極東の城塞   作:アグナ

5 / 56
やあ、私だ。

ドルオダでハイランカーにボッコボコにされていた、私だ。

先に言わせて貰うなら我が主人公は別に神話解体はしない。
何故ならばそういう権能の持ち主ではないからだ。

後、作中の解説は「そうとも考えられる」というものであって、
それが真実であるとは限らないので要注意。



以上、ガレスちゃん使いより。

それはそうと、もっとカンピオーネ!の二次増えないかな……。
ぶっちゃけ、自分で書くより読むほうが(※削除されました)


まつろわぬ者達、神を弑逆する者達

 神とは何か。

 

 神話学者、宗教学者、哲学者に心理学者と、様々な学者が識者が知識を持つ者がその存在に問いかけた。

 

 ある者は人の創造主であると。

 ある者は霊的存在であると。

 ある者は信仰により生まれる、と。

 

 多くの──それこそ国、民族、宗教、人格、性格、人それぞれが定義する意見は様々で未だそれに関する答えは無い。

 が、歴史の裏側。

 魔術や呪術という秘法を知る者たち。

 表社会では決して語り継がれない神秘を今に受け継ぐ者たちはそれに関する一つの解を持っている。

 

 曰く────神とは天災であると。

 

 ──太陽の神は灼熱で大地を染めた。

 

 ──海の神は津波に大地と民を沈めた。

 

 ──冥府の神は生を穢し、死を蔓延させた。

 

 ──裁きの神は大小の罪を差別無く裁いた。

 

 ──天空の神は天変地異を引き起こした。

 

 そして、創造神は天地の道理を変えた。

 

 その形、その概念、その信仰は数あれど、地上に現れ、人々に抗えない災いを齎し、神話より昔日に在りし日へ戻らんと、再び地上にて神威の限りを尽くす天災。

 現世を放浪する実在化した存在(かみ)……。

 

 それを人は『まつろわぬ神』と呼んだ。

 

 神──文明が栄え、霊長の長にまで上り詰めた人類種であろうとも、その存在には立ち向かえない。

 百年と生きる武術の達人も、『天』と『地』を修めた魔術師も、道理に当てはまらぬ超能力者も……。『運命』と言う枠に生きる生命である以上、その道理には逆らえない。

 

 人より上の法則に人は如何なる手段を以ってしても抗うことは出来ないのだ。

 出来ることは祈るだけ、命を差し出すか、祈りを捧げるか、はたまた身命を賭けた言霊を交すか、それによって助かるかは神のみぞ知る。

 どだい、人では神に抗えない。

 

 ────一匹の獣、その理に喧嘩を売った王者を例外として……。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

 大地が、母の帰還に際して共鳴する。

 

 大地に流れる血流、霊脈がその偉大なる存在の再誕に歓喜の唄を謳う。

 降臨に際して荒ぶる呪力は『聖騎士』や大魔術師の位階にあるものですら操れる枠を既に凌駕し、呪術を齧った分際ならば当に意識を失っているであろう。

 さながら呪力の暴風とでも形容すべきそれに煽られながら桜花は中心点から目を逸らさない。

 

 否、逸らせない。

 

 何故なら人であるゆえに。

 ──その(・・)存在から目を逸らせない。

 

 実り豊かな稲穂を思わせる黄金の髪。

 

 麗らかな果実を思わせる紅玉(ルビー)で彩られた王冠。

 

 男女の区分無く、人ならば縋りたくなるような母性の塊とも言える豊満な肢体。

 

 身体を飾るは大地の豊かさを示す緑と純潔の白で彩られたロングドレス。ドレスのスリットは大胆に上腿まで露出させており、やや太陽に焦げた褐色の健康的な肌を覗かせている。

 

 絶世の美人である──常人ならば見惚れ、忘我するだろう。

 だが、呪力のうねりを感じ取れる者、或いは神の声を聞く神官の資格を持つ者ならば彼女に対し、憧憬ではなく戦慄と畏怖を覚えるはずだ。

 目眩さえ感じる……その多大な神気に。

 

「『まつろわぬ神』………!」

 

 桜花はその名を口ずさむ。

 

 ──其は地上に天災を齎す者。

 人には抗うことの出来ない天地の道理である。

 

 脳裏に思い出すは彼女の運命が動き出した過去のことだ。

 バルカン半島に住まうある『王』の儀式に組み込まれ、その儀式の最中に出会った鋼の英雄を求める運命の女神の姿。

 望まざる『神がかり』を体得した日の出来事。

 

「一対一で向かい合ったのは何年振りでしょう……しかし、流石は『まつろわぬ神』! まるで勝ちの目が見えませんね……!」

 

 やはり人の身であれを倒すことは不可能か。

 ……或いはこの確信こそが私が『彼ら』に届かぬ訳の一つかと、恐れを壮絶な笑みで取り繕いながら桜花は言葉を紡ぐ。

 

「地母神ダヌ……その神話を私は知りませんが聞いたことはあります。確かインドの神話叙事詩に語られる《蛇》に属する女神ですね」

 

「んん? 我が名を知るか……ほう、東の果ての神を奉じる巫女か汝は?」

 

 ダヌと高らかに名乗りを上げた女神は初めて、目前に居る桜花に気付いた。

 神たる視点の高さを持つその身は一々人の子を見分けない。

 ゆえに己が名を神ならざる身で不遜に紡いだ彼女を初めてダヌは認識する。

 

「ええ、お見知りおきを、女神ダヌ。神前で無作法ですが、私は姫凪桜花。高千穂山にて修験の道を積み、今は王の剣として、この極島に蔓延る神殺しに寄り添う者です」

 

「……ほほう。奉じるものは我々ではなく神殺しと言うか。不遜だな、だが許そう。我は全ての母ゆえに。しかし、ふむ……汝、変わっているな。極東に座す身でありながら汝が奉じるのは遥か北の、それも運命を司る女神の類か」

 

「……神々の母を名乗るだけあって。その慧眼、お見事と」

 

「ふふ、この程度は児戯の類よ」

 

 『神がかり』をしたわけでもなく、ただ視るだけで桜花の奥底に息づく神力を見通すダヌ。

 生命を司る彼女はその目で息づく生命の気配さえ見分けるということか。

 

「時が許せば巫女たる汝に箴言の一つでも送ってやらんこともないのだが……しかし今の我は忙しい。《鋼》を討つ為に我は一刻も早く、この地に在る《蛇》の神格を取り戻さなければならないのだから」

 

 そう言って遥か彼方……ここから数十キロと離れた東京の方角を見るダヌ。

 剣を向け、女神を前に不遜にも神殺しの巫女を名乗る桜花を前に見逃すというのは恐らく『まつろわぬ神』の中でも群を抜いた慈悲と言えるだろう。

 これが武神か英雄神の類であれば神敵として当に桜花を裁くため剣を向けていたであろうから。

 しかしその慈悲に与るわけには行かない。

 ここで彼女を見逃し、彼女が力を取り戻した場合、如何なる災厄を人の世に齎すか知れたものではないから。

 

「それはさせられません。偉大なる女神よ」

 

「……ほう、巫女よ。我が道を塞ぎ、通さぬというか。人の身の分際を知れよ?」

 

 明確な敵対宣言。

 にも関わらず女神は相変らずに静かだ。

 

 その言は大海を知らぬ子に優しく忠告するように。

 つまりは桜花を障害とすら認識せず、ただただ慈しむべき存在と慈悲を向けるのみ。

 

「己が領分は弁えている心算です偉大なる女神よ。我が身では貴女を討つことはおろか、足止めすら限られた時の間にしか許されないでしょう。しかし……貴女の行動を許すことは人にとっては大嵐が如き天災になりえる。許されるのならば、真に母を名乗り、子を慈しむべきとするならば、その身を幽世に潜め、御身の寵愛を授かれれば幸いですが」

 

「如何に愛おしい子の頼みでもそれは聞けぬな。我は《蛇》を取り戻し、全ての母であった頃の我を取り戻さねばならない。そして何より厚顔無恥に我から神格を奪い、零落を味わわせてくれた《鋼》の者共に怨嗟の音色を聞かせてやらねばならぬからだ」

 

 穏やかであったダヌの雰囲気が一変して苛烈なものへと変わる。

 ただ相対するだけで感じる死の気配。

 生命の母である彼女は同時に冥府の母でもある。

 

 神々の母、全ての母神を名乗るとはそういうことだ。

 《蛇》とは即ち『死と再生の神』の概念。

 地母神に属する女神が持つ属性として極めてポピュラーなものである。

 

「──であるからに、二度目の慈悲だ。引くが良い、巫女よ。汝は神殺しの主を頂く許されざる大罪を背負うものである。しかし人の娘である以上、汝は我が娘も同然。万の生命を統べる我は汝の罪も許そうや」

 

 正真正銘最後の警告。

 これに逆らうこと即ち神に逆らうも同然。

 

 背くならば……桜花はその結果を知りながらも恐怖を戦意で掻き消しながら生命の母として、庇護者としての彼女に決別を告げる。

 

「その慈悲に多大なる感謝と祈りを……ですが、この身は王を奉じたその日より例え煉獄に焔に焼かれようとも共に覇道を駆け抜けると誓った身、即ち貴女に庇護される道理はない。まこと不遜ながら……貴女を止めます『まつろわぬ神』!!」

 

「我が慈悲によく吼えた……ならば巫女よ、貴女には冥府を統べる母として煉獄の焔に焼かれるより前に静謐なる死という慈悲を与えるとしよう」

 

 以って、これより言葉は不要。

 地母神ダヌ、旧き女神が神殺しの巫女に慈悲と裁きの刃を振り下ろす。

 

 

「大地の母の声を聞け。宿業に縛られし我が子に恵みと慈悲を与えたまえ!」

 

 

 ──開戦の狼煙は余りにも大きな地を揺さぶる轟音と共に上げられた。

 

「ッく……地震!? 倒壊するか……!」

 

 極めて近い場所を震源として突如発生した震度は人が観測できる最大震度七。

 最早、立っている事さえ許さない震災は人に限らず、地上に拓いた文明全てに平等に与えられる。

 猛々しい音を立て、歴史ある街並みは地震を前に次々と例外なく倒壊していく。

 

 それは彼女が襲撃したこの茶室も例外ではなく数十人と収容する客間に崩れていく木の土台と屋根が降り注ぐ。

 桜花は優れた体幹で常人ならば当に崩れ落ちているであろう揺れを前に耐え切り、素早く落下物を縫いながら転げ出るようにして建物から離脱する。

 その際、『まつろわぬ神』出現に伴い、諸共気絶した不届き者共の安否を気にするが構っていられる余裕は無い。

 

 外に飛び出す──すると、そこには歴史の名残感じる文化遺産としての風景は消え、さながら被災地を思わせる地獄に変わっていた。

 

 建築物はほぼ全てが倒壊。

 通りには崩れた木材やらなにやらが散乱し、突如とした災害に対する悲鳴と怒声が響いている。

 声の中には倒壊した建物に巻き込まれた人々を救助せんとする声や逆に建物崩落に巻き込まれた者たちの助けを呼ぶ声が響いている。

 

「なんて……ことを……!」

 

 凄絶な光景に沸々と怒りが込み上げる。

 女神に喧嘩を売ったのはあくまで桜花ただ一人。

 ことの次第に一切関係ない諸人を巻き込みことは彼女の信念、強者の道理に反する。

 

 しかし……神は人の理を解さない。

 

「む? ちと派手にやり過ぎたか。とはいえ、大した身のこなしよな巫女よ。か弱き身で武の何たるかを理解しておるのか。か弱き女人が嫌いと言うわけではないが、強き女は好ましい」

 

「その身を強者と心得ていながら弱きにその力を向けるのですか……!」

 

「フッ、我は神なる身ぞ? 我が子一人にその責は負わせん。平等に、その不遜へ応えよう」

 

 先ほどまで居た建物の丁度、屋根に位地する空中でダヌは桜花を見下ろしながら優美な笑みで言う。

 個人であれ、集団であれ、人が人として牙を立てたというならば、人という種の全てに責を負わせよう言いたいらしい。

 昨今は平等平等と煩いが、これほど理不尽な平等があるか……!

 

「この風景こそ貴女が天災である証……! 行きますダヌ。我が刃を以って人の痛みを知りなさい!」

 

「ふふっ、可愛いな。付き合おう、遥か極東の巫女よ……」

 

 宣誓と共に駆け抜ける。

 まずは空中に立つ彼女の間合いを積めなければならない。

 地上約十数メートル。

 桜花の刀が届く距離では到底無いが……怪我の功名と言いたくは無いが幸い、足場には恵まれた。

 

「はあああァァァ──!」

 

 タンッタンッ! と、森を飛び回る猿のような身軽さと器用さで瓦礫の山を蹴りながら一瞬の内に女神に肉薄する桜花。

 そのまま気合と共に相棒の打刀を振り下ろす。

 

「器用よな」

 

 しかし、打刀が捉えたのは肉の感触に在らず。

 甲高い金属音と共に刀の軌道上に王冠と同じ紅石の装飾を頭に据える金色の杖が刀を押し留めていた。

 

「森の獣を思わせる器用さよ。汝、さては自然に身を委ねる身か?」

 

「ええ、高千穂山にて修験道を歩む身でしたからね。山々を駆け抜けることに関しては森の天狗よりも速いと師に褒められましたよッ!」

 

 軽口を叩きながら、その言葉が真実であると示すように地に倒立する木材の僅かな踏み場や、今にも崩れそうな瓦礫の山を足場に桜花は怒涛の攻めに転じる。

 

 三次元的な攻めは極めて卓越。

 通常武芸に想定されていない空中という場を己のフィールドと使いこなす。

 行動の中には空中で身を整えながら猛禽類もかくや、という攻めも織り交ぜられており、重力を無視するような軽快な動きは間違いなく二足歩行で地を歩む人間に出来る最上限の身軽さだろう。

 

「我に切っ先を向けるだけはあるか……一角の戦士は何処の時代にも居るものよな」

 

「………ッ!」

 

 だが、怒涛の攻めを以ってしてもダヌは崩れない。

 練達な杖術で刀を弾き、逸らし、時には反撃すら返してくる。

 

 およそ武術戦では体験できないであろう左右斜めのみならず上下の攻めすら組み込まれた異端の武技をまるで手馴れているかのように捌いた。

 神話においては率先して戦う伝承を持たないはずのその身は、しかし神である以上、そもそもが人より上なのだ。

 例え戦場に立たぬ女神であってもその武技は達人を凌ぐ──まして、

 

「これでも我にも武術の心得はあるのだぞ……?」

 

 旧き時代の女神はあらゆる神話において頂点に君臨した者。

 後に社会的地位を男性に奪われるまで女性の権威はあらゆる国々で総じて高いものであったという、神官や賢者などの重職はそれこそ女性の仕事であった。

 

 必然、旧き女神は今で言う各神話群に君臨する主神の地位に在った。

 つまり……。

 

戦い(ぶじゅつ)もまた、女神(われ)の領分よ」

 

 悠然と告げる女神を傍目に桜花は瓦礫の一つを蹴り上げた。

 そして、瓦礫が女神に到達するより早く蹴り上げた瓦礫に先んじて到達し、瓦礫を足場に桜花は直線に突撃する……と、見せかけ、桜花は上空へと跳躍。

 そのまま身動きの効かないはずの空中に器用に身を整えて、滑空した。

 兎を奇襲する鳶の様に迅速な空中突撃を見せる。

 

 しかし頭上と言う人体の構造上、反応がしにくい位地からの攻撃にもダヌは笑みを崩さず、重量と重力の乗った桜花の突きに容易く反応する。

 杖で受け、そのまま刀ごと桜花を力任せに押し返し、大地へと叩き付けた。

 

「ッく……ああァァ!!」

 

 苦悶の悲鳴を洩らす桜花。

 だが、女神の手番はまだ終わりではない。

 

「無機物と還された我が子らよ。その恨みと怒りを我が力を糧とし、晴らすが良い」

 

 ダヌがカカッと杖を鳴らす。

 すると崩れた建築物群……それら建築物の素材となっていたであろう壊れた木材たちが女神の行動に感応するようにその身を揺らして……。

 

 刹那──さながら投槍のように桜花へと突撃する!

 

「なッ……これは!」

 

「ハハッ、命を散らせどその息吹きは未だ健在よ。道具とされた無念を晴らすがよい」

 

 雨霰と飛び交うのは木の槍。

 ダヌの起こした地震より以前に、手折られ加工されたはずの木材たちはまるで蘇ったかのように明確な意思を露わにし、己が命を手折った人間に報復せんと飛び交う。

 自動車を思わせる突撃は質量こそ自動車には及ばないものの、柔い人間にとっては十分な脅威だ。

 

「刀で受けるには重過ぎますか……!」

 

 二度三度、刀で切り落として見せたが、それでは得物の身が持たないと桜花は判断する。

 受け方を防御から回避へと変更。

 巧みな足捌きにて次々に襲い掛かる猛威を回避し振り切り凌ぐ。

 

 その立ち振る舞いは見事なもので一度目の回避が次の回避の道を塞がぬよう計算されつくしているため包囲しても抜けられる。

 

「成る程。無作為な突撃は仕留めきれんか……ならばやり方を変えよう」

 

 そう言うや否やダヌは杖を手放し、あろう事か己が右手で左手首を引っかき、傷を付けた。

 不明な行動に首を傾げる暇も無く、ダヌは裂傷により滴る血を手短な位地にある木材に振りかけ……。

 

「生まれ、育ち、熟し、繋ぐ……我が司るは生命の流転。我が血を食み、繋ぎ生まれよ次代の恵み! 先代を犯し、破壊した者たちに復讐を遂げるが良い!!」

 

 呪文を唱える──斯くて齎された変化は劇的だった。

 血を受けた木材は一度、ドクンと大きく脈動し、次瞬には生前に立ち返るが如く大地に雄々しい太く丈夫な根を張り巡らせ、見る見るうちにただの木材から巨大な木へと変貌していった。

 成る姿は元の木材となった木の原型ですらない。

 全く別の……余りにも神聖な巨木への変態。

 

 ……驚異的な変貌を見せる木を、桜花は絶え間ない山岳の霊気と武術鍛錬によって体得した『験』で以って見て取った。

 

 これは……!

 

「まさか神獣!? 木に神気を与えて神木へと再誕させたのですか!?」

 

「然り、己が意を示す自由さえ許されぬまま散るには惜しかろうが。今一度の自由を我が眷属として許そう……さあ、存分に振るえよ!」

 

 女神の眷属、神獣として再誕した神木は自由に歓喜するように脈動した。

 植物であるとは思えぬ迅速さで気の根っこを伸ばし、杭のように次々と桜花目掛けて打ち出す。

 

「そんな攻撃……!」

 

 串刺しにせんと突きかかる根の槍と飛び交う木々。

 しかしそれでも桜花は健在だった。

 僅かな振動、大気を突き進む空気の流れ、もはや野性でしか追いきれない前兆を確かに感じ取りながら彼女は次々に往なしていく。

 挙句、飛び交う木はただの足の踏み場に利用される始末。

 知恵を持つのか、聞かぬと分かった神木が杭の攻めから、鞭のように根っこを撓らせ、叩き付ける攻撃に移行しても……やはり、逃れられる。

 

 先と変わらぬ動きの冴え。

 卓越した桜花の技量にダヌはさも楽しげに、そうでなくてはとばかりに笑う。

 

「ふふ、これでも捉えきれぬか。まあ、其者は地を歩む者ながら空を自由に駆け回る獣の性をも取り込んだ身。なればこそ、地に在る彼らでは追いきれぬのも道理よな。──では、もう一手間加えるとしよう!」

 

 血を振りまく。

 血を振りまく。

 血を振りまく。

 

 そうして都合三度。

 飛び散った女神の血は木々の破片に付着し、死した生命を次代の生命に繋ぐ。

 そして新生……神木は速やかに誕生し、その数はあっと言う間に数十を越える。

 

「無茶苦茶な……!」

 

「ははははははははは! 何時まで逃げ切れる巫女よ!!」

 

 戦慄と愚痴に舌打つ桜花。

 死と隣合わせの舞踏はさらに苛烈を極める。

 一つ一つが知性を持つ神木は桜花の行き先を塞がんと根を伸ばし、包囲を進める。

 時には飛び交う木々とも連携し、一手、また一手と逃げ道を塞いでいく。

 

 早い、追いつかれる……!

 

「だったら……! おん、ちらちらや、そわか!!」

 

 窮地を逃れんと唱えるは飯縄権現の真言詠唱。

 飯縄山は山岳信仰を発祥とするかの天狗の力。

 かつては邪法と畏れられた天狗の術だが──江戸時代、徳川の治世下にて再び信仰を取り戻した飯縄権現は人々を災いから救う存在となった。

 

 信仰を唱えれば三熱の苦より脱する慈風を与える……即ちは災い鎮守の術理。

 

「む……!」

 

 人への復讐をなさんと躍起になって桜花に襲い掛かっていた神木の動きが鈍る。

 荒ぶる木々の魂は天狗の慈風により治め、奉じられ……人の世を静かに見守る本来の領分へと神木らを引き戻す。

 

 女神は想定外の声をあげるが、その慢心は笑えない。

 恐るべきは鎮魂の所業を成した桜花にある。

 

 ──仮にも()木。

 

 しかも女神の眷属である。

 神獣と成った神木らを一息で治めた桜花の手腕。

 ただ人が早々真似できるものではない。

 

 ともすれば出力だけで限られた巫女媛が到達する秘奥『御霊鎮め』が齎す結果に届いているやも知れない──。

 戦いの最中にそんな高等呪術を操る桜花が、女神の思惑を超えたことにこそ、賞賛はあるべきだろう。

 

「よし……参ります!!」

 

 完全に動きを止めたわけではないがコレで十分。

 専守防衛に努めていた桜花は攻撃に転じる。

 動きの鈍い木の根らを足場にダヌへと再び接近。

 

「──ふむ……どうやら些か汝を見誤っていたようだ。成る程、我に刀を向けるだけあって大したものだ。森林を駆け抜ける身の使い、軽やかな武技の冴、そして極めて清廉として術の音色……出会いが違えば汝を我が巫女と召し仕えさせるも吝かではなかったであろうよ」

 

 見る見るうちに迫る桜花を前にしかしダヌは泰然とするのみ。

 再び杖を召喚するわけでも眷属に命を下すでもなく、ただただ名残惜しそうに桜花を見詰める。

 その様に……嵐の前の静けさのような、嫌な予感を直感した。

 

 刹那の判断──桜花は悪寒を是とし、接近を停止させた。

 

「母として、偉大なる母神として輝ける生命を摘むは心が痛むが……是非もなし」

 

 そうして────。

 

「昏き時、幽玄の狭間に満ちよ。生命を覆い隠し、旅人を迷わせよ。いざ、冥府の旅路へ導こう」

 

 唱えられる詠唱。

 それによって齎されたのは……余りにも大きな変化だった。

 

「なっ……!」

 

 ──絶句する。

 

 刹那の合間に大地が陰る。

 地を燦々と照らす太陽の輝きは瞬く間に暗雲に閉ざされ、地上には白い霧が蔓延し、さながら深夜もかくやとばかりに夜が齎される。

 

 だが、それだけに留まらない。

 

「大地が……」

 

 霧が満ちるや否や次々に太陽が隠されたにも関わらず大地が干上がっていく。

 ……まるで霧に水気を奪われるようにして。

 

 さらには先ほどまで権勢を誇っていた神木たちは次々に枯れ果て、腐り落ち……異様な匂いを生む……これは毒か?

 

「この力は……死ですか!」

 

「さよう。生命を流転させ、死を呼んだ。我は全ての母ゆえに……!」

 

 言葉と共に桜花は呪力を循環させる。

 そうでなければ一瞬の内に命を持っていかれかねないと確信して。

 果たして、それは当たっている。

 

 ──ダヌという女神は同名で二柱存在する。

 一つはケルト神話に登場する「豊穣神ダヌ」。神話として残された記述が少なくヌァザ、ダグザなどの母である説や、ダグザの三娘の一人である説など記述が曖昧な女神である。しかし極めて旧い出生の女神であろうことからインド・ヨーロッパ語族から伝来した旧き神であると……インドのダヌと同じ存在であるとされている。

 また女神の母という顔も持ち「運命の母」としてモリガン、バブド、マハという運命の三女神を生み出したとされる。

 

 もう一つのダヌはインド神話に記されるダヌ。他ならぬ尤も旧き女神。

 「ヴリトラの母」と呼ばれるだけに留まらず、アスラ族……「神々の王」インドラと敵対するものたちとして描かれる一族の母であり、アスラ族の神々の殆どは彼女によって齎されたとも言われている。

 

 両者は元々は同じ存在であり、極めて旧い時代の女神である。

 そしてそんな彼女と最も縁が深いものといえば……川。

 ケルト神話のダヌもアスラのダヌもどちらも川に縁がある存在として語られている。

 

 古来──巨大な権勢を振るった文明は川に隣接するよう敷かれている。

 恒常的に水を摂取できる事こそ文明が栄える一端であるから。

 故に豊穣を司る神格は水に通じる事が多い。

 

 ダヌが河川の縁在る神格なのも、旧き時代に川と豊穣が隣接した概念だったからであればこそ。

 

 だが、問題はそんな女神が何をしたかである。

 豊穣と真逆の結果を齎したこの所業が繋ぐ意味とは。

 

(夜を呼び込んだ……ではない。日を覆い隠した? それに大地を……旱魃というよりこれは……大地の腐敗………)

 

 日を覆い、大地を殺す力。

 さらには霧……水を示唆する権能の力。

 豊穣を司る《蛇》の性質と合わせ考えれば自ずと答えは導き出せる。

 桜花はダヌという女神、その詳細を知らずともその力の源に届きかけていた、即ち……。

 

(水にて成す死の概念。つまりは水害にまつわる力! ならば司るのは川か雨……水の恵みで豊穣を齎す女神であり、同時に水を以て災いを齎すのがこの女神の本質ですか)

 

 大地に実りを齎す水は古代から現在まで。

 豊穣を司る象徴として「神の恵み」と敬われてきた。

 

 だが同時に度が過ぎた水量は人々に災いをも齎した。

 例えばノアの箱舟の発端となった大洪水。

 それは起源をメソポタミアの神話にまで遡り、ギリシャ神話にも同じ記述が見られる大洪水による大いなる災いは多くの神話において確認できる伝承だ。

 

 水とは豊穣であり、同時に大いなる災いであるのだ。

 ゆえに生命と死を司る《蛇》に属する女神はその多くが水に纏わる伝承を抱えている。

 ならばこそ、ダヌもまた水に纏わる権能を振るうのだと考えられる。

 

(古代文明における豊穣が、雨、川、湖によって齎されるものならば死はその反乱。水害によって齎される事象……)

 

 加えて、過剰ともいえる英雄神、《鋼》に対する恨みを考慮すると……。

 何となくだが、ダヌとは如何なる女神かが見えてくる。

 

「さて……巫女よ。これはどう凌ぐ?」

 

「………あ」

 

 思考の海に没していた桜花はダヌの声に現実へと引き戻される。

 同時に桜花がダヌの本質に辿り着きかけたのを知ってか知らずか……ダヌはその本性を見せる。

 

 巻き起こる膨大な呪力。

 呪力は腐乱した大地より沸き立つ霊脈を発端としたものだ。

 大地が侵されたと同じくしてこの地に流れる霊脈もまた腐敗した。

 

 澱んだ呪力はダヌによってかき集められ、一つと纏り始める。

 

「汝には静謐なる死を与えるといった。その言葉を真実としよう。生きていれば賞賛を、では……さらばだ! 巫女よ!!」

 

 ──膨大なる死の呪詛。

 錬気活性では受け流せないほどの病を桜花はその渦に視た。

 

 ダヌの言葉は真実だ。

 アレは受ければ最後、人間である以上、絶対に生存の許されない死の具現。

 下手をすれば瞬く間に神殺しであれ死ぬ。

 

 そして呪詛である以上、回避しようが無く、基点となっているのがこの金沢の大地であるために逃れうる手段は一瞬の内に澱んだ霊脈、この土地から抜け出す必要がある。何より問題なのが……。

 

「大地そのものを侵す死の権能……私を殺すためにこの地に生きる全ての人間を犠牲にする気ですか!?」

 

「それも言ったはずだ。孤独は冷たく、愛しい子を一人冥府に静めるを我は良しとせん。我は慈悲深いゆえに。そして我は平等である。大地が死せるのだ。その恩恵を受けた者、受ける者、共に沈むが道理であろう?」

 

「………っ!」

 

 嗚呼──そうであった。

 女神とは、『まつろわぬ神』とは。在るだけで人の世に天災を齎す人類に抗う統べ無き天災。

 場合によっては神の慈悲すら、人にとっては天災となりえる。

 

「……だったら!」

 

 人々を守るにはアレを防ぐか、或いは打ち消さねばならない。

 そして桜花はそのための手段をたった一つだけ持ち合わせている。

 正真正銘最後の切り札。

 自爆覚悟のジョーカー。

 

「──私が学んだこと。それは愛し、愛されること……」

 

 ──『神がかり』。

 世界でも限られた巫女のみが使うことが出来る最上位の巫術。

 それを発動するための歌を桜花は紡ぎあげ……。

 

 刹那──天と地に響き渡るような言霊が絶大な呪力を以ってして落ちてきた。

 

 

 

「母なる愛は幼子を守る盾! 実り豊かな大地を統べる母神の唄は幼子の泣き声を遠ざけ、閉ざし、安らぎ齎す子守唄……眠る幼児を母神は愛で包み込む! ここに絶対無敵の揺り篭を象らん!!」

 

 

 

 霹靂咆吼────。

 壮絶な轟音と共に落ちた落雷は一瞬の内に大地を蝕む病を殺し、霊脈を正し、死の呪詛を焼き払った。

 

 圧倒的である。

 

 振るわれたのは人智及ばぬ絶対的な、それこそ『まつろわぬ神』に順ずる権能。

 旧き女神と同じく豊穣に縁を持つ雷の守り。

 

 果たして女神は……壮絶な笑みを浮かべる。

 

「──ハ、成る程な。そこな巫女の危機に駆けつけたか、我が宿敵」

 

「お前、俺の身内に手ェだしたな……?」

 

 日を覆い尽くされた大地で尚、輝く光源。

 

 ──其れは人だった。

 

 バチバチととんでもない量の電気を帯電させながら、ダヌを睥睨する一人の男。

 神を前に不遜な敵意を向ける者。

 

 ────神殺し(カンピオーネ)、閉塚衛。

 今代に存在する七番目の覇者は確たる怒りを瞳に浮かべながら堂々たる振る舞いで女神が君臨するべき大地に立っていた。




はは、オリ主が活躍するといったな、アレは嘘だ!
……はい、すいません。
思いの他長くなって収まらなくなっただけですはい。

次回でまつろわぬダヌ戦は終わりますんで主人公の活躍に乞うご期待あれ!



改行(2019/12/30)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。