極東の城塞   作:アグナ

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前回、お試しでやってみたアンケートの結果で笑う。
二万字いけるっしょと冗談で書いたら結構入ってるし……。
大体、一万から二万程度が宜しいのか。

ていうかこの手のSSって五千文字程度がいいと聞いていたのだが違うのだろうか。
それとも作品の問題か?


とまあ、自己分析はこれぐらいで終わり。
多分、お待ちかねのVS原作主人公。

さて、私の腕で何処まで表現できるか……!?


覚悟の在り処

 対峙する。

 

 それはさながら侍の真剣勝負か西洋のガンマン同士の決闘。

 肌を刺すような緊張が支配する中、遂に王らが戦場で邂逅する。

 

 神殺し、草薙護堂。

 神殺し、閉塚衛。

 

 共に同胞であり、同じ故郷の土を踏むものでありながらしかし、絶対に相容れない不倶戴天が如く、今まさに二人は向き合っていた。

 

「よう、後輩君。出来れば会いたくなかったぜ」

 

「アンタ、は……」

 

 警戒と驚愕を乗せた護堂の言葉。

 対して衛は言葉だけ聞けば親しげな、だが、苛立ちと吐き捨てるような言葉を投げた。そこに友好的な雰囲気など皆無である。

 

「神殺し、閉塚衛。訳あって敵対させてもらう。自分の相棒が気になるなら、この場で心を決めていけ、でなくばお前には誰一人守れない」

 

 次いで嘲弄するような響きの一方的な宣戦布告。

 その、彼を知る者ならば如何にも似合わないだろう言葉だ。

 

 そもそも守戦がスタンスの衛がこうして自ら仕掛けるということ自体が異常事態だ。過去、衛から戦を仕掛けた例は悉くが報復戦である。

 それはヴォバン侯爵との戦いを演じたように、過去に何らかの要因で仲間を傷つけられたからのものであり、言ってしまえば因縁のある相手である。

 

 しかし、その点から照らし合わせれば護堂と衛の間に因縁などない。

 

 強いて言うならば同じ土地に住む王同士ということだが、基本的に領土やら権力に無頓着な衛は同じ土地に王が居ようと無関心であるし、裏の事情──魔術や神様がらみの荒事に絡むことを嫌う護堂もまた自国と同じ王が居ようともヴォバンやサルバトーレのような気質ならいざ知らず、戦を好まないという仲間内では平和的王に関心は持たない。

 

 要は両者の間に争うべき因果が存在していないのである。

 理解できない不足の自体に護堂は警戒を見せつつもまずは話し合いを選択した。

 

「なんでアンタが……それに此処は一体何なんだ」

 

「……此処はアストラル界だ。お前も神殺しならば一度は耳に挟んだことがあるだろ後輩。幽世、妖精境、イデアの世界、何でもいいがな。要はあの世一歩手前の異世界みたいなものだ。そして俺が此処に居るのはひとえに依頼だよ、お前を此処に閉じ込めろ、というな」

 

 護堂の質問にやはり苛立だし気に答える衛。

 アストラル界……護堂は直前、エリカと話した内容を思い出す。

 そして弾かれたように思い出す。

 

 ──居ない。直前まで隣にいた相棒の姿が何処にも。

 

「ッ! そうだエリカは……!」

 

「現世だ。お前の相方に関してはこっちに引き入れていないからな。そもそもお前とあっちを引き離すことがコッチの目的だし、今頃、恵那と戦っているんじゃ無いか? アイツの目的はそちらのお嬢さんを倒すことで、そのために態々、俺が出張っているわけだし」

 

「……じゃあアンタが此処に居るのは恵那の依頼ってことか」

 

 何処までも他人事のように事実だけを放り投げるように言う衛に護堂は警戒と先ほどから向けられる訳の分からない非友好的な雰囲気に込み上げてくる腹立たしさを覚えながらも、胸の内で押さえつつ言う。

 

 護堂の言葉に衛は何が癪に障ったのかいっそ一周回って笑えるとばかりに非常に攻撃的な笑みを浮かべて……。

 

「ま、そういうことだ」

 

 端的にそう返す。

 

「詰まるところ、お前には此処でブランデッリのお嬢さんが敗北するまで大人しくしていて欲しいという話だ。ああ、安心しろ。別に大人しくしている分には手荒なマネをするつもりもないし、興味も無い。それは表のお嬢さんも同じだろう。老害どもの目的はアレの排斥だ。殺し合いになることはないだろうさ、もっとも無事とは言わないが」

 

 肩を竦めながら言う衛。

 投げやり、機械的な対応、勝手な言い分。

 

 衛が先ほどから述べる言葉は正にそうとしか言い様がなく、だからこそ護堂の語気は少しずつ荒げられていく、うちに押さえる感情の息吹と共に。

 

「なんでアンタらに友達との仲を一々口出しされなきゃならないんだ」

 

「老害郎党と一緒にするなよ。俺はただ言われたことを言われた分だけ実行するだけだ。その結果、お前(・・)の周辺がどうなろうが知った事かよ」

 

 護堂が苛立ち混じりにそういうと、返す衛は不愉快だと言わんばかりに言い捨てた。

 警戒感が生み出す緊張は次第に剣呑さを帯びていく。

 

「……今すぐ俺を元の場所に戻せ。俺とアンタは戦う理由が無いはずだろ。アンタだってどうも無理矢理こうしているように見えるし、第一アンタなら嫌なことを強要されて素直に従うことは無いんじゃ無いか?」

 

 相棒の心配と目前の人物から齎された勝手な言い分に今も苛立ちながらも護堂は言葉を募る。別に目の前の人物とはさして親しいわけでは無いが、嘗てヴォバンを共に相手取った経験と神殺しとしての直感が、目の前の人物の性格を訴えていた。

 

 表面上は極めて似つかないが、衛の根本はヴォバン侯爵のそれに似ている。

 好きなことには手間を惜しまず、嫌いなことはとことん払い、興味ないことには関わらない好き嫌いがそのまま行動に起こるタイプ。

 

 そして先の会談で身内以外に興味は無いし、逆に手を出されれば殺すという言葉に嘘偽りが無いならば、間違いなく護堂と衛に因縁は無い。

 

 だから争わずとも済む解決法があるのでは無いか……そんな護堂の予測と願いは──。

 

「……く、は!」

 

 まるでその言葉こそ地雷(・・・・・・・・)だと言わんばかりに、真逆の方向へと転がる。

 

「ははは、はははは、あははははッ!! ──よりにもよってお前が! それを! 言うかよッ!! ああ──やっぱ駄目だわ」

 

 けらけらと一瞬見せる呵々大笑。

 だが一転して次の瞬間、いっそ底冷えするような怒りと敵意を見せる。

 

「全く後輩君の言う通りだ。俺はお前に興味が無いし関心も無い。だが、少し気分が乗った。最初に言っておいてやる、これは一方的な八つ当たりだ。好きに抵抗し、好きに足掻け、その果てに俺を抜いて見せたならば現世に送り返してやる」

 

 衛の肉体が帯電する。

 ……否、彼の肉体が帯電しているのでは無い、彼を覆う存在が目映いほどの稲光を発しながら主の感情に共鳴して強大な力の片鱗を垣間見せる。

 

 直視する。アレこそが山羊の化身。

 共闘の際、護堂の化身が一つを呼び起こした存在にして衛を代表とする権能!

 

「だが、その下らない中途半端な意思と相応の力を示せないというならば……宣言しよう、此処でお前たちは終わる。ブランデッリのお嬢さんも──クラニチャールの娘もそして万里谷祐理もな」

 

「ッ! お前、祐理たちに何をしやがった……ッ!!」

 

「聞きたければらしく聞き出してみろよ後輩! 王たる由縁を示してせろ!!」

 

 かくして遂に火蓋が切られる。

 激しい雷鳴と共に全容を表した山羊の化身。

 其はクレタ文明に嘗て君臨した絶大なる女神の残滓。

 

 その名は──。

 

「駆けろ、アルマテイアッ───!!!」

 

 叫びと共に《神速》の稲妻が護堂に迫った。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「羽持てる者を恐れよ! 邪悪なる者も強き者も、羽持てる我を恐れよ! 我が翼は汝らに呪詛の報いを与えん! 邪悪なる者は我を討つに能わず!」

 

 あと数瞬とかからず直撃するはずだった雷撃は目標を打ち据えなかった。

 聖句を宣すと共に護堂は疾風をも凌駕して衛の視界から掻き消える。

 その様を見て衛は、

 

「ハ──《神速》の権能……『鳳』か!」

 

「だああああああッ!!」

 

 軍神ウルスラグナより簒奪せしめた十の化身。

 そのうちの一つ、所有者に雷光並みのスピードと身軽さを与えるという衛の保有するアルマテイア、アレクの《電光石火》と同じ《神速》の権能!

 

 雷撃を外し、地面に強大な焼き痕と辺り一帯を照らし上げながら轟音を上げるアルマテイアの嘶きを背に護堂は衛へと突進する。

 とにかく現実のエリカたちの状況が分からない以上、時間を掛けるのは愚策も愚策。ましてやエリカたちが居ないと言うことは今までの戦い、常にセコンドのようにして護堂に助言や知識を与えてきたサポーターが不在と言うこと。

 

 未知の敵相手に余りにも致命的だし、時間を掛ければ護堂が知らない手練手管を晒してくることだろう。そうなれば戦闘の長期化は不可避。

 相手が全力を披露する前に戦いに決着を付ける。

 その判断は成る程、正しいが……。

 

「舐めすぎだろ、お前……!」

 

「なっ!」

 

 鼻で笑い飛ばすような衛の嘲弄。

 

 カン、と地面で鳴らした金属音。

 それが衛が気づけば纏っていた蒼天の具足が発したものだと護堂が認識した瞬間、護堂が先に衛に見せてみた如く、今度は衛の身体が跡形も無く掻き消える。

 

 それに驚愕する護堂に次瞬、襲い来る凄まじい衝撃。

 如何な手段か《神速》で駆ける護堂の背に一瞬のうちで回り込んだ衛が蒼天の具足で護堂の背中に強烈な回し蹴りをたたき込んだ。

 

「があ……!」

 

「休む暇はないぞ!!」

 

 『鳳』を蹴り破られ無様に地べたに転がる護堂に容赦は無い。

 衛は再び謎の超速移動で掻き消えると同時、先ほどは外したアルマテイアが再度の突撃を敢行していた。《神速》を強制的に解除された以上、すぐさま護堂はそれに対応して見せようとするが一手遅い、今度こそ雷撃が突き刺さる。

 

「ああああああああ!!」

 

 強烈な衝撃と共に痛み、痛み、痛み、痛み。

 フラッシュバックする視界と轟音に麻痺する聴覚。

 全身の至る所を焼き炙られる感覚に護堂はたまらず絶叫する。

 

「ふん……」

 

 膝を突く護堂、それを見て衛がつまらなさげに鼻を鳴らす。

 そして、油断なく臨戦態勢を整えたまま言葉を紡いだ。

 

「直情的だな。気に食わないが俺やクソジジィと同じタイプか。感情がそのまま戦いでのやる気や気合いに直結するタイプだろお前。だからこそ、いっそ気に食わん。何故、最初に遮二無二俺に仕掛けなかった?」

 

「なん、だと……?」

 

 衛の言葉に早くも息絶え絶えながらも睨み付けるように質問を意図を問う護堂。衛はスッと目を細めながら探るように答えを返す。

 

「あの時点で俺がお前の敵であることは明白だった。大切な相棒は現世の方で行方知れず。ならば選択するべき行動は言葉を交わすことでは無く問答無用で俺という障害を捻じ伏せることだったはずだ。にも関わらずお前は言葉を選んだ」

 

 仮に衛だったならば、こういった状況で無言もまま赫怒の暴力を晒しただろう。

 仮にヴォバンだったならば、喜々として状況に臨み、暴虐を尽くしただろう。

 

「結局の所、俺たちに平和的な和解なんてあり得ない。どいつもこいつも俺を含めて我が儘で、その上手に負えない権能(チカラ)を持っている。通す我があり、払う力があるならば取るべき行動は明白すぎる」

 

 そう、元より神殺しとはそういうものだ。

 衛を含め、全員が度しがたい我が儘で人でなし。

 自分の都合を最優先に回し、調和を乱す混沌のド畜生。

 

 それはもはや衛をして否定するつもりはないし、大小の差違はあれ、神殺しであれば自覚している部分だ。

 

 守る誰かのためならば悉くを粉砕する衛は言うに及ばず、民衆の味方だと有名で、『守護聖人』などと持てはやされる伝え聞くアメリカの神殺しですら周囲に甚大な被害を出す上、民衆を守ると豪語しながらもヒーロー然とした登場に拘るためか要所要所で問題行動を起こす人物だと聞く。

 

 人格的に極めて問題あり。

 混沌に愛され、愛す者。

 傍迷惑の化身。

 

 それこそが神殺しであり、それを主観的にも客観的にもそれは認めざるを得ない。

 

「極力争いごとを避けた? 違うな、お前は体裁を守っただけだろ。そんなにも普通の高校生でいたいのか? だったら先人として教えてやる、不可能だ」

 

 普通の人間は神をも害する危害を持つか?

 普通の人間は神をも脅かす猛威を振るうか?

 普通の人間は神をも凌駕する意思を見せるか?

 

 否、否、否である。

 

 神殺しと成り果てた以上。

 或いは神殺しと成り果てるより前から。

 

 平凡平和など無縁の話。

 彼らは災禍の仔、エピメテウスの落とし子なれば。

 

「諦めろ、俺たちはカンピオーネだ。あらゆる神を轢殺し、同胞同族との戦に愉悦する自分勝手な人でなし。今更、心を我慢したところで何になる?」

 

 同情と侮蔑を浮かべた奇妙な視線を後輩に向ける。

 嘗て衛が飲み干し、覚悟することを決めた境界線上で揺蕩う護堂を。

 

「……五月蠅い」

 

「………」

 

 ザッと二本の足で確と立つ護堂。

 その足は生まれたばかりの鹿のように震えているが、衛を睥睨する二つの意思を乗せた瞳が堂々たる様を見せつけている。

 

「アンタが言ってることは正しいんだろうさ。俺だって神様とはいえ、殺しているんだ。喧嘩の範疇は超えているし、人でなしって言われたらまあそうなんだろう。だからその責任とか、決意とか、そういうものを背負えってアンタは言うんだろ?」

 

 ウルスラグナ──まつろわぬ神として覚醒する前、護堂は彼と言葉を交わし、少ないながらも同じ時間を共有した。向こうはどう思っていたかは知らないし、知る由も無いが少なくとも護堂は彼を友達だと思っていた。

 

 だが、そんな相手を護堂は倒した。度しがたいほどの暴力をまき散らし、周囲に多大な迷惑をかけた不倶戴天とは言え、他ならぬ護堂の意思と決意を持ってしてあの一時友誼を結んだ不倶戴天の友を討ったのだ。

 

 違う違うと言われてもいざ口に出されてしまえば言い訳は無い。

 

「でも……そんなことは(・・・・・・)どうでもいい(・・・・・・)。決意とか覚悟とかさ、小難しいことに俺は興味は無いんだ。今俺にとって大事なのは現世の方で戦っているエリカたちであり、アンタが何か仕掛けたって言う祐理たちだ。俺は人でなしかも知れないし、アンタの言葉も正しいのかも知れない」

 

 ああ、そう、いつだって一番大切なのは友達で。許せないのはまつろわぬ神やカンピオーネによって理不尽な暴力に晒される者たち。それを護堂は守りたいと強く思うし、ただ暴れ回るものたちには義憤の感情を覚える。

 

 小難しい理屈なんて最初からどうでもいいのだ。

 

 友達は助けるもので、困った人には手を差し伸べるもので。

 

 そのために『まつろわぬ神』や神殺したちが立ちはだかると言うのならば。

 

「アンタの理屈なんて知ったことか(・・・・・・)! 俺は今すぐエリカを、あいつらを助けなきゃならないんだよ! ──そこを退いて俺を此処から出せ!」

 

 上等だ──殴り倒して先へ征く!

 理屈も覚悟も何もかも総じてどうでもいいと言ってのけた護堂に衛は初めて苛立ちを収めて奇異の視線をやる。そして噛み砕くように護堂の言葉を内心反芻して……。

 

「………お前もやっぱり人でなしだな。だけど今の喝破は悪くなかった」

 

 問答は望んだ答えとは異なっていたが、現世で垣間見た周囲に流されるような有様よりは多少マシな解答だ。飾った言葉や下らない大義名分や一般論を語られるよりも余程納得がいく。仲間を守りたいという純粋な思いもまた良い。

 

 ならばこそ……ああ、その気概が本物だというのならば。

 

「一撃だ。俺に当ててみろ。それが出来たなら引いてやる。出来なくば、どの道お前の言葉は口先だけだ。友情も何もかも此処で諦めていけ」

 

 言うだけのものを見せてみろ、と挑発する衛。

 それに対して護堂が返すべき言葉はただ一つ。

 

「俺は何も諦めない! アンタを倒してエリカたちを助けに行く、覚悟しろ……先輩(・・)ッ!!」

 

「────ハッ! よく吼えたッ!! 後輩(・・)ッッ!!」

 

 今度は同時に大地を蹴る。

 

 もはや問答無用。

 通したい我が儘のため障害を打ち砕くのみだ。

 

 東方に住まう《軍神》と《城塞》。

 

 己が勝利を掴むべく、滾る呪力と権能を手に再び激突した。

 

 

 

 

「く……ハアアアァァァ!!」

 

「────シッ」

 

 重なる剣戟は果たして幾度目か。

 リリアナ・クラニチャールと姫凪桜花の戦いは膠着に陥っている。

 

 いや、徐々に、着々と詰められているというべきか。

 一見して互角に渡り合う二人の少女であるがその内情は見た目とは正反対に歴然だった。こと剣術において……リリアナでは桜花の足下にも及ばない、と。

 

「そこです」

 

「ぐッ!」

 

 その一挙手一投足──今も油断なく目を凝らし、感覚を研ぎ澄まし、極限状態の観察眼で全力を振るっているにも関わらず、見切りはギリギリ。

 リリアナが攻勢に打って出ようとした瞬間、狙いしましたかの如くその気勢を削いでいく。……まるで大海に流される漂流者だ。

 

 手数の有無、駆け引きの上手さ。

 それらを持って編み上げる戦術の妙。

 

 断言しよう、その全てにおいて桜花という敵手は格上だ。

 

「成る程、これが西洋の騎士の技ですか。素直に賞賛しましょう、その年でこの練度、紛れもなく貴女は天才……同じ剣士として敬服します」

 

「は……貴女に言われたのでは皮肉にしか聞こえないな……!」

 

 フラメンコのような激しいステップを幾つも踏み、怒濤の攻めを見せるリリアナ。こと敏捷性、素早さ、身軽さ、はしこさにおいてはエリカすらも圧倒する才女の剣は視線を振り切る速度で刃の煌めかせ、冴えの限りを見せつける。

 

 だが……悲しいかな。相手が悪い。

 

 彼女こそ高千穂峰が生んだ血統を寄る辺としない純真無欠の天才。

 剣において曰く、歴戦の神殺したちの技量に匹敵する怪物(フェノメノ)である。

 

 しかも修験道という山岳信仰の隣人としてあり、雄大なる自然と天狗の技で鍛え上げられた彼女の戦闘スタイルは完全にリリアナの上位互換だ。

 疾風の如き、剣閃は淀みなく、清らかに舞うような踏み込みは洗礼され尽くしているが故に無駄が無い。

 

 彼女の剣技一つ、踏み込み一つにリリアナは対応するため、回避するため多いときは七度のステップを踏まされる。対する相手との行動負荷に圧倒的な違いが生じている以上、削られるスタミナは相手以上だし、実力面で負けてるということは交わす剣戟を積み重ねるたび、リリアナはピンチに陥っていくということだ。

 

 敵が格上ということは順当に行けば順当に負けると言うこと。

 リリアナが勝算を見いだすためには何とか桜花を出し抜いてみせなければならない。

 

 桜花の刀がリリアナの胴を切り裂く──瞬間、リリアナは跳躍していた。

 しかし流石と言うべきか、桜花は一瞬の動揺も無く、即座に刀の軌道を変更。

 切り払いから、切り落としへ。

 

 空中に無防備を晒すリリアナを撃ち落とさんと刀を振るった。

 しかし……。

 

魔女(ストレガ)の翼よ、我が飛翔を助けよ!」

 

「む……」

 

 言霊を唱えると同時、リリアナは空中を蹴って(・・・・・・)、行動の頭を押さえにかかる桜花の剣術から遂に脱した。

 そう──リリアナは卓越した騎士であると同時に魔女である。欧州の魔女が秘技、『飛翔術』。空を駆る魔女の術をリリアナは箒なしに実現させながら、空中で身を翻して急降下、猛禽類もかくやとばかりに頭上からサーベルを振り下ろす。

 

「はぁっ!」

 

 頭上という有利からの振り下ろし。

 しかも、桜花は刀を振り抜いた後で隙だらけだ。

 対応は──間に合わない。

 

(取った──!)

 

「いいえ、否です」

 

 確信とともに振り下ろした決めの一手はしかし桜花の言葉に否定される。

 言葉と同時、桜花は『ピュイ』と口笛を吹く。

 それは鳥を呼び込む鳥笛染みた音色であり、リリアナはそこに呪力の念が入り交じっているのを感覚的に察したが、対応するには遅い。

 

 不意打ちを逆に利用され、この上ない隙を晒す嵌めになる。

 

「なっ……!」

 

 風が吹く──木枯らしのように突如として生じた小規模の竜巻は桜花を中心として彼女の周囲を巻き上げ、周辺気流を乱した。

 それによって空中にいるリリアナは体勢を乱され桜花に無防備を晒す。

 

「飛翔術はその移動距離も高度も既存する魔術内においてもっとも空を駆るのに秀でた術と聞きますが、その分、術を行使中に晒す隙も弱点も多い。私も空を駆る術には幾らかの造詣があります。故にこそその長所も短所もよく知っている」

 

「ッ!」

 

 そう、桜花は剣術において並々ならぬ使い手であるものの、同時に卓越した巫女である。元より修行によって『験力』……自然界に息吹く霊気を蓄え、内に満たし、不浄を清めることにより自然と一体化する修験道の教え。

 

 だからこそ嘗てクリームヒルトに呪われ、その神格を宿してしまう嵌めになったりしたものの、少なからずある降霊適正はそれこそ彼女の巫女としての差違の証明だ。

 また修験道において天狗の術の受けた桜花は『風』と『火』に関しては並の術士を凌駕している。『風』を以て空を駆ることも出来るならば逆に『風』を以て空を制することも出来る。

 

「ハッ────!」

 

「ぐっ…………ああ!」

 

 首筋に狙い外さぬ鋭い剣閃。

 咄嗟にリリアナは首をはね飛ばされる覚悟をするが、直撃寸前、桜花は刀を返しその峰でリリアナの首筋を狩る。

 

 衝撃とともに地に打ち落とされるリリアナ。

 くぐもった悲鳴を漏らすリリアナに次瞬、冷たい感触が肌を撫でる。

 

「私の勝ちです」

 

「……くそ!」

 

 宛がわれる刃の冷たさ、それを感じてリリアナは毒突いた。

 呆気なく突いた勝敗。

 悔しさと情けなさに思わず顔を落とすリリアナに。

 

「恥じることはありません。私相手にこれだけ打ち合えたこと、それは誇るべきことですよ。一合目で貴女は私との彼我の差を察したはず。それでも諦めず私に挑み、最後まで勝利を信じて戦い抜いたこと。これは恥じるような敗北ではない」

 

「言ってくれるな……流石は『堕落王』の従者というべきか」

 

 口に出た悪態に先ほどまでの気力は無い。

 いや、自ら口づさんだ言葉に自己嫌悪したというのがこの場合は正しいか。

 

 従者……いや、騎士としてリリアナは何一つ役に立てなかった。

 今もアストラル界という向こう側で戦っているだろう護堂の助けになるため、或いは恵那という目下の障害を倒すため祐理に手を貸すといってこの様だ。

 

 見れば、祐理の方も『女神の腕』もう一人の臣下たる男に動きを封じられている。男の足下には甘粕が赤いマフラーを模していた呪具に絡め取られて転がっている。

 どうやら向こうも向こうで決着がついたようだ。

 

 何が、近衛だ。

 なんたる体たらく。

 

 王の従者として役に立つどころか騎士の本懐すら遂げられないとは。

 

「──貴女はもう少し肩の力を抜いた方が良いと思いますよ」

 

 自己嫌悪に浸るリリアナにふと穏やかな声が投げかけられる。

 顔を上げれば透徹とした瞳はなく、いつの間にやら優しげな光を浮かべた柔らかな年相応の少女の顔で、リリアナよりも年上らしく言葉を掛ける。

 

「これは勝手な印象ですが貴女はだいぶ背伸びをしているように見えます。それは弁えろとか、分不相応とかそういう意味では無く単純に誰かに相応しい自分になろうというような……端的に言って無理をしているように感じます」

 

「!」

 

 桜花の私的にリリアナは言い返そうと口を開くが何故か言葉は出なかった。

 そんな自分に困惑するリリアナに桜花は言葉を続ける。

 

「祐理さんもそうですが、草薙王……貴女方に合わせて敢えて草薙さんと呼ばせて貰いますが、聞くに彼は実に色好みだとか。恵那さんのこともありますし、察するに貴女の無理はそこにあるのでしょう。後は、そう、忠義と思慕の狭間に悩めるといったところでしょうか?」

 

「……ッ、貴女に何が」

 

「ええ。分かりませんよ? 貴女とはこうして敵対している仲であり、普段から友好があるわけでもない。仕える王もまた別です」

 

 桜花とリリアナでは置かれた環境も異なれば仕える王もまた全然違う。

 庇護者である衛と義侠の護堂では性格も異なれば立ち位置も違う。

 

 だけど、と一つ繋げて桜花は言う。

 

「私は貴女に親近感を覚えます。言うなれば貴女は少し私に似ている。自分の気持ちのあるがままを晒せないところなどは特に」

 

「────」

 

「少しでも格好いい自分を見せたいのでしょう? 弱い自分を想う殿方に見せたくないのでしょう? しかしそれでは無理をしているし、何れ無理が決壊する」

 

 そう偽っても、格好付けても自分は自分にしか馴れないのだ。

 騎士としての忠誠心も真実だろうが、それに託けて本心を隠し、押さえつけるのは些か見ていて悲しいと感じるし、痛々しい。

 

「もう少し素直になったらいかがですか? 貴女の弱さを許容できないほど、貴女が想った相手は狭量だとは思えませんしね──勇気を出して自分を晒しみてはいかがですか? ──弱さを共に支え合う、そんな忠義も素敵だとは思いませんか?」

 

「あ……」

 

 そういって笑いかける彼女にリリアナは思わず見惚れる。

 或いは、自分でも分からない感情を彼女に見た。

 

「わ、たし……は」

 

「今すぐ出なくとも構いません。ゆるりと自分の想いに問いかけなさい。そうすれば自ずと本心が知れるでしょう。その時、貴女が勇気を出して一歩を踏み出せることを祈ります──と、生意気でしたね。敵の戯れ言とお忘れください」

 

 言って桜花は刀を下げる。

 戦いは終わったということだろうか。

 身を翻そうとする桜花にリリアナはふと、自分でも無意識のうちに問いを投げていた。

 

「……貴女は!」

 

「はい?」

 

「貴女は……その一歩を……」

 

 踏み出したのか──リリアナのその問いは。

 

 

「──はい。やはり自分は偽れませんし。私は衛さんが好きですから」

 

 

 一瞬の躊躇も迷いも無く言い切る桜花に今度こそ悟る。

 ライバルであるエリカとも、友人である祐理とも違う。

 

 敵対者であり、王の従者であり、リリアナと同じ想いを抱える彼女こそ。

 ならば、リリアナが彼女に抱いた念は……。

 眩しいような、焦がれるような、嫉妬するような感情は……。

 

「そうか、確かに貴女の言う通り、貴女と私は似ているのかもしれないな」

 

 或いはそうなりたいからこそ似ていて欲しいのか。

 

 《彼》と《彼女》その関係、些かばかり憧れる(・・・)

 リリアナは自分の先を行く先達(・・)に畏敬とも尊敬とも付かない不思議な感情を覚えるのだった。

 




皆さんの思い描いた戦闘と少し違いましたか?
まあ激戦ばかりの応酬も飽きると思い趣向を変えてみました。
賛否両論があるでしょうが。

テーマは《先輩と後輩》とでも名付けましょうかね。


護堂君といえば何か殆どの作品でボロクソ言われていたので此処はちょっと男気マシマシでキャラを崩さず格好良く書けると良いなと頑張りましたし、原作ヒロインで好きなんでぶっちゃけ贔屓しているリリアナに関しても然り。
もっとも私には男気も乙女心も理解不能なので完璧に書けたかと言えば全く言い切れる自信がありませんが。

そもそも色恋沙汰とか分からん。
三次元の彼女? それって伝説の幻想種だろ?

ともかく、らしく魅せられたならば幸いです。

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