極東の城塞   作:アグナ

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今年ももうすぐ終わりですね。
なんか感覚的に数ヶ月で過ぎ去った気がしますが……。

作者的に年中最後のイベントといえば大晦日じゃなくて、星空めておの新作Fateですね。実に楽しみです。




その英雄の名は……

 パブ―――といえば、日本では良いイメージをあまり抱けないが、英国においてパブとは言ってしまえば市民が集まる憩いの場、酒場であった。

 

 十八世紀から十九世紀において発達したそれは「公共の家」という側面を持ち、禁酒運動が盛んになったヴィクトリア時代においても市民はここに集まり、人々と語り合ったり、或いは店内に配置された大型テレビ目当てに訪れたりしたという。

 

 コーヒー・ハウスが当初は貴族のような地位の高い人物らの憩いの場所となったのであれば、こちらは市民、一般階級の人間の憩いの場であった。実際、酒場と言っても現在では簡単な食事が取れるところもあれば、キッズルームと子供向けの部屋まで完備するパブもある。

 

 パディントンからバスに揺られて離れること約二十分。高級レストランやブティックが軒を連ねるロンドン屈指の高級街メイフェア、そのグローブナー・ストリートにその店はあった。

 

 クラシックな雰囲気の店内には、店主が属する組織のリーダーが好む、かの音楽の父バッハ作曲のG線上のアリアが流れている。雰囲気、音楽がため、パブと言うよりそれこそ貴族集うコーヒー・ハウスかバーのような内装だが、高級店にありがちな気後れするような圧は無く、寧ろ心安らぐような穏やかな時間が流れていた。

 

 酒場的にはこれからという時間帯にも関わらず「closed」の看板が掲げられた店内には五十代半ばを思わせる初老の男が一人、閉店しているはずの店内に立っている。

 

 ふと、男が顔を上げる。すると同時に閉店しているはずの店内に来客を知らせるベルが鳴り響いた。

 

「―――これはこれは。予想よりやや遅いお越しですな。我らが王よ」

 

「今回の一件に関する話を先に聞いてきたからな。あと、アリス嬢との雑談。どっちかっていうと後者の方が時間を取られたが……」

 

「成る程、アリス嬢がお相手でしたか。ご夕食のほどはそちらで?」

 

「軽くは喰ったがまだだ。なんかあったらくれると有り難い」

 

「では、簡単なものを少々」

 

 初老の男……店主オズワルド・クライスは来店した客、衛の言葉に奥のキッチンに引っ込む。店主と馴れたやり取りをしながら入店した衛の方は落ち着きなさげに店内を見渡す桜花を先導して適当な席に着席した。

 

「あの衛さん、此処は……?」

 

 おずおずと問いかける桜花。特に衛から説明も無いまま訪れたため、状況が飲み込めていないのだろう。対して衛は「ああ」と、さも言い忘れていたという調子でその疑問に言葉を返す。

 

「今日の夕食所兼暫くの止まり木。此処はオズ……『女神の腕』幹部が店主を勤めている店でな。俺が英国に居た間、住んでいた場所だ」

 

「衛さんの組織……『女神の腕』ですか」

 

「そ、言ったろ。うちは手広くメンバーがいるんでね。まあ、俺も気付いたら、だったけど。元々は今はクレタ島に住んでるテオと中国の雪と蓮とで作ったサークルだったんだが、その後に此処の店主、オズとフランスのシャルルとかが合流してと、気付けば多国籍数百人が所属するサークルに変貌していたのさ」

 

「寧ろ、気付いたらでよくそこまでの組織になりましたね……」

 

「俺もそう思う。思えば中学の時、深夜テンションで中東のゲーム大会にカチコミ行くぞコラァというテンションで外国の大会にも参加するようになった辺りからオカシクなった。まさか最終的に魔術サークルになるとは俺も予想外だったぜ……」

 

「中学生の頃ですか……」

 

 本人が深夜テンションで言うからには本当にノリと気分だけで突撃していったのだろう。衛はこう見えて、学校の成績は上位に位置する。中学校の頃から桜花が知るとおりの衛のままなら恐らく英語は日常会話程度には出来るはずだ。

 

 だが、それを鑑みてもよくもまあ見ず知らずの外国、それも中東という日本人には縁の少ない土地に突撃しようと思えたものだ。神殺しとしての片鱗が何となく垣間見えた気がした。

 

「思い立ったが吉日ってな。世界遺産とか有名どころは割りとそんな感じで一通り回ったな。日本に落ち着いたのは割りと最近なんだぜ……って言ってももう二年は経つか?」

 

 指を折りながら記憶を衛が辿りだすと丁度キッチンから料理が盛られた皿を手にオズワルドが懐かしげに同調しながら現れる。

 

「ですな。しかし、私としては昨日の出来事のようですよ。何せ、在英中も随分と暴れまわっていましたからな。老骨には中々堪えましたよ?」

 

「抜かせ英国紳士。若い頃は随分そっちもヤンチャしてたんだろ。知ってんだぞ」

 

「はっはっは、昔のことですな」

 

 調子良さ気に言いながらテーブルに皿を並べるオズワルド。その美味しそうな料理に……ふと、桜花は大変失礼ながら英国に関する醜聞を思い出す。

 

「ふむ、イギリスの料理は不味いという話ですかな?」

 

「え?」

 

「顔に書いてありましたから」

 

 歳の功という奴か。僅かに動いた表情の機微から桜花が思ったことを感じ取ったオズワルドに驚きながらも桜花はバツが悪そうに謝る。

 

「あ、その、すいません……」

 

「いえいえ、大概、外国人の皆が思うことですし、自虐として自分らから言う時もありますので構いませんとも。それに対面のお方などは真正面から口に出しておっしゃっていましたし」

 

 ハッとして対面の席に座る衛を見ると、馴れた調子でナイフとフォークを操りながらローストビーフを一口大に切り分けながらパクつく衛は、

 

「……いや、実際俺も来るまではフィッシュ&チップス以外クソ不味い飯ばかりだと思ってたんだよ」

 

 ばっさりと本音で言い切った。オズワルドはさも愉快気に笑っている。

 

「この調子でしたので。本当に特に気にもしていませんとも。誰もがとはいいませんが英国人は皆料理に関しては面倒くさがり屋でしてね。確かに英国料理は不味いという話は嘘では無いんですよ」

 

「そうなんですか……ですが、この料理は美味しいです」

 

「それはそれは、お口にあったようで幸いですな」

 

「まあ、オズは料理好きが行き過ぎてイタリアだのフランスだので料理の修業積んでるしな。元は政府直轄のエージェントだってのに全然見えないだろ?」

 

「え、エージェント……ですか?」

 

「因みに魔術方面じゃない方。ガチの奴な」

 

 ニヤニヤとしながら言う衛に桜花は思わず穏やかな表情を浮かべる初老の男の顔を見る。オズワルドは軽く肩を竦めながら、

 

「昔の事ですよ。それに後ろ暗いマネはしておりません。ただ、市民の声を聞いてそれを上司に報告する、そういったことをしていただけですよ」

 

「それ人は諜報と言う」

 

 ははは、と笑う二人。話の内容は割りとシャレになっていないが、こうしてパブを経営している以上、本当に昔の話なのだろう。最も今は『女神の腕』に所属している辺り、果たして昔の話といえるかどうかは微妙であるが。

 

「と、お嬢さんには自己紹介がまだでしたな。私はオズワルド・クライス、しがない店の店主にございます。親しい者にはオズと呼ばれております。どうぞ、宜しくお願いいたします」

 

「私は桜花、姫凪桜花です。初めましてオズワルドさん……あ、桜花が名前の方で……」

 

「はは、大丈夫ですよ。そこのお方や蓮殿と日本人にも知り合いは多いので。しかし、ふむ」

 

「……えっと?」

 

「いやさ。人とは案外分からぬものだと思いまして。まさか親しい以上の領域に衛様が人を寄せ付けるとは……やはり分からぬものですな、恋とは」

 

「……ゲホ!? ゴッホ……!」

 

 オズワルドが感慨深げに言うや否や衛が咽る。

 

「おや、衛殿。どうしました?」

 

「どうしましたじゃねえよいきなり何を言いやがる?」

 

「思ったことを口にしたまでですよ。衛様は身内に甘い割にはその実、あまり近親に人を寄せ付けませんから。蓮殿も雪殿も私も暗黙として指摘してきませんでしたが……」

 

「……否定はしない」

 

 衛は野菜を口に含みながらそっぽを向く。少なくとも本人にも自覚があるところなのだろう。そのことに関しては桜花も思うところあるらしく神妙な顔をしている。

 

 如何な事情があるかは分からないが、どうにもこの少年は親しいもの、というより身内に位置する人間ほど口では身内といいつつ人を遠ざける傾向がある。桜花が二年もの期間親しい位地に居たにも関わらず中々踏み込めなかった理由として両者の勇気もそうだが、衛のこの気質が少なからず影響していた。

 

「その内気が向いたら話すさ。それよりオズ、俺が使っていた部屋は空いてるか?」

 

「ええ。来ると分かっていたので掃除もして置きましたよ。暫く此処に居坐るのでしょう?」

 

「まあな。アリス嬢の依頼を完遂するまでは……あ、後」

 

「桜花嬢の分の部屋も空けておりますよ。一応、妻に頼んで必要そうなものは一通り揃えております」

 

「ん、助かる」

 

 触れられたくないのか露骨に話題を逸らした衛にオズワルドは合わせる。流石に付き合いが長いだけあって敏感だった。人には誰しも触れられたく無い領域があるもの。仮に踏み込むものがいるとするならばそれはオズワルドではないのだろう。

 

「そういえば……此処に泊まるという話ですけど、それは一体……?」

 

 と、此処に至るまで詳しい説明を受けていない桜花が小首を傾げながら問いかける。その質問にはオズワルドが答えていた。

 

「元々、此処は小さなホテルでしたから。一階はこの通り私の店に改装させて貰いましたが二、三階は手付かずでして。私の家は別にありますから衛様含む他メンバーがよく空き部屋を宿代わりにしていっているのですよ」

 

「そういうこと。いやあ、メイフェアでただ宿が使えるって中々豪華な話だろ?」

 

「そういう話でしたか……衛さん共々暫くお世話になります」

 

「はは、気が済むまで好きに使ってくだされ」

 

 ペコリと丁寧にお辞儀する桜花にオズワルドが軽やかに応じる。

 

 

 

 挨拶も済ませ食事をしながら雑談交じりに半刻に満たない時間を食事で潰し、一通り食事を終えた頃に、ふと、衛はカウンターでグラスを磨くオズワルドに向き直り、問うた。

 

「―――時にオズ。俺が英国に訪れた用件はもう知ってるな」

 

「ええ。蓮殿から一通り。こちらもこちらで調べを進めておりますよ」

 

「なら丁度いい。把握している範囲で聞かせてくれ」

 

「といってもこちらも『賢人議会』の皆様と持ち得る情報は変わらないと判断いたしますが、ご指名とあれば是非もありますまい」

 

 衛の言葉にオズワルドは一回、手に持つグラスを置き、カウンターに備わった引き出しから資料を取り出すとその内容を読み上げた。

 

「知っての通り我が英国には現在アーサー王と思われる『まつろわぬ神』が出現しております。かの王縁の地を放浪している点。光り輝く剣と恐らくは火、太陽にまつわる特徴からアーサー王では無いにせよ《鋼》の特徴と一致することから何らかの武神、英雄神であることは間違いないでしょう」

 

「『賢人議会』曰く、次の予想出現地域はカンブリア州らしいが?」

 

「はい、候補は他にもありますが、今のところそこが有力な場所だと思われます。カンブリア州の最北部に位置する村、ブラフ・バイ・サンズはアーサー王の墓の候補地ですから」

 

「……そういえばアーサー王の墓は厳密な位置が特定されていないんでしたね」

 

 オズワルドの説明に桜花が思い出したように言う。伝説に名高いアーサー王だが、その死地、所謂アヴァロンについては正確な位置が不明なのだ。最有力説はグラストンベリーだが、他にもそうと思われる地は英国中に点々としている。

 

「他にも候補地は幾つかあるのですが、今はカンブリア州の候補地が有力ですな」

 

「その心は?」

 

「仮にアーサー王と目されている存在がアーサー王を探している(・・・・・・・・・・・)ならカンブリア州の可能性が高いという話です。何せ此処は黒王子殿の宿敵が元住処としてあった場所ですので、かの王とアーサー王との戦闘の残滓が色濃く残っているこの地ならば一度訪れても不思議ではないでしょう」

 

 ―――件のまつろわぬ神の行動から推測できることが二つある。一つはそのモノが紛れも無くアーサー王である可能性。もう一つは件の王がアーサー王を探す何らかのまつろわぬ神の可能性だ。発見当初は前者が可能性として高かったが、初の確認から行動を見るに今は『賢人議会』も含め、後者の可能性を推す声も少なくない。

 

 そして、まるでアーサー王を探すかのごとく、かの王縁の地を趣くさまはそれを裏付けるかのようだった。『女神の腕』もまた、その後者の説を推していた。

 

「ああ、例のグィネヴィアとかいう。……因みにその神祖殿の足取りは?」

 

「不明です。ただ少なくとも我らと『賢人議会』の監視網に引っ掛かった様子は無いので英国に渡英している可能性は少ないでしょう」

 

「となるとやっぱり例のまつろわぬ神は単独か。まあ、連中を御することができるはずないから順当だな。とはいえ、警戒はしておいてくれ。件の神祖にはアレク先輩も随分と手を焼かされているらしいし」

 

「御意に」

 

 衛が引き続きの警戒を促すとオズワルドが家臣の如く礼を取る。

 

「―――しかし、全くお役に立っていない身としては申し訳ありませんが、情報が少ないとなるとやはり初見での戦が強いられるみたいですね」

 

 『賢人議会』に引き続き『女神の腕』により収集された情報を聞いて、桜花が嘆息しながら呟く。気まぐれな天災と称すること出来るまつろわぬ神はその気質から偶発的な戦闘になりやすい。ダヌの例もそうだが、事前情報ゼロからの戦いもそう珍しい話ではないのだが、だからといって情報があるのと無いのとではやはり気の持ち方も変わる。

 

 こうして戦いまでに期間があるのならば少しでも情報を得れた方が少なからず戦の運びも有利に働くはずである。そういった意味で、残念だと桜花は言ったのだが、オズワルドは微笑を浮かべて首を振った。

 

「いえ、情報ならまだありますよ。件のまつろわぬ神に関してです、かの神の渡英以前(・・・・)の行動についてです」

 

「何?」

 

 オズワルドの言葉に衛が眉を顰める。今回の件、曰く神祖グィネヴィアの暗躍が事の発端となったらしい話はアリスから得ていたが……まさか。

 

「待て。アーサー王と目されているまつろわぬ神は英国で出現したんじゃないのか?」

 

「ええ、そのようで。『女神の腕』の情報で最初に確認された地域はフランスです」

 

「フランス……?」

 

「はい、それからもう一つ興味深い情報が。英国各地で確認されている異常気温ですが、同様の現象がフランス各所で見受けられるそうです。特に……ブルターニュ、ノルマンディー、アキテーヌ、ペイ・ド・ラ・ロワールは英国と同じく全体で五度。一部は数十度を越える温暖地域が発生しているそうです」

 

「もしかして、ジョージアから直接来たのか? だが、それならば他の地域で既に『女神の腕』が気付いているはず。それに『賢人議会』の耳もある。それが英国で確認されるまで誰も感知できなかった?」

 

 今回の件、そもそもの発端であるグィネヴィアはジョージアに居るとされる普通に考え、彼女が動き、アレクが動いた後に英国にまつろわぬ神が現れた以上、一連の件は繋がっていることに疑いは無い。しかし、まつろわぬ神が現れ、少なくない影響をもたらしているのは英国で、確認されたのも英国だ。

 

 冷静に考えればジョージアが事の発端であることに否は無い。アレクもまた騎馬民族スキタイに縁のある存在がアーサー王と思わしき、もとい『最後の王』に関連のある神だと暗示しているのだ。普通に考えてジョージアで蘇えったまつろわぬ神が英国に渡英して各地に現れているものだと考えられるが。

 

 そもそも英国で確認されるまでアーサー王と思わしき存在は何処にも確認されていなかった。それこそ優れたネットワークを持つ両組織の情報網にも。

 

「てっきり英国で出現したまつろわぬ神だと思っていたが、冷静に考えればジョージアで暗躍した結果がこれならば外来の神と考えるのが当然だな。アーサー王の名前に当てられて英国で出現したものとばかり……」

 

 だが、そうにしても何故フランスなのだろうか。仮にジョージアにて目覚め、英国へと向ってきたならば目撃例がないのも解せないが、どうしてフランスにも姿を見せた? 或いは英国と同じく、フランスに立ち寄る理由があったというのか……。

 

“それをいうならば何故、ジョージアで目覚めたまつろわぬ神が態々、英国に向ってきた?”

 

 もとよりこの手の推測はアレクやアリスの領分なのだが、確かに衛をして今回の一件解せない点が多くあるのも事実。思わず衛は冷静になって立ちかえり考えて……ふと、先ほどから桜花が黙り込んでいるのに気付く、いや黙り込むとは語弊があった。

 

「桜花?」

 

「ブルターニュ、ノルマンディー、アキテーヌ……ペイ・ド・ラ・ロワール? いえ、確かペイ・ド・ラ・ロワールにはメーヌ=エ=ロワール、旧アンジューが位置する場所のはず、だったら……」

 

「……桜花殿?」

 

「そう、確か……シャルルマーニュ伝説に語られる英雄が駆け回った戦場にはアンジュー、ブルターニュ、ノルマンディー、アキテーヌが含まれていたはず……衛さん! オズワルドさん!」

 

「お、おう?」

 

「……ふむ、何か思い当たるところが?」

 

 ぶつぶつと何事かを呟いていると思いきや唐突に声を張る桜花に衛は思わず仰け反りながら応え、オズワルドは静かに質問を待つ。

 

「はい。お二人に聞きたいのですが……デュランダル、古くはトロイア戦争の英雄にまで起源を遡る英雄が携える聖剣はご存知ですか?」

 

「デュランダル……っていうと確か……フランス版のエクスカリバーみたいな奴だったか?」

 

「武勲詩に登場する絶断の剣ですな。曰く、あらゆるものを断ち切り、終ぞ携えていた英雄がその末期に剣を手折ろうとして尚折れなかった天使より与えられた聖剣だとか、確かシャルルマーニュ王が保有し、後に英雄ローランに与えられた剣であるとか」

 

 『ローランの詩』という武勲詩がこの世には存在している。曰く、フランス王シャルルマーニュに仕えた十二人の勇士、その一人であり勇士随一の聖騎士ローランの活躍について語っているのがこの『ローランの詩』であった。

 

 またローランは所によってはオルランドと呼び名を変え、細部こそ異なれど別の地域でもその勇名を轟かせる。その身は金剛石より固く、携える剣は絶世の聖剣。正にフランスを代表する英雄である。

 

 しかし、唐突にそれがどうしたというのだろうか? 衛がローランについての話を聞いて尚、首を傾げているとオズワルドの方が得心がいったという風に頷いている。すると、衛がイマイチ分かっていないことに気付いた桜花が説明する。

 

「先ほどオズワルドさんが挙げたフランスの異変が起きている土地は、かつてローランが駆け巡った戦場、その舞台となった地域なんです」

 

「……ほう。つまり件のまつろわぬ神はアーサー王のみならず、そのローランって英雄の残滓も辿っていたということか?」

 

「はい。さらに付け加えるならばアーサー王とローランは無関係の存在ではありません。一説には両者は同じ起源を持つ聖剣伝説ではないかと語られることもあるそうです」

 

「エクスカリバーとデュランダル。保持者に絶大な武勲を齎し、末期に両者が破棄しようとした点まで類似しておりますからな。エクスカリバーは湖の乙女に返却されましたが……しかし、ふむ。そうなると件のまつろわぬ神はローランの縁の地にも足を運んでいたことになる……これは興味深い情報だ」

 

 桜花によって齎された新たな発見にオズワルドは感心したように頷き、衛は考え込む。新たに判明した事実に桜花は更に付け加えた。

 

「少なくともアーサー王と同じくローランにもまた追うべき目的があったのでしょう。そして理由として有力なものが一つ……」

 

「聖剣伝説か?」

 

「それともう一つ、同一の起源です」

 

「……つまりこういうことですかな? アーサー王とローラン。その両英雄に共通する事項に此度のまつろわぬ神は目的とするところがあり、その共通するところとして挙げられるのが聖剣伝説と同一の起源」

 

「はい、そして起源に関してですが有力説にケルト神話の派形と言うものがあります」

 

「ふむ、アーサー王は勿論、ローランの詩はブルターニュ……ケルト圏が発祥でしたか、そうなるともしやアーサー王とローラン、この両者共通の起源こそが此度のまつろわぬ神の正体ですかな?」

 

 桜花の言葉によって進展した推測に結論を述べるよう言うオズワルド。その推測は事の真実を述べるようではあったが、肝心な部分が異なっていた。そして衛がそれを指摘する。

 

「違うな。今回のまつろわぬ神は少なくともジョージアで現れたはずだ。そもそも神祖グィネヴィアはそこに向ったし、そうして『最後の王』と考えられる《鋼》は目を覚ましたはず、それにアレク先輩が裏付けるように件のまつろわぬ神が騎馬民族スキタイに起源を持つといった」

 

「では、その推測が間違っていたとしたらどうですかな?」

 

「アレク先輩に関してはありえないな。口に出した以上、幾らか確信があったのには違いない。とはいえ、桜花の推測も興味深いから……」

 

「まとめると……アーサー王とローランに共通する聖剣伝説、そしてその起源となったジョージア付近を発端とする《鋼》の英雄、それこそが今回のまつろわぬ神の正体であると」

 

「ああ、そういうことだろ……意外と考えてみるもんだ、中々絞り込めたな」

 

「ええ。桜花殿のお蔭ですな。いやはや流石は我らが王の女王殿というべきか」

 

「い、いえそんな。そもそも『女神の腕』の情報から思っただけで………って女王!? あの、いえ、私はその……!?」

 

 感心する二人から褒められ、あわあわと顔を畏まる桜花。加えて、オズワルドの思わぬ言葉に顔を赤くする。居心地の悪さに思わず衛の方へ目をやるが、

 

「いや、桜花のファインプレーだろ。俺はローランなんて知らなかったしな。ともかくナイスお手柄。流石は俺の相棒」

 

「う……その、お役に立てたなら光栄です」

 

 普段ならばこの手の話題にうろたえそうな衛までもが素直に微笑を浮かべながら褒めてきたため、桜花はいよいよ顔を真っ赤にして黙り込む。

 

「良し、話し込んで結構な夜時だが、オズワルド。悪いがさっそくアリス嬢に今の推測を伝えて置いてもらえるか? これだけ情報が揃えば『霊視』で名前を特定できるかもしれないからな。ともすれば意外と明日にでも決着をつけられるかもしれん」

 

「了解しました我らが王よ、ついでに『女神の腕』の方でも情報を共有して置きましょう。そちらから名前を特定することも出来るかもしれませんしな。……王らについては今日の所は休まれると宜しいでしょう。明日にでも決着をつけるというならば存分に英気を養ってくだされ」

 

「ん、じゃあそうさせて貰おうかな」

 

 オズワルドの言葉をきっかけに会議兼夕食はお開きとなった。オズワルドの齎した情報と桜花が齎した推測。この二つによってまつろわぬ神の正体が絞り込めた以上、明日にでも決着するかも知れない。いつでもまつろわぬ神と戦えるよう言うように英気を養っておくべきだろう。

 

 オズワルドからパブ二階にある英国在時に利用していた部屋の鍵と桜花のための部屋の鍵(三階部屋)を受け取りながら今日はお開きとなった。




注:どっかの後書きか前書きでもいった通り、私の作品の神話考察はあくまでそうも考えられるだけであって、事実性はあまり優先していないので信用はしないでね? キッチリ書籍とか読み漁っているので一応、間違いでもないはずですが……。

というわけで今回は考察回。《鋼》の正体についてでした。
考察といいつつ、殆ど答えを書いた気もしますが……。多少神話に詳しければもう分かった人もいるかと。

後はアレクが言っていた騎馬民族スキタイが広義的な意味合いの方という言葉から考えれば分かりやすいかな? 微妙なヒントの気もしますが。

まあこの手の神話謎解きは作者的には馴れない挑戦でしたので割りと楽しかったです。細部に違和感があるとは思いますがそこはそれ馴れていなかったということで一つ。いやあ、カンピオーネ二次を書いている他の作家さんには脱帽ですね(特に神話謎解きをやっている奴)

そんなわけで感想お待ちしております



あれ? 後書きを真面目に書いたのって久し振り?(愕然)

あ、後、待ちたくないけど誤字報告も待ってます。
……前回の誤字は頭が真っ白になったケド(アリス嬢の姓を間違うという致命的ミス)
ちゃんと確認しているはずなんだが……

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