元ヒーローの市長は居そう。地元愛が強いけど体力の衰えからヒーロー引退して、元部下やライバルや後輩ヒーローを行政側から支援するのを決めた地域密着型ヒーローの最終進化系。
市長(元ヒーロー)って絶対強い。議員(ヴィラン)と戦ってほしい。
あ、話は変わるけど、めっちゃ素敵なお手紙もらった!わーい!やったー!うれしー!
本日は職場体験4日目にして、ヒーロー殺し事件の翌日。
千雨は朝一番にギャングオルカから呼び出されてお説教を受けていた。
どうやら通信越しに千雨がヒーロー殺しの事件に関わったことを保須警察署署長から連絡されたらしい。
朝一に見たネットニュースの一番上には保須市でヒーロー殺し逮捕の文字が大きく表示されていた。記事には千雨たちの戦闘は無事に隠蔽されたらしく、全てエンデヴァーによる功績になっていたので油断していた。
おそらくだが、保須警察署から事件について巻き込まれたという事も含めて学校の相澤先生に連絡が行き、事件に関わった千雨の職場体験先の連絡先を聞いたのだろう。
勝手に行動したことは事実なので、説教は甘んじて受け入れる千雨。ここで反論したら長くなりそうというのが大きな理由だ。
「ご迷惑おかけしました」
「全く……朝から驚きの連続しかない。幸いにも処罰無しの軽い注意で済んだからいいものの……。
クラスメイトが心配だったのもわかるが、君は未資格の学生!君がしたのは違法行為ギリギリの行いだ」
「はい」
「2度としないように」
ギンッと音がするほどの眼力と普段より1オクターブ低い声は本物のマフィアかヤクザのボスのようだ。
敵っぽい見た目ヒーローランキング第3位は伊達ではない。
「……ただ、君の仲間を救けたいという気持ちと行動が結果として人命を守った。
よく頑張ったな」
「はい」
ギャングオルカは自身を怖がらず、ファンの増加にも一役買った千雨に対し、結局最後に甘い対応をしてしまうのであった。
朝から怒られたが、本日は水族館側とショーの打ち合わせをする日。今日と明日はそのままショーの練習をし、明後日の土曜日は本番の予定だ。
そのため今日から事務所のある中区ではなく、水族館のある港区を中心としたパトロールにスケジュール変更。
ショーの準備をしつつ、本来のパトロールを行うのもヒーローの仕事である。
午前9時30分。
車で数十分もしない位置にある丑三ツ時水族館へ千雨とギャングオルカとマキは来ていた。
マキも同行しているのは彼女が千雨の指導補佐役というのに加えて、昨日の一件を踏まえて千雨から目を離さないためだろうと千雨は予想した。
「丑三ツ時水族館の館長、伊佐奈だ」
「はじめまして、ギャングオルカ事務所の職場体験で来ました長谷川千雨です。よろしくお願い致します」
開館前の水族館へ職員専用出入り口から入り、普段立ち入ることの出来ない水族館の裏側にある事務室に千雨たちはいた。
伊佐奈と名乗ったのは、黒いスーツにそろそろ梅雨だというのにも関わらず白いロングコートを羽織った黒髪の若い男性。
彼が館長を務めているらしいが、館長という肩書きにしては20代後半か30代にしか見えないほどに若い。その外見に千雨は面食らってしまった。
「ああ、若いから驚いたのかな?この丑三ツ時水族館は市や県が運営している訳ではないんだ。
正式には『株式会社丑三ツ時海洋研究所水族館』。海洋に関する"個性"の研究、"個性"を使用しての海獣の飼育や繁殖、新種の調査など海に関する様々な調査と研究を主にしている会社だ。
水族館はその研究の中で収集した生物の公開展示部門。だから他の水族館と違ってシャチの公式スポンサーが出来る。
ウチのことに関して詳しくはあとでシャチとマグロから聞くといい。
君の素晴らしいショーが楽しみだ」
伊佐奈は人当たりの良さげな笑顔を浮かべているが、千雨はその笑顔を見て腹黒いと察した。目が一切笑っていないのである。
きっとフェイト・アーウェルンクスのような目的のためなら手段を選ばないタイプだろう。
そもそもギャングオルカを朝突然呼び出して夜まで話し合いをさせて疲れさせた人物。しかもギャングオルカとマキをナチュラルにシャチとマグロと呼んだ。
2人がこれといって反論していない様子から軽口だと思えるが、総合的に鑑みてロクな大人ではないと千雨は判断。ギャングオルカからとはいえ、引き受けるべきではなかったかと少し後悔した。
「早速で悪いけど、スタジアムまで案内する」
伊佐奈に案内される形で、ギャングオルカとマキと千雨の3人は事務室から水族館内に移動した。10時の開館前のため清掃をしている職員以外は誰もいない水族館はどこか特別な空間に感じさせる。
館内を歩いて向かった先は、建物としては2階部分に当たるメインプールスタジアムのステージ。ここはイルカやアシカ、シャチなどのショーを行う場所だ。
プールの上部だけ天井がないのはイルカやシャチのジャンプのためだろう。かなりの広さだ。
「スタジアムの収容人数は約3500人。
プールの大きさは長さ60m、幅30m、最大水深12m。観客席をいれた広さはおよそ80m×60m。国内最大規模だ」
「ここでショーってマジかよ……」
「何か言ったかい?」
「いえ、何でもありません」
想像以上の広さに思わずこぼれた本音に対する伊佐奈の一言に込められた殺意が凄まじい。逆らってはいけないと千雨は命の危険を察知して素早く従う。
本当に研究系の会社の社長なのか怪しい。ヤクザみたいな事をしているんじゃないだろうか。そんな事を千雨は考えていた。
「私の出すマンタなどは触れられる立体映像みたいなものです。
動きは私が指示すれば自在ですが、どういったショーをお考えですか?」
「そこまで難しくない。観客が沢山の種類の海洋生物の入った水槽の中にいるようにしたいんだ。周囲360度全て海みたいに」
「……この広さを?」
「この広さを」
「伊佐奈、いくら彼女が雄英生とはいえまだ入学して2ヶ月程度だぞ。"個性"の強化も不十分なのに、この広さを埋めるほど使用させるのは……」
「――シャチ。俺に逆らうのか?」
雄英は国内一のヒーロー養成機関。その狭き門に入れた優秀な生徒とはいえ、"個性"は身体能力の一つである以上、必ず上限がある。千雨の上限についてギャングオルカは知らないが、それでもこのスタジアムの広さに驚いた千雨には無理だと判断したギャングオルカが千雨をかばうように伊佐奈へ意見する。
が、ギャングオルカへと冷たい視線を向ける伊佐奈。反論は許されないと言わんばかりの冷徹な目だ。
険悪で危険な空気が流れるのを払うように、千雨は声を上げた。
「伊佐奈館長、海洋生物の指定はありますか?」
「ちう!?」
「指定はない。何が出せる?」
「マンタ、クジラ、イルカ、シャチ、サメ、セイウチ、アザラシ、アシカ、イカ、タコ、カニ、イワシやサバの群れ、マグロ、クラゲ、ペンギン、そのほか熱帯魚など観賞魚……合計で今のところ40種類くらいですが、水族館に展示されている水生生物を中心に作ってあります」
「40種類か……まぁまぁだな」
「これだけの広さを埋めるのはしたことがありませんが……ひとまずやってみます」
「ちうちゃん、それ大丈夫なの?」
「無理はしません。パトロールなど出来るように加減します」
「……わかった」
心配そうなギャングオルカとマキを説得した千雨は3人から離れた位置に立ち、昨日作成したプログラムの起動準備に入る。
心配そうなギャングオルカとマキには悪いが、"ショーのために準備した"プログラムの実体化での魔力消費はそこまでではない。むしろ電気量が不安である。
後で休憩中に充電させてもらうことと、ショーの時にはコンセントを借りようと千雨は考えていた。
「実体具現アプリケーションVer.2.1、起動。
ヴァーチャル・アクアリウム。セレクト・フィッシュ×50、セレクト・マリンママル×10、ホエール×1。
プログラムオプション。リアルサイズ、リアルスキン。エリア指定、60m×80m×30m」
プールの目の前にいた千雨の周囲に現れた光が小さな熱帯魚の形へと変化していく。熱帯魚と同じように少しずつ大きな魚たちが現れていき、海獣たちが現れ、一番大きな白いマッコウクジラが最後に現れた。その大きさはまさに大迫力だ。数十秒ほどで千雨の周囲や頭上で浮遊する魚と海獣の大群によって千雨の姿が見えなくなっていた。
ヴァーチャル・アクアリウム
今までのプログラムをもとに作成したショー用プログラム。
様々な触れられる海洋生物を出せる。出した生物は千雨の指示通りに浮遊する以外の機能を設けていない代わりに、最大半径500メートルを浮遊させられる。
オプションで見た目と大きさ、空間指定機能で浮遊範囲の指定も可能。
新プログラム作成のついでに、アプリのバージョンアップもした。
主な変更点は、スマホを取り出さずともデータの実体化を可能にした事、各種データ量を軽くして浮遊範囲を広げられるようにした事と、カラーバリエーションの追加、実際の生物のスキンを使用出来るようにした事である。
「うわぁ……!」
「すごいな……!」
「へぇ……」
水族館といえども、水槽を同じにすることのない生物たちが1度にこうして存在している姿に加えて、捕食者と被捕食者であるシャチとイルカが一緒にいるなど自然界では到底ありえない光景だ。
魚たちの中心にいるであろう千雨の声が響く。
「ギャングオルカさん!実体化させたプログラムをスタジアム全体に展開します!」
「わかった」
「範囲内、自由回遊開始!」
千雨の周囲と頭上に浮いていた魚たちが観客席の所に広がっていく。小さな熱帯魚などは掃除している職員の周囲や、見ていたギャングオルカとマキの周囲を楽しそうに泳いでいる。伊佐奈に一匹も寄り付かないのは謎だが。
ひとまず伊佐奈の要望には応えられただろう。
「伊佐奈館長、どうでしょうか?」
「想像通り悪くない。ところで消す時はどうなる?」
「デフォルトの演出として、光の粒子になります。
セレクト、ドルフィン×3、選択解除」
千雨の頭上で泳いでいたイルカのうち3匹が千雨の言葉で光の粒子になってさらさらと消えていく。
それを見て伊佐奈は満足そうにする。
「シャチには既に話していたけど、イルカショーの前座としてショーを頼むよ。
時間は5分程度で良い」
「分かりました」
「そろそろ開館時間だ。ちう、我々はパトロールに出るぞ。
ショーの細かい打ち合わせと練習は水族館裏にあるプールで行う」
「はい。プログラム終了」
実体化していたプログラムを終了させて、千雨はギャングオルカとマキと共に光の粒子が雨のように降るプールスタジアムを後にし、港区のパトロールに出た。
同時刻。
保須総合病院にて緑谷、轟、飯田の3名は保須警察署署長の面構から事件の処理について話を聞いた。
署長はまだ事件の処理があり、マニュアルもパトロールの間を縫って来てくれたため、2人は足早に緑谷たち3人の病室を後にして見舞いに来たグラントリノだけ残った。
「にしても坊主、良い友人が居てよかったな」
「良い友人……轟くんですか?」
「違う違う。お前らを遠距離から支援しとった嬢ちゃん、長谷川千雨だ。
お前らと俺たちプロヒーローの情状酌量含めて色々署長に頼んだんだ。俺たちプロへの監督不行届の処罰が軽いのも、お前らに処罰が下されなかったのも、そういうことだ」
「長谷川さんが!?」
ヒーロー殺しを1度捕縛した後に通信を切られてそれっきりだった。
まさか事件解決の裏でそんな事をしていたとは思っておらず、3人は驚いた。
「どんな取引をしたのか、どういう意図か、真意は聞けなかったが……俺たちプロはついでで、あの嬢ちゃんは本気でお前たちを守ろうとして後始末までしたんだろ。
今回の事件の真相が世に出れば、お前らのヒーローへの道は絶たれていたからな」
「!」
いくら正しい事のためだったとはいえ、違法行為をした学生をそのままヒーロー科に在籍させておく事は出来ない。グラントリノの予想は最悪を想定したものだったが、その可能性も充分にあったのだ。3人は改めて救けられたのだと自覚する。
「ありゃ強くてイイ女になるぜ」
亡き盟友である志村菜奈と外見は似ていないが、仲間思いで優しく、度胸があって精神的に強い所など内面はどことなく似ている。
まだ未熟な緑谷や、教育者として今ひとつなオールマイトにとって良い刺激にもなるだろうとグラントリノは考えていた。
「ああそうだ坊主、俺の連絡先を嬢ちゃんに伝えといてくれ」
「グラントリノのですか?」
「今回の件で世話になったから、あの嬢ちゃんが困った時にゃ手を貸そうと思ってな。嬢ちゃんにも伝えるって言ってあるから頼むぞ」
「わかりました」
「そろそろ診察時間か。
また退院する時に迎えに来るから、さっさと怪我ァ治せよ坊主」
グラントリノが帰った後に緑谷、飯田、轟の3人は医師の診察を受けた。
緑谷と轟の診察が先に終わったものの、飯田の診察だけ少し長くかかっていた。一番重傷だったからだろう。
麗日から電話がかかってきた緑谷は席を外し、轟は飯田の診察が終わるのを診察室前で待つ。しばらくしてから出てきた飯田は少し固い面持ちだ。
病室に戻ってから、轟はベッドに腰掛けた飯田に診察結果を訊ねた。
「腕神経叢という神経の一部をやられたらしく……後遺症が残るそうだ」
「後遺症……」
「そんな深刻そうな顔をしないでくれ、轟くん。手術で神経移植をすれば治る可能性もあるらしい。
だが、その……」
「何だ?」
「……轟くん、長谷川くんに電話を掛けてくれないか?俺は腕がこの通りだから……」
指先や肘は多少動かせるものの、飯田は両腕を吊っているためスマホを取り出して電話をかけるという事が難しい。突然の飯田のお願いに轟は意外に思いながら、3人に割り当てられた病室内で電話を掛ける。
数コールもせず、電話は繋がった。
「もしもし」
「長谷川、俺。……轟だ」
「着信画面見たからわかってる」
「今電話して大丈夫なのか?」
「ああ、休憩中だから大丈夫」
朝のパトロールを終えた千雨は20分間の休憩中だった。
本来ならばパトロールが済み次第ショーの詳細打ち合わせとトレーニングの予定だったが、朝のプールスタジアムで大量のデータ実体化をしたことから早めの休憩をギャングオルカから与えられたのだ。
「で、急にどうした?」
「飯田が電話して欲しいって言ったから代わりに掛けた。今、飯田に代わる」
轟は腕を動かせない飯田が話しやすいようにスマホをスピーカーモードにして手渡した。
「長谷川くん、俺だ、飯田だ。
今回の事件では緑谷くんたちだけでなく、君にも迷惑をかけて…」
「うっとうしい。私が救けたいと思って勝手に手を出しただけだ。
お前の怪我もそうだが……轟たち2人の怪我は巻き込んだのに守れなかった私のせいであって、お前のせいじゃねぇ」
「長谷川くん……」
「わかったらもうぐちぐち言うなよ。
……腕の怪我、どうだったんだ?診察まだか?」
謝ろうとした飯田の言葉を遮った千雨は飯田たちの怪我を心配していた。千雨にとって彼らの怪我は守れなかった千雨の不手際が招いたものだからである。
千雨の問いに飯田は少し間を空けてから話し始めた。
「轟くんと緑谷くんはそこまで酷くない。轟くんは数針縫って終わり。緑谷くんは足を数針、腕は緑谷くん自身の"個性"による負傷だがそこまで酷くはないそうだ。
俺もさっき診察して貰ったんだが……左腕の腕神経叢という箇所をやられたらしく、後遺症が残るそうだ。後遺症と言っても手指の動かし辛さと多少のしびれくらいで、手術で神経移植すれば治る可能性もあるらしい」
「そうか。ならその手術さっさと……」
「長谷川くん、ヒーロー殺しがあの時言った言葉は事実だった。ヒーローを目指す者としてあるまじき行いをした。
……僕にはもう、君たちのようなヒーローにはなれな……」
「飯田」
千雨は再び飯田の言葉を遮った。
「飯田、お前はヒーローを神聖視し過ぎだ。
15のガキなんだから間違えたって当然だろ。それにヒーローもヴィランも人間である以上、喜怒哀楽を切り離せない。そしてヒーローの誰もが清く正しく、ヴィランが絶対に悪とは限らない。
……世の中、そう簡単に白黒分けられないんだよ。白に近い黒も、黒に近い白もある。
ヴィランが根っからの、生まれた時から完全なる悪なんてことは少ない。ヴィランになるには理由がある。
そして、手段こそ悪だが信念は善ということもある。……ヒーロー殺しみたいにな」
「っ!」
千雨がネギたちと共に戦った超鈴音も、完全なる世界も、どちらもいずれ起きる『悲劇』や『不幸』を無くそうと、彼らなりのやり方でより多くの人を救済しようとして行動を起こした。
超は、魔法の存在を知らしめることで地上にある多くの悲劇といずれ起きる戦争を無くそうとした。
完全なる世界は、いずれ滅ぶ魔法世界を書き換えて世界を封じ、これ以上の不幸を産み出さないようにしようとした。
自分の信じる善のために。世界のために。千雨たちも、対立した相手も、どちらもその想いで戦っていた。
「人間ってのは誰しも完璧じゃねぇ。ちょっとしたきっかけで道を踏み外すし、何度も間違える。
人としてしてはいけない事をしない限り、どれだけ他人を傷つけ自ら傷つこうとも、何度間違えようとも……『泥にまみれても尚、前へと進む者であれ』」
「それは……」
「私の中学時代の先生が言われた言葉らしい。
飯田、間違ったことを悔いるのはいいが、立ち止まって泥に沈もうとするな。その後悔を抱えたままでいいから、前に…光に向かって進むことを忘れるな。そうして進み続けて、お前にしかなれない存在になれ。
お前はヒーローだろ」
「……ありがとう、長谷川くん。
なら……俺が本当のヒーローになるために、この事を忘れないために……この傷は残そうと思う」
飯田の決意に対して千雨は色々言いたい気持ちになると同時に、そういうものは何が何でも撤回されないことも過去の経験から知っているため、深く大きなため息をついた。
「バカな選択と言われても仕方がないことを。ま、私がいくら言った所で撤回はしねぇんだろ。
男の意地で傷残すんだ。いずれ治すにしろ、後悔するなよ」
「ああ、分かっている」
「よし。
じゃあまた学校でな」
電話を切られた飯田。
千雨は今回の出来事の発端となった自身を責めることをせず、むしろ緑谷たちを巻き込んだのは自分だと言いきり、叱咤激励をした。再びヒーローの道を進むための言葉をくれた。ヒーローと呼んでくれた。
命と心を救けるだけでなく、ヒーローとなる未来を諦めかけた自分を導いた。
そこまで考えて飯田はふと、兄の言葉を思い出した。
『―――迷子を見かけたら迷子センターへ手を引いてやれる。そういう人間が一番かっこいいと思う』
あの時の兄の言葉が少し分かった気がした。
「……そうか……」
「飯田、どうかしたのか?」
「いや……長谷川くんが、かっこいいヒーローだと思っただけだ」
「わかる」
「反応早いな……ああそうだ、電話を掛けてくれてありがとう轟くん!」
腕を伸ばしてスマホを轟に返すことは出来ない飯田を気遣って、スマホを受け取る轟。
轟は近くで2人の電話を聞いていたため、飯田の考えている事が分かった。今の飯田はヒーローを諦める目をしていない。
彼女の言葉に救われて前に踏み出せた、あの時の自分のように。
「……それよりも、また長谷川に借りを作っちまった」
「それを言うなら僕は長谷川くんと君たちに命を救われた。
轟くんにも緑谷くんにも何かお礼を考えなければ!」
「俺は別に……。長谷川と緑谷がいなけりゃ、俺も間に合っていたかわかんねぇからな」
「そんな事はないさ!
しかし長谷川くんへ何か良いお礼が出来れば良いが……」
長考し始めた飯田。
その横で前回に加えて今回の借りを返すにはどうするべきかと思った轟がぼそりと小さな声で呟く。
「……やっぱ責任取るしかねぇな……」
「轟くん、何か言ったかい?」
「ああ、いや……」
轟が話そうとした時、丁度緑谷が電話を終えて戻ってきた。
「あ、飯田くん。今麗日さんがね……」
「緑谷。飯田の診察終わったんだが……左手、後遺症が残るそうだ」
轟の言葉に、緑谷は息を飲み、うつむいた。
「両腕ボロボロにされたが左のダメージが大きくてな。腕神経叢という箇所をやられたそうだ。
後遺症といっても手指の動かし辛さと多少のしびれくらいなものらしく、手術で神経移植すれば治る可能性もあるらしい」
「じゃあ、手術を…」
「俺は、ヒーロー殺しを見つけた時に何も考えられなくなった。マニュアルさんにまず伝えるべきだった。
奴は憎いが……奴の言葉は事実だった。奴の言う通り、俺はヒーローとは程遠いんだろう」
「……」
「だが、ヒーローになる夢は諦めない」
「!」
飯田の言葉に緑谷は驚いて顔を上げ、飯田の顔を見た。
「"これ"は今回のことを忘れず、俺が俺にしかなれない本当のヒーローになるために。泥にまみれても尚、進み続けるために残す。そう決めたんだ」
「泥にまみれても……」
「長谷川くんの先生が言われた言葉だそうだ。『泥にまみれても尚、前に進む者であれ』と。
僕は憎しみに囚われて愚かなことをした。この決意が間違いを犯したことへの償いになるか分からないが、それでも俺と同じような人を出さない為にも……俺はこの傷を抱えた上で、兄さんのようなヒーローを改めて目指そうと思う」
「飯田くん……」
これからへの決意を語った飯田。その決意を聞いた緑谷は、いまさら職場体験初日の朝の事を後悔しても仕方がないし、それこそ飯田に対して失礼だと思った。
緑谷自身もまた、体育祭でボロボロになった右手に改めて最高のヒーローになると誓ったのだ。
緑谷はぐっと傷だらけの右手を握り、飯田を見る。
「僕も…同じだ。一緒に強く、なろうね」
「……ああ」
飯田と緑谷のやりとりを見ていた轟が突然謝った。
「俺が関わると、手がダメになるみてぇな……感じに……なってる……。
呪いか……?」
轟の突然の天然発言に、緑谷と飯田は笑う。
3人と1人の路地裏での戦いはこうして幕を閉じ、傷を癒した彼らは再び安寧な日常へと戻っていく。
たった1人を除いて。
「ごめんなさいやっぱりショー無理ですなんでこんなに人来てるんですか無理です無理無理帰ります」
「いいから行け」
そういえば載せ忘れていた
オリキャラのギャングオルカ事務所所属ヒーロー、マキのプロフィール
ヒーロー名 マキ
本名 魚々尾 有子(ナナオ ユウコ)
年齢 29歳
身長 165cm
好物 サバの味噌煮
個性 魚化(鮪)
下半身を鮪の尾に変えられる!人魚みたいだがエラ呼吸は出来ないので、咥えて使うフィルターボンベのサポートアイテムを使って長時間の水中活動を可能とするぞ!水中で最大時速160キロ!まさにマグロ並の速さ!
ギャングオルカ事務所では水難救助や港で密輸をするヴィランの船を故障させるなど水中で活動するほか、普通に陸上での肉弾戦も可能。強力な蹴り技を繰り出すぞ!
職場体験に来た千雨がギャングオルカに怖がってしまった場合は指導役につく予定だったが、怖がらなかったため補佐役に。
ちなみに個性が水中に特化しているため、港区沿岸部のパトロールがもっぱらの仕事だ。今回水族館に同行したのは千雨の監視と港区のパトロールのため。
ヒーロー名のマキは『鉄火巻』から。
マグロはそのまんま過ぎて嫌、鉄火は男っぽいし、ツナも微妙。という理由で却下し、マキに決まった。
本名がマキだと誤解されることが多いため、名前を知った人は大体「マキって本名じゃないの!?」と言う。