貴章「……」
乾いたV8のエキゾーストノートを響かせたプリウスのコックピットに座った貴章は、相手のスーパーカー軍団に続く、島たちの隊列の一番後ろから本線――湾岸線――に合流した。
まだ6割方しかスロットルを開けていないにも関わらず、MRプリウスは鋭い加速をしてみせる。リアがくんと沈む感覚は、4WDのインプレッサよりも少し深く沈み込むようだったが、それがかえってトラクションがリアタイヤにしっかりかかっているようにも思えた。
北見たちにより5.4L化されて、650馬力を発生する
貴章「……舞える。」
腰高感を感じさせるインプレッサとは違い、100km/h前後で走っている一般車を苦もなく抜いていける。
ここまでまっすぐ走ろうとするクルマはそうそうない。
《大黒PA》
山本「あのプリウスのホイールベース、いくらか知ってるか?」
太田「いや、知らないな。」
北見「……」
山本「俺も今回の件で初めて知ったんだけどな、なんと2700mmなんだってよ。」
太田「ホイールベース2700って言えば……Rか?」
山本「そうだ、33Rとほとんど同じホイールベースなんだ。」
日産が1994年から4代目GT-Rとして先代BNR32の後継機という位置付けで開発、販売したのが、BCNR33 スカイラインGT-R。意外とコンパクトで尖った印象のR32からうってかわり、ホイールベースが延長され少し丸みを帯びたワイドアンドローなデザインをとった。
「マイナス21秒ロマン」。世界一過酷なサーキットといわれるニュルブルクリンク北コース、ノルドシュライフェをR33は7分59秒で走りきり、先代R32の記録を21秒も短縮したという強者だ。
しかし、先代R32、そして後発のR34がそれぞれGT-R専用のシャシーを持っていたのに対し、R33は当時のC34ローレルのシャシーを流用。GT-RなのにGT-R専用プラットフォームを持たないGT-Rとして、デザイン面も含め賛否両論ある車両だ。某走り屋マンガでは「R33なんざブタのエサ」、「日産の失敗作」とキャラクターに言われてしまうほどの酷評ぶりだ。
そうは言っても、やはり技術発展は確かなもので、800馬力に優に耐えられるようになったRB26DETTや、1000馬力に耐えうるボディなど様々なトピックを挙げればきりがないのも事実。それはR33GT-Rが出走したル・マン24時間レースで総合10位完走という成績からも証明されている。
山本「プリウスのホイールベースが2700mm、33Rのホイールベースは2720mm。たった2cmのちがいだ。」
太田「その長さ故、恐ろしく直進は安定するってことか。」
山本「それに、ガッちゃんが作った本気のエアロだからな。ドライバーの負担はすごく軽くなってるだろう。」
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《湾岸線東向 浮島付近》
島「速い……。あのダウンフォースがなければ、ついていくのが精一杯だ。」
パワーウェイトレシオ1.0kg/ps代のブラックバードですら、貴章プリウスの速さには目をみはるものがあった。
島「やはり250km/hを越すとフロントの接地感が稀薄になる。……
これと言ったエアロパーツをつけていないブラックバードのポルシェ964。リアエンジン特有の、高速域でのフロントのリフトが目立つが、それが逆に湾岸の帝王ブラックバードこと島達也の闘争心に火をつける。
勢いよく島の右側をすり抜けていくランボルギーニアヴェンタドールを一睨み。その目付きは、肉食獣が獲物をロックオンしたときのものだった。
島「……だが、逃がさない。湾岸の帝王の意地にかけて、迎撃させてもらおう。」
島ブラックバードの、およそ800馬力のモンスターエンジンが火を吹いた。
………………………………
レイコ「貴章クン、とてもじゃないけどスゴいクルマを造ったわネ。」
今のC3は、トップギアの4速5600回転で250km/h。幻のレーシングエンジンZL1搭載車両とは言えど、基本設計の古さは越えられない。ここから8500回転までダラダラと回転数をあげながら、4速レブリミットで300km/hを叩き出すギアレシオに設定してある。年が年だからと無理矢理取り付けたパワステに助けられてはいるものの、200km/hを越してからのC3コルベットの不安定な挙動には神経をすり減らしまくる。さりげなく取り付けたエアロパーツでも、コルベットの暴れを止めることは難しい。忙しくステアリングを修正していく作業は、じゃじゃ馬を乗りこなす感覚そのものだ。
レイコ「ふぅ……。相変わらず、なかなかの暴れん坊さんね。」
すると、コルベットのすぐ右サイドに、ランボルギーニ ウラカンが滑り込む。軽く半世紀前のクルマだと思ってなめてかかっているのか、それともドライバーが女性でおちょくっているのか、ピタリと並走している。
レイコ「アラアラ、ウチもずいぶんとナメられたものネ。」
これまでまだ全開にしてこなかったスロットルを床踏みする。心臓部のV8OHVが、イタリアのスーパーカーなんざ興味ないと言わんばかりの雄叫びをあげて、赤い弾丸のように加速する。
レイコ「でも、この
4速6000回転……6500……6800……次第に加速の伸びが鈍くなってくるが、この時点で280km/h。残り1500回転でプラス20km/h分を加算するギアレシオだ。
この時点でもすでにウラカンのドライバーはこのスピード領域にビビり始めているのか、じわじわとコルベットの頭が出て来はじめた。
レイコ「付いてこれるものなら、付いていらっしゃいな。」
だてに踏んだ場数が違うレイコは、容赦することなくアクセル全開で走り抜けていく。彼女の本当に楽しそうな笑顔を除けば、定食屋の店主という雰囲気はこれっぽっちも感じられない。彼女もまた、根っからの首都高ランナーだったのだ。
………………………………
ヤンキー①「くっそ、速い……」
それもそうだろう、さっきまで散々バカにしていたプリウスが、フェラーリ488GTBの後ろをぴったりとくっついて来るのだから。
ヤンキー①「ターボ壊れてるんじゃないのか?」
――まあそんなことはないわけで。――
ちゃんとターボチャージャーが過給するときのブローオフ音はしている。だとしたら、問題はクルマの方ではなく、むしろドライバーの方だろう。
ヤンキー①「270km/h出てるんだぜ!? こっちは冷や汗ダラダラだって言うのによ。」
すると、バックミラーからフッとプリウスの影が揺れ動いた。ハイダウンフォースならではの高速ライン変更。これを一般車でやろうとすると、恐らくスピンしてしまう。もちろんこのフェラーリ488でも、それは危険だった。
三車線のうち、ど真ん中を走っていたフェラーリは、一番右の追い越し車線に出てきたプリウスに、苦もなくあっさりと真横に並ばれる。手を入れられたエンジンやトランスミッションにより、この高速域でも加速の息を止める気配はない。
ヤンキー①「くそっ、てめぇなんかくたばっちまえ!」
そのフェラーリのドライバーは、まだ1車身分抜けきっていないプリウスの左リアサイドに向かって、ステアリングを切り増しした。
…………………………
いつもは集団の前の方を走る真紀が、今日はプリウスの後ろをつけている。エアロと冷却を担当した真紀は、そのエアロの効き具合を彼女のZ4を利用して確かめようとしていた。
6速8000回転で280km/h、これ自体はいつもと何ら変わらない。しかし、いつもと比べてかなりコントロールしている感覚が稀薄になっている。元からかなりの大ダウンフォースを発生させる真紀Z4のエアロにしては、かなりレスダウンフォース状態になっている。
真紀「ここまで効くものなのね……。」
前を走る貴章プリウスが切り裂いた空気が作る渦に乗っかる形で走る真紀。それはいつもの貴章インプレッサや、隆介34Zではほとんど体験することのない現象だった。
真紀「スリップストリームって、こんな感じなのね……アタシの後ろを走るとこんな感じなのかしら……。」
いくら空気抵抗を減らしたところでドラッグを無くすことはできない。それを、前走車の真後ろをピタリと走ることで、いくらか空気抵抗を軽減させる。モータースポーツでは長いストレートでよく見られる、テールトゥノーズの状態は、全部が全部ではないが、スリップストリームを使って追い付いている状況が多い。
しかし、それは前走車がハイダウンフォースを発生させるクルマである事が重要になる。
今回、前走車は貴章プリウス。その大きなエアロパーツが発生させている空気の渦により、真紀のZ4が少し吸い込まれている状況だ。
真紀「ここまでスリップストリームが効いてるなら、ちゃんと機能してるのね、エアロパーツ。」
右手のパドルをちょんと押してシフトアップ。トップギアの7速に変速し、7000回転285km/h。超高速域に突入しているにも関わらず、真紀のZ4も、貴章のプリウスもどっしりとした安定な状態を保っている。エアロの製作者としてはうれしいことだ。
そして、車線を変えて前にいたフェラーリを捉えてオーバーテイクしていく…………そのはずだった。
真紀は貴章がまだ抜き切っていない状態のまま、フェラーリのドライバーが少し右側に寄ってきたのを見逃さなかった。
真紀「ダメ!! タカ、よけて!! 」
…………………………
レイナ「スゴいのね、あのプリウスとZ4。この速度域でもとても安定してる。」
ほぼノーマル形状のR32に乗る秋川レイナ。これまでブラックバードやレイナの想い人と走っていた時にはあまり見かけなかった空力パッケージだが、今では別に違和感を感じない。
むしろ、あのパッケージはレイナのドライビングにかなり向いているものかもしれない。マシンの動きに任せて、無理な入力はしないレイナ。少々暴れる仕様よりは強力な力で路面に押さえつけられた状態で、思い描いたラインを意のままにトレースできるプリウスやZ4の特性は、彼女のドライビングスタイルにうってつけだ。
レイナ「今度真紀さんにZ4貸してもらおうかな……。」
なんてことを考えているうちに、真後ろにピタリと張り付かれている。性格悪くハイビームで煽り倒してくる。特徴的なヘッドライトから、恐らくマクラーレンだ。
レイナ「あんまり激しくバトルする気分じゃないんだけどな……。けど、向こうは臨戦態勢ってところね。」
これまで控えめに踏んでいたアクセルを、そっと踏み込んでいく。ターボ車両には必須のブーストメーターの針がじわりじわりと少しずつ回転していく。これが、レイナのドライビングの真骨頂だ。
そして、一度は離れたとはいえ、いまだ現役の首都高ランナー。見えにくい前で起こった何かの異変を感じ取ったのはレイナだけであり、マクラーレン、そしてその後ろを走っていたポルシェのドライバーにはわからなかった。
レイナ「……何か起こってる?」
レイナのその予感は的中し、右側の追い越し車線を走っていた彼女の視界に飛び込んできたのは、真っ赤なクルマがスピン状態に陥っている姿。。フロントが側壁に突き刺さりそうになっている。
レイナ「……!! 」
左側のバックミラーにクルマの姿が見えないのを瞬時に確認すると、レイナは左足ブレーキでフロントタイヤに荷重を少し移して一気に左車線にラインを変更する。
なんとか一番左車線まで回避したレイナが次に見たのは
本来あり得ないはずの、クルマの白いヘッドライトだった。そして、白煙をあげながら後方にすっ飛んでいく。
レイナ「嘘……貴章君!! 」
…………………………