極東の城塞   作:アグナ

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皆さん、歯は大切にしましょう(唐突)

ふふ若くして永久歯が永久にお亡くなりになられるとは……。
このリハクの目を持ってしても(ry

甘党が祟ったか……是非もなし!


報復の航路

「お待ちください羅刹の君に御老公、我々は──」

 

「悪いが待たん、問答無用だ」

 

 激突せんと猛る両者に。

 それを仲介すべく玻璃の姫君が止めに掛かるが、もはや是非もなし。

 玻璃の姫君を一言で払いのけ、衛は戦闘態勢を取る。

 

「乙女の加護を希う! たおやかなる乙女よ! 汝が敵、報復すべき不埒者に征服の剣を突き立てたまえ!」

 

 衛が言霊を唱える。

 瞬間、出現したのは何の変哲も無い一本の打刀だ。

 名刀ではあるのだろうが、刀自体には常識の範疇に留まる代物であり、聖剣、魔剣、神剣といった修羅神仏を殺傷せしめる効力は微塵も無い。

 

 だがしかし、それが衛の手に収まったと同時、悍ましいほどの呪力がただの打刀に宿っていた。

 それは憎悪であり、赫怒であり、哀切であり、悼み。

 負の感情が混沌と渦巻く呪いの加護は、衛が持つ第四権能……まつろわぬクリームヒルトから簒奪した権能によるものである。

 

 第四権能、《恋人たちに困難無し(ニヒル・ディッフィケレ・アマンティー)》はただ単に心を通わせた者同士を繋げる権能に有らず。

 その本質は敵対者に対する復讐、反撃、即ちは報復の権能である。

 

 片翼が傷つけば傷つくほど、大切な誰かが命を削られるほど、残された片翼は大切な片翼を傷つける全てに報復の一撃を与える。

 それはジークフリートを失い、復讐に狂ったクリームヒルトの伝承をなぞるが如く、運命の女神に連なる系譜は悲劇の引き金を引くのだ。

 

「おお……!」

 

 先手必勝、地を踏み壊れろとばかりに勢いよくスサノオの下に踏み込んだ衛は刀を携え、怨敵たるその首に報復の剣を突き立て……。

 

「カッ、俺に近接戦だと? 愚弄するのも大概にしやがれッ!」

 

 激しい金属音と共にアッサリとはね除けられていた。

 後手に回ったにも関わらず、スサノオはいつの間にか手にしていた太刀でさながら居合い斬りのような切り上げを以て衛の一撃を弾いたのだ。

 

 次いで見事な手さばきを用いて、最小の動きで刀を返すと、そのまま飛燕のような曲線軌道で斜め袈裟斬りに繋げた。

 ……引退したとは言えスサノオは元まつろわぬ神にして《鋼》の英雄。

 あの天叢雲劔の本来的な所有者である。

 

 その武力は英雄神とだけあって、そこらのまつろわぬ神や神殺しを簡単に上回る。まして衛は彼含め八つと存在する神殺しの中において、特に近接戦闘能力に陰りがある神殺し。

 そんな彼が態々、真正面から挑むなど愚策中の愚策。

 勝ちを捨てていると言って良い。

 

 だが──一合。

 あろうことか剣術も体術も囓っていない神殺しはスサノオの剣術に対応していた。そしてそれは立て続けに。

 

 三合、七合、十一合と──異常なことに衛は剣術でスサノオと渡り合う。

 

「その太刀筋……西の巫女の剣術(ワザ)か!」

 

「応とも! 頼れる相棒の剣筋、さ!!」

 

 激しく刀と刀をぶつけ合い、鳴らしながら衛が獰猛に笑う。

 ──第四権能の共有化による能力のシェア。

 今の衛は『剣の王』に匹敵するという剣才を扱うことが出来る。

 

「英雄殺しの不届きもどもめ! この慟哭を聞くが良い! 約束された悲劇は目前ぞ! 恐れ、慄き、絶叫しながら死ぬがいい!!」

 

 打刀が妖しく輝く。

 血を、報復を、復讐をと昏い炎が燃えたぎる。

 此れぞ即ち英雄殺し。

 

 皮肉にも運命の女神の系譜はその定め故に報われない。

 誰よりも何よりも乙女こそが英雄の死神故に。

 

 戦乙女(クリームヒルト)の業を纏った一撃がスサノオに牙を剥く。

 

「チッ、面倒な剣だ!」

 

 当たれば必死。

 取り分け英雄神に連なるスサノオには致命の一撃となりうるはずのそれはしかし一太刀とて当たらない。竜殺しの英雄は絶妙な太刀捌きでただひたすらに捌き、見切り、躱し、往なし、そして──。

 

「おらァ!」

 

「ッ!!?」

 

 横薙ぎの一線。

 咄嗟に衛は一歩下がり、紙一重で避けるが頬には浅い刀傷が……。

 

「ハッ、大体読めた(・・・・・)。こっから返すぞ!?」

 

「くっ……お……!」

 

 そして一太刀、二太刀。

 衛の攻勢が緩むと同時、その間隙にスサノオが切り込む。

 超高速の二連突き。

 視認すら許さない神速は新撰組に名高い剣士の『三段突き』の妙技を凌駕している。

 

 流石の衛も対応不能。

 急所だけを庇った結果、左肩に鋭い刺突の一撃を喰らった。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「そらそら! 威勢だけかよ神殺し!」

 

「しゃら……くせぇ!!」

 

 剣舞は嵐が如く。

 太刀の得物にも関わらず叩きつけるような激しい乱舞はつけいる隙を全く見せない。まつろわぬ生に脱したとは言え、元はそこに連なる神故か。或いは本来的には荒々しい性質が闘争を通して顔を出しているのか、スサノオは正に英雄らしい真っ向からの斬り合いで以て衛を圧倒する。

 

「自慢の盾なしじゃその程度か。顔を洗って出直せや」

 

 激しく刀を踊らせながら嘲るようにスサノオが笑う。

 先の護堂戦──そこで受けた負傷は浅くない。

 何より衛の代名詞と言って良い第一権能の一時的な使用不能は衛の戦闘スタイルに大きな不利を敷いていた。

 

 本来、衛と言えば持ち前の呪力と鉄壁不沈の城塞を用いた敵の動きを見て、受けてから返す反撃主体の戦い方が特徴的だ。

 しかし今の衛は普段のそれとは明らかに異なっている。

 

 真っ向からの斬り合い、不得手の近接戦闘。

 それは正しく権能を使えないが故の弊害。

 第一権能『母なる城塞(ブラインド・ガーデン)』の喪失は衛の戦闘手を大きく損ねていた。加えて問題はそれだけではない。

 

「ぐぅ……!」

 

 スサノオの振り下ろした一撃を何とか捌きながら足を引く。

 剣先を逸らし、人体上の死角から……。

 

「動作が甘ェ! 狙いが見え見えなんだよッ!」

 

「がッ!」

 

 次手を容易く見切ったスサノオはチンピラのようなヤクザキックで衛の腹部を蹴りつけ、強引に間合いを確保する。太刀の間合い……打刀では届かない。

 ──守れ!

 

「ぐ、つぅ……!」

 

 両手に襲う強烈な衝撃。

 何とか太刀から身を守ることには成功したが以前不利に変わりはない。

 

「権能による相互能力の共有化……ああ、字面だけなら大したもんだな。だがその権能、結局の所、移し替えてるのは能力だけだろが。

 ──神域に迫る剣才、使いこなせなけらば意味がねえよ」

 

「………チッ」

 

 そう、確かに今の衛は桜花からその才能……虚実の究極とまで言われた神域の剣才を譲り受けている。しかし得たからと言ってそれを使いこなせるかは別問題だろう。

 

 当の桜花ですら振り回され、受け入れ、十数年の鍛錬によってようやく使いこなすに至った規格外の才能である。

 それを幾ら神殺しといえど一朝一夕に使いこなせるわけなど無い。

 加え元の衛に近接戦における才能は皆無だ。

 

 よって今の衛は精々が二流剣士。

 達人の動きを見よう見まねるに過ぎず。

 

「らぁあああ!!」

 

「おおおおお!!」

 

 ──こうして紙一重で死を避けるのが精一杯なのだ。

 

(……やっぱ馴れないことはするもんじゃないな畜生ッ!)

 

 共有化により刀の使い方、身体の動かし方は理解できる。

 神殺しとして神と死合う今の身体は戦闘に最適化されている。

 才能に相応しい神殺し(からだ)である衛は、今なら桜花以上に衛は刀を操れるはずなのだ。

 

 だが、実状はこの通り。

 再現される剣術は彼女の足下にも及ばない。

 そしてそれは桜花の剣を操る上で余りにも致命的だった。

 

 ──虚実の究極。

 

 そう呼ばれる桜花の剣術は何より使い手の卓越した深い読みと剣術そのものへの理解が術理の根幹を成すものである。

 自己の剣術は元より、相手の振るう剣術の術理を見極め、癖や性格、そこから読み取れる敵手が好む手、苦手とする手を読み、何よりも誰よりも剣術を以てして仕合いの流れこそを征する。

 

 体捌きによる陽動。

 視野錯覚に伴う強襲。

 意図的な悪手を使った無意識の駆け引き。

 

 冷徹な視野と透徹した凪の心。

 時として命を捨てながら、命を繋ぐ矛盾を飲み干す哲学。

 

 心技体──三相合一。

 

 其れで以て初めて十全に効力を発揮する剣の極み。

 完璧な制度で仕上がった無敵の剣術はしかし完璧故に僅かなミスも許容しない。

 下手な猿まねは寧ろ、完璧な剣術は性能を落としていく。

 

 よって……。

 

「ふんッ!」

 

「が、あああああ!!」

 

 不利はどう足掻いても覆らず、遂にスサノオの一太刀を浴びる。

 衛の攻勢に合わせて、先んじて放たれた後の先。

 それは衛の胴の肉を抉り取っていた。

 

 幸い、腰より僅か上の側面の肉を削いだだけに留まり、臓器や急所を傷つけたわけではないので戦闘には支障こそ無いものの、この一太刀が何より剣術における両者の彼我を格付けていた。──このままでは必死の太刀を喰らうのも時間の問題であろう。

 

(……なんて、分かってた(・・・・・)だろうが(・・・・)。そんなことは)

 

 内心吐き捨てるように衛は思う。

 剣術ではスサノオに勝てない? ……そんなことは百も承知だった。

 

 自他共に認めるほど近接戦闘の才は皆無。

 それを桜花の才能でカバーしたところで結果は見えている。

 そもそもそういう戦い方は衛の戦い方(・・・・・)では無い(・・・・)

 

 衛は守戦の王。

 暴力の才能は皆無であり、戦は手段で、血に餓えてなどいない。

 弱者を守るための城塞にそんな不純は必要ないのだ。

 

 だからこそ最初から真っ向からの斬り合いで勝てるなど思っていない。

 

(とはいえ……斬り合い(此処)を征さなきゃ話になんないんだよな……)

 

 あの傍迷惑な駄神にツケ払いをさせる。

 そのための切り札はまずアレの懐に飛び込まなければ始まらない。

 つまりはあの剣技を掻い潜り、一瞬でも隙を作らなければいけないわけだが……。

 

「それが一番の至難なんだよなァ!!」

 

 己を鼓舞するように吼えながら衛は再度飛び込む。

 打ち込んだのは自分なのに次瞬、何故か守りに回される。

 全く理解できない。

 

「クソが、この変態武術家共め! 下手な魔法より質が悪い!!」

 

「そりゃあテメエの練度不足だ! この程度、欠伸が出るわ!!」

 

「そうかよ、ならそのまま永久に眠ってくれや!」

 

「テメエが、なッ!!」

 

 さり気なく自分の相棒もディスりながら剣戟を演じる衛。

 以前不利は覆らず、勝ち筋は遠い。

 だがしかし、諦めなど衛の辞書には有りはしない。

 

 人の気を知らずして強者の傲慢がまま無軌道に災い振りまく嵐の神。

 コイツが居る限り、自分の友人たちは際限なく振り回される。

 時として権力を、暴力を、情を操り思うがままに傲然と。

 

「……邪魔なんだよ駄神! 人の道理に今更引退した神モドキ風情が踏み込んでくるんじゃねえぞッ!!」

 

 義憤を吼えて衛は剣を振るう。

 そうだ、許してはならない。勝たなければならない。

 下らない奸計分をノシ付けて返してやるのだ。

 

 そのためにもっと、もっと……力を振るえ。

 

(こうなれば肉を切らせて骨を断つの精神で──)

 

 剣術ではどうあっても敵わないならば他で補うしか無い。

 切れるカードは共有化(コレ)を含めて、二つのみ(・・・・)

 ならばこそ、後は自らの肉体の頑丈さに駆けて……。

 

 と、覚悟を決めつつ、乾坤一擲を狙い意識を研ぎ澄ましていた時だった。

 

『──荒ぶる心を静め、意識は常に鏡の如く、止水の如く』

 

「っ……桜花か」

 

『肉を切らせて骨を断つ……それも一つの形ですが、悪手ですよ。意味がありません』

 

 不意に脳裏を過る己ならざる心と言葉。

 共有化の権能を通して世界線の向こうから桜花が諭すような言葉を投げる。

 

 ……確かに一か八かの賭けなど似合わないにも程がある。

 一瞬に懸けるならば最善の布石と確信を。

 捨て身の一撃、無策の賭けなどそれこそ愚策。

 

「だが、悪いが俺は剣術勝負じゃ話にならん。それこそ度肝を抜くような一撃でも打ち込まない限り、駄神(アレ)は悔しいが揺るがないだろうよ」

 

 正眼で隙無く刀を構えながら吐き捨てるように言う衛。

 剣術勝負、近接戦闘、正々堂々。

 純粋な武と武のぶつけ合いでは衛は後塵を拝する。

 

 ならば、と続く言葉をしかし桜花が首を振る気配が留める。

 

『いいえ、いいえ。違うんです衛さん。貴方なら私の剣を扱えるはずです』

 

「なに……?」

 

 桜花の思念に衛は本気で疑問を抱く。

 過ごした年数こそ少ないものの、誰よりも大切な相棒としてある桜花はこと戦闘に置いて衛の力を誰よりも理解しているだろう人物だ。

 ならばこそ、衛の近接戦闘の不得手振りは百も承知のはずだが……。

 

「──余裕だなッ! クソガキ!」

 

「は……この、駄神ッ!!」

 

 衛が疑念を抱いた一瞬の隙にスサノオが切り込む。

 寸前の所で刀で往なすことに成功したものの、再び嵐が如き乱舞に晒される。

 

「らあああッ!!」

 

「チィ─────!!」

 

 斬、斬、斬! と激しい乱舞に紙一重で衛は抗う。

 以前事態は不利のままである。

 ──そんな中、桜花が透徹した言葉で諭すように言葉を紡ぐ。

 

『私の刀は目の前の敵手を切る刀じゃありません。敵の未来を征し、その生存こそを斬り伏せる。だから大切なのは今じゃ無い』

 

 ──それは実るか分からぬ果実をゆるりと育てるように。

 食い付くか分からぬ魚を前に無心で待つ釣り人のように。

 

『一つ、一つ。重ねていくんです。今勝てなくても次に勝てばいい。次に勝てなくてもその次に勝てば良い』

 

 ──不意に誰かの情景が脳裏に過った。

 道場でただ一人、ひたむきに剣を振るう少女。

 

『明鏡止水──大切なのは必ず成すという確信と焦ること無く至るまでを積み上げる過程です』

 

 変わったことなど何もしない。

 必殺? 奥義? 秘技? 笑止。

 そも真剣とはそれそのものが必殺である。

 

 故に大事なのは必ず成すと積み上げること。

 淡々と基礎を積み、必要な伏線を敷き、相手の未来を絞ること。

 次が分かってるならば征するのは容易く……。

 

『ならば──焦る意味など何処にありましょう?』

 

「────」

 

 虚実の究極。

 それは敵を誤魔化すでも惑わすでも無い。

 存在しない虚実(みらい)を征する剣術。

 

 必殺などない。

 奥義などない。

 秘技などない。

 

 ただ淡々と積み上げ、当然に勝利する。

 焦ってはならない、疑ってはならない。

 そう──己は勝つのだ。

 

『何も変わらない。衛さんがいつもやってる事ですよ』

 

「……は、なるほど確かに」

 

 必要な手を一手一手積み、

 勝つまでの過程を組み上げていき、

 当然のように勝利する。

 

 確かに──いつもやってる事(・・・・・・・・)である。

 

 ただ違うのは確と信じるものが盾か剣かの問題で。

 だからこそ桜花は……。

 

『信じてください、私の剣を。貴方が信じるものに比べれば些か不安に思うかも知れませんが、今だけは信じて』

 

 その思いに。

 

「信じるさ。何せ……」

 

 衛は強く刀を握り……。

 

 

「自慢の伴侶(あいぼう)だからなッ!」

 

 

 笑いながら猛り、己が刀に身を任した。

 切り下ろし、切り上げ、切り払い、切り落とし。

 それら正に剣術における基礎動作。

 何ら不思議な一撃を振るうわけでは無い。

 

 いつも桜花の曲芸を見せられたせいで勘違いしていた。

 桜花が体捌きや小技に頼るのはそうじゃないと受けきれないから。

 人間の膂力では人外のそれに太刀打ちできないからである。

 

 だが、衛は神殺しだ。

 そのステータスは人外の者に比する。

 ならば何故、彼女の様を真似る必要があるという。

 

 虚実の剣の極意とは敵手の未来を斬ること。

 故に積み上げる過程はただ淡々と凡庸であっても構わないのだ。

 それが当たり前に勝つ未来に辿り着くならば。

 

 何であれ、それこそが……虚実の剣である。

 

「急くな、焦るな、積み上げろ……」

 

 知らず、茫洋とした声が口から漏れる。

 

 重ねる。一つ、一つ、淡々と。

 しかし丁寧に伏線を敷いていく。

 いつか何処かでただひたすらに基礎を積み上げ、剣を振るった少女のように。

 

「透き通った鏡面のように、止水の心で……」

 

 奇手など必要ない。

 一矢で足りぬなら、二矢で。

 それでも足らないならば三、四矢と。

 

 敵手の今は重要じゃ無い。その未来こそを斬り伏せろ。

 

「ッテメエ……!」

 

 不意にスサノオが唸る。

 剣術から変なぎこちなさが消えた。

 それと同時に太刀筋が凡庸な域に落ちる。

 

 だが──何故だ……何故、今の方が恐ろしいと直感する?

 

 明らかに被弾回数も上昇している。

 かすり傷は増え、回避や受けに技の冴えが見えない。

 戦況はスサノオの趨勢に傾いていく。

 

 なのに──肝心な一太刀は欠片も当たりはしない。

 

 これは……。

 

「読まれているだと!? 俺の剣が……!」

 

 唖然と戦慄するようにスサノオが言葉を漏らす。

 その言葉に応じるように……。

 

貴方は(・・・)……」

 

 衛であって衛では無い誰かの声が。

 

『「貴方は(おまえは)恵那さんと(恵那の奴と)同門なのですね(同門なんだな)」』

 

「────………」

 

 それは自我と無我上の境界線。

 三相合一ならざる二者合一。

 英雄神にとって何よりも致命的な一撃を、この一瞬に完成させる。

 

 衛は、この剣を知っている。

 敵手が手繰る剣術の極意を知っている。

 

 ──故に。

 

「──我ら、死を越えて分かたれず!」

 

 スサノオの後の先。

 手首の返しを使った、防御からの一閃を衛は凌駕した。

 刀に満ち満ちる呪力。

 

 蓄積したダメージ。

 開戦前に負ったハンデ。

 それら報復分を糧に呪いが過多の量を帯びる。

 

 片翼と片翼──合わせて両翼。二者合一。

 傲岸不遜な神を落とすため、地の鳥は天高く駆け抜け……。

 

「捉えたぞ。お前の未来を──!」

 

 いざ、破滅の剣は此処にあり。

 英雄神に悲劇の定めを与えよう。

 

 

「舐めんじゃ……ねぇぞおおおおッ!!」

 

 

 咆吼、同時に襲い来る暴風剣林。

 人間を容易く吹き飛ばす神威の風と剣の豪雨が降り注ぐ。

 

 

 スサノオ改め、神格──早須佐之男命。

 彼は日本神話において語られる三貴神が一柱。

 かの皇祖神、天照大御神の弟である。

 

 伝承に曰く、彼は八岐大蛇を打ち倒し、攫われた奇稲田姫を救出してみせたペルセウス・アンドロメダ型神話の典型、紛う事なき《鋼の英雄》であるが、早須佐之男命の神格はそれだけに留まらない。

 

 英雄的行動が目立つ反面、母神イザナミに会いたいと泣き叫び父神イザナギに追放されたり、姉である天照大御神の元で馬肉を晒して屎を撒き、田畑を荒らし回るなどと粗暴の限りを尽くし、遂に天照大御神を天岩戸へと隠れさせた。

 

 元は出雲出土の嵐・暴風雨の神格だけあって、その性格は嵐の如き天衣無縫。粗暴者かと思えば英雄神であり、子供的側面を持つかと思えば、日本最古の和歌を詠い、教養的な神格であることを示している。

 

 多彩な性格。

 そして天照大御神(たいよう)隠した逸話。

 

 ──神話体系において神界・人界・冥界の垣根にとらわれず、神出鬼没に様々なものを隠したりすることにより混沌を齎し、時にそれを文化の寄与に通じさせる神格がごく一部として存在する。

 

 即ち──文化英雄(トリックスター)

 

 もう一つの神格側面が唸りを上げて衛に襲いかかる──。

 

 

「………」

 

 狂乱するように吹きすさぶ暴風雨は視覚すら閉ざし、嵐に伴って降り注ぐ剣の雨はまともに受ければ次瞬にも衛を百舌の速贄へと変えるだろう。

 回避か? 防御か? 否、このタイミングでは間に合わず……。

 

「……は」

 

 故に──衛は打って出た。

 

「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ。さあ、簒奪者よ、恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉えるッ!」

 

 それは災厄を閉ざす封印の奇剣。

 まつろわぬダヌより簒奪した神格封印の権能。

 此処まで取っておいた切り札を遂に衛は解禁する。

 

「──そして、此処がお前の終幕だ」

 

 同時に両手に携えた破滅と断厄の剣をぶん投げた(・・・・・)

 一つはスサノオ目掛けて。

 一つは狂乱の嵐目掛けて。

 

「ガッ────!!!」

 

「……お前の敗因は、俺にとって最も嫌なステージから降りたことだ」

 

 ……しつこい話だが衛に近接戦闘は圧倒的に向いていない。

 その点においてスサノオは衛に絶対的な優位を保有していた。

 

 だが、逆に言えば衛にとって穴らしい穴は近接戦闘の不得手のみなのだ。

 

 アレクらと関わったことにより神々呪術の知識は相応にあり、数年間に及ぶ同族、宿敵との対決経験を持ち、誰よりも守りの戦に長けた故の長期的な戦略眼を保有している。此処に絶対的な盾が加わることにより隙は無く。

 

 こと近接戦闘以外の舞台において、衛は難敵たり得る数多の要素を保有している。

 だからこそ……近接戦闘(そこ)を強いる状況を捨てれば、同じ地平に立たされるのだ。

 そうなれば常に勝ち目を見てから戦う衛にとって、千載一遇のチャンスが訪れるのと同じ事。そして事実現実はこの通りに。

 

「そして──俺の勝因は……心から信頼できる相棒がいたこと、かな?」

 

「があああああああああああああッ!!!」

 

 雷鳴と聞き紛う天を衝くような壮絶な絶叫。

 最高練度まで熟成された英雄殺しの呪いがスサノオを蹂躙する。

 

 如何に《鋼》、如何に文化英雄であろうとも耐えうる一撃では無い。

 しかも第三権能の効果によりその文化英雄的側面は限定的に封印された。

 純鋼の英雄となったスサノオに加えられた英雄殺し。

 

 効果的意味合いでも防御的意味合いでも。

 あらゆる面で致命的な一撃だった。

 

 されど………。

 

 

「まだ、だァ……!!」

 

 

 スサノオは瀕死なれど健在だった。

 理由は一つ、突き刺さった英雄殺しが神核を逸れたそれだけである。

 

 それほど投擲技術があるわけでない衛が投擲したことと、スサノオが咄嗟に回避行動を取っていたこと、刹那に起きた二重の要因によってスサノオは紙一重で命を繋いだのである。そして瀕死であれ、命を繋いだと言うことは……。

 

「大蛇おる上、常に雲あり。雨あり。その流れがまとまりて河となり、人草どもはふるいをかけて、鉄を得たり……!」

 

 スサノオを中心に不吉な呪力が渦巻く。

 やがてそれらは暴風……不気味な漆黒の颶風と化した。

 

「馬鹿な、嵐の権能は封じたはず……!」

 

 強烈な風に顔を庇いながら驚愕して呟く衛。

 第三権能、それは呪力の流れを断ち、一時的に神格、権能の力を封じ込める封印の短剣。剣は確かに刺さり、嵐の権能を射貫き、封印の枷を嵌めたはずだ。

 

 だというのにこの暴風。これは一体如何なる力か。

 瀕死のスサノオに封印を強引に破る術は無く、ならば封印は破れるはずなど無い。そして暴風神としての側面無くして、これほどの暴風は起こせないはずだ。

 

 疑念は一瞬、次の瞬間驚愕と共にその正体が判明する。

 

「吾──須佐之男命、かつて天下を取らんと戦を起こし、小蠅なす一千の悪神を率す。大和国に一千の剱を堀り立て、楯篭もりぬ!!」

 

「……マジかよ」

 

 衛をして思わず冷汗を頬に流しながら呆然と呟く。

 漆黒の颶風の向こう、スサノオの頭上に千を超える漆黒の剣が鎮座している。

 

 直刀があった。

 短剣があった。

 大太刀があった。

 奇形剣があった。

 

 同じ形状だったり違ったり。

 漆黒の剣群が剣先を衛に向けて今か今かと滞空している。

 

「……ああ、なるほど。砂鉄か」

 

 それで漆黒の颶風の正体を理解した。

 鉄はそもそも《鋼》の暗喩に繋がる物質であり、加え、須佐之男命が出土したという出雲国……現島根県といえば昔から製鉄、古代よりたたら製鉄が有名であった地だ。

 

 『千の剱』──天叢雲劔を持たぬスサノオの今の愛剣というわけだ。

 

「──テメエの敗因は千載一遇で詰め損なったことだ」

 

 憤怒の形相で、当てつけのようにスサノオが言う。

 既に衛に刀は無く、切り札も使い切った。

 つまりは、これより先に続く一手は存在しない。

 

「くたばれクソガキ」

 

 降り注ぐ剣、剱、剱……。

 回避不能の絨毯爆撃を前に衛は。

 

「これは駄目だな……」

 

 諦めるように嘆息した。

 必殺と決めた一撃で決め損なった。

 それは紛れもない衛のミスであり、悪手。

 

 だからこそこうして敵の反撃を許し、無様を晒している。

 英雄殺しも、神格封じも使い切った以上、もはやスサノオを殺す手段は存在しない。

 

「出来れば俺の手で殺してやりたがったが……」

 

 業腹だが仕方が無い──セカンドプラン(・・・・・・・)だ。

 そういって衛はあろうことか剣弾乱舞の中に自ら突貫する。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 急所、致命傷となる一撃だけを避け、それ以外の剣弾を殆ど被弾しながら雄叫びを上げ満身を苛む苦痛をはね除けてスサノオの下まで突進を仕掛ける。

 

「馬鹿が……!」

 

 猪突猛進、その有様をスサノオは嘲笑する。

 腕を振りかぶり、殴りかからんとする突撃は誰がどう見ても殴り飛ばすための突撃だと判断しよう。

 大方、満身創痍のスサノオならばステゴロでトドメをさせるという発想なのだろうが……。

 

「ステゴロでオレをどうにか出来るわけがねえだろうがッ!」

 

 スサノオが怒り混じりに言うと次瞬、スサノオの肉体が鈍色に染まっていく。

 《鋼の英雄》が持つ力の一端。不死の権能。

 嘗てバトラズも使って退けた肉体の超硬化をスサノオもまた操る。

 

 衛がスサノオの懐に飛び込み、殴りかかった。

 心臓を射貫く鋭い殴打。

 

 しかし鋼と化したスサノオにその一撃は意味を成さず……。

 

「終わりだ──神殺し!!」

 

 生じた隙をスサノオは砂鉄で作り上げた剣で以て襲う。

 最後の最後、愚かしくも愚挙を行った戯けの首を撥ねるために。

 

 

「ああ──確かに終わりだよ、駄神」

 

 

 だが───剣は振るわれなかった。

 いや、それどころか……身体が────。

 

「ぐお……おおお!? おおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 膝を突くスサノオ。

 驚愕の咆吼を轟かせながら彼は満身の力を込めて総身を襲う超重力(・・・)に抗った。

 

「何をしやがった……クソガキィィ!!」

 

 身体が沈む。

 肉体が引っ張られる。

 

 上から押さえつけるような重力であり、同時に自らを引きずり込む引力であった。正体不明のこの怪奇、成しただろう人物など一人しか思い当たらない。

 そして、スサノオの予測は正に正鵠を射ていた。

 

 衛は肩を竦め、種明かしをするように笑う。

 己の勝利を確信しながら。

 

「英国で前に学んでね。《鋼の英雄》っていうのが如何にしぶといか……それを考慮して英雄殺しでは足りないだろうから用意しておいたセカンドプランだよ」

 

 嘗て戦った剣神バトラズ。

 《鋼の英雄》として正に典型のような神格は必殺を講じたにも関わらず、それを凌駕して生存してのけた。

 

 その経験から衛は如何に鋼の英雄がしぶといかよく学んでいた。

 

「そう学んだからこそのもうもう一手。必殺の先にある最後のジョーカー、それがこれ……『自由気ままに(ルート・セレクト)』、バージョン・冥府旅行だよ」

 

「ッッ!!」

 

 その言葉でスサノオは己が身に起こる怪異の全てを悟った。

 衛が持つ第二権能『自由気ままに』。

 ギリシャ神話のヘルメスから奪いし、その権能は《旅》を司る。

 

 現実世界においては瞬間移動や長距離転移など移動に関する力を発揮する権能として重宝しているが、初めてアストラル界に訪れてから向こう、権能の掌握率が進み、新たな用途を衛は見いだしていた。

 

「ギリシャ神話のオルフェウスの伝承は知っているか? 曰く、恋人を失ったオルフェウスはヘルメスと共に失った恋人を取り戻すため、冥府下りを敢行したらしい」

 

 それはギリシャ神話でも有名な冥府下りの逸話。

 最終的に成し遂げられなかった恋人を取り戻す悲恋の伝承。

 

「何時ぞやトロイアでヘルメスと戦ったときにな、アイツは俺を冥府に落とそうとしてくれやがってな。まあその時は何とか、逃れたんだが……これはその経験と此処の利点を生かした俺が開拓した新たな冥府下り(ルート)だ」

 

「テメエは……!」

 

 分かる。口にされずともスサノオは理解している。

 身が解ける感覚、原初に還るような郷愁の念。

 

 ──冥府(アストラル界)よりさらに下った先には何があるか。

 

「そら、黄泉平坂を下って母下に戻れや駄神。神話の念願、俺が叶えてやるよ」

 

「ッ──!!!!! おお、おおおお、おおおおおおおおおおおお!!!」

 

 落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちていく。

 生と死の境界線を越え、禁足地を越え、最も深き領域へ。

 

 ──神々が発生する、不死領域……原神話の領域へ。

 

 

「じゃあな。神話に還れ、時代遅れ(ロートル)

 

 

 ──己が神話を忘れて千年を経た鋼の英雄。

 

 母恋しと願ったいつかの願いを叶えるが如く。

 スサノオは黄泉平坂を下りて墜落した。




スサノオ、強制退去。

神様は神話に帰れってね。
不死領域だの禁足地だの、散々暴れ待ってた奴が禊ぎもなしに彷徨いてんじゃねえというお話。

まあ、スサノオも黄泉平坂を下って母に会えるんだから嬉しいと思いますよ(暗黒の嘲笑)


これでようやっと今章の全戦闘おしまい。
護堂? だいたい原作通りなので端折ります()

次回でエピローグだ。
……長かったぜ。

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