撃にも関わらず手に入れた戦果はミスリルの鎧を僅かに焦げさせただけ。『まつろわぬダヌ』すら半死に追い込んだ超火力を保有する稲妻の一撃とは到底思えない惨状だ。理由は本人が一番、知っている。そう、他ならぬ衛が
「軽すぎる一撃ですね……。戦士ならざる私を馬鹿にして!?」
その攻撃に怒りを覚えたか、今度はクリームヒルトが突撃を喰らわそうと動く。速度たるや光の如く。元より体術に優れない衛では対応不可能、回避困難。しかし彼には絶対的に信頼する無敵城塞が存在した。
「幼子を護る揺り篭となれ! 母なる者よ、汝は無敵の盾である!!」
言霊を唱える。刹那、《神速》の稲妻は主を守るため最速で鎧を構築する。これこそがこの権能の恐ろしさ。攻守一体、どちらか片方のみにしか集中できないが、どちらにおいても最速最強、ゆえに破ること難しき無敵の城塞である。
粉砕するにはヴォバンとてその呪力の大半を使わねばならず、破壊こそ成功して見せたものの、未だ衛自身に致死の傷を届かせられなかった脅威の堅さを誇っている。まして、彼女の一撃は強力なれど、ヴォバンのそれには及ばず……必然、城塞を破ることなど不可能である―――常識的に考えれば。
「チッ……破滅の力か……!」
だが―――何と言うことか、傷一つ付かぬはずの鎧に槍が侵食を可能としている。突き立てられた
これこそ、『死神クリームヒルト』の力であり、恐ろしさだ。如何に堅く、如何に強固であろうとも、それが呪力による守りであれば容易く断ち切り、必滅の運命を落す。悲恋の呪いは伊達ではなく、英雄殺しの女は最強の城塞すら破滅の定めを通し抜く。
実のところ、城塞頼りの守りの戦いを得てとする衛と何者をも突破するクリームヒルトとの相性は最悪に近い。体術を不得手とする衛は接近戦に弱く、対するクリームヒルトは接近戦もこなせる上、何より守りを突破する手段を有する。
四年前、時間切れによるクリームヒルトの消滅がなければ危うい戦いであったのだ。少なくも、アルマティア頼りの戦いで倒せるほどクリームヒルトは容易い相手ではなかったのだ。
……しかし、人は成長する。男子三日会わざるば活目して見よ……四年の歳月を経た神殺しに一度通じた技が通じるとは限らないのだから!
「旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は速やかなる風となりて伝令の足を向ける」
「何ッ! その力は……!?」
第二権能『
「喰らっとけ!!」
「ガッ―――!」
上空から突撃をしたクリームヒルトの頭上を取る。それは彼女の背後を取る事に等しい。ましてや予想外の力で驚愕に固まったクリームヒルトの無防備な背中に出現することなど容易く、衛は鎧の堅さをそのまま得た拳を瓦割りの要領でその背に叩き付ける。
まるでハンマーに殴られた衝撃で、クリームヒルトは重力も相まって地上へと叩き付ける。息が詰まった様な悲鳴を洩らし、地面にのめり込むクリームヒルト。その隙を衛が見逃すはずはなく―――。
「粉砕しろ―――アルマティア!!」
『Kyiiiii―――!!』
一分の合間なく、主の意に神獣は応える。鎧から稲妻へ。潤沢な呪力を叩き込まれたアルマティアはクリームヒルトを焼き払うため駆け抜けて……。
『衛さん―――』
「あ………」
直後、耳に響いた幻聴にその勢いが途絶えた。一瞬、ほんの一瞬だけ起こった空白。様変わりする戦場でそれは命取りとなり得た。
「来なさい! 征服の軍勢!! 我が乙女の復讐を阻む因縁に終わりを告げるために!!」
「しまった……!」
ウオオオオォォォォォ―――!
ウオオオオォォォォォ―――!
戦場に響き渡る勇猛なる叫び。虚空よりクリームヒルトの号令に呼ばれ、フン族騎馬隊が出現する、その数、ざっと見て二百機以上!
「有象無象が……散らせ! アルマッ!!」
突撃してくる騎馬兵軍勢に対し、衛は即座に対応する。今度こそ一分の隙もなく告げられる命令をアルマティアは忠実に守る。稲妻に転じるやいなや、地を駆ける山羊のような低空軌道で速やかに軍勢後列にまで勢いを貫通させ、ジグザグと戦術隊形を取るフン族の騎馬軍勢を蹂躙した。しかし、そうして軍勢を相手取っている間にクリームヒルトは空中へ抜け出していた。
「クソッ………!」
「ふふ、どうやら想いを募らせているのはこの娘だけではないようですね。その理性をも食む感情の猛り……私にも覚えがあります。お優しいことね神殺しの勇士よ。その性根、嫌いでなくてよ?」
「抜かせよ……!」
余人ならばポカンとして見るだろうに、魅力的な笑みで微笑むクリームヒルト。応じる衛は憤りを無理矢理治めたような極めて乱雑な返しだ。
―――そう、忘れてはならない。あの身は神ならど、あの器は桜花自身であるということを。『まつろわぬ神』を殺す、その意は欠片もぶれてはいない。しかし、ただあの女神を殺すだけではもう一人犠牲が出るのだ。他ならぬ姫凪桜花、その人である。
女神降臨の『器』として今は意識無き桜花の肉体を使って顕現している以上、クリームヒルトを殺すことは『器』である桜花を殺すことに等しい。助けに来たのに、取り戻しに来たのに、それでは本末転倒もいいところだ。
ゆえにクリームヒルトを殺すためにはまず、彼女を桜花の肉体から追い立てるか、或いは桜花の中に存在するクリームヒルト本体を正確に穿つしかない……だが。
(どうやる!? 幾らコントロールの効くアルマティアでもそこまでの正確無比な攻撃は―――!)
端的に言って不可能だ。例え『
ジリ貧だ。戦いこそ現状成立しているものの、決め手がない衛とあるクリームヒルトでは何れ、差が付く。しかも、脳をチラチラ掠める相棒の幻影のせいで攻め手も弱まる始末。これほどやり難い戦いなど過去には経験したことが無かった。
「しかも今回は時間切れなし……クリームヒルトを殺さなきゃ桜花の奴も助からない―――ヤバイな。過去類を見ない無理ゲーだ」
背に冷たい汗が滲む。吐き出す呼吸が重苦しい。状況の不利が形勢に影を落し始める。攻撃が許されない衛と攻撃し放題のクリームヒルト。決められない衛と決めきれるクリームヒルト。両者の戦いが傾き始めるのは間もなくのことであった。
―――一方、もう一つの戦の形勢も傾きつつあった。
「どうした!? 大言壮語を吐きながら、そのザマとは。口先だけか小僧!!」
「く……おぉ! この……!」
噛み付く、噛み付く、噛み付く。そのたびに護堂は傍目には無様としか言い様がない転がるような回避で岩をも砕く牙を凌ぐ。発現するは『貪る群狼』。総数数百匹にも昇る獣の群れが着々と護堂を追い詰めていく。
護堂の権能、『まつろわぬウルスラグナ』より簒奪した『
例えば、巨大な建築物など、大きなものをターゲットにした時に召喚できる『猪』の化身。例えば、一定以上の傷を負った際に得られる『駱駝』の化身。例えば、自身より遥かに腕力、力を保有する敵と相対した時に使える『雄牛』などなど。
それぞれ設けられた条件に対して使用が可能となるのだ。現在のところ、使えそうなのは『雄牛』か『白馬』。使い勝手の良い『猪』は周囲一体が更地に化した事でターゲットに出来そうな大きなものが無く、使えない。
「でも、これ! どうしろってんだ!?」
選ぶとしたら『白馬』だろう。『雄牛』も悪くない気がするが、ともかく敵が多すぎる。簡単な体術……具体的には達人クラスの使い手を何とか相手取る程度の体術は衛と違い、使えるものの、サルバトーレの剣術みたいな規格外の技量じゃない。この数を一度に相手取るには『雄牛』だけでは心もとない。
答えは明白。手もある。なのにこうして受け一手なのは神殺しとしての直感によるものだった。……あの『狼』に『白馬』はマズイ。
「だああああ!!」
凌ぐ、躱す、回避する。掠める絶死をギリギリでやり過ごす。だが、綱渡り染みた方法など歴戦の王相手に長くは続くはずもなく、必然、このままやられ続けるか勝負に出るかを選ばざるを得ない。だから……。
「―――我が元に来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え。駿足にして霊妙なる馬よ。汝の主たる光輪を疾く運べ!」
謳う呪文は『白馬』の権能。嵐の空、その東方に暁の輝きが灯る―――!
「ほう! 天の焔、太陽の権能か!!」
護堂の一手に歓喜するようにヴォバンが声を上げる。第二太陽と見紛う巨大な馬の姿を取ったフレア。民衆を苦しめる大罪人にのみ降り注ぐ焔の裁きは気まぐれ一つで群衆に災禍を招く魔王を狙い澄まして墜ちてくる!
「なん……それは……!?」
だが、必殺と成り得るそれは……悪寒の通りに機能しない。墜ちてくる太陽を迎え撃つように不敵な笑みを浮かべたヴォバンが身を転じる。同時に周囲にいた数百の狼は姿を消して……代わりに一頭の巨大な狼が姿を顕す―――衛との戦いで見せた『貪る群狼』の顕身姿である。だが、これにはまだ隠された能力が存在していた。
―――オオオオオオオオォォォォォォォンンンンン!!
猛り響く巨大な咆哮。太陽に立ち向かうように大口を開け、ヴォバンは落ちてくる『白馬』に挑みかかり……巨大な顎が焔を喰らい、閉じる。
「何でもありかよ……」
思わず呆れた声が漏れる。半ば、効かないと確信したのはこういうことかと。詳しい理由は分からないがあの『狼』は太陽を喰らう力を保有しているらしい。エリカか祐理か、ここにいれば何かを感じ取ったかもしれないが。
「……エリカはあの娘の相手をしているからなァ」
道中、突然に訪れた予想外は衛との遭遇だけではなかった。彼と合流し、いざ、ヴォバンの元へ往こうとした時、立ちふさがる影があった。―――リリアナ・クラニチャール。エリカの知己にしてヴォバンの配下として動いている少女だ。
『あの娘……リリィの相手は私に任せて、どうせ義務から無理矢理付き合っているだけだろうし。この際、あの娘も味方につけましょう。ほら、私と彼女は
「なんか、含みのある言い方だったけど」
絆と言っていたが、あれほど信用のない『絆』という響きを護堂は聞いたことがない。学校の文化祭のスローガンだってまだ説得力があるだろう。
「甘粕さんは万理谷を守るため残ったし、万理谷もだ」
元々、ヴォバンを二対一で倒す算段だったのだ。しかし、予想外の来客の所為で結果は一対一、一対一の戦い。……神殺しを初めて成した時とて傍にエリカが控えていたことを考えると、本当の意味で一人で戦うのはもしかしたらこれが初めてかもしれない。
『どうした小僧。今ので手詰まりか?』
人型だったら冷笑すら浮かべているだろう嘲りの声……形勢は勿論不利。直感は敗北を訴えている。それでも、それで諦めるならば神殺しなどと言う人類史上最も諦めが悪い獣になどなっておらず、ゆえに。
「まだまだ……いくぞッ!!」
『ハハ、そうでなくてはなッ!!』
走る。無意味であろうと、不可能であろうと。関係ない。まだ動ける。まだ戦える。勝ち筋を見出すため、足掻くだけだ。何より―――万理谷を泣かせた落とし前をまだつけていないのだから……!
☆ ☆
「く、は…ぁ……クソが……!」
三十七度目。見出した隙に、アルマティアに命令を下し、攻撃する。しかし結果は最初と変わらず、脳裏に飛来する影に攻め手は弱まり、ミスリルの鎧を突破することすら敵わない。ゆえにそれは反撃を許すことと同義であり……。
「そちらも限界が近いようですね……さあ、その苦行から解放してあげましょう。潔く、ヴァルハラへと赴きなさい!!」
「誰がッ!」
都合二戦目。それもヴォバンに一度、全力の無敵城塞を破られたお蔭で少なくないダメージを負っている。加えて呪力も余裕はない上、ヘルメスとアルマティアの合体権能が衛の集中力を圧迫していく。
正に壁に追い詰められた鼠。窮鼠猫を噛めれば良いのだが、肝心の猫が友人の鼠を取り込んでいるのだから噛もうにも噛めず、よってジリ貧。追い詰められるだけ追い詰められ、サンドバックのように攻め立てられるだけ。
「本格的にヤバイな。いい加減、反撃の一つでも考案できれば良いんだが……」
しようと思えば出来るだろう。相手は手ごわいが勝機を見出せないほどではない。戦闘開始から既にそれなりと経過しているが見出した隙は三十七。倒せない道理はないのだ。だが、あの神を殺すことは即ち―――。
「しかし―――成る程、これほどの勇士。か弱き人の子である以上、この娘を足手まといと断ずるのは全く以って正論ですね」
「何?」
ふと、女神が言葉を口ずさむ。こと此処にいたって一方的な結果に勝利を確信しているのだろうか。生粋の戦士でないがゆえにクリームヒルトに油断が生じる。
「ふふ、我が依代となった娘の嘆きを聞いたのですよ。健気な者です、共に戦場を往きたい、背を預ける戦士足りたい。嗚呼―――その切なる思い儚いほどに理解できる」
「――――――」
そういうことか―――内心を占めたのは納得の感情だ。
彼女―――桜花は衛から見ても、お世辞抜きに強い少女だ。卓越した剣技、練達の末の呪術、神と相対しても挑める気概。少なくとも誰にでも出来ることではない。勇気がいるだろう、決意がいるだろう、まして付き添うは乱世に生きる覇道の王。衛とて、もはや自分が普通から乖離した怪物であると理解している。
だが、彼女は平気で微笑むのだ。『普通』の友達として、『普通』の友愛を。友と言うならば無論、衛は一人ではない、私的には甘粕も沙耶宮も、『女神の腕』の面々も等しく彼の友人である。だが、しかし隣に立ち、彼と共に歩む戦友は桜花を置いて、例外はない。
「一緒に行くぞ……なんて、言えば良かったな」
「うん?」
少しだけ、後悔。冷静に、足手まといだなんだといって、結局の本心は大切だから、傷つけたくなかったからだ。相棒を十分に評価している癖、肝心な場面でおいていくのはそういうこと、女神ダヌとだって単騎で時間稼ぎが出来るのに置いていったのはそういうこと、『神がかり』を使わせないよう言ったのもそういうことだ。
「まァ―――そういうわけで、こうして反省してるんで……」
そういうことだった、だから……今度は……。
「助けてくれると有り難いんだが? 相棒。信じさせてくれよ、お前の強さを」
苦笑するように、反省するように。クリームヒルト、否、姫凪桜花に何も取り繕わない言葉を投げた―――。
「 」
この身を犯す、『忘却』のルーン。それは女神との縁にして己を『器』と記し付ける起点なのだ。これがあるゆえ、彼女は『私』を見失わず、これがあるゆえ、『私』は彼女から力を引き出される。こと、運命の女神が刻んだ印は強力堅固。結んだ絆は必ずや約束された破滅へと導くだろう。だからこそ、彼女と『私』はその終わりに、逃れられないニーベルンゲンの災いに堕ちる―――。
「 嫌だ」
知らない、そんなことは知らない。『私』の願いは、『私』の祈りは、『私』の望みは約束された破滅なんかじゃなくて、もっと暖かくて、もって何気ない、そんな当たり前の―――。
「う、ああ……」
白い、地平。自我と忘我。意識と無意識の境界線。大神が与えたルーンは強力無比。数多の英雄達もそれを授かり、多大な功績を積んでいったという。ゆえに原則、人には反抗不能。神が与えた知恵は、神に選ばれたものにしか抗えない。
だが、ここに例外と言うものが存在した。歴史が進み、文明が栄え、争いが過去の者と忘れられても、常人ならざる才人、規格外の天稟を持つものは往々にして顕れる。それら運命に愛された『英雄の相』の持ち主というもの。まつろわぬものではない、或いは存在する神に選ばれた才能の持ち主……不可能を可能にする者。
「南無―――大天狗小天狗十二天狗
『助けてくれ』―――『私』が彼に嘗て投げた言葉、頼られたい『私』が彼に言われたかった言葉。
「
桜花が使う呪術。其は天狗の妙技。風を操り、火を操り、内なる『験』を以って時に災い禍つを治め清めるもの―――謳う呪文は最大最高位の呪術。曰く、唱えれば日本各地より天狗集いて悪魔を妖怪を怨敵を調伏するという禍つ祓い、利福法。
「総じて十二万五千五百。所々の天狗
心臓。重なる形で別のものが存在している。ルーンを通じて一本の線が、内なる神気が悲劇に見舞われた乙女が、ニーベルンゲンの災いが視えた―――助けてくれ、と待ち望んでいた声が聞こえたのだ。ならば、良い。もう良い、十分だ。その言葉を聞くために、その言葉を入れるように自分は強く、強くなりたかった。でも、十分。その言葉でもう十分だから……もう
「
瞬間、ピシッと何かが割れる音がした。
「衛さんッ!!!」
「ッ!!!」
クリームヒルトが叫んだ『声』に衛は即座に応対した。追い詰められた現状も、危機に瀕した今も忘れて、その『声』にのみ意識を傾ける。
―――ミスリルの鎧。その左胸が薄く輝いている。
視える、感じる、アレが『縁』だ!!
「おお、おおおォォォォォ!! アルマッ!!」
「くっ、馬鹿な―――人の子に!?」
一世一代、その瞬間にアルマティアはやはり応える。嘗てない速度、《神速》を以って攻め入った稲妻は寸分違わず、内より生じた抵抗で身動きが取れないクリームヒルトを打ち据えた。会心の一撃、ミスリルの鎧を破壊して、その奥の―――『忘却』のルーンを見取った。
「見つけたぞ、元凶!」
刹那、防御も攻撃も放り出して、ヘルメスの権能に任せるまま身を躍らせたのは何事か。神殺し、閉塚衛は肉弾戦に応じられない。その力はない、そのスタイルは衛が好むものではない。戦いは誰かを守るためだけに。抗いがたい暴力から、力無き民草を庇護する黄雷で在りたい―――殺した『彼女』への誓いは忘れていないから。
ならば、これはどういうことか、無茶無謀を通す神殺しではあるが、一切合切傷つけあいを、その術を持たない衛が何の策もなくクリームヒルトに接敵するなど!
「愚かなり……まつろわぬ神を舐めるな!」
人の子の思わぬ抵抗で動けぬクリームヒルト。されど、その身は神なれば、如何に超人といえど神殺しならざる人の身で抗うには及ばず。例え五体が封じられようとも、その身には切り札が残されていた!
「槍よ、槍よ、我が怨敵に災いの禍つを与えたもう! 我が復讐は確と成れり! 英雄殺しの罪は一族総出で購うべし!!」
因果変成、槍が穿つ。それは運命を司る乙女にして『死神』たるクリームヒルトだからこそ成せる技。槍に死の『縁』を乗せる。特上の呪詛である。クリームヒルトの手から槍が離れる。敵を滅するため、復讐を成すために、『縁』によって衛の死に繋がれた槍はピンと張った糸に引き戻されるが如く、寸分違わず衛の心臓に飛びついて、
「―――我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ。さあ、簒奪者よ、恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える!」
キン、と絶死が弾き飛ばされた。左手、衛が握るは一つの短剣だった。奇形である、まるで斬ることを想定されていないような蛇のように波打つ刀身。握る柄は芸術品が如く鎌首を凭れる竜を模している。熱い、呪力の猛り。熱持つ左手は死の『縁』こそを断ち切った―――否。
「なんだ!? その力は……!?」
槍は凍り付いていた。死の呪詛をそのままにまるで封じ込められ、阻まれたように、その因果は、半ばで妨害する別の呪力によって流れを断たれていた。
これぞ女神ダヌより簒奪せしめた第三番目の権能。河川を司るかの女神はあらゆる《流れ》を司り、女神より生まれた邪竜は全ての繁栄を阻むものなれば。
その力は―――ありとあらゆる流れを寸断する封印の一斬、傷つけず、ただ封じる。衛が手にした新たな力であった。
「さあ、返してもらうぞ、俺の相棒を!」
短剣が振り上げられる。桜花の抵抗、想定外に対する動揺、よって生じた致命的な空白―――既に勝敗は決していた。
「おお、おおおお、おおおおおおおお!?」
短剣がクリームヒルトの胸元を、『器』の証たる『忘却』のルーンを違わず刺し貫く。権能封じという特性を持つ短剣は刹那、効力を発して、その輝きは遂に潰えた。よって『縁』を失った桜花は『器』たる資格を失い、クリームヒルトはその身を外界に晒す。
「―――神殺しぃぃ!!」
「失せろ。悲劇の幕も、別れも、俺たちには必要ない」
我らが運命は別たれず―――嘗て、何処かで誰かを助け、絆を繋いだ黄雷が駆け抜ける。神殺し、此処に成れり。悲劇の歌はこれにて終幕。
「心なしか長かったな」、そう終わったとは言っていない!
いい加減にしろよマジで、まだクリームヒルトしか倒せてないじゃん!
バカ、私のバカ!
はい、と言うことでもう一話挟むことになりました。
ただし今回と違い、もうただの余分ですが。
後、どうでもいいけどハーメルンの執筆本文って一万五千文字越えると文字数の多さによる情報量多寡で反応が遅くなるんですね。知りませんでした。