大学受験もなんとか終わり、ちょっと一段落つきました。
また投稿再開します。
休止中、メッセージをくださったノア・フェルトマン3世様、囃子とも様、大変ありがとうございました!m(__)m
《千葉県船橋市 セカンドガレージ》
例の宣戦布告から4日、巷ではまるでラリーの最終パワーステージを攻めるが如くインプレッサが首都高を連日流しているという噂がたち始めている。事実、貴章はランエボⅩを駆る女性ドライバー吉川沙織とのバトルに向けていろいろとセッティングを進めている。
それは順調にいくはず……だった。
「(どうしたモンかなぁ……)」
溜め息混じりに吐き出した言葉にならない感情。それは困惑であり、また焦燥でもあった。
貴章のインプレッサと同じように向こうのランエボだって走り込んでいるはずだ。マシンの仕上がりはこの前の時点ではインプレッサが負けていた。
パワートレインにおいても、はたまた駆動系においても一度バランスを崩した状態から元に戻すのは容易ではない。ましてやただでさえバランスのとれていない中で無理やりバランスをとっているチューニングカーなら尚更。そう都合よくいくことなどない。チューニングはまさしく
余りあるパワーの代償にその命を削り、引き締まった足回りのお陰でさらに寿命を縮める。そして時間も金も注ぎ込む。そうして出来上がったモノはアンバランスなじゃじゃ馬。ソコからどこか1つを強化すればたちまち他の所が悲鳴をあげる。チューニングに終わりはない。
貴章のインプレッサもソレと同じループにハマっていた。タービン交換により上昇したパワーにクルマがついていけていないのだ。
パワーだけではない。あのランエボの凄まじい加速力と見事に狭き首都高を舞う姿を目の当たりにしてからというもの、これまで十分だと思っていた足回りにまで手を加え直すという有様。
インプレッサの数少ない特権であるDCCDも前後駆動配分35:65のクスコ製固定式デフに換装……のはずが、イマイチしっくりこないという理由でノーマルのDCCDにまた積み換えるという次第。メーカー基準値がバカにならないのではないかというところで悩み続けている。
今では単なるセッティングどころか、バラしてパーツをごっそり入れ換える事態。方向性を見失って、暗礁に乗り上げている。
《同日夜23:20》
最後まで残っていた右前のタイヤを装着、ジャッキを下ろしてトルクレンチできっちりホイールナットを閉める貴章。決められた力以上に負荷が掛からないように途中からガチャンとトルクが抜ける感触が伝わる。すると後ろからやや久しく聞いていなかった声が降ってきた。
「よう、今日はインプか。」
そう投げ掛けられた声の主は左目に傷を負った地獄のチューナー北見淳。そしてその後ろから顔を覗かせるのは全身黒タイツの湾岸の帝王、島達也。そして彼らの後ろには
「北見サン、島サン、お久しぶりです。」
「ククク……
「むしろ、コッチのインプの方が本体ですけど。」
ふとそっちを振り返ると、インプレッサの前に佇む全身黒タイツ。まじまじと食い入るように見入っている。
「どうした、インプレッサにも興味アリか?」
鋭い切れ目の男は振り向くことなく答える。
「いえ、ただよくランエボと比べられるインプレッサがどんな走りなのかは気になりますが。」
「オマエ、ランエボに乗ったことあったか?」
「ええ、大阪で。エイジさんの弟さんのエボⅥに。ポルシェとは全く正反対のレイアウトをとっているのに、ほとんど違和感がなかったですネ。」
「ああ、シゲのマフラーを作りに行った時か。」
ポルシェ、特にRRレイアウトを採用する911シリーズはコーナー立ち上りではリアタイヤに思い切り荷重をかけて飛び出していく。言ってしまえば後ろ2輪で加速していく。対するランエボはリアタイヤでバランスをとりつつ、フロントタイヤでグイグイ引っ張っていく。こちらは主に前2輪が頑張る。コンセプトもアプローチも全く違う2台だが、結果的には驚異的な立ち上がりを見せる。
「リアが巻き込んで、フロントが引っ張る。絶妙なバランスでしたね。……
「同じ4ドアセダンのFFベース4WD、共通項は多いだろうな。……で、今は何ヤッてんだ?」
「足回りとデフです。後はタービン回りも。」
行き詰まっている現状をざっくり説明する。トラクションが売りの4WDなのに、あのエボⅩのソレを目の当たりにしてからというもの、これまで十分と思っていたセッティングがみるみる色褪せていく。元々は真紀のZ4や隆介の34Zに遅れを取らないようにタービンだけを変更して、細かなマップの修正で話は済むはずだった。デフやシャフト、クラッチは更なる大出力にも耐えうるモノを使っているため、特に交換の必要がなかったからだ。
「つくづく思い知らされましたよ、ランエボのスゴさ。あの頭おかしくなりそうな加速力、こんなだったっけって……。あれからサスペンションのバネレートにダンパーも手を入れてみたりするんですけど、なかなか思ったようにはいかなくて……。」
いましがた組み直しが終わったインプレッサを見つめる貴章。そんな彼を見た北見は、シニカルとも受け取りかねない特徴的な笑みを浮かべて、もう一人の首都高ランナーにアタリをつける。
「お前のポルシェターボ、まだガソリン残ってたな?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「タカ、お前ポルシェに乗ったことはあるのか?」
突然突拍子もないようなことを言い出す北見。真意をつかめずに固まっていると、親指でガレージの外に停めてある黒い戦闘機を指差す。
「乗ってみろよ、
《深夜24:00 首都高速7号小松川線 上り 錦糸町ランプ付近》
『そんなにトラクションが気になるってんなら、コイツに乗ってみろ。』
そんな北見の言葉に有無を言わさずポルシェのコックピットに押し込まれた貴章。肝腎のオーナーである島はあっさり承諾。車種は違えど一度同じステージで走ったメンツとなれば不安はないとバッサリ断言した。その島が、今貴章のインプレッサに北見と乗って、ポルシェの後ろを追走している。
「……クッ!!! 」
1990年初頭に産み出されたポルシェ964型911。いくら軽量化のために内装をひっぺがしているとは言え、残されたインパネ周りは古さを感じさせる。しかし、そのシンプルさがこの高速域ではありがたい、というか古さを実感している余裕すら、貴章にはこれっぽっちもなかった。
『そーそ、ソイツ結構特殊な動きするからな。ソレがポルシェ共通だとは思わないでくれヨ。』
ガレージから出てくる直前、相変わらずニタニタと笑みを浮かべる北見が放った一言が走り出した今となってはよくわかる。
RRレイアウトのポルシェ独特のトラクション感はもちろん、軽量化と天才チューナー北見淳が手を入れたエンジンによる恩恵か、アクセルペダルを踏み込んだ途端、体がシートに押さえつけられる。その感覚はインプレッサや時々セッティングで乗る真紀のZ4とは全然違う、異質なものだった。
「ホント、すごいよな、ポルシェって……。」
息を切らしながら呟く貴章。走り慣れたはずの小松川線ですら、いつもと違う風景が流れているような気がしてならない。それほどランエボと比べてもこれはまた別モノのように思えてしまう。
「これ、ヘタにステアリングこじると吹っ飛びそう……」
パワーウェイトレシオ1kg台は伊達ではない。200km/h前後辺りからフロントのリフトがなんとなく感じられる。しかし、まだ制御できない範囲ではない。常にフロントタイヤが駆動するインプレッサに乗っているからこその違和感なのだろう。フロントにスプリッターを付けたくなる衝動に駆られる。
3速にシフトアップ。ほんの一瞬の加速の途切れからまたリアをグンと沈めて加速体勢に入る。
「……思ってたより、素直なのな。」
それは正直な感想だった。最近の電子デバイスが発達した991型やその先代モデル997型のポルシェ911ならまだしも、ブラックバードのポルシェは90年代の964型。こうして現役で首都高を走っている時点で、悪く言ってしまえばいくらポルシェとはいえ『生きている化石』だ。RR方式は今でも一部モデルが採用しているものの、空冷エンジンに関して言えばそうではない。ポルシェどころか、今では一般車に空冷エンジンを採用する例はほとんどない。このご時世、騒音規制や排ガス規制なんかで一時緩くなった車検が厳しくなりつつある中で生き残れないエンジンだったのだろう。
それはさておき、やはりRR方式はその強烈なトラクションと引き換えに、フロントの操舵性の不自由さをよく指摘される。コーナリング中はフロントへの荷重が抜けやすくなり、どうしてもリアタイヤが外側に流れるオーバーステアが頻発すると言われる。
「これまで言われてきたコト……そんなモノは吹っ飛ぶよな。」
○●○●○●○●
「どーよ、湾岸の帝王の、ヤツのインプレッサの評価は?」
前を走るブラックバードの後ろ姿を見ながら尋ねるは地獄のチューナーの異名をとる北見。彼の左側のコックピットに座る島達也は、表情をひとつ変えずに答えた。
「イイですね、高いですヨ。パワーも僕のポルシェ程ではないですが、しっかり出ていますし。何よりこの高速コーナーの安定感はスゴいです。恐らく、コーナーによってはポルシェ以上の速度でクリアできるところもあるかもしれませんね。」
「なかなか高評価じゃねぇか。」
「とても素直なんです。大阪で乗ったランエボと似通った速さですが、
割りと珍しくべた褒めしていた島がほんの少し表情を曇らせる。
「何だァ、お前のブラックバードの敵じゃネェってか。」
「いえ、そうではなく。ただ迷っているのかと。」
島が説明するには、今のインプレッサのセッティングは素直ではあるが、「ただ扱い易いだけ」だと言う。それ以上でもそれ以下でもない。どの方向を伸ばそうか、それをまだ決めかねているようだと。
「彼の手掛けたZ4なんかを見てても思いましたが、決して乗りにくすぎるマシンを作ることはないでしょう。……チューニングマシンにとって、『乗りやすく、でも乗りこなしにくい』ということは必要条件だと思いますが、このインプレッサは乗りこなせてしまうんです。」
「まあ言いたいことはわからないでもない。本人も言ってはいたが、チョイと泥沼に足を突っ込んでやがるな。」
「北見サン、彼を僕のポルシェに乗せてどうするつもりなんですか?余計に混乱させるだけでは?」
「ああ。混乱するならソレまでだということだ。だが、アイツがあのポルシェをドライブして何かしら得られるものがあったのなら、このインプレッサは化ける。文字通り、アイツの手足になれるだろうナ。」
「……ただし、『ソレに気づけるかどうか』だと。」
「ああ。大事なコトは自分で経験するしかネェんだからな。それがどんな些細なコトであっても、聞いた話は所詮人から人に語られるだけ。自分の血となり肉となるワケじゃあないからナ。」
「……」
「経験した上で、認めなきゃぁな。自分には何があって何が無いのか。無いものをねだったところでソレが手に入るワケじゃない。……話はそれからだろ。」
それを聞きながらステアリングを握る島。彼もまた、このインプレッサでかつて聞いていた4WDのイメージを覆されていた。
「(『4WDは曲がらない』……確かに、ポルシェと比べてしまえば幾分アンダーステア気味だが、かといって突然オーバーが出てくることもない。アクセルを踏みこめばリアが流れて、ステアリングは切った分だけ曲がっていく。……ここまでコーナーで踏んでいけるセッティングにするまで、一体彼は何をしてきたんだ?)」
《首都高速 江戸橋JCT 7号小松川線→都心環状線内回り》
「やっぱり、このポルシェはスゴいワ……。」
RRはオーバーステアが酷く、例えば路面が荒れたバンピーなテクニカルコースを走るようなクルマじゃない。ポルシェ、特にRR方式の911シリーズはコーナリングマシンではない。それは市販車のカレラやターボシリーズ、ナンバー付きGT3シリーズ等だけでなく、とある諸事情により、本来リアタイヤの車軸後方に配置されるはずのエンジンを、エンジン形式をそのままにミッドシップマウントとしたLM-GTE規格の911 RSRはともかくとして、今の911 GT3 RやPCCJに代表されるジェントルマンドライバー向けのレースに参戦するべくGT3 Rをデチューンを施したとも言える911 GT3 カップカーに繋がる国内でも活躍した歴代911のレーシングマシンに言われてきたことで、『直線番長』の名声を欲しいがままにしてきた過去もある。
しかし、この
「(アクセルを少し緩めてやればノーズがスッと内側に入る。そこからアクセルオンにしていくと次第にフロントタイヤが外に流れ出す。……ホントに軽く動く。)」
ポルシェはRR故の超強力なトラクションが売りだと、そう言われながらもコーナリングにも磨きをかけているこのブラックバード。一般的に強みとは到底言えないところを伸ばした結果だろう。
「(なら、俺のインプはどうだ……。ランエボもそうだったけど、トラクションだけで言ってしまえばこのポルシェには勝ち目は全くない。……4WDも強力なトラクションが魅力だとか言うけど、あのインプじゃあアイツのランエボとブラックバードを並べたら間違いなくビリだよな。悔しいけど。)」
正真正銘のモンスターマシンと化しているブラックバードのポルシェ964型911。そして本来の今回の
「じゃあ、
トラクションでもなく、はたまた更なるパワーでもない。とすると、他に伸び代があるとするなら「止める」か「曲げる」の二択。
「(銀座エリアか……)」
「ヨッ……と。」
少々リアタイヤを暴れさせた貴章。浅くはあるが、カウンターを当てて車体を制御する。わずかにではあるが、ポルシェはこれまではなかった挙動を示した。貴章はこの小さな小さな違和感を逃しはしなかった。
「……リアの食い付きが、鈍った?」
あえてトルクバンドから外してシフトアップ。本来3速で走るところを4速に放り込む。ところがホイルスピンが止まらないということはなく、次第にグリップし始めた。
「タイヤじゃあない……何だコレ。」
リアタイヤのブレイクから加速体勢に入るまでのほんの一瞬の出来事。トラクションをかけ損ねたのだ。
「(リア回りに何かあるとしたら、タイヤかサスペンション……。けどこれまでどっちも特に問題は無かった。だとしたら……。)」
貴章はバックミラーに映る
「……ソレなら、もう少し上に行けるか?」
《2週間後 都内某所 富永スピード》
「7000回転で480馬力、だが5000回転から6800回転で最大トルク54.2kgf……2.0Lの4気筒ターボにしては上出来だろう。」
「広いですね、トルクバンド。」
「トルクカーブのピークからの落ちもなだらかだ。これは気持ちよく回るエンジンだぜ。」
パソコンのスクリーンに写し出されたなだらかな2つの曲線をいい年した大の男二人が覗きこんでいる。パワーカーブはピークの7000回転からガクッと落ち込むが、トルクカーブに関して言えば緩やかな放物線状の曲線を描いて落ちていく。貴章が求めるようなエンジンの一例と言っても過言ではないグラフだ。
「でも、パワー出したって
とは彼ら男性二人を後ろから眺めていた真紀。彼女もインプレッサに乗ってきているので、Z4はお留守番だ。そんな彼女は、ファクトリー内のインプレッサ、その変わったところを見て疑問を抱く。
「まぁ、ストレートスピードで勝負するわけじゃあナイからさ。あくまでもっとコーナーで踏んでいけるようにしたんだよ。……ブラックバードに乗って思ったよ。今の俺じゃどうあがいてもあのランエボ以上のトラクション性能をこのインプに持たせられない。なら、その分もっとコーナーを速くクリアできればってな。」
その解答が、今度のインプレッサの変更点。見た目もインパクトも変わったが、確かな手応えもまた感じている貴章。その眼には悩みの片鱗も窺わせない程澄んでいた。
「後はエンジン慣らして、もっと足回りを鍛え上げないとな。……でも、なんとなく希望は見えた。」