作者の気が向いてなんか面白い掲示板ネタが降ってくれば、ワンチャン後から番外編として追加します。
ここから数話は学校日常編。小説版の授業参観回とか、オリジナル回とか、期末試験までの間の6月にクラスメイトとわちゃわちゃさせます。
令和でも『ひねくれ魔法少女と英雄学校』をよろしくお願いします!
一週間ぶりの日常
職場体験の短いようで長い一週間を終え、久しぶりの登校。
クラスメイトたちに会うのは少し新鮮だ。
「常闇、はよ」
「おはよう長谷川」
いつものように電車のホームで待ち合わせた2人は話しながら電車に乗る。
職場体験でも目立ったからか電車内で視線を向けられるものの、日々通勤や登校する人々からすれば日常になってきたからか、体育祭直後のようなことはなかった。
「職場体験どうだった?」
「………特には」
常闇は基本的に無口である。故に他のクラスメイトならば分からないだろう。だが、普段と様子が違うことに千雨は気付いた。
経験を積めたのならば必ず『こんな良い経験をした』とか『こういう所がためになった』とか、体験先のヒーローについて何かしら褒める。常闇はそういう奴だ。
つまり、今回はその逆であるという事に他ならない。
「確か、ホークスのところだったか」
「うむ」
「次に会った時、お前の成長を見れば驚くぜ」
「!」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、だ。見返してやるんだろ?」
「……ああ、そうだな」
小さく笑う常闇。少しは元気を出せたらしい。
その一方で、常闇に何したかは知らんが覚えとけよ、と千雨の中でホークスの評価が人知れず下がっていた。
どんなことを体験してきたのか和気藹々と話がはずむ教室に入る。教室にはほとんどのクラスメイトが登校済みだった。教室で切島と瀬呂にキレている爆豪は無視する。
「はよ」
「皆早いな」
「はよー長谷川、常闇!」
「一週間ぶりー!」
「ケロ、今日も仲良く登校してきたのね2人とも」
「まぁな」
芦戸と耳郎と蛙吹が話している横を通り過ぎて自席に向かい、カバンを置くと、瀬呂の席を借りていた上鳴がスマホ片手に話しかけてきた。
「長谷川、お前アイドルヒーロー路線なんだな!」
「……それについては言うんじゃねぇ」
意外と言わんばかりのトーンで話す上鳴。この反応は予想していたとはいえ、千雨は眉間にシワを寄せ顔を赤くして上鳴に近付く。
職場体験での出来事は散々ネットで騒がれまくったため、火消しすら諦めた。もはや手に負えないとも言う。
ちなみに掲示板には職場体験中いくつもスレ立てされていたが、ピックアップしたスレタイを紹介する。
【速報】姉御、ギャングオルカ事務所で職場体験
ちうちゃんのヒーロー写真をうpするスレ part3
【速報】ちうの姉御、水族館でショー開催
【悲報】ちう様、姉御路線からアイドル路線へ【朗報】
ちうさんのヒーロー路線について議論するスレ part9
【悲報】姉御系アイドルちう、職場体験終了
引きこもり後方支援専門ヒーローの道に進みたいのに、戦闘専門アイドルヒーローとかいうよく分からないが理想と逆の方向に進むのは何故なのか。千雨にとって最大の謎である。
「上鳴ちゃん、何かあったの?」
「あれ、梅雨ちゃん見てねぇの?この動画なんだけど」
興味津々に近付いてきた芦戸や葉隠、耳郎たちが上鳴のスマートフォンの画面に映る水族館のステージ映像を見る。
そう、ちうの水族館特別ステージの様子が動画投稿サイトに投稿されたのだ。しかも丑三ツ時水族館の公式アカウントから。
ショー全体だけでなくちう自体もばっちり撮影されていた。しかも気付いた時には拡散済みだった。この時点で千雨は絶望した。
サングラスをしていて『ちう』としてのショーだったため問題ないと言えば問題ないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。そもそも修正の利かない他人が撮影した動画など最悪極まりない。差し替えたい。
「SNSとかなんか荒れてたな、姉御派とアイドル派の対立で。最終的に全てを吸収して姉御系アイドルヒーローになってたけど。
ところで長谷川、俺と飯食いに」
「誰が行くかアホ面とっとと忘れろ」
「そ、そんな強く拒絶しなくてもよくね……?」
「オイラも意外過ぎて驚いたぜ、アイドルヒーロー路線…………本当に、女ってのは悪魔みてぇな本性から化けるんだ……ハハ……ハハハ……」
「峰田、お前それやめろって」
爪を噛む峰田の腕を掴んで噛まないようにしている上鳴。その横で動画を見ていた蛙吹、耳郎、芦戸が盛り上がる。
「ケロケロ!とっても素敵なショーね」
「長谷川が滅茶苦茶アイドルっぽい」
「ねぇねぇ!私も生でショー見たい!お願いっ!」
「芦戸、頼むそれだけは勘弁してくれ」
「まぁ長谷川も話題になってたけど、それより一番大変だったのは……お前ら3人だな!」
そう言いながら上鳴は後ろを振り向き、ちょうど轟の席に集まっていた緑谷と飯田の3人を見る。
緑谷からクラス全員に一斉送信された位置情報と、その後のニュース、そして3人からの連絡で巻き込まれたのだと知ったのだ。
「そうそうヒーロー殺し!」
「心配しましたわ」
「3人ともよく無事だったよー!」
「エンデヴァーが助けたんだろ?さすがNo.2だぜ!」
「……ああ、そうだな。"救けられた"」
「うん」
ヒーロー殺し逮捕の事件の真実は言えない。だが、エンデヴァーが逮捕したと公表することで3人はこうして今もヒーローを目指すことが出来ているのだ。
しかも真実が日の目を見た場合一番批判を食らうことになるのはエンデヴァー。『他のヒーローの功績を奪って最多事件解決数なのではないか』なんて冤罪をふっかけられかねない。
ヒーロー殺しの怪我や当時の状況から言ってエンデヴァーにしか頼めない役柄だったのだが、危険な立ち位置である。
轟はエンデヴァーとの過去が過去のため複雑な心境だ。それでもそんな轟も、今回の一件については感謝している。
「俺ニュースとか見たけどさ。
ヒーロー殺し、ヴィラン連合とも繋がってたんだろ?もしあんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾっとするよ」
「いやでもさあ、確かに怖ぇけどさ。尾白、動画見た?
アレ見ると、一本気っつーか執念っつーか、かっこよくね?とか思っちゃわね?」
「ちょ、上鳴!」
「バカ、ちょっとは考えろ」
「え?
あっ……飯……ワリ!」
耳郎と千雨の指摘するような声に、上鳴は飯田の兄がヒーロー殺しの凶刃の犠牲となったことを思い出し、即座に謝った。
しかし飯田は顔色を変えずに返事をした。
「上鳴くん、確かに奴は信念の男ではあった。クールだと思う人がいるのもわかる。
ただ奴は、信念の果てに"粛清"という手段を選んだ。たとえどんなに善い考えを持とうとも、罪のない人々を独自の価値観で傷付けるのは間違いだ。
奴に兄を傷つけられたことを許した訳ではない。だが、この事件を経た今の俺は、たとえどんな事があろうと前に進むしかないと教えられた身として!
俺は改めて、ヒーローへの道を歩むと決めている!」
千雨の言葉によって励まされ諭された飯田は既に保須の病院でどう在りたいかの決意をしている。
クラス全員に向かってハッキリと宣言する飯田には、職場体験前の張り詰めた空気は無くなっていた。
「上鳴くんが奴をかっこいいと思うのであれば、君もヒーローとして確固たる信念を持ち、正しい事をするべきだ!
信念を貫くということ自体は悪い事ではない。
正しい信念を基に、社会にどう貢献していくかが大切なんだ!」
「流石飯田さんですわ」
「真面目だな委員長」
「上鳴とはやっぱり違うな言う事が」
「なんか……すみません……」
飯田の言葉にクラスメイトたちが感銘を受けている横で、千雨はこれなら大丈夫だなと思い、自分の席に戻ろうとしたところで緑谷に声をかけられた。
「は、長谷川さん!その、職場体験のことなんだけど……」
「緑谷くん待ちたまえ。
今回の件は俺が一番長谷川君に迷惑をかけてしまったんだ。本当にすまない!」
「俺はこれで2回も迷惑をかけちまったし……やっぱり俺に責任取らせてくれ」
「轟くん、それを言うなら僕も!」
「いやそれなら俺が!」
「それ二度と言うなって言っただろうが轟!あと3人して責任取ろうとするんじゃねぇ!」
恋愛脳が盛り上がるより早く、千雨はどこからともなく取り出したハリセンで3人をまとめてツッコミを入れながら吹き飛ばした。
麻帆良仕込みのハリセンツッコミ術だ。
「轟にはもう一度言うが、責任取るとか簡単に言うなよ。お前らが取れる責任なんざたかが知れてるんだ」
「しかし、何か詫びに……」
「詫びとかいらん。私は謝罪をされたくてしたんじゃねぇ。私がしたいからしただけ。全部私が個人的にしたことだ。
この話は終わり。いいな?二度とするなよ?振りじゃねぇからな?」
有無を言わせない千雨だった。
人前で話をして無闇に周囲に聞かれるようなことをしたくないのも理由だ。
「私らが盛り上がるより先に切り捨てたね、長谷川」
「でも轟くん1人から3人に増えたし、次は5人くらいになるんじゃない?」
「葉隠、言うと現実になっちまうようなフラグ立てやめろ」
コイバナ好きの2人が嬉しくない予想を語るのにツッコミを入れる。
「でも着実にファン増やしてるよね、千雨ちゃん。体育祭で人気爆発だし、職場体験であんな凄いショーをしたんでしょ?」
「そのうちプロヒーローも篭絡したりして」
「ねぇよ」
「芦戸くん!葉隠くん!長谷川くん!そろそろ始業時間だぞ!席につきたまえ!」
飯田に言われて千雨が席に戻ると、今度は八百万に話し掛けられた。
「あの3人ということは、ヒーロー殺し関係で何かあったのですか?」
「通信越しにちょっとな。大したことはしてない」
大したことではない。
危険が起きないか飯田に見張りを付け、通信越しに後方支援をし、警察署長と話し合いプロヒーローを説得しただけである。
轟が八百万との会話を聞いて物言いたげに千雨を見ているが、大したことはしていない。
「それとどこから出したのですか、先程のハリセンは?」
「ツッコミしようとしたら出てくる」
「"個性"の無意識での使用でしょうか……?」
「八百万、考えるのはいいが前を向いたらどうだ?相澤先生来るぞ。
ああそういえば轟、エンデヴァーの連絡先なんだが……」
「長谷川、先生来るぞ」
「おい誤魔化すな」
千雨が轟を追及しようとしたのと同時にチャイムが鳴り、相澤が教室に入ってきた。
「おはようございます!」
「おはよう。
職場体験お疲れさん。体験したことの日報とレポートを今週末までに提出すること。
それと長谷川、お前は昼に職員室来い」
名指しでの呼び出しということは、やはりお説教だろう。予想していた事だが。
相澤の言葉に緑谷と轟と飯田が千雨をそっと見たが、千雨は無視して返事をした。
「今日のヒーロー情報学は職場体験先へ送るお礼状だ。書き方の見本プリントを配るから後ろに回せ。
内容を決めたら見せに来い。添削次第、清書用の用紙を渡すからな」
回ってきたプリントを見ながら、千雨はお礼状を手書きさせるのはどこでも変わらないんだなと考えていた。
昼休みになり、一緒に行くと言って聞かない飯田たちを食堂に送り出した千雨は職員室に向かう。
相澤の隣の席であるミッドナイトの席を借りて、お説教が始まった。
「長谷川、職場体験でのことで言いたいことは色々があるが……お前が警察署長相手に交渉したことを聞かされた身にもなってみろ」
「……ご迷惑とご心配をおかけしてすみませんでした」
「今回警察の方から処罰はないと言われたし、迷惑かけちまった3人のプロからはお前のおかげで軽い処分で済んだと感謝されたが、まだ仮免も取ってないんだ。無茶をするな」
「善処します」
「で、本題はこっちだ」
どうやら呼び出した本題はお説教ではないらしい。
「お前の水族館ショーについて、色んな所から問い合わせがあった。芸能事務所とかイベント運営会社とか民放各局とかからな」
「全部断って下さい」
「仮免の無いヒーロー科の学生にそんなことしてる余裕は無いと断ってあるから安心しろ」
「……ありがとうございます」
「あと」
まだあるらしい。
「お前宛のファンレターが学校に届いてる。中身はこちらで検閲して問題ないものだけだから安心しろ。
それから……」
「まだあるんですか」
ついまだあるのかと千雨の口から出たが、悪くない。誰だって言ってしまうだろう。
「お前のコスチューム製作デザイナーから、お前宛に荷物が届いてる」
「荷物?」
相澤の机の隣にあったダンボールには雄英高校1年A組長谷川千雨様という宛先で、内容は衣装と書かれていた。贈り主は見覚えのあるデザイン事務所の名前。蜘衣の所属している事務所だ。
中身を確認すると、これでもかと可愛くデザインされた衣装が2着。白ロリベースに、水色と桃色の薔薇が沢山あしらわれた花の妖精のようなショート丈の衣装。青地に金のマンタの刺繍が見事で、薄桃色の羽衣が竜宮城の乙姫のような和風の衣装。
どちらもアイドル衣装さながら派手で戦闘では物を引っ掛けそうなデザインである。ダンボールには衣装に合わせた靴と髪飾りも入っていた。
「……頼んだ覚えはありませんが、ちょっと贈り主に電話します」
相澤に断りを入れてスマホをポケットから取り出す。その場で掛けた電話は数コールもせずにつながった。
「もしも」
「千雨ちゃん!!!どうしてショーをするって事前に教えてくれなかったの!!!!!」
大音量の声によってキーンと耳鳴りがする。右耳から左耳に声が抜けるほどの大きさだ。
電話の向こう側ではガタガタとミシンの稼働音が聞こえる。
「……あの、蜘衣さん。電話越しでも声大きすぎです」
「ちうちゃんがあんな可愛いショーやるとか!!あんなの見たら!!ショー専用のコスチューム作るしかないじゃん!!
1日前にでも言ってくれれば作って届けたのに!もう!!!なんで教えてくれないの!!!
バトルコスチュームも良いけど!!!ちうちゃんの可愛さをもっとアピールするデザインお姉さんいくらでも作れるからね!!!」
「いや、あの……それはともかく、学校に送っていただいたコスチュームは……」
「追加の衣装も出来次第すぐ雄英に送るから!!!」
「は?え、ちょっと待ってください蜘衣さ……切られた…だと…!?」
まさにハリケーンのように勢いのある電話だった。切られた直後に再び電話したが、電源を切られているのか通じない。
相澤から不憫なものを見る目で見られた。不本意過ぎて誠に遺憾である。
「……長谷川、ひとまずコレは学校で預かる」
「……ありがとうございます。追加来そうなんですけど」
「パワーローダーさんにも伝えておくが、お前からまたデザイナーを説得しておいてくれ。
話は以上だ、戻っていいぞ」
相澤は伝えることは伝えたと言わんばかりに、引き出しから取り出したゼリー飲料をひと息で飲みきる。
その隣で千雨はどうしてこうなったと頭を抱えていた。