今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、いきなりですが、ロータリー編最終回です。次回から新章突入です!
《首都高速 辰巳JCT 9号深川線→湾岸線西行き》
「おお、踏んでら踏んでらぁ。」
路肩に停めたクルマから窓を開けて夜の首都高に響くロータリーサウンドに耳を傾ける。複数のマシンの音なのだろうが、明らかにひとつだけ異様に高い音が混じる。
「いい音させてんじゃねぇの。」
どこかこのドライバーの乗っているクルマと似たような音を聞き取る。
「首都高なんざいつぶりかね。だいぶ静かになっちまったもんだな。」
夜の湾岸線、辰巳JCTに佇むひとつのワインレッドの機影。それもまたクルマのエンジン音にしてはだいぶ甲高いエキゾーストノートだった。
○●○●○●
「流石に追い付かれちゃうなぁ。」
FCのサイドミラーに映るのはシアンブルーの新田RX-8、WRブルーマイカの貴章インプ、そしてその2台をまとめてオーバーテイクしてくる敵車RX-8。パワーにものを言わせて一気にFCにならびかける。
「タカも抜いてくるならもうちょっと引き離してきてよ……。」
真紀FCと新田RX-8の間に割り込んでくる敵車RX-8。FCのバンパーすれすれまで近寄り激しくパッシングしてくる。控えめに言っても、
「パワーが勝ってるのはよくわかったから、速く前に出なさいよ……。」
ウインカーを出して後追いを選択する真紀。しかしそれでもずんぐりした車体を左右に振るだけで追い抜きはしない。
それも湾岸線の本線に合流したとたんにその見かけの均衡は崩れた。本線に入るなり一気に加速していく敵車RX-8。社外製のビックタービン仕様なのか、かなりパワーは出ているようで、3ロータリーの真紀FCですら追いつけない。このまま先行されて振り切られれば、いくら環状線を得意とする彼女のFCでも勝ち目はなくなる。これがターボ車ならブースト圧を変更して一時的にモアパワーを得られるのだろうが、生憎真紀のFCは
そして後ろに控える新田RX-8と貴章インプレッサはどちらも出力的には真紀のFCに見劣りする。もちろん新田の方はトランスアクスル化して駆動面の徹底強化を施してあるし、貴章のインプに限ってはFFベースとは言えどもこの中で唯一の4WDであり、空力バランスに特化したマシンだ。しかし、それによって生れたアドバンテージは大パワー要求する湾岸線では全く役に立たない。むしろ多少バランスが悪くてもより強力なパワートレインを持つ方が有利になる。
「ダメ、置いていかれる……。」
弱気になった真紀がふと目にしたのは、ミラーに映る貴章のインプレッサ。
「どうしよ……タカ。」
すると、バックミラーにひとつの光がチラリと浮かぶ。それはまるで待っていたとでも言うように猛烈な勢いで真紀たちに追い付いてくる。その音はレシプロエンジンとはちがい、かつノーマルやブーストアップ程度のライトチューンドロータリーとは異質なモノ。強いて言うなれば真紀のFCに一番近い。
「何? 何なの?」
その機影は貴章のインプレッサ、新田RX-8を抜かして真紀の横にベタ付けする。
ワインレッドのRX-8。見慣れぬ大型GTウイングが付けられているが、この甲高いエキゾーストノートを発する赤いRX-8は、真紀が知る中ではたった一人しかいない。
チラリとRX-8のコックピットを覗くと、そこには色黒スキンヘッドのオヤジがニンマリと笑ってステアリングを握っていた。
「か、片桐さん!? 」
片桐義人、この真紀のFCの3ロータークロスポート加工エンジンをほとんど一人で仕上げたロータリーマイスターだ。彼の愛車4ローターペリフェラルポート加工エンジンを搭載するRX-8は排気量2.6Lで、実質
排気量が4.0Lの自然吸気エンジンと言えば、例えばBMWでは先代の E92/E90/E93 と呼ばれるクーペなどの各種M3やE60 5シリーズの540iなどがあるし、メルセデス・ベンツやアウディ、ジャガーや日産にはターボ車両やスーパーチャージドエンジンが存在する。軒並みノーマルの時点で300馬力は優に越えており、コンピューターマップのリセッティングや各種パーツの付け替えで軽く500馬力は越えるようなエンジンばかりだ。この中で唯一湾岸線で敵車RX-8に対抗できるとしたら、それは間違いなく片桐RX-8だけだ。
片桐は真紀たちの置かれている状況を飲み込んだのか、一度真紀と目線を合わせると猛然とRX-8を加速させていく。ペリフェラルポート加工の独特な高音エキゾーストをばらまいて颯爽と敵車RX-8の追跡を始めた。
その後ろをピタリと追いかける真紀FCをはじめとする3台。スリップストリームを使ってやっとついていける位だ。しかし、これで完璧に突き放される心配はほぼなくなる。いくらターボ仕様の13Bとは言え、600馬力は明らかなキャパオーバーだ。サーキットで一発だけのタイムを出すためのセッティングならともかく、走り屋がそれをするとは思えない。浜崎橋までの高速エリアでこの距離は縮められるはずだ。
「見てなさいよ、このFCの底力はこんなものじゃないんだから。」
しかし、真紀のこの意気込みが後々空回りする原因になることに気づいてはいなかった。
○●○●○●
「よし、とりあえずスリップには入れた……。」
ホッと安堵の息を漏らす新田。FCよりもパワーが低く、トルクに関してはインプレッサにも及ばない新田RX-8にとっては師匠片桐の登場はまさに救いだ。空力にもこだわり、かつFCよりも前面投影面積の大きい新田のRX-8は最高速では不利なことこの上ない。
「あの、片桐サンが来ること聞いてなかったんですか?」
「ええ。なんか珍しくウイング引っ張り出してたからなんだろうとは思いましたけど、まさか片桐さんのクルマにつけるとは思ってなかったですよ。」
「それにしても、やっぱりいい音させてますよね。あのRX-8。」
しみじみと呟く隆介。以前片桐モータースに初めて足を踏み入れたとき、あの4ローターペリRX-8を見てはいるが、貴章だけ連行されて自分は置いてけぼりを喰らった過去がある。
「ロータリー車のいいところは自ら潰してるようなクルマですけどね。すごいフロントヘビーだし。」
「4ローターですもんね。」
「けど速いんですよ。片桐さんがうまいのもあるんでしょうけど、やっぱりクルマも速い。」
スリップストリームに入りながらも、時折半車身だけずらして走る新田。前の状況を把握するだけなら少し長すぎる。
「あの、新田サン何やってるんですか?」
「2台の後ろを走っているとどうしても冷却が追い付かないんですよ。僕のRX-8は自然吸気のまま9000回転まで根性でぶん回すエンジンだから、どうしても熱がこもるんですよね。こうして少しでも走行風を入れないとオーバーヒートしちゃうかもしれないし。」
「でも、真紀サンはぴったりくっついてますけど……。」
新田の前を走る白いFCを見る隆介。さっきから一度も片桐RX-8の姿を見せることなく綺麗に追従している。
「冷却には手をかけたって新庄さんは言ってたけど、ちょっと心配だよね。ロータリーってすぐに水温上がっちゃうから……。今はそれなりの速度だからまだいいかもしれないけど、C1に入るとちょっとマズいかもしれない。あそこはスピードレンジが落ちちゃうから。」
《首都高速 芝浦JCT・浜崎橋JCT 11号台場線→都心環状線内回り 》
「あれ……なんかおかしい……。」
アクセルを踏み続けているのに、イマイチパワーが出ない。というより、最初のようにパワーが出せていない。片桐RX-8に先導してもらってなんとか敵車RX-8に追い付きはしたが、肝心のFCのパフォーマンスが少し落ちている。
これから得意のC1内回りだというのに、真紀のFCがペースを上げられないでいる。乗り手は不安で仕方がない。ブースト圧が落ちているなんてことも、自然吸気の20Bを搭載するこのFCには関係ない。真紀はふとインパネのメーターを見やる。ノンターボだからブーストメーターは動いていない。それは当たり前なのだが、その横にある小さなメーターがこのFCの現状を表していた。
「水温95℃……えっ、95℃!? 」
水温計は冷却水の温度を指す。適正水温はおよそ70~90℃と言われるから、少しオーバーヒート気味だ。すでに電動ファンが作動しているはずだが、なかなか下がる気配がない。
「まずい、このままだと……オーバーヒート。」
今まで片桐RX-8の真後ろに陣取っていた真紀はとっさにそこから離れる。前走車のいない状態にしてできるだけたくさんの走行風を入れる算段だ。
だが、真紀の行動はあてが外れたのか、それでもメーターの上昇が止まったくらいで下がることはなかった。相変わらず95℃前後をうろちょろしている。
敵車も外回りでクルマを振り回し過ぎたのか、リアタイヤがズルズルなようで思ったほど離れてはいかないが、真紀も追跡するのが精一杯だ。ウインカーを出して後ろにいる新田RX-8を先に行かせる。追い抜く途中でハザードランプを数回点灯させる新田は師匠の片桐と共に、敵車RX-8をあっさり攻略。ワインレッドとシアンブルーの2つの機影が官能的なエキゾーストノートを残して都心の暗闇に消えていく。
ほとんど自分のラインを描けるようになってもまだ水温計の針は下がってこない。100℃を越えないだけまだマシなのかもしれないが、このままでは間違いなくオーバーヒートする。敵車もペースダウンしているから良かったものの、決してポジティブなものではない。
いくら深夜帯とは言えど、一般車も多い都心環状線。それを避けながら走るため、どうしても速度の乗りは悪い。走行風が少なくなれば、敵にとってはいいものの今の真紀にとってはリスキーだ。
「どうしよう……。」
《同時刻 埼玉県和光市 CRS》
「……ということで、とりあえず今日走ってるらしいです。」
「へぇ、ちゃんと出来たんだなFC。」
店を閉めたCRSに停められていたのは白のR34GT-R、FD3S RX-7、赤いデミオ、そして銀色のポルシェ964。
「せっかくいいネタ見つけたと思ったのに、知らない間に作業進んじゃったのネ。」
「いやだからお母さん、そう簡単に雑誌の記事にしようとするのがいけないって。」
「無駄無駄。そんなこと言ったって真理子は止まんねぇよ。出会い頭に貴章を雑誌に載せようとしたんだから。」
「ははは、ありましたねそんなこと。」
どことなく似通った雰囲気の3人とひとりの青年。言わずもがなCRSの工藤一家とポルシェ乗りの元木明彦だ。少なからずどこかで今回のFC3Sの製作過程に絡んでいる4人だ。
「けど、ひとつだけ不安材料もあるんですよね。」
「……?」
ふと表情を曇らせる元木。彼を見つめる工藤一家。特によく事情がわかるであろう圭介に話し始める。
「あのFC、ここしばらく動かしてすらいなかったみたいなんですよ。」
「ああ、そんなこと言ってたな。でもそれがどうしたんだ?バッテリーは変えたんだろ?」
「はい、けど電動ファンとかは変えてないんです。ラジエーターもそのまま使いましたし、ちょっと怖いのがサーモスタットの固着ですかね。」
「サーモスタットの固着って、それオーバーヒートの原因じゃないか。」
水冷エンジンについているサーモスタット。温度管理を受持ち、温度によって冷却水のラジエーターの流入量を調整する物だ。それが作動不良によりしっかり閉じて、もしくは中途半端にしか開いていない状態で固着した場合、冷却して温まっている冷却水をラジエーターに運ぶことができなくなり、オーバーヒートを起こす。オーバーヒートはエンジンに負担がかかるだけでなく、本来必要のない整備を強いられるため、利益はこれっぽっちもない。
「経年劣化で弱っていなければいいんですけど……。前に辰巳PAで工藤さんとリカちゃんに会う直前にちょうどSLSと走ってたんです。スリップに入っていたらみるみる水温が上がって……。オーバーヒートはしなかったですけど、それと同じようなことが起きないとも限らないですし。」
「電動ファンは動いてたのか?」
「はい、それはちゃんと確認できました。その時は走行風が入らなくなったからだと思ってたんですけど、今思えばサーモスタットも疑わないといけなかったですね。」
「でもオーバーヒートするとは限らないんでしょ?」
リカが少し不安気に聞いてくる。それにはロータリーについての知識もそこそこある真理子が答えた。
「確かに、100%オーバーヒートを起こすとは言えないわね。でもロータリーエンジンって元からオーバーヒートしやすいエンジンなの。それに彼らが造ったという3ローターは単純にいうと2ローターよりも発熱量は多い。もちろん絶対そうだとは私も言えないけど、一度そういうことが起こったというなら、用心した方がいいということでしょうね。」
「もし、あのSLSを追いかけた時と同じように他のクルマの後ろをぴったりと張り付き続けていれば、ちょっと危ないかもしれないです。電動ファンが正常に動いたところで、サーモスタットが作動不良を起こしていれば冷却水の循環ができないので何の意味もありませんから。……湾岸線とか横羽線はもちろんエンジンを酷使するという面では危ないですけど、
「お父さん、C1って路肩っていう路肩はないよね?」
「そういえばそうだな。……むしろ万が一オーバーヒートしたときに停められる場所がないから、場合によっては湾岸線よりもたち悪いかもしれないという訳か。」
《首都高速 都心環状線内回り 霞ヶ関エリア》
「ヤバいな、真紀のFCオーバーヒート気味かな。」
貴章はC1ではもっと突き放されると思っていただけに意外ではあったが、敵車にじわじわと置いていかれている辺り、真紀の方に何かあったとしか思えない。走りだしのC1外回りではあれだけ振り切っていったのだから。
「やっぱりサーモの方がおかしかったのか……。」
SLSを追いかけたあの時オーバーヒートこそしなかったものの、結構危ないところまで水温が上昇したのは走行風が入りにくくなったからだと元木と判断したが、ここに来てその本当の原因はサーモスタットかもしれない可能性が急浮上してくる。新田RX-8を先行させた辺りからそれが頭のなかによぎり出したのだ。
真紀もなんとなく危ないことは理解しているのか、外回りとは一変してむやみやたらに攻めることはせず、少し離れたところから敵車を追いかける。一般車に引っ掛かったところで追い付く程度に距離を開けている。
しかし、よかれあしかれペースを少し落としているお陰で貴章も真紀もゆとりが生まれている。外回り同様難所として立ちはだかる霞ヶ関エリアを難なくクリアする。敵車は少しバランスを崩してリアを若干巻き込みながらクリア。さすがのターボパワーは外回りよりもタイトな内回りでは発揮できないようで、よく暴れている。
残るオーバーテイクポイントは、難所のひとつ、芝公園ランプ付近。連続するS字コーナーが特徴だ。
「芝公園で前に出れなければ、負ける……。」
直感的に貴章はそう判断した。そこからは前をブロックされれば追い抜けない。最後の勝負ポイントだ。
「(仕掛けろよ、真紀。目一杯まで20Bを回してやれ。……隠してたソイツの本性を見せつけてやれ。オーバーヒートしたら直してやるから、バンバン踏んで行け!)」
○●○●○●
「来た、芝公園。」
最後に勝負に出るならここしかないと思える場所。ここまでのクルージングでなんとか90℃までは下がったものの、また水温があがるのは目に見えている。
「お願いFC、ここからしばらく耐えて。」
このFCの最後の切り札、それは超高回転ゾーン。あえて1万回転で抑えていたレブリミットを最後のこの区間だけ本来のレブリミット1万3000回転までぶん回す。シフトアップの回数が減らせることと、自然吸気ロータリーエンジンならではの高回転でもパワーが落ちない特徴を生かした最終手段だ。
一ノ橋JCTを通過。ここから残り3000回転分を解放。明らかに熱を持ちやすくなるが、この際そんなことは言ってられない。
「抜いてしまえば、後はこっちのものヨッ!! 」
敵車RX-8と真紀FC3S、少し離れて貴章インプレッサが縦一列になって芝公園なの2連S字に突っ込む。
ひとつ目は3台とも難なくクリア。そして6速のRX-8が少し加速が鈍ったのに対し5速で超高回転エンジンをもつ真紀FC3Sは少ないシフト回数で一気にRX-8にならびかける。頭ひとつ分だけ前に出る真紀FC3S。そのままアウト側がFC3S、イン側にRX-8という構図で最後のS字に突入していく。
○●○●○●
「オオッ、そこで並べるのか!! 」
貴章は真紀の3ローターFC3Sの底力に舌を巻いていた。決して長くはないストレート区間であっという間に距離を詰めたのだ。普段からコーナーで仕掛ける生粋のコーナリングマシン、BMW Z4に乗っているだけあり、その辺りの手立てはみごとなものだ。
そのまま、あるいは少し真紀が先行するかたちで2個目のS字に入れば、イン側のRX-8はラインの自由がないために主導権は真紀の手に渡る。
「行け真紀!! 」
しかし、次の瞬間信じられない光景が目に飛び込んできた。
敵車RX-8が十分にスピードを落とさなかったのだ。あのままだと真紀のFC3Sの横っ腹をこづいてスピンさせかねない。確信犯かどうかはわからないが、真紀が危ないことだけは変わらない。
皮肉にもそのままコーナーに進入。貴章は白いRX-7がこの狭い芝公園のS字コーナーでスピンする映像をリアルに想像した。反射的にフルブレーキングで急制動。いつも以上に速度を落とす。そして、激しいスキール音と物体がぶつかって壊れるノイズが貴章の耳に届いてくる。
「おいおい、冗談だろ……。」
ひとつ目の左コーナーの先に貴章が見たものは
白いボディに丸目4灯式のブレーキランプと、細々したパーツをばらまきながら内側の側壁にぶつかるずんぐりした機影。
「真紀……」
なんとか巻き込まれずには済んだFC3S。おそらく大パワーを受け止め切れなくなったリアタイヤがタイトなラインにも関わらず高いコーナリングスピードについていけなくなり、グリップを失ってスピンといったところか。
それを確認したのか、更にペースを落とす真紀。シフトダウンせずに静かにクルージングを始める。今FCの水温が気にはなるが、ボンネットから白煙が上がっていないところを見ると、最悪の事態にはなっていないようだった。
今回のバトルは、敵車の自爆というなんとも情けない形で幕を閉じた。
《首都高速 1号羽田線下り 平和島PA》
「馬鹿たれッ!! もっと早く気づけ!! 」
サーモスタットの故障の疑いを片桐に伝えた貴章。早速手痛い洗礼を受けている。その脇でボンネットを開けて静かに佇んでいるFC3S RX-7。なんとかオーバーヒートはさせなかったが、しばらく100℃近くまで冷却水の温度が上がってしまったために、今は念入りに冷却している。
「すみません。アタシが無神経にずっと片桐サンの後ろを走っちゃったので。」
ぼやく片桐を宥めるように、貴章に助け船を出す真紀。しかし、それはそれで事実だった。
「まあ、サーモスタットなんて車検でも変えることは少ないからな。わからなくてもしょうがねぇんだけどさ。」
「あの、俺の時と反応違いません?」
「黙れ小僧。」
「んだと?」
「もう、タカもやめてよ。でもすごく乗りやすかった。すごくパワフルだし。いいクルマだよ。」
しみじみと呟く真紀。そこで貴章は、場違いなのは覚悟の上で気になっていたことを真紀にぶつける。
「あのさ真紀。」
「なあに?」
「このFC、一応オーバーヒートっぽくはなっちゃったから一回エンジンはバラしてみるつもりなんだけど、それからどうする?このまま乗り続けるか?」
「……」
真紀もいつかそう聞かれることは予期していた。じっと白いFCを見つめる。
今日しか乗れなかったが、久しぶりのFC3Sのドライブは楽しいの一言だった。乗れるならこのまま乗り続けたい、心からそう思える1台だ。だからこそ、真紀はハッキリとその答えを告げた。
「ううん。アタシはこのFCには乗らない。だって、今のアタシの
「…………」
「……あ、乗りたくないとかそういう訳じゃないよ。だけど過去は過去、今は今じゃない。いろいろと吹っ切れたし、アタシはまたZ4に戻るわ。」
「いいのかそれで? 」
心配そうに尋ねてくる貴章。彼に真紀はニッコリと笑顔をつくって、心残りの微塵も感じさせないように告げた。
「うん。……せめてワガママ言うなら、ちゃんとこのFCのことを解ってくれる人に譲って欲しいかな。」
「……わかった。」
《3日後、貴章のガレージ》
「あれ、タカまだ帰ってないのかな。」
愛車のZ4に乗ってきた真紀。インプレッサが置いてある辺り、そう遠くには行っていない。
「シャッター位閉めていきなさいよね。……それにしても、なんで男子ってこう散らかすのかな。」
ガレージに散乱する工具やパーツを見て呆れる真紀。整理は上手い貴章だが、一度散らかすととことんまで散らかしきる。
「ホント子どもっぽいよね。」
呆れるのを通り越して笑いが込み上げてくる。
なのに、マシンを組ませたらしっかりと返ってくる。あのFCだってそうだった。
ああは言ったものの、やはり少しは気になる真紀。それだけ印象的なクルマだったのだ。
「……!! 」
遠くから聞こえるひとつのエキゾーストノート。より高い快音をこんな昼間から撒き散らしている。そして、どんどん大きくなってくる。
ガレージの目の前に現れたその快音の主。Z4の横に並んだ。純白のボディをまとったその勇姿に、真紀は釘付けになった。
そして、運転席と助手席からそれぞれ貴章と新田が降りてくる。あの時と同じように二人ともツナギのままだ。
「おはよう真紀。来てたのか。」
「ちょっとタカ、これって……。」
「おう、
何もかもがこの前首都高を走ったときのままだった。
「お前はちゃんとコイツを理解できるヤツが乗るべきだって言うけどさ、そんなの
貴章に続いて新田が話してくる。
「正直、あなたがZ4に乗ってるなんて信じられなかったですよ。けど、新庄さんから詳しいことをきいたら、なるほどと思いました。ハイパワーなのによく曲がるクルマに慣れてるわけだ。」
「何もZ4を見捨てろなんて言わねぇ。けど、コイツは真紀が乗るのが一番だと思うわけよ。」
「片桐さんがこれからもメンテナンスはするって言ってます。乗りたくなったらいつでも来いって。」
「あのオッサン、真紀があそこまでFCを振り回せるとは思ってなかったんだとよ。だからさ、俺らは……って、何で泣いてるんだよ。」
知らない間に真紀の頬に一筋の筋が流れていた。
もう二度と会うことはないと思っていた。ただでさえ今回の再会が奇跡のようなものなのに。それが三度現れるなんて信じられなかった。
だが、貴章達の好意によってまた帰ってきたFC。先日の汚れはピカピカになるまで取り除かれている。
「俺達は、このFCはお前に乗ってほしいだけだ。気が向いた時だけでいい。様子見てやってくれよ。」
「……う……うん。」
つっかえながらも、目を赤くしながら頷く真紀。
正真正銘この瞬間、真紀とFC3S RX-7の止まっていた歯車がまた動き出した。
《首都高速 大黒PA》
深夜の大黒は賑やかだ。いろんなクルマがところ狭しと並ぶ。
その大群から少し離れたところに停まる2台のクルマ。当時最強の2.0Lターボエンジンと言われた名機を産み出したメーカーのクルマだ。
「ほら、お父さん行くよ。」
「……あいよ。」
それぞれのマシンに乗り込み、静かながらも威風堂々とした雰囲気で大黒を後にする。
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