ひねくれ魔法少女と英雄学校   作:安達武

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投稿は間に合わなかったが、長谷川千雨さん!!!誕生日!!!おめでとうございます!!!
令和初の誕生日を!!!20200202を!!!全力で祝いま!!!した!!!

※内容は誕生日と関係ないですが、2月は誕生月記念ということで長いです。キリの良い場所がなかったとも言う。



U.A. High School /July
試験結果と日曜日


リカバリーガールによる強力な治癒によって寝ていた爆豪が帰ってきた教室で、正式な合否判定が出る前からどんよりと重い空気を放つ上鳴、切島、砂藤、芦戸の期末演習不合格が確定している4名。

このあと行われるホームルームにて一学期期末試験の結果が出る。ちなみにだが昨日までの筆記試験の採点も終わっているそうだ。ヒーロー科が優先して採点されるのか、ロボットにも採点させているのかは知らないが。

 

先ほど挙げた4名に加えて、試験はクリアしてるものの試験中はミッドナイトの攻撃で寝ていたため合否の結果が分からない瀬呂は、千雨が試験を受けている間になにやら騒いでいたらしい。

 

そんな悲喜交々な教室に、予鈴が鳴ったと同時に相澤がやってきた。

 

「今回の期末テストだが……残念ながら、赤点が出た」

 

相澤の口から改めて赤点が出たと告げられ、林間合宿は行けずに補習になることへの悲壮感に4人の顔が曇る。

 

「したがって……

 

 

――――林間合宿は、全員行きます!」

 

相澤の言葉にどんでん返しだあ!という叫び声が教室に響いた。千雨は座席の関係上見えなかったが、不合格確定の4人は顔芸と言わんばかりの顔をしている。

 

「筆記の方はゼロ。実技で切島、上鳴、芦戸、砂藤、あと瀬呂が赤点だ」

「行っていいんスか俺らぁ!!」

「……確かに、クリアしたら合格とは言ってなかったもんな……」

 

切島が林間合宿に行っていいのかどうか聞いている横で、瀬呂は赤点になったことに顔を両手で覆っていた。

 

「今回の試験、我々敵側は、生徒に勝ち筋を残しつつどう課題と向き合うかを見るよう動いた。裁量は個々人によるが。

でなければ、課題云々の前に詰む奴ばかりだったろうからな」

 

相澤の言葉に、心の中で確かにと千雨は考えていた。

そもそも相手は雄英の教師を務めるプロヒーロー。高校一年生に負けるほど弱くない。本気の教師なら半数が赤点確実だろう。

千雨と心操に対しても、手を抜かれていたのは確実だ。そうでなければあの時心操がカフスをかける隙は無かった可能性が高い。

 

「試験前に本気で叩き潰すと仰っていたのは……」

「追い込む為さ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。

合理的虚偽ってやつさ」

 

相澤のお得意な合理的虚偽だったことに叫びながら席を立って喜ぶ赤点5人。中でも芦戸と上鳴は特に林間合宿を楽しみにしていたため、喜びも人一倍だろう。

切島と砂藤に挟まれている席の口田が肩身狭そうにしている。

 

しかしそんな楽しい雰囲気に対して、飯田が相澤に意見する。

 

「二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」

「確かにな、省みるよ。ただ、全部嘘ってわけじゃない。赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けてる。

ぶっちゃけ、学校に残っての補習よりキツイからな。

じゃあ合宿のしおりを配るから、後ろに回してけ」

 

補習地獄は嘘ではなかった事に対し、騒いでいた赤点5人の喜びの舞はまたたく間に沈静化した。

赤点である以上、補習は当然である。

回されたしおりを読みつつ、一週間の合宿についての説明を相澤がするのを千雨たちは聞いた。

 

 

 

今日は期末演習だけで午後の授業はないためホームルームで終わりである。しかしホームルームが終わってもそのまま教室に残ってワイワイと合宿について話していた。

 

「そんな落ち込んでどうする。行けるだけ喜んどけ、ほら」

「それはそうだけど!補習したくないよぉ……!」

 

芦戸は林間合宿に行ける喜び半分、補習地獄への嘆き半分といったところだろう。

実技演習の補習である以上、演習での動きや個性に関する指導になるのだろうが、合宿中に行うとしてどんな内容なのか。補習を受けたい訳ではないが、気になる千雨だった。

 

「まぁ何はともあれ、全員で行けて良かったね」

「一週間の強化合宿か……」

「結構な大荷物になるね」

「暗視ゴーグル」

「水着とか持ってねーや。色々買わねぇとなあ」

 

周囲のクラスメイト同様、千雨も配られた合宿のしおりを見ながらあれこれ必要なものを考える。

 

一週間分の荷物が入る大きめのキャリーバッグと水着は持っていないから買うとして、他に必要なものはあっただろうか。靴は別に普段のスニーカーで十分だろう。

あ、化粧水と日焼け止め、旅行前に買い足ししないと。美容と美白はアイドルとかヒーローとか関係なく女子として大切なのだ。

 

「あ、じゃあさ!明日休みだし、テスト明けだし……ってことで!

A組みんなで買い物行かない!?」

 

葉隠の発案に、賛同が集まる。どうやらクラス全員一緒に買い物に行くことに乗り気なようだ。

しかしそれは全員という訳ではなく。

 

「誰が行くか!」

「明日は用事がある」

「休日は見舞いに行くから」

「ノリが悪いぞ!空気読めやトップ3共!!」

 

上から爆豪、千雨、轟の断りに峰田がツッコミを入れる。

戦闘訓練の時からクラスで実力トップ3として挙げられる事が多かったが、体育祭の結果もあり三人まとめて扱われる事が増えた。

千雨と同じく体育祭で3位入賞した常闇を入れて四天王にしないのは何故かと命名した瀬呂に聞いたところ、千雨は準決勝引き分けて延長戦辞退で3位だからとのこと。その審議に千雨はいまだに納得していない。

 

「特に長谷川!お前居ないと全体の女子率が下がるだろ!!」

「ウゼェ知るかアホ。

前から予定入れてたんだ」

 

峰田に対して取り付く島もない切り捨てっぷりであるが、千雨にはどうしても外せない用事があるのだ。

 

「どこかにお出かけ?」

「まぁな」

「しかし千雨さん、それではいつお買い物に?」

「足りないものは通販するか放課後に買いに行く予定だけど……」

 

その千雨の言葉に、八百万が嬉しそうに手を叩く。

 

「でしたら!特訓のお礼ということで、是非とも協力させて下さいまし!」

「えっ?いや、気持ちだけで十分……」

「そうですわ!今度、我が家にお付き合いのある百貨店の方がいらっしゃるのですの!お母様にお話ししますわ!」

 

千雨の言葉を聞かずに嬉しそうに頬を赤らめてプリプリとしている八百万。

一方で千雨は、それって外商じゃねぇか……!とドン引きしていた。

 

「八百万、すまんが普通に買うから大丈夫だ。つーかお礼のために協力したんじゃねぇし」

「……そうですか……」

 

悲しそうな顔をする八百万に千雨も罪悪感がつのる。八百万からすればお礼しないと気がすまないのだろう。千雨にもその気持ちはよく分かる。が、流石にお嬢様の価値基準に合わせたら大変なことになる。

胸像を事あるごとにプレゼントするお嬢様が身近にいたら誰でも学ぶことだろう。千雨は基本、庶民気質なのだ。

なんて言えば良いのかと頭をガシガシと掻きながら千雨は声をかけた。

 

「あーその、なんだ……どうしてもって時は、頼っていいか?」

「……はい!いつでも言ってくださいまし!」

 

千雨の言葉に途端に笑顔を取り戻す八百万。絶対に頼らないでおこうと千雨は心の中で固く誓った。

 

 

 

 

翌日の日曜日。クラスの大半が木椰子区ショッピングモールでの買い物に向かっている同時刻。千雨は一人、都内某所のエンデヴァー事務所にきていた。一等地に建つビルに飾られた事務所のエンブレムが照りつける陽射しを反射している。

 

実は近接格闘という課題に対して、千雨は職場体験後の六月時点でエンデヴァーに誰か得意な人がいないかと相談していたのだ。その時、エンデヴァー本人から俺が教えると言われた。

業界トップに弟子入りなど普通なら畏れ多い話だ。加えてエンデヴァーが轟が幼い頃に厳しい稽古をつけていた事も聞いている。

だがそれでも、事件解決数史上最多のエンデヴァーから教われるのは願ってもない話である。近接格闘だけでなく、電撃を使った効果的な格闘技術を教えてもらえる可能性もある。

不安もあるが千雨は弟子入りを決めた。

本来ならばもっと早くから指導してもらう予定だったのだが、八百万との特訓があったため、期末の翌日つまり今日事務所に伺うという約束をしていたのだ。

 

近接格闘の師に関しては、職場体験先であり体術の基礎を教えてくれたギャングオルカに最初に連絡しようかと考えていた。しかし丑三ツ時の拝金主義ヤクザ(伊佐那館長)が脳裏をよぎったため連絡しなかった。

下手に水族館近辺にいるとバレたらマズいと第六感が告げていたためである。

 

「今回は弟子にしていただき、ありがとうございます」

「何、焦凍のクラスメイトで将来有望な母校の生徒だ。弟子にするのに問題ない。

それに君には保須の恩もある」

 

保須の恩という言葉で、やはり暗躍してたのは気付かれてるかと思いつつも千雨はふと湧いた疑問を聞いてみた。

 

「今更ですが、事務所に来ても大丈夫なんですか?教育権剥奪……たしか、八月末あたりまでですよね?」

「教育権の資格は期間中にインターン等の受け入れが出来なくなるだけだ。私的な指導にまでは及ばん」

 

エンデヴァーは問題無いと言わんばかりの態度だが、教育権はインターンや職場体験など学生を受け入れるのに必要な資格だ。

インターンとは、ヒーローライセンスの仮免許を持つヒーロー科の学生が、実際の現場でプロ同様に実務活動する制度である。

とはいえ未成年の学生である以上、彼らの負うべき社会的責任は所属する事務所長が保障せねばならない。教育権はその未成年へ指導する実力を有するという資格である。トップランクのヒーローの多くが後進育成ということで持っているが、ヒーロー業に絶対に必要な資格という訳ではないので、持っていないヒーローもいる。

 

インターン生をただの学生と侮る事なかれ。エンデヴァー事務所はトップランクの事務所である以上、受け入れられる学生もまたトップレベル。3ヶ月だけとはいえ教育権が剥奪されるという事は、インターン活動が活発となる夏休み真っ只中に優秀な学生が他の事務所に取られるという事に他ならず。

 

「ご迷惑おかけして本当にすみません……」

 

負傷者がいたため情状酌量の限界ギリギリだったとはいえ、もっと面構署長に食い下がって教育権の剥奪をせめて2ヶ月にしてもらっていれば。後悔の念が千雨の中で渦巻く。

しかしそんな千雨をエンデヴァーは責めるどころか、その後悔など杞憂だと言わんばかりにふんと鼻を鳴らした。

 

「現場に居合わせたクラスメイトがアドレスを一斉送信したと聞いている。学生である君がそこまで責任を感じる事ではない。君がいたおかげで、焦凍も大した怪我をせずに済んだ。

なにより、あの時は連合の脳無が現れたとはいえ、サイドキックに焦凍を任せたり追わせずにその場を離れた俺の監督不行届だ。

承知の上での処分に決まっているだろう」

「……ありがとうございます」

 

言い方は冷たく厳しさを感じるが、ここまでキッパリと責任の所在が誰にあるのかを言えるのは、人として好感を持てる。

プライベートかつセンシティブなことに土足で踏み込むなど千雨にとっては不本意極まりないのでエンデヴァー相手に直接聞く気はないし指摘する気もない。だが、思うとこが無い訳ではない。

千雨は家の事情や過去の出来事に関しては轟から相談されている。だからこそエンデヴァーの人柄や気質を知れば知るほど、コミュニケーション不足が原因ですれ違い、互いに思い込みをして勘違いし、そこに衝動的に手をあげた事が加わった結果の家庭不和だろうなと考えていた。

 

エンデヴァーは真面目かつ責任感とリーダーシップの強い人間だ。そのリーダーシップと夢への執念と期待が合わさって焦凍に対して支配的になっている。いや、本人は支配している気は無いだろう。轟の話を聞いた限りでは姉兄にはそこまで過干渉ではないし、進学や就職についても本人の意思を尊重させている。その代わり、焦凍との扱いの差が激しくて無関心に見えるのかもしれないが。

家庭を省みていないらしいが、仕事が年中無休の仕事であり、夢がオールマイトを超えることである。家族を犠牲にするなと言うのは正しい意見ではあるが、それは同時に彼の夢を一方的に捨てろと言うようなもの。

手をあげた事に関して謝罪することと、互いに歩み寄り話し合い相互理解をすれば、多少しこりは残るだろうがきっと家族と呼べるものにはなれるだろう。

千雨は物心ついた時から家に居場所がなく、有無を言わせず寮のある麻帆良学園に入れられたため、それが『正しいこと』とは自信を持って言うことは出来ないが。

 

「ゲスト用の更衣室だ。ここを使ってくれ。着替え終わったらトレーニングルームに来なさい」

「はい、ありがとうございます」

 

案内されたゲスト用の更衣室でトレーニング用に持ってきた体操服に着替えて、千雨はトレーニングルームに向かう。

トレーニングルームはスポーツジムもかくやと言わんばかりの最新トレーニングマシーンが置かれている他、格闘技などが出来るフリースペース、エンデヴァーの最高火力にも耐えられる素材が床や壁に使われた耐熱ルームなどもあるようだ。

フリースペースの壁には鍛錬という字が力強くも綺麗な筆跡で書かれた書が掲げられている。

 

千雨とエンデヴァーはフリースペースの端で向き合ってどのようなトレーニングをするのかを話すために現在の千雨の能力について改めて話し始めた。

ちなみに待機時間のサイドキックの何人かやトレーニングルームを使用していたサイドキックが集まって物珍しげに二人を見ている。

 

「体育祭を見た限り、体術の基礎は出来ているようだったが?」

「体育祭のは我流のステゴロで……職場体験先のギャングオルカさんにクセを直して貰いました。とはいえ一週間だったので、格闘技や捕縛術などの近接格闘技術に関してはまだまだ初心者です」

 

水族館でのショーもあったため、体術の実戦で使える技術に関しては基礎程度で詳しく教われなかったのだ。

 

「体育祭で見せていた電気を纏うのは?」

「アレは電子精霊(こいつら)が蓄電した電気を纏っているんです。私自身が発電することは今のところ出来ません。

私の能力は電気系統ですが、本来はインターネットやプログラムといった機械、それもソフトウェアに関係するもので、戦闘向きの能力ではないんです」

「何?」

「『電子操作』という名前で、電子精霊を操って機械にハッキングしたり、マンタなどのプログラムの実体化などが本来の能力です」

「……あのパワーは?」

「あれは電子精霊を構成しているエネルギーを肉体に纏うことで初めて出せるようになったので。あのパワーを出せるようになったのが一年くらい前です」

 

千雨が魔法発動体の腕輪を作って身体強化を出来るようになったのは9月の為もうすぐ一年。また、電子精霊を構成しているエネルギーと嘘をついているが、電子精霊も魔力で構成されているので嘘でもない。

エンデヴァーは千雨の話を聞いて、個性としては一つだが本来のプログラム関係に加えてモンスターを形成するエネルギーを纏うことで実質複数の個性と呼べる力を持ったことが公安に保護される結果に繋がったのかと考えていた。

 

「なので何もしていない状態と、身体能力を強化した状態、身体能力の強化に充電器などから得た電気を纏った電撃状態の三段階になります」

「電気については外部に頼るしかないのか」

「自力でどうにか出来ないか色々試しているのですが……今の所は、充電器から得るのが手っ取り早いです」

 

八百万との特訓があったため勉強時間などが減っていたものの、雷系魔法を応用して電力供給出来ないか電子精霊と実験中である。魔力効率も考え、なるべく魔力消費のない魔法で無駄なく制御出来るだけの電力の安定供給が目標だ。

 

「充電が無くなれば戦えないという訳か?」

「身体強化は電気が無くても使えます」

「……では実戦を考えた場合、電撃はトドメの一撃用といった所か」

「はい。出来れば電撃を使った有効な実戦技も覚えたいですし、電撃の制御もある程度実験したい部分もあります。

ですがまずは基礎を鍛えたいです」

 

エンデヴァーはじっと千雨を見ながら思案する。

外部から電気を得る必要があるとはいえ、エンデヴァーの欠点である個性を使いすぎると体内に熱が籠もり身体機能が低下する事が千雨には無いということに他ならない。

 

「……身体強化の最大持続時間は?」

「限界まで試したことはありませんが……3時間半の連続使用は確実です」

「なるほど……」

 

今現在千雨が瞬動術の特訓で確認した連続使用出来る最大時間が3時間半だ。ちなみに3時間半の間に身体強化のみならず他の魔法やプログラムなどを使う事を想定しているため、ある程度の余裕を持たせている。気絶する限界まで瞬動術だけ使うのは試したことが無い。

 

一方、エンデヴァーは再び思案する。

連続で3時間半は確実という言葉からしてそれでもまだ余裕があるということ。それだけではなくマンタなどのプログラムの実体化も出来る多彩な能力だ。まだ15歳で伸びしろはある。本人の発想力も応用力も高い。

そして本人も考えているようだが、いずれ我流で赫灼熱拳に似たものを身につける。

ならばやはり。

 

「では組手や実戦で有効な体術を教える。ある程度仕上がったら、俺の赫灼熱拳を教えよう。君の場合は電撃になるがな」

「!」

「体育祭で凡そ君の実力は見たが、現時点でどれほど戦えるか試させてもらう」

 

そう言ってからエンデヴァーはフリースペースの中央に移動する。千雨はここで失望されないように今の全力で戦わなければと思い、覚悟を決める。その覚悟に呼応するようにして、纏った身体強化の魔力光がひと際強く輝いた。

 

二人のやり取りを聞いていたエンデヴァー事務所のサイドキックであるキドウとオニマーをはじめ見ていた全員はエンデヴァーが普段ではありえないほどに指導に積極的で驚いていた。

特に必殺技である赫灼熱拳を教えるなど、息子である焦凍と同等の扱いである。

 

「赫灼を教える……!?」

「所長が指導するのはレアだけど、ショートくん以外で赫灼教えるなんて……!」

「というか所長、いつにも増して指導に積極的だよな。あと丁寧っつーか、優しくね?」

 

サイドキックへの指導は基本気まぐれである上に、ここまで丁寧かつ手厚く指導することは見たことがない。パトロール中にアドバイスをくれる位だ。

やはり弟子となるとサイドキックとは扱いは違うのだろう。

 

「純粋に指導したかったんじゃない?体育祭で指名してたし」

「だとしても赫灼を教えるって……どんだけ気に入ったんだ……?」

 

エンデヴァーが気に入ったというより、エンデヴァーが千雨に落とされたようなものである。しかも千雨は無自覚で落とした上に、失礼なことを言ったと思っている。

 

サイドキックたちの目の前で繰り広げられる195センチの男と163センチの女子による格闘。体格差がありすぎるため勝負になるのか不安になるが、その体格差の不利を覆さんばかりの千雨の見た目に反した怪力と素早い動き。格闘術は単調で粗削りでまだまだ隙も多いが、その欠点をカバーするパワーと小柄で捕らえにくい上でのスピードは十分脅威だ。

千雨はそのスピードを活かして連続攻撃を仕掛けた。ギャングオルカと組手をした時、対応出来るのをあえて見逃して攻撃を受けられた。プロとの差はあの時に自覚している。様子見でヒットアンドアウェイなんて半端なことは言っていられない。

 

瞬動術で瞬時に懐に入り鳩尾へ正拳突き、次の瞬間には背後を取り首筋を狙う。高速移動して人体の急所を狙い続けるという、千雨が今出来る最も勝率のある戦法。

しかしエンデヴァーは千雨の瞬動術にも対応してきた。攻撃を予測して的確にガード、しかも隙が生じれば反撃する。身体強化によって防御が上昇しているとはいえまだ錬度の低い千雨なので当たれば普通に痛い。

最終的にエンデヴァーは鳩尾を狙ってきた千雨の右手首を掴んで足払いをし、そのまま千雨をうつ伏せの状態になるよう床に組み伏せ、肩甲骨の間に右手を押さえつけて千雨が起き上がれないようにする。

千雨がギブですと伝えると、手を放された。どうやら実力を試すのはこれで終わりのようだ。ギャングオルカとの組み手から戦法を変えたにも関わらず、全く歯がたたなかった。

 

「速さは十分だが、動きが単調すぎて予測出来る範囲だな。

それと組手の他に持久力を上げるためのトレーニングメニューも教えよう」

「はい」

 

エンデヴァーは手元に欲しいと思っていた千雨の方から弟子入りしに来たという、願ってもない幸運に喜んでいた。

弟子になる以上、将来はエンデヴァー事務所に入ると決まったも同然。彼女なら俺や焦凍の片腕にしても問題ない。しかも焦凍も彼女が好きだというのは職場体験の時の反応からして確実。

つまり!将来二人で事務所を継ぐという可能性は弟子入りした時点で確定したようなもの!

ということを考えていた。

エンデヴァーは自覚していないが、事件などに対しては恐ろしく頭脳明晰で勘も鋭いのに、感情が混ざると途端にその優秀な頭脳がポンコツになるのだ。熱暴走しているのかもしれない。

 

一方で千雨はエンデヴァーの丁寧な指導に驚いていた。

長年No.2ヒーローという強い人だと知っていた上に、彼の夢への執念に千雨は共感出来る。しかし轟から聞いた過去を思えば、弟子入りしたら実戦を想定した怪我上等な厳しい稽古かと思っていた。

そんな予想を裏切って、一切そんな素振りがない。家族ではなく他所様の子であること、女子であること、家ではなく事務所というのも要因かもしれないが、それでも想像以上に教え方が上手いし丁寧である。千雨の意思と実力に合わせた指導で、師匠としてすごくまともだ。

神楽坂を雪山に放り込んだエヴァとかラカンのおっさんと全然違う。元老院議員してるリカードっておっさんとかアリアドネーの総長さんくらいまともだ。すごい。

しかも赫灼熱拳というエンデヴァーの必殺技を教えると言われるなど思ってもみなかった。

家族のことはともかく、やはり根は悪い人ではないなこの人。

 

エンデヴァーと千雨は互いに色々と考えつつも、好意的な感情を持つという謎のミラクルを引き起こしていた。

 

「……ところで、焦凍なんだが……学校ではどうしている?」

「学校でですか?クラスメイトと仲良くしてますよ。文武両道ですし、実力に関してはクラスでも三本の指に入りますね。

昨日の期末演習試験は教師との一対二の対人戦闘で、一番最初に合格していました」

「そうか!」

 

ヒーローとしてどんな成長をしてるのか気になるのかなと思って千雨が当たり障りないように話したところ、とても嬉しそうにするエンデヴァー。

流石に高校生ともなれば、学校の出来事をいちいち家族に教えようとしないだろう。しかもヒーローとして忙しい上に、轟は轟で父親が好きではない。

 

……そういえば、エンデヴァーさんに弟子入りすること轟に言ってないが……まぁ言わなくても良いか。どうせ私が言わなくともエンデヴァーさんが言うだろうし。

千雨がそんなことを考えていると、エンデヴァーはソワソワとした様子で千雨に話しかける。

 

「それで?焦凍の相手は誰だったんだ?」

「対戦相手はイレイザーヘッドで、チームは体育祭本選まで進んだ推薦入学の八百万です。私は別のチームだったのでどんな戦闘だったか詳しくはありませんが、作戦勝ちだったようですよ」

「そうかそうか。長谷川くんが焦凍と仲良くしてくれているようでなによりだ」

 

流石に師匠になってくれた上に話を聞けて嬉しそうなエンデヴァーに対して『息子さんが距離近すぎて炎上したので距離詰めないでほしい』とは言えない千雨だった。

 

 

 

夕方まで稽古をした千雨。

基本的な体術中心とはいえ、やはり師がいるのといないのとでは段違いである。加えてサイドキックとも組手をさせてもらったが、流石はトップランク事務所。サイドキックの実力も高校一年生の素人とはワケが違う。

 

「今日はありがとうございました」

「駅まで送りがてらパトロール行ってきます」

「うむ」

「ありがとうございます」

 

千雨は顔を隠すためのサングラスをしてキャップを被り、サイドキックと共に事務所を後にする。

これからも日曜日や夏休み中にも指導してもらう予定だ。緊急出動や外せない用事があったら組んでもらったトレーニングメニューをこなしたり、サイドキックの方々と組み手をしてもらえる。弟子入りして良かったと千雨は考えていた。

 

千雨が事務所を後にしてから、エンデヴァーは夏休み期間の予定を確認した。

 

「そういえばI・アイランドで行われるI・エキスポのプレオープンチケットがあったな……」

 

個性科学技術者を集めた人工移動都市、I・アイランドから世界各国のトップヒーローに送られている。何故なら各国のトップヒーローはI・アイランドにとって大切な顧客と言っていい。彼らが使うことで開発者の名前も世界に知られるのだ。

エンデヴァーも欧米にて近年開発が盛んな圧縮技術のサポートアイテムと新素材のコスチュームに一新するべく契約手続きを進めている。とはいえ、I・アイランドに行って技術者に会う暇など無いため、チケットは焦凍に渡して代理として挨拶に行かせようとしていた。

千雨も電力供給源さえどうにかなれば高出力の攻撃も出来るようになり、電撃版の赫灼も強力な技が実現する。最先端の技術者と会わせるのは彼女にとって願ってもいないことだろう。

 

「……俺の代理で行かせる焦凍の付き添いとして彼女に行ってもらおう。見識を深めるいい機会だ」

 

機嫌の良いエンデヴァーはさっそく行動し始めた。

 

 

 

一方で、事務所をあとにして電車に乗る千雨はクラスのラインからショッピングモールで緑谷が死柄木弔と遭遇したことを知った。

 

「……緑谷、あいつお祓い行った方が良いんじゃね……?」

 

厄祓いで祓えるものなのかはともかくとして、引き寄せる何かがあるのではないかと千雨は考えていた。

 




エンデヴァー、男前アイドルヒーロー系姉御肌JKの師匠になる。(なお互いに勘違いや思い込みや秘匿など有り)
思っていた以上にエンデヴァーが千雨に入れ込んでて不安になる。というかなんで轟親子を同時攻略してるのか、作者わからないです。気付いたらこうなっていた。
人付き合い苦手なのに自分の欲求が絡むと途端にコミュ力上がるの、本当にコミュ障拗らせてるって感じだな!

千雨の過去については小出ししてたのを今話でまとめようかとも思いましたが、先送りしました。いつかまとめて書きます。多分。

今のところの拙作千雨の過去情報まとめ
・家は暗く冷たい
・物心ついた時から居場所がない
・扉越しに口論している声
・愛されるための形を見つけた
・血が繋がっていても家族になれない
・寮のある麻帆良学園に入れられた

だいたい予想出来るであろうありふれた不幸な過去ですが、はっきり書けるタイミングが……くると良いな……。まぁぼかしたままでも別に問題ないだろうが、考えた以上は表に出したい。

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