アラバスタはもともと砂の国であった。
けれど近年――特にここ3年はそれが顕著で、アラバスタには一滴の雨すら降らなくなった。
ただ唯一、王の住む首都“アルバーナ”を除いて。
人々はそれを“王の奇跡”と呼んでいたが、現象には必ず理由がある。
それは傍目にはデタラメに見える
“ダンスパウダー”。
それが“王の奇跡”を生み出した理由であり、この国を狂わせた原因。
人工的に雨を生み出す事ができるというその粉は、他の場所から雨を奪う事によって成り立っていた。
それゆえに世界政府によって製造・所持を禁止されたその不思議粉は、けれど港町であるナノハナや首都の宮殿に運び込まれ、運悪く存在が露見した。
もちろん、それは誰かにとっては非常に都合の良い事であり、疑われた国王――つまりビビの父親にとっては、まるで覚えのない事だった。
しかしそれだけの証拠があって、町が枯れ、人が飢え、荒んだ心で、国王とはいえ他人を、どこまで信じる事ができるのか。
結果――反乱は起きた。
アラバスタには反乱軍が組織され、王家と民衆の信頼関係には傷がついて血が流れた。
比喩ではなく実際に失われていく命を前に、当時13歳のビビは偶然掴んだ情報を基として、親衛隊長のイガラムと共にB・Wに潜入――現在に至る。
「やー! ついたぞ!!! ユバ!!!」
港町ナノハナからメリー号で“サンドラ河”を越え、緑のない元・緑の町“エルマル”へ。
そこから“スターシップ”に乗り込み、一気に砂漠を突破した我らが麦わらの一味。
「そんな……」
「こりゃヒデェ……! あのエルマルって町とそう変わんねェぞ……!」
そんな彼らの前に待ち受けていた光景は、エルマルと同じく砂に埋もれ、枯れた町の姿だった。
「旅の人かね……砂漠の旅は疲れただろう。すまんな、この町は少々枯れている……」
声をかけて来たのは一人の痩せこけた男。
この町の住人であろうその男は、スコップを手に黙々と砂を掘り続けている。
「いや、疲れてねェぞ。“スターシップ”に乗ってきたからな」
男はルフィの答えに少し不思議そうにしながらも町の宿を勧めた。
だが疲れてもいないのに、休んでいる暇はないと、ビビがこの町に来た目的を果たすために口を開く。
「あの……この町には反乱軍がいると聞いてきたんですが……」
「……反乱軍になんの用だね」
ビビの言葉に男は眼光を鋭くすると、あたりの物を投げつけてきた。
「貴様ら、まさか反乱軍に入りたいなんて輩じゃあるまいな!」と怒る姿から、その男が反乱軍に対して好意的じゃない感情を持っているのは間違いない。
男は一通り物を投げて落ち着くと、ポツリとその言葉を漏らした。
「……あのバカ共なら……もう、この町にはいないぞ……!」
「「「な、なんだとォ~~~!!?」」」
「そんな……!」
「この町の様子を見ればわかるだろう……。3年前からの日照り続きで砂は渇ききって、頻繁に砂嵐にも襲われるようになった! 物資の流通もなくなったこの町では反乱の持久戦もままならない……。反乱軍は“カトレア”に本拠地を移したんだ……」
「カトレア!!?」
「どこだビビ、それ近いのか!!?」
「……ナノハナの隣にあるオアシスよ」
「ナノハナ!!?」
「おい……おれ達ァ、なんのためにここまで」
「仕方ない。おれさまの“スターシップ”でとっとと――」
「――ビビ……? 今ビビと……!!?」
男はビビの名前に反応した。
それも当然と言えば当然かもしれない。
なぜならビビはこの国の王女様なのだから。
だが、その男にとってはそれだけではなかった。
「ビビちゃんなのか……!!? そうなのかい!!?」
「……えっ?」
男の名は“トト”。
ビビの幼馴染であり反乱軍のリーダーでもある“コーザ”の父。
「トトおじさん……!!? そんな……!」
ビビが初め気づかなかったのも、そしてこうして驚くのも無理はなかった。
当時のトトはでっぷりと太っており、こんな骨に皮を張りつけたような姿の男ではなかったからだ。
それはそのまま、いかにこの国での生活が苦しいかを物語る象徴のようでもあった。
しかし――だがしかしだ。
それでもトトは国王を信じていた。
反乱なんてバカげていると、水も満足に飲めず掠れた声で訴える。
「たかが3年……雨が降らないからなんだ……! 私は国王様を信じてる……! まだまだ国民の大半はそうさ……! 何度もねェ……何度も……何度も止めたんだ!!!」
だが、反乱は止まらなかった。
自分一人ならともかく。
知ってる誰かが苦しんでいて、その原因もわかっている。
人を想う気持ちが、その優しさが、そんな心とは対極にあるはずの反乱へと繋がった。
まさかそれを仕組んだ者がいるなど思わず、思ってもそれを根拠のない妄想だと、弱気になる心を押さえつけ――本当は信じたい人間へと刃を向けた。
それがこの国の、今も続く物語。
けれど、どんな物語でもいつか終わりがくる。
「反乱軍の体力も、もう限界だよ……。次の攻撃で決着をつけるハラさ。もう追い詰められているんだ……! 死ぬ気なんだ……!!!」
どれだけ最悪の結末が待ち受けているとしても、その予感があったとしてもだ。
人は人のために、国のために、自分のできる事をしようとする。
でも、国は人を止めてはくれない。
国は人だから――だから、トトは己の無力さに、こんな状況でも枯れない涙を流しながら、心からの叫びを声にして絞り出す。
「頼むビビちゃん……あのバカどもを止めてくれ!!!」
~~中略~~
「やめた」
トトの話を聞いて、じゃあカトレアに行こうという段階になってルフィはそんな事を言い出した。
「“やめた”って……!!?」
「おいルフィ、こんなとこでお前の気まぐれにつき合ってるヒマはねェんだぞ!!! カトレアって町で反乱軍を止めなきゃ、この国の100万の人間が激突して、えれェ事態になっちまうんだぞ!!! ビビちゃんのためだ!!! さァ行くぞ!!!」
「つまんねェ」
ルフィの無茶苦茶な言動はいつもの事だが、今回のそれは少し様子が違った。
ルフィが戦うべき相手を見据えた時に発せられる雰囲気、それが静かながらも発せられている。
「……ビビ」
「何?」
「おれはクロコダイルをぶっ飛ばしてェんだよ」
「!」
「反乱してる奴らを止めたらよ……クロコダイルは止まるのか? その町へ着いてもおれたちは何もする事はねェ。海賊だからな。いねェ方がいいくらいだ」
ルフィの言葉は核心を突いていた。
ビビはともかく――その町で麦わらの一味ができる事は、それこそ本当にビビの護衛だけだ。
しかしビビがいくらこの国の王女様とはいえ、海賊を従えてやって来て、反乱軍は素直にその説得を受け入れるのか。
B・Wも変わらず暗躍しているのだ。
余計に状況がこじれて、その間にクロコダイルに全てを掻っ攫われないとも限らない。
なら、最初にそのクロコダイルを倒してしまえばどうか。
それがルフィの本能から出た答えだった。
「お前はこの戦いで誰も死ななきゃいいって思ってるんだ。国の奴らも、おれ達もみんな」
「……!」
「“七武海”の海賊が相手で、もう100万人も暴れ出してる戦いなのに、みんな無事ならいいと思ってるんだ。……甘いんじゃねェのか」
「何がいけないの!!? 人が死ななきゃいいと思って、何が悪いの!!?」
「人は死ぬぞ」
ルフィの言葉にビビは反射的にルフィを殴った。
必死になってルフィの言葉に反論するビビを、けれどルフィは殴り返す。
「――じゃあ、なんでお前は命賭けてんだ!!! お前なんかの命一個で賭けたりるか!!!」
「なら、いったい何を賭けたらいいのよ!!! 他に賭けられるものなんて、私、何も……!!!」
ビビは叫んだ。
それは心からの叫びだった。
だからそれが気に食わないルフィは、拳とともに言葉でもビビを殴りつける。
「おれ達の命くらい一緒に賭けてみろ!!! 仲間だろうが!!!」
「!!?」
みんなの中からおれ達を抜いて、自分の側に加えろというルフィの言葉に、ビビの瞳から涙がこぼれる。
「……なんだ、あのおっさんと同じだ。出るんじゃねェか。涙」
「っ!」
「本当はお前が一番くやしくて、あいつをブッ飛ばしてェんだ。……教えろよ、クロコダイルの居場所!!!」
~~中略~~
「……準備はいいか。野郎共!」
「「「「「「「おお!!!!!!!」」」」」」」
「スター、突撃だ!」
「はーっはっはっはっはっはっ! 任せろ、船長!!!」
ルフィの言葉に覚悟を決めた一味は、カトレアではなく夢の町“レインベース”へと飛んだ。
そこはアラバスタの“英雄”サー・クロコダイルが住む町。
王下七武海の一人であり、海賊から略奪する海賊であるクロコダイルは――その力もあって、この国では海軍よりもよほど頼られている英雄だ。
けれど、それは表の顔。
裏の顔はご存知、秘密犯罪会社B・W社の社長であり、アラバスタの転覆を狙う大悪党なのだが……やはり英雄でもあるために本拠地としている場所ははっきりしていた。
というのも、レインベースは人々がギャンブルで一獲千金を夢見る町だ。
その中でも最大のカジノ“レインディナーズ”。
レインベースオアシスの真ん中に聳えるピラミッド型の建物にワニの屋根……それこそがクロコダイルの経営するカジノでもあった。
クロコダイルはきっとそこにいるはずだというビビの言葉から、やって来た麦わらの一味は――今、まさにその上空にいた。
そして一味が乗る“スターシップ”が、ルフィの号令に応えたスターの操作によって、そのレインディナーズへと文字通りの意味で突撃を仕掛ける。
なんか“スターパワー”とやらで守られてるとかで、スゴイ硬度を持っているらしい“スターシップ”はレインディナーズの外壁を突き破って、ド派手にその内部へと侵入を果たす。
騒ぎ立てるカジノ客を無視して、一味はカジノ内を走り回り――辿り着いた先は秘密地下VIPルーム。
その扉を、ルフィが拳で叩き破った。
「――それで、どいつがクロコダイルだ」
部屋の中には麦わらの一味と同じく、八人の男女の姿。
この場に殴り込みを掛けてくる者があるとは思わなかったのだろう、誰もが大なり小なり驚いた表情を浮かべている。
その中でミス・オールサンデーとMr.2、顔に包帯を巻いたMr.3は一味も見た事があった。
残り五人は新顔……一味は知らない事だが、実は一味の突入タイミングはジャストであり、B・Wのオフィサーエージェントが集い、最終作戦の前の顔合わせの場にこうして立ち会う事になったのであった。
つまり、B・Wの主要人物達がこの場には揃っているのだ。
「なんだ、てめェは……」
「お前がクロコダイルか。おれはルフィ。お前をブッ飛ばしに来た」
ルフィの言葉に応えたのはオールバックで、顔に一文字の縫い傷がある男。
左手に義手なのかフックを着け、黒のロングコートを肩に掛けている。
その立ち振る舞いには大物感が漂い、彼こそがクロコダイルであると一味に認識させた。
「あァ? そうか、てめェが“麦わらのルフィ”とかいう小物海賊か。そして――」
「!」
「……やァ、ようこそアラバスタの王女ビビ。いや、ミス・ウェンズデー。探す手間が省けた」
「あなたを倒しに来たわ……Mr.0!!!」
「クハハハハ……そんな夢を見てわざわざ来てくれたのか。それにしてもなんてツイてない女だお前は」
「……ツイてない?」
「そうだろう? その小物達にバカらしくも全てを賭けて、一発逆転とおれの暗殺を狙ったんだろうが、ここには今ちょうどおれの部下達がいる。まぁ、おれ一人でも、お前達を全滅させるのに3分もかからんだろうがな」
「ええ、そうね……だから、私はとてもツイてるわ。ここであなた達を全員倒せば、それでアラバスタは救えるのだから……!」
ビビの言葉に一味の強気組はにやりと不敵に笑い、弱気組は内心ビビりながらも表情を引き締めた。
麦わらの一味と、B・Wのエージェント達の間でピリピリとした“気”が弾け合う。
それが一部の者が知らず発動している“覇気”の、未だ覚醒はせずとも抑え切れない迸りだとはこの場の誰も知らない。
そして、アラバスタの未来を賭けた決戦が始まった。