極東の城塞   作:アグナ

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最近、ラノベもアニメも異世界ものばかりで食傷気味な件。
いや面白いものは面白いし、売れているなら人気なのだろうけど……。
此処はやはり悪役令嬢モノをですね……(なろう脳)

とりま今期はやっぱバビロニアかな!





同盟か、臣従か

 姫凪桜花の朝は早い。

 

 幼い頃から山岳信仰を発祥とした、修験道の験者として。

 また源流の古神道の名残として神仏習合時に残った巫女として。

 

 その生活が心身に染みついている彼女は日が昇るより先、朝五時半には起床していた。

 

「……んー」

 

 目覚めたのは衛宅二階に用意された自室。

 桜花は、彼が王となって以降、彼が帰国してから衛と同棲状態であり、部屋数、敷地面積ともに余裕がある衛が、「流石に同室は不味い」と言って完全に桜花に預けた部屋がこの自室であった。

 

 もう二年近く住んでいる部屋は年頃の女子にしては質素なもので、和洋調和というべきか、布団横に置かれた行灯といい、壁に設置された神棚といい、洋室なのに和室チックという風変わりな気配を漂わせていた。それはさながら主人の素朴さを示すように。

 

 とはいえ、如何に浮世離れした少女とは言え、棚に飾られたぬいぐるみや部屋に香る柑橘系のアロマの匂いと所々に彼女の嗜好が分かる気配があり、決して色が無いとは言い切れない。

 いうなれば飾らない自然体、そんな主人の気質を表しているようだ。

 

「あら……?」

 

 ふと桜花は気づいた。

 部屋の片隅、普段余り使うことの無い携帯電話に不在着信があることに。

 何処かのだらしない王と違い、覚醒した後、即座にキビキビとした動作が出来る彼女は長襦袢姿で布団から起きて、携帯電話を手に取る。

 

 ──因みに長襦袢は本来、下着用途で使われていたものであるが、現代チックにアレンジされたそれを桜花は寝間着として利用していた。

 仄かなピンクの桜色を帯びた長襦袢は楚々とした彼女に慎ましく映え、また薄着の下に見え隠れする肌色が扇情的な印象を与えて、未成人ながらも確とした女性的な姿を窺わせた。

 

 携帯を手に取った彼女はまず不在着信の相手の名を数秒と眺めた後、目をパチパチさせながら物珍しげにその相手の名を呟いていた。

 

「恵那さん?」

 

 それは去年の年終わりの大祓に参加した日の園遊会、『撃剣会』のお歴々が揃っていた席で久方ぶりに再会したのを最後とする友人の名だった。

 

 関東圏で行われる年終わりの大祓とは、いわゆる巫女としての浄めの祭事で本来は桜花が参加するモノでは無い。

 何故なら九州の古神道から成った修験道に属する彼女は委員会に貸し出されている人材であるため、『西』にも『東』にも属さない巫女である。その上、その巫女として高位の霊能こそ持っているものの、委員会預かりの巫女らのような正規の立場では無く、古神道であった頃の名残として残った巫女の地位を預かるのが桜花である。

 

 そういった諸々の諸事情から彼女に大祓等の祭事に従事する義務は無いのだが、今は関東圏で暮らしていることと、馨の依頼(というか誘い)から此方に来てから『東』の巫女らに交ざって大祓に参加していた。

 

 恵那とはその折に出会って以来だ。何せ、向こうは『太刀の巫女』としての特別な立場から年の半分以上を山籠もりに費やしており、桜花もまた王の従者として衛に伴い、日本国内外を飛び回っていた。そのため会う機会がその一回を置いて無かったのだ。

 

 その出会う機会が少ない彼女からの突然の連絡。

 少々、不可思議に思い、首を傾げるものの、桜花は久しぶりに出会う友人に折り返しの電話をかけるのだった……。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「や、久しぶり。桜花」

 

「はい、お久しぶりです恵那さん、息災の様子で何よりです」

 

 涼しげな陽気のこの頃。

 不在着信の相手、恵那に電話をかけ直した桜花はこれから会いたいという向こうの要望を叶えるため、恵那が拠点としているという湯島の小さな神社に来ていた。

 平日と言うことで本来は学校に通っている時間帯だが、そこは衛に頼み、今日は欠席と言うことでこちらを優先させて貰っている。

 

「まあね。そういう桜花も世俗に居る割には随分と澄んだ気だけど……「盾の王様」の力の影響? それに少し変わった気配も連れているけど?」

 

「相変わらず鋭いですね。……はい、衛さんの神殿構築の力により験力については山籠もりに等しい環境を再現して戴いたために維持させて貰っています。気配の方については私の口からは如何とも……」

 

「そっか、まあいいよ。桜花も王様の従者だし言えることと言えないことがあるだろうしねー」

 

 にへらと笑いかける恵那。そのさっぱりとした変わらない態度に桜花は思わず苦笑を浮かべた。

 

 ──清秋院恵那。

 

 彼女は古来より日本の呪術界に君臨する四つの家、通称『四家』と呼ばれる四つの名家の一つ、清秋院家に生まれた息女である。

 先祖に戦国大名も存在しているという由緒正しき清秋院の家に生まれた彼女は卓越した巫女としての天性に恵まれ、日本で、或いは世界でただ一人の『神がかり』の巫女であり、とある神格の巫女として仕えている。

 

 関東圏においては『東』の媛巫女筆頭として家としての立場も個人としての立場も共に高い身分に属している。しかし『神がかり』という技を行うためには相当に身を浄めなければならない都合、俗界との関わりを立つために山籠もりを常とし、こうして街に降りてくるのは年の半分以下という有様だ。

 

 そんな彼女が山から降りてきて東京に居る……そんな状況に桜花は早速、話を本題へと促す。

 

「それで恵那さん。何故、貴方が東京に? 委員会からの出頭命令ですか? それとも清秋院としての?」

 

「うーん。どっちもハズレ。っていうか半分当たり? いやあ、それがさー、実は今度、恵那は「剣の王様」のお妾さんにされちゃうんだ。我が清秋院の当主が是非にって勧めたら、おじちゃまが面白がって推挙しちゃったんだな。それで今は東京に居るってわけ」

 

「お妾さんッ!? それに『おじちゃま』とは……確か委員会でも口が出せない御老公と呼ばれる方々でしたか?」

 

「……あ、そうか桜花は九州の巫女だから委員会の事情とか知らないんだっけ?」

 

「ええ、はい。お恥ずかしながら。最低限の情報は馨さんから教えられているのですが……勉強不足ですいません」

 

「あははは、いや良いよ。恵那も組織とか政治とか良く分かんないしね」

 

 申し訳なさげに頭を下げる桜花に恵那はヒラヒラと手を振りながらあっけらかんと笑う。桜花もまた政治やら柵には疎いため、その反応は助かるが浮き駒に等しい桜花はともかく媛巫女筆頭という立場と清秋院の次期党首として政治が分からないなどそれもどうなのだろうかと桜花は内心密かに思う。

 

「ってそれよりも妾の件です! 「剣の王様」とは草薙王の事ですよね? 好色家とは聞いていましたから委員会でもそれに合わせた動きがあると聞いていましたが、まさか恵那さんを送るなんて……」

 

 仮にも恵那は媛巫女筆頭。家柄も『四家』の一角といわば立場も伴った、生まれも育ちも究極の大和撫子。そんな人物であるからして、如何に草薙王が好色家とはいえ、彼女を妾として送り込むなど首輪だろうが、縁だろうが大きすぎる。

 

 驚愕と共にそんな疑問を浮かべていると顔色から察したのか、恵那が背景を簡単に語る。

 

「ほら、最近「剣の王様」の周りに外国の人がうろうろしているでしょ? せっかく日本に生まれた王様なんだから海外の人に妾をやられると都合が悪いんじゃない? 一応、日本には「盾の王様」が居るけれど、「盾の王様」は自前で自分の群れを持ってるし海外との繋がりも強いからね。だから自国の組織に「剣の王様」を取り込みたいんじゃないかな? まあ、委員会の方でも「剣の王様」派と「盾の王様」派で真っ二つに割れて居るみたいだけどねー」

 

「じゃあ恵那さん……清秋院は草薙王を?」

 

「詳しくは聞いてないけど多分ね。了解を決めたのはおじちゃまだけど、推したのは清秋院だから」

 

 なんてことも無いように肩を竦める恵那。

 その様に悲壮感なんていうものは皆無で妾にされるという決定に特に思うところは何も内容だった。良家の息女として生まれたときから覚悟するよう教育されてきたのか、それても単なる天然か……恵那の場合、両方というのは有力だろう。

 

 しかし、それにしても……。

 

「いつの間に派閥争いなんか……でもまあ必然ですか」

 

「だよねー。だって今の日本には王様が二人居るんだもん。どっちの方が利害が一致するかで委員会の人だけじゃなくて『民』の方も忙しいみたいだよ。因みに今のところ多いのは「盾の王様」の方だね。良かったじゃん桜花」

 

「は、はぁ……私はその、余りその手の事情は……」

 

 そもそも桜花は首輪や縁の役割を帯びて衛に近づいたわけでも無く、また委員会から何か任を帯びていたわけでは無い。

 九州から向こう、淡い恋心を頼りに最低限の荷物を片手に嫁入り同然でやってきた。

 なので、衛の日本の立場、組織の立場どうこうと言うのには正直な話、疎いし、それによって自分の立場がどうこうと言うのにも余り関心は無かった。かかる火の粉があるなら振り払うだけである。……何だかんだで恋する乙女は猪突猛進だった。

 

「では、私への要件というのは、その派閥とやらを示すためにですか?」

 

「うん。それがまず一つね。で、こっちが本題なんだけどさ。正直、恵那は男の人の好きなこととかよく分からないからね。色々勉強しているんだけどこういうのはやっぱり経験者とかから聞くのが一番手っ取り早いと思うんだよね」

 

「え? え? あ、はい、そうですけど……?」

 

 恵那の口から出た“男の人が~”という突然の話題に思わず瞠目する桜花。

 まあ妾として草薙王の前に立つのだからそういうことに関して学ぶのは同然だろうし、色恋沙汰も仕事の内となれば異性の趣味趣向について考えるのは当然と言うべきだろうが、しかし何故、自分にそれを……と首を傾げた桜花に、

 

「でさ、桜花……男の人ってどういう子が良いんだろうね?」

 

「……………………はい?」

 

 その質問に桜花は固まった。

 数秒の──沈黙。

 

 キラキラと期待した目を向ける恵那に呆然とする桜花。

 脳は言われた言葉こそ理解できているものの、意味を噛み砕くことは出来なかった。

 そんな桜花を傍目に恵那は構わず続ける。

 

「桜花は「盾の王様」に嫁入りしたでしょ? だからやっぱりそういうことにも詳しいと思うんだ。いや、「盾の王様」と「剣の王様」じゃあ性格も違うし、趣味とかも違うんだろうけど百聞は一見にしかずって言うからさ。是非とも「盾の王様」に対する手練手管について恵那にもご教授して貰えればなって、そう後は夜の営みとかねー」

 

「て、手練手管ッ……!? よるのいとっ……!」

 

 なんてこと無いように言葉を投げてくる恵那に、対する桜花は顔を紅潮させた挙げ句、絶賛混乱中であった。

 未成年とはいえモノ知らぬ子供という訳でもなし、仮にも異性と恋仲であり、当然「そういうこと」に関しても知識はある。

 

 だが、忘れてはならない。半ば強引に同棲生活に持ち込んだ桜花をしてつい最近まで正式に彼女は衛と付き合ってこなかった。それは向こうが距離の取り方が上手く、彼女のアプローチに関して幾度か躱されてしまったというのもあるが、それを踏まえても二年近くの歳月がありながら最近まで付き合ってこなかった桜花である。

 つまりは行動こそ猪突猛進であるものの、真の部分は相当に純情であり、奥手というわけで……。

 

 恋人という言葉を実際に言葉にされるだけでも恥じらう乙女に残念ながら恵那が期待する女性としての手練手管は勿論、恋仲の行き着く果てに関する事柄を教授することなど不可能であった。

 

「わ、私と衛さんは清くお付き合いさせて戴いてます! そんな手練手管やら、よば……など経験があるわけないじゃないですか! 第一そういうことは大人になってからだと」

 

「え? そうなの?」

 

「そうですッ! 第一、色好みの草薙王はともかく衛さんは根の部分は誠実な方です! 正式なお付き合いをしたからといって簡単にそういうことに手を出すような無責任な方じゃありませんよ! ファーストキス一つとっても、緊急だったとは言え、私が倒れている時にしたことに、ずっと責任感じて謝ってくれるような人ですし!」

 

「あ、キスはしたんだ。どんな感じだったの?」

 

 完全にあがってしまっている桜花はサラリともう一人の神殺しについてディスりながらも自らの恋人の誠実さを顔を真っ赤にしながら訴える。

 そんな桜花の剣幕も何処吹く風とさり気なく口走った件について恵那は率直に問いかける。そして完全に混乱状態の桜花もまたそれに対して馬鹿正直に答えを返した。

 

「え? ど、どんな感じ……えっと、何というかファーストキスの方は余り覚えていませんが何となく幸せな気分になれました。後、大人のキスの方は……正直な話、はしたないことだと分かっているのですが、その、気持ちよかったです」

 

「ほうほう、気持ちよかった? それはどんな風に?」

 

「ど、どんな風に……ええっと一緒に溶け合う感じと言いますか、触れ合う唇から感じる吐息だとか感触だとか、熱くてのぼせたみたいになっているんですけど、全然苦しくなくて、寧ろもっとしたいとかもっと求められたいと思ったというか────。

 …………………って私に何を言わせるんですかッ!!!?」

 

「いやあ、桜花が自分で言っただけだと思うけどなァ。そうかそうか、なるほどなるほど」

 

 面白いように自爆していく桜花に恵那はニマニマと嫌らしい笑みを浮かべながら満足げに何度も頷く。一方の桜花の方は冷静に立ち返り、己のしていたことに頭を抱える。

 

「くっ……今にして思えば私はなんてはしたないことを……衛さんに下品な女性とか思われていないでしょうか……!」

 

「さあ、恵那にはなんとも言えないな。でも本とかで読む限り男の人はそういうことが好きだって書いてあったし、「盾の王様」も別に嫌がらなかったんでしょ? なら逆に嬉しかったんじゃない?」

 

「そ、そうでしょうか……そういえば衛さんもよく恋愛ゲームなどを眺めて……あれ? でも夜な夜なやっているゲームでは……あ、ああっ! そんな不潔です! まだ私たちには早すぎますッ!!」

 

 完全に平静を失っている桜花を傍目に恵那は、桜花は可愛いなーなどと暢気な感想を呟いている。そんな暖かい目を向けてられていることなど我知らず桜花の方は衛が時たまやっている年齢規制があるかなり過激な恋愛ゲームの画面を盗み見たことでも思い出したのか、いっそ顔を真っ赤にしてぶんぶんと腕を振っている。

 

「────うーん。こりゃあ三つ目の要件は話せそうも無いなー」

 

 取り乱しまくる桜花の様子に恵那は腕を組みながらぼそりと言った。

 そう──彼女が桜花にしたかった要件は三つ。

 

 一つは先に述べた清秋院の立場と彼女が帯びた役目に関しての報告。

 一つは命じられた王の妾として若い男女間での色恋沙汰について経験者の言葉を聞くこと。

 

 そしてもう一つ、これは「おじいちゃま」の提案であり、すなわちは桜花にと言うより彼女が使える王に対しての相談で──。

 

「──エリカたちを追い払うのに「剣の王様」に横入りされると流石に恵那も困っちゃうからねえー」

 

 目には目を。歯には歯を。女には女を宛がう。

 ならばこそ、そのために神殺しが障害と化すならば──。

 

 ────神殺しには、神殺しを。

 

 

☆ 

 

 

 桜花と恵那、その二人の再会から時刻が流れること暫く。

 

「──いやはや、困ったものですねご老人の方々にも」

 

「全くだ。ただ出さえ面倒な時期に一番面倒な問題を吹っ掛けてくるのだからね」

 

 既に日は落ち、夜の深い闇が広がる頃。

 恵那が拠点とする玉浦神社をたった今、辞去した二人組──『正史編纂委員会』のエージェントである甘粕冬馬とその主である沙耶宮馨は夜道を共に歩きながら件の実り無き話し合いについて振り返る。

 

 ──第二の王に対し清秋院家の息女を宛がうこと。それを承認した御老公たちの口添え。

 突然に放り投げられた爆弾に二人は頭を抱えたい思いだった。

 

「古老の方々にも思惑はあるのだろうけどね。しかしまあ、このタイミングとは」

 

「ただでさえ、国内情勢は不安定ですからねェ……やれやれ王が二人居る、ただそれだけでこうも纏まらないとは、流石はカンピオーネ。混沌に愛されてらっしゃる」

 

 皮肉でも言ってなければやってられないと肩を竦めて疲れたように甘粕は言った。

 

 日本国内に二人の神殺しがいる。

 今まで問題とされながらも表面化してこなかった事情が最近の平穏と共に一気にぶり返してきたのだ。

 

 というのも夏休みは両王ともに外国へ、その前はヴォバン侯爵襲来やアテナの襲撃、武家の残存勢力によるゴタゴタと様々な別問題が生じていたために棚上げされてきたが、皮肉にも全ての問題が片づき、一時の平和が戻ったからこそ、その問題は遂に槍玉に挙がった。

 

 ──詰まるところ、どちらに付くか(・・・・・・・)、である。

 

「で、馨さんの意見としては?」

 

「ふむ。メリットデメリット、リスクリターンを考えれば大きいのはやはり閉塚くんの方だろうね。《同盟》は切って捨てるには余りに大きい」

 

「個人的な感情では私的にはどちらも見ていて話していて飽きないんですけどねェ」

 

 馨の言葉に甘粕は困ったように笑みを浮かべる。

 衛が率いる呪術サークル『女神の腕』。彼が世界中で出会った変人を裏表に限らずかき集め、結成したその膨大なネットワークは他の組織を……それこそ『正史編纂委員会』は勿論のこと、他国の魔術結社の組織力をも上回るだろう。

 

「人材という面では僕たち『正史編纂委員会』や英国の『賢人議会』、イタリアの《赤銅黒十字》には及ばないだろうけど彼らの恐ろしさはやはりネットワークだ。本格的に洗い出していないからっていうのもあるけれど恐らくは僕たちの知らない『正史編纂委員会』に所属する人物との繋がりだってあるはずだ」

 

「でしょうね。私たちが流す情報以外にも衛さんは知りすぎている(・・・・・・・)時がありますし、この間の会談で連さんが仄めかしていましたしね」

 

「彼についても想定外だよ、てっきり彼らには政治を担える人材はいないと思っていたんだが……やれやれ、アレのお陰で対応も一から組み直しだ」

 

 『女神の腕』の侮れない所は情報の流通網だろう。各国の魔術結社に繋がっていることは勿論、春日部連の件でその網には一般人の目も加わるということが判明した。

 相手が魔術師だけと対象を絞れるならば程度、彼らの情報網を見切り、その上で対策も練れるというモノだが何の関わりの無い一般人も彼らの一員として活躍するともなれば、厄介極まりない。

 

 またそんな現実を知らしめた春日部連という存在自体も油断は出来ない。

 一見して戯けた非日常を楽しんでいるだけの高校生といった様ではあるが、馨やエリカに交じり真っ向から交渉に当たったり、そこはかとなく手持ちのカードを見せて牽制してきたりと素人と言うには余りに出来る。

 

 伊達に只人のみで幹部として組織を担っているというわけでは無いと言うべきか。情報というものを武器に見えないカードを警戒させ、一方的な利を突きつけさせない様はエリカの相互に利益を一致させ、味方につける政治手管とはまた違った厄介さを見せる。特に、「なんでもあり」と思わせることに関してはエリカすらも警戒していた。

 

「『賢人議会』と親しいとは聞いていたけれど……まさか《赤銅黒十字》にも通じているとは思わなかったよ」

 

「パオロ・ブランデッリ。まさか彼からその名が出るとは思いませんでしたね」

 

 そう、件のエリカに「なんでもあり」と警戒させた何よりのカードはそれであり、馨らにも『女神の腕』という存在の認識を改めさせたカードである。

 

 イタリアに君臨する『剣の王』神殺し、サルバトーレ・ドニ。

 そんな規格外と並び称される『イタリア最高の騎士』と名高いその人物こそパオロ・ブランデッリ、《赤銅黒十字》の長であり、エリカの叔父である。

 

 元より彼は『黒王子』ことアレクサンドル・ガスコインと過去に共闘するなどしており、ならば『黒王子』や『賢人議会』に距離感の近い『女神の腕』が友好を持っていても不思議では無いが、だからといって直接、名を出されると衝撃は異なる。

 

「暗に《赤道黒十字》にも通じているぞ、と。何処まで知り尽くしているかは知りませんし、パオロ・ブランデッリも一組織の長であり、何よりエリカ嬢の叔父だ。勿論、贔屓するのはエリカ嬢の方でしょうが……」

 

「その時の利によっては『女神の腕』にも手を貸すと、暗に其れを仄めかしただけでもカードを切っただけある。それに少なくとも、あのカードはエリカさんの行動を制限するものであって本命は別にあると僕は見たね」

 

「では……?」

 

「十中八九、別口(・・)だ。パオロ・ブランデッリではない《赤銅黒十字》に属する魔術師からの内部リーク……深度は分からないけどエリカさんの報告を横見が出来る程度には深みにあると見て間違いない」

 

 あの時、連はパオロの名と共に草薙護堂に関する幾つかの権能とその条件(・・・・・・・)について口ずさんだ。それは『正史編纂委員会』も知らないものであり、ひいては《赤銅黒十字》に報告されたはずのものだった。

 それを知っているということは即ち彼らは《赤銅黒十字》にもそのネットワークを持ち、かつそれなりの情報を引っこ抜くことが可能であると示している。

 

 さらにあの場では一見してパオロから聞いたという風に話していたが、仮にも組織の長、それも草薙護堂を王として仰ぐと暗にエリカを送り込んでいるパオロが裏切り同然の行為を表立ってやるとは思えず、必然的に別の情報源があることを示唆している。

 

 その上でパオロの名と彼との繋がりを口にしたのは彼が組織の長であるからだろう。組織の長である以上、その組織を維持するため考えなしの賭けは許されない。

 草薙護堂を王に迎えるという意見に異論は無くとも、それはそれとして今はまだ未熟な王に対し保険は持って起きたいというのが本心であろう。

 

 内部スパイ、とまでは言い切れないものの《赤銅黒十字》所属の何者かは恐らくその保険、『女神の腕』との縁を担っているはず。ならば裏切り者とエリカが一方的に処断するのは難しく、しかし、そういった存在がいると分かった以上、彼女に必要以上に《赤道黒十字》を頼ることを自重させて…………。

 

「いや全く改めて思うと意外と悪辣だな! あの場でエリカさんの過度な干渉、行動を完全に封じた挙げ句、暗に僕らへの牽制にも使ってきたぞ!」

 

「昨今はインターネットが発展めざましいですが、成る程、情報を制するものが世界を制するのがこれからの時代というわけですね……」

 

 正しく反則も良いところだ。

 こちらは相手が何枚のカードを保有しているか分からないのに、向こうは一方的にこちらのカードを眺める事が出来る上、カードを晒して警戒させるも、カードを伏せて切り札とするも自由自在。

 

 前回の交渉においてはさしずめ見せ札は『組織のネットワーク』、伏せ札は『膨大な情報貯蔵』と言ったところか。

 

「『女神の腕』がただの変人による烏合の衆ではないと分かった以上、各国に繋がりを持ち、膨大な情報ネットワークと相応の実力を持つ幹部による政治が行えると分かった以上、齎すメリットは相当だ。彼らの目から完全に身を守るのが不可能と分かったし、それならばこの際、リスクには目を瞑っても良い。その上で見逃せない一番の問題と言えば……」

 

「神殺し・閉塚衛は『女神の腕』の長であり『正史編纂委員会』の《同盟者》である、ということですね」

 

「正しくその通り。『女神の腕』が国内組織で僕たちとは別の派閥であるっていうならば話は簡単だったけど、全く別の独立した組織だからこそ面倒なんだよ」

 

 そう、どちらに付くか、一見明白な問題にも関わらず彼らが悩まざるを得ない、一番問題。一番のメリットを齎すであろう日本の王の片翼が既に自前で組織を保有し、かつその組織が全世界に膨大なネットワークを張り巡らしていると言うことだ。

 

「僕らが真っ先に駆けつけ一番! ていうならばまだ『日本の王』として体裁は保てていたんだけれど」

 

「真っ先に駆けつけたのはイギリスの王様。ひいては彼の組織と『賢人議会』。その後に衛さんは自前の組織を結成した挙げ句、一番初めの同盟者もかの『黒王子』と『賢人議会』。こちらとしては完全に出遅れ、『日本で生まれた他国の王』同然の立場に衛さんは相成ったと」

 

 草薙護堂と閉塚衛。一見して似たような境遇の二人を何より分かるものがそれだ。

 

 草薙護堂周辺に見える《赤銅黒十字》や《青銅黒十字》は無論、厄介である。いうなれば他国による引き抜き工作であり、さしずめエリカたちはそのための外交官だ。

 しかし肝心の王、草薙護堂にはイタリアに移住する意思は今のところ見えず、日本での学生生活を謳歌しており、また日本側も万里谷祐理という楔を打ち込むことに成功している。

 そういった意味では今のところ日本の王としてキッチリ確保していると言える。

 

 だが一方の衛はどうだろうか。『女神の腕』頭首として『正史編纂委員会』と《同盟》しており、甘粕や馨と個人的な友好を持っている。

 が、護堂のように身近に囲っているものと言えば厳密には委員会所属では無い、姫凪桜花やそもそも呪術者ですらない春日部連。そして彼らのように親しい仲であると報告されているのは国外に住まうものたちと、とかく身内に関しては完全に自前である。

 

 無論、仮にも委員会所属の桜花ならばある程度、首輪として機能するだろうが、彼女が感情を優先させれば引きちぎれる程度でしか無く、場合によっては九州の呪術者たちが敵に回る上、無理が過ぎれば王の怒りを買う。

 言い方は悪いが万里谷祐理のような人質として機能しないのだ。

 

「経歴、功績、ともに仰ぎ見ることに異論が無い候補者筆頭は既に日本の王とは言い切れない立場、かといってもう一人の王を仰ぐにしても今はまだ力不足が目立つ上、周囲には他国の影」

 

「衛さんの二の前にならないためにも手を打っとくに超したことはありませんが、過度な干渉は草薙さんに悪印象を与えるため大きな動きは見せられない。加えて、下手に二枚舌を見せれば衛さんの不況を買い兼ねず」

 

「ならばと彼を推そうにも親しいポストは既に埋まりきっており、我々が介入する糸口は無いと」

 

「……ハァー、いっそ馨さんが衛さんと婚約するというのはどうですかね」

 

「あっはっは、それでも良いけどね。問題は彼ら彼女らにその辺に柔軟性があるかどうかだけれど……」

 

「まあ無理でしょうね。相思相愛、ぞっこんです。下手に権力にものを言わせて介入した暁には衛さんによって国ごと焦土にされかねませんよ。身内を守るという一点に関してはあの人は知り合いだからといって容赦しないでしょうし」

 

 やけくそと朗らかに笑う馨に、打つ手なしと首を振る甘粕。

 これぞ正しく袋小路。

 『同盟』を取るか、『臣従』を取るか。

 

 その狭間に迷うのは何も馨や甘粕だけでは無い。

 『正史編纂委員会』の内部派閥、『四家』の連中、『民』の魔術師。

 

 誰もがどちらに付くか、付くべきかで意見は紛糾してる。

 

「浮き足立つね全く。少し恵那や九州連中が羨ましいよ」

 

「清秋院は御老公の一声で旗色を明らかにし、桜花さんを送り込んでいる高千穂の修験道一派を筆頭に九州は揃って衛さん一択。我々もいつまでも座視しているわけにはいきませんな」

 

 そう。枠は有限だ。

 どちらに付くにしても早期に明確にしなければこちらのねじ込む席は全て埋まってしまう。そして一番やってはならないのはどちらにもつけないという状況を作ること。

 

「……割るかな?」

 

「というと?」

 

「この祭、清秋院が旗色を明らかにしてくれたことを良しとして、四家の内で閉塚くん派閥と草薙くん派閥で真っ二つに割る。この状況で意思の統合は難しいからね。無理した挙げ句、どちらにもつけないという状況を作るよりかは諦めて好きな方についてしまう。それならば通せなくは無い」

 

「……なるほど双方に同じ組織のシンパを置いてなあなあでやる、と。しかしそれは」

 

「うん。結局、王らの相性次第だ。避けるべきは両王の大激突。多少の小競り合いならば許容できるけど僕たちの立場をして利害の垣根を越えて避けるべきは正にそれだ────そう考えると今回は見極める良い機会かも知れないね」

 

 ため息交じりに議論の締めの言葉を語ると共に思い出すのは恵那から齎された『予言』だ。いや、厳密には彼女が起こすであろう事柄。

 

「……エリカ・ブランデッリ、リリアナ・クラニチャール両名の排斥を口実に、草薙護堂の介入を足止めするため閉塚衛をぶつける──全く……正気か、御老公」

 

 馨をして頬に冷たい冷汗を伝わせる。

 もはや次なる動乱は避けられず国内での激突は必定。

 

 遠く、遠く、遠雷の音が聞こえた気がした。

 ──嵐は、もう近い。




思いの外長くなってしまった件。
どっちかで区切れば良かったかな……。

ともあれ今回は主人公の登場しない裏幕回。
原作では胃を痛めたのは甘粕さんだけでしたが本作では馨さんも胃にダメージ。

どうなる板挟みの権力層。今後の進展に乞うご期待……!


つーか書いてて思ったが我が主人公ながら立場面倒くさすぎだろ……。
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