ロータリーエンジンっていろいろチューンの方向があるんですね。今回調べてみて知らないことだらけでした。
今回の設定、若干変えていますので、Ep.16から編集してあります。「あれ?」と思われた方はEp.16の方も読んでいただけると幸いです。
《千葉県木更津市 片桐モータース》
表のクルマたちとは一変、裏のガレージに並んでいたクルマは正真正銘チューンドロータリーだった。きれいに磨かれた黒い3代目RX-7ことFD3Sと4ローターペリフェラルポート仕様という半ばレーシングカー仕様なワインレッドのRX-8。片桐はSA22Cからチューニングをしてきたという生粋のロータリーチューナーなのだ。
今、そこのガレージにはもう1台のRX-7が入庫していた。言わずもがな、真紀のFCだ。
「素人が組み上げたFCにしては上出来だな。」というのが彼の評価だ。元から2シーターの
「ボディ系はすることねぇな。これで十分だろう。」
「エンジンをどうするかが問題なんですよね。」
「選択肢は3つだな。3ローターを前提として……」
片桐の挙げた選択肢はどれもメリットデメリットが存在するものだった。
「まずは俺の
「……」
「難しいところではあるがな。13B-MSPには補助ポートもあるからなおさらか。」
やはりターボ化は眼中に無いようで、片桐曰く一番推すのはやはりペリフェラルポート化だという。自身も13B-MSPでペリフェラルポートのロータリーエンジンを仕上げているから要領はわかっているのだ。
ブリッジポートは吸気サイドポートのひとつで、ポート拡大によりアペックスシールやサイドシールが破損、脱落を防ぐためにそれらの通過部分のみを残してポート面積を直接拡大する。その残った部分が橋のように見えることからブリッジポートと呼ばれる。ペリフェラルポートの対極であり、ペリフェラルポートほどの高回転域でのパワーアップは望めないが、低回転域でのトルク確保や燃費向上に役立っている。
しかし貴章はその辺りのチューン経験は皆無だ。事実として知っているだけで実際にロータリーエンジンを組んだことは無いに等しかったのだ。あくまで手伝い程度のことしかできない。だからブリッジポートの構造はある程度わかってはいるが実際どんなフィーリングなのか、その知識は皆無だ。
「……正直、どれがいいのかはよくわからないです。湾岸線みたいな最高速エリアだとペリフェラルの方がいいのかもしれないですが、C1みたいに低回転域も使いかねないところだと明らかにサイドとかの方がいいですよね。」
「そんな都合よく全部いいところだらけのロータリーエンジンなんてのは作れねぇよ。」
「実際に乗ってみればいいんですけど……。」
「じゃあ1回、ブリッジのRX-8に乗ってみるか。」
そう言って片桐はポケットから取り出したスマホで電話をかけ始める。
「(ペリフェラルポート作って、しかもブリッジポートもやったって……このオッサン何者なんだよ……。)」
《東京都世田谷区 食事処『紅』》
「アラ、真紀ちゃんいらっしゃい。」
「お邪魔します……。」
まだ客のいない定食屋にやって来た真紀。レイナにZ4を貸しているためにここまで来るには移動手段がないはずなのに気がついた店主篠田レイコはそれを真紀に尋ねる。
「あ、タカがインプレッサに乗っていいって。Z4が帰ってくるまでは貸すって言ってました。」
「へぇー、そうなの。」
「……なんだかタカに無理させちゃってるみたいで。」
「……」
正直ここまで大ごとになるとは思っていなかった。かつてRX-7を乗り回していた真紀にとって、ロータリー車への侮辱は到底耐えられるものではなかった。
だからあの場でRX-7をポンコツ呼ばわりしたあの男に噛みついていった。その場の勢いでバトルまで受けてしまった。
彼女はプリウス製作の時、エアロを担当したがそれはあくまでデザイン的なところだけだ。メカの部分に関しては隆介はおろか貴章には遠く及ばない。だから今回、真紀は自力でRX-7を組み上げることができないのだ。
普段から負担をかけている貴章に更に追い討ちをかけるようなことをしていることに気づいたのはつい昨日のことだった。インプレッサを1週間程預けると言ってきた時に、初めてことの大きさを知ったのだ。
彼はあの日こう言った。『真紀のFCを復活させる』と。
第一真紀のFCはエンジンブローによるクラッシュで大破して廃車になっているはずだ。新しくFCを探すつもりなのかはわからないが、貴章がインプレッサに乗る時間がないほど切迫しているようだということは明確だった。
「普段からいろいろ面倒見てもらってるのに、アタシのせいでもっと大変にさせちゃってるんです。……手伝いに行ったって、タカのガレージにはいなかったし。相当困らせてるんだと思います。」
それは真紀の本音だった。
すると、それをにこりと笑って穏やかな口調でレイコが口を挟む。
「男っていう生き物はね、没頭しだすと他のことには手が回らなくなるものなのよ。だから彼がインプレッサを真紀ちゃんに預けてきたのは別に不安がることないわ。それに、困っていると思うならもうお手上げって言ってくるはずよ。」
「でも……」
「貴章クンを信じなさい。彼はあえて真紀ちゃんにインプレッサを預けたんだから。1週間って期限を切ったんでしょ?……できそうにもなかったらそんな風に期限を設けたりしない。」
真面目な表情に変わって話しかけてくるレイコ。
「タカはなんでここまでやろうとするんだろう……。」
「ん?」
「別に、中古である程度仕上がっているクルマなんかいっぱいありますよね。だったらアタシが自分で探した方が早いはずなのに。……何もここまでしなくったって……」
「いい加減にしなさい、真紀ちゃん。」
更に真面目な雰囲気で、少し表情を険しくしてレイコは話しを続ける。
「じゃああなたは自分でクルマを管理できるの? Z4だって貴章クンが面倒を見てるんでしょ? ならもし来週貴章クンがクルマを持ってきたらあなたはそれを断るの?」
「それはしないですけど……。」
「なぜ? 迷惑をかけてると思っているなら今すぐにでも止めてと連絡するんじゃないの?そこまで造ったのなら自分で乗ってと言うんじゃないの?」
理由を聞かれて困る真紀。
それはクルマを造ってくれた貴章に申し訳ないという思いだってある。
でも、どちらかと言えば自分で用意した方を使いたいのが人間の性。なのに真紀はそうする気は更々なかった。
それはなぜか。今まで考えたこともなかった。
《千葉県木更津市 片桐モータース》
「ドライバビリティ求めるなら、サイドですか?」
結局サイドポートもしくはペリフェラルポートのどちらを採用するかですったもんだしている貴章と片桐。期限が刻々と迫っている中で下手に選択を間違えるととんでもないことになる。余計に慎重にならざるを得ない状況だ。
「そうだな……ペリはどうしても低回転域がシビアだからな。」
「でも、サイドだと高回転域のパワーがペリ程得られないんですよね。」
「だからブリッジポートなんだけどな。さっき話したろ。人の話を聞け。」
相変わらず少々乱暴な言葉が多い片桐。それでも配慮はしているようで、壁に掛けられた時計をチラ見すると、そろそろかとポロリと呟く。さっきのブリッジポートRX-8の人物の到着のことだろう。
「ひとつ、聞いていいか?」
ガレージの外へとトボトボ歩く貴章に片桐が若干訝しむような目線を送る。
「お前さんはなんで他人のクルマを造るんだ?大手チューニングショップでもないのに。」
「……」
片桐にとっては甚だ疑問だった。大手のショップなら客のクルマをいじるのは普通。だが貴章はあくまでも一整備士でしかない。そんな人間がここまで他人のクルマに入れ込むことは珍しい。しかも整備どころかチューンも受け持つときた。決して見返りの大きくないチューニングを手掛ける理由が片桐にはわからないのだ。
片桐も一中古車ディーラーではあるが、チューニングはロータリーエンジン限定であるし半ば趣味の世界に片足を突っ込んでいる。彼の場合歳も歳だが、貴章はまだ20代。下手に自身が手掛けたクルマが事故を起こしたりなんかしたらたちまち評価が下がって場合によってはそれ以降の経営に悪影響を及ぼしかねない。しかも扱うのはレシプロエンジンの中でも少し異端児の水平対抗エンジンやロータリーエンジンに至るまでと、もはや片桐以上のレパートリーを備える。器用なのはいいのかもしれないが、それが故に逆に危うさも隠れている。片桐はそんな気がしているのだ。
どこか遠くを見るような目で考えていた貴章が片桐の方に向き直って答えたその表情は、どこか切なさを感じるようなものだった。
「……なんだろう……意地、ですかね。」
そう答える貴章の表情が少し曇っているのに気づいたのは流石長年生きてきているだけある片桐。それ以上は何も聞かなかった。
「ケッ……まあ、それで命落としたりはすんなよ。」
「……ご丁寧にどうも。」
次第に大きくなってくるのは間違いなくロータリーサウンド。ターボチャージャー独特の過給音がしないあたりは、おそらくこれも
やって来たクルマは貴章がすでに一度見ている、それどころか抜かれているクルマだった。
ボルボのような鮮やかなシアンブルーを纏ったずんぐりしたボディ、ボンネットは排熱用のエアアウトレット付きのタイプ。リアのトランクには控えめな小型GTウイング。ウイングステーを除いてボディと同色に塗装されているから余計に目立たない。
「片桐さん、すみません。」
「おう、悠祐。悪いな急に呼び出してよ。」
「……」
シアンブルーのRX-8、それはまさしく先日都心環状線で真紀のZ4を駆る秋川レイナと一緒に走り去っていったマシンそのものだった。
「なんだよ、お前さん悠祐を知ってるのか?」
「知っているというか、この前C1で抜かれちゃったんですけどね。」
「あ、インプレッサの方ですか?……先日はすみません。ちょっと珍しくそれっぽいクルマを見かけたものだからつい。」
「で、片桐さん、今日はどうしたんです?いきなり呼ばれて来てみましたけど。」
「ちょっと悠祐のRX-8をこいつに運転させてやってくれや。ブリッジの試乗だ。」
「え、いいんですか? 僕が運転して。」
「あ、構わないですよ。C1で4WDのインプレッサをあそこまで振り回せるならこのRX-8も大丈夫でしょう。」
そう言って易々とRX-8のコックピットを譲る新田。片桐が認めているなら大丈夫だと付け加えた悠祐はするりとナビシートに滑り込む。
「2ローターのブリッジポートだ。ローターの数が違うから単純な比較はできねぇが参考にはなるだろ。お前さんの頭でも理解できるはずだから、しっかり感じ取ってこい。」
『頭
しかし、片桐のRX-8とは違い街乗りでの不快感がない。アクセルを踏んだ分だけレスポンスよくポンと動いてくれるし、ブレーキも若干効きすぎている感じもするが首都高ではこのくらいないと止まれない。何よりステアリングが軽い。
RX-8は先代のRX-7同様、前後重量配分50:50というFRスポーツの理想的数値を叩き出している。前後タイヤへの負担がほぼ均等になることからコーナリングのみならずブレーキングなどでも大きなアドバンテージを得られる。
片桐のRX-8の場合、フロントに本来の倍の数のローターを積んでいることと徹底した軽量化によりフロントヘビーなクルマになっていた。フロントタイヤにかかる負荷が増大するし、やはり少しコーナーの突っ込みでステアリングの重さを感じさせた。それに対して悠祐のRX-8はノーマルと同じ2ローターエンジン。軽量化もしてあるためにコーナリングでは驚く程の軽やかさを発揮している。
《首都高速 都心環状線 外回り 銀座エリア》
「ノーマルのRX-8だともっとオーバーなんですよ。足は弱アンダー方向に振ってあります。」
オーバーステアとアンダーステア。モータースポーツではどちらも極端過ぎるといいことはない。ステアリングの舵角以上にクルマが曲がっていくオーバーステアに対して舵角よりも曲がっていかない状態のアンダーステアだ。前者はFRやMRといった後輪駆動車、後者はFFや4WDによく起こりがちだ。そのどちらでもない理想の状態がニュートラルステアと呼ばれる。
市販車は基本的に弱アンダーのセッティングで世に出されている。それはスポーツカーといえどその例には漏れないが、一般乗用車よりは比較的ニュートラルステアな方向に振ってあることもよくある。それはコーナリングを売りにするクルマは特にそうで、ジャーマンスリーの一角を占めるBMW、特にM2からM6までの各種MやMスポーツなどがそのいい例だ。そしてこのRX-8もそうだった。
「インプレッサに比べたらコーナーは少し不安感あるでしょ?」
「どうだろう……。
片桐のペリフェラルポートとは違い、低回転域からしっかりトルクが出ている新田RX-8。ピークパワーは明らかにペリフェラルポートの方が上だが、ドライバビリティは絶対にこっちのブリッジポートだ。
「パワーはせいぜい350馬力いくかどうかです。けど、片桐さんのクルマよりも絶対に扱いやすいでしょ?」
「350しか出てないの? 」
「本当は400位出せるんですけどね。13Bじゃちょっと心許なくて。」
恐らくこのブリッジポートはペリフェラルポートと違いピーク値を求めない方向なのだろう。それよりは扱いやすさを優先させたチューン。自力で処理しきれない大パワーは持っているだけで宝の持ち腐れだ。それなら少ないパワーでもガンガン踏んでいけるマシンの方が速い。それは峠であっても首都高であっても同じだ。
貴章自身、400馬力代のインプレッサに乗っているためにこういうコーナーで差をつけるクルマの方が性にはあっている。このC1でもインプレッサとほとんど同じような感覚で走れる。
だが、今回は貴章のクルマではない。あくまで真紀がドライブするFCだ。今では550馬力オーバーのZ4を振り回しているから正直この位のパワーだと物足りないはずだ。
「(さて、どうしたもんかな……。)」
《千葉県木更津市 片桐モータース》
「遅かったじゃねぇか。そんなに虜になっちまったか?」
「ええ、この扱いやすさがなんとも。」
「で、どうすんだ?」
早速本題に入ってくる片桐。フリーズする貴章を見て、その様子は決めかねてるなと呟いてから、妙に据わった視線で貴章に話しかけてくる。
「実はよ、もうひとつだけ選択肢がある。」
「へ?」
「クロスポート化だ。低回転用のサイドポートとは別に高回転用のペリフェラルポートを増設する。サイドとペリのいいとこ取りエンジンだな。低回転域のトルクは若干落ちるが、ペリ程は落ちねぇ。それに高回転域はペリを使うからパワーは期待していい。」
「でも、そんな都合のいいロータリーエンジンなんて組めないって。」
「俺も1台しか組んだことないからな。」
そう言って指差した先には、彼の4ローターRX-8の横に鎮座する黒いFD3S。
「アイツのエンジンは13Bのクロスポート加工。音はペリ並みにえげつないからサイレンサー着けてるがな。大体1万2000位は回る。」
「「い、1万2000ッ!?」」
この事を知らなかったのか、新田も貴章と同じ反応を見せる。高回転型と言われたエンジンですら、レブリミットは8000回転程。1万を越えると軽くレース用エンジンの領域だ。ペリフェラルポートと並ぶロータリーチューンのもうひとつの最終形態だと言っても過言ではないはずだ。
「コスト面はなんとかなるが、問題は2週間もないという期限だ。俺とお前さん、悠祐を加えたとしても終わらねぇかもしれない。」
「あ、でも元木サンも来られるんですよね。」
「明日からな。4人で終わるか、俺にも分からねぇ。……だが、お前さんの悩んでることは一気に解消すると思うぜ。やる価値はある。」
貴章のみならず、片桐そして新田もクロスポート加工の20Bを積んだFCの姿が頭をよぎる。ただでさえ少ない3ローターにクロス加工のロータリーエンジン、そしてそれを載せるのがFDではなくFCときた。これはもう伝説級のマシンになりうる。
「決まりだな。」
「まだ何も言ってませんけど。」
「お前さんの顔が明るいからな。決まりだと思って何が悪い?」
――――――FC完成まで、あと1週間。