今回は早く出来たかな……。
さて、3つの切り札、「なんだこんなもんか」と聞こえてきそうな気がしなくは無いですけど、そこは皆さんの広い心で受け入れていただければ(笑)。
《首都高速 9号深川線》
「ブーストタレなし、水温油温共にOK、シフト具合も……悪くない。いい調子だ、インプ。」
「……ふうん。」
横に乗る真紀からそんな言葉が漏れる。それは幾度となく貴章のインプレッサに乗り、この前のFC3Sの件では秋川レイナに自身のZ4を貸していたこともあり、かなり長い期間彼のインプレッサに乗っていた彼女だから気づいたものでもある。
「(シフトポイントがかなり遅い。とんでもなくハイギヤードのミッション組んだのね。最高速にして……だいたい300km/h少し超えるくらいかしら。4気筒のシングルターボ車じゃあ十分すぎるじゃない。)」
彼のインプレッサはGDB最終期のアプライドF型、通称鷹目インプレッサ。もう一つ後にアプライドG型ま存在するが、彼のspecC TypeRAは前者に分類される。もちろんエンジンはスバルお家芸の水平対向4気筒エンジン。ノーマルでは2.0Lのツインスクロール式のシングルターボだ。
そして彼女の指摘するトランスミッションについては、ノーマルのGDB型インプレッサの場合、約60km/hで2速に、90km/h前後で3速にそれぞれシフトチェンジするギアレシオを組むが、今回彼がチョイスしているのは80km/hでやっと2速にシフトアップするようなギア比。相当最高速に振っているようなクルマでないと採用しない、言わばドラッグレース物だとも言えなくはない。
そして隠し球のひとつ、スプリッターウイング。リアのダウンフォース向上が目的だと思っていた真紀は、これまでの直線スピードと大して変わらない速度で走るインプレッサに少々疑問を抱く。
「こうストレート上だと思ってたほど効果なかったんだけどな。それよか、こーゆーとこじゃあめっぽう速いんだって!!」
目の前の左コーナー、そこの走行車線には一般車がいる。必然的に外側の追い越し車線を抜けていくしかない訳だ。
前を先行する沙織のランサーのブレーキランプが点灯。普段よりも幾分長めのブレーキングだ。
対する貴章はブレーキングをやや遅らせてリアタイヤを外側に流し、若干のドリフトアングルに持ち込んでいく。何もこの方が速い訳では無いが、プレッシャーをかけるにはもってこいだ。
そしてコーナー出口が見えたところで、助手席に座る真紀の体に違和感とも言える程の圧迫感が加わる。
「……ッ!!」
「どーよ、すげぇ立ち上がりだろ?」
彼の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「彼女のランサーを預かる前にこのインプ弄ってた時、たまたまなんだけどブラックバートに乗る機会があってさ。やっぱしポルシェのトラクション性能って凄いんだけど、どうしても少しオーバースピードで突っ込んだとか、リアがちょっとブレイクしたとかすると若干次の加速が鈍るのヨ。……ランサーにもブラックバートにもトラクションじゃあ勝てそうになかったんだけど、アイツでボトムスピード上げてかつ滑って横向いてもちゃんとトラクションかけていける。」
ノーマルの鳥居型ウイングの場合、横方向にしか空気を割かないのに対し、スプリッターウイングの場合はそれを縦にも切り裂く。これによりただ上から押さえつけるノーマルウイングよりも更に直進安定性が増し、ドリフトアングルに入った時などにはノーマルでは出来ないほどのトラクションがかかる。
結果的にコーナーのボトムスピードが変わらずとも脱出で差をつける戦法を貴章は取ったのだ。
「C1、3速で走り切れるんじゃない?」
「ギリギリ4速に入れるかどうかってくらいかな。もっとも、こいつの本性は深川線なり台場線行かないと出てこないからなぁ。」
とうそぶく貴章。その発言は如何にもコーナリングマシンである反面、最高速をも目指したマシンなのかが垣間見える。
ところが、彼は走り始める前にこう言った。
『湾岸線に出られたら俺の負けだ。』
細かくは違うだろうが、こんな感じのニュアンスだった。真紀にはそれがイマイチよく理解できなかった。
貴章から相手のランサーの中身をある程度聞いてはいた。クランク削り出しによるストロークアップで2.2Lへの排気量増大。熱害対策でエキゾーストは上方排気。そのエキゾースト系のスペース確保のためにエンジンのドライサンプ化による結果的な重心低下。なにより元から装着されていたTO4Zタービンのリセッティング。もちろん彼のことなので足回りやボディ補強、そしてある程度の空力は調整済みだ。
文字を並べてみると非常に厄介な手を施したように思える。しかし、いくらチューンドランサーと言えど所詮は2.0L級のクルマ。日頃から3.7Lの隆介34Zや4.0Lの真紀Z4といった段違いの排気量を持つ大型エンジン車でさえ相手にしてのける貴章なら、そうそう負けるような話ではない。
「(確かに、こんなにハイギヤードなら5速と6速の伸びは悪いんでしょうけど、そこまで不利になる話じゃあないわよね。EJ20は高回転域の伸びがいいんだし。)」
3速から4速、深川線というそれなりのハイスピードコースでもインプレッサの加速は止まらない。しかし、ハイギヤードミッション搭載というのは関係なしにやはり加速力は鈍っていく。
「(次は5速、タカ曰くここからの伸びに問題ありってコトよね。)」
ファイナルギア変更済みとはいえ、やはり低速域のトルク不足をローギヤードミッションで補ってきたGDBインプレッサ。それをハイギヤードにしてトルクバンドを外せばもう絶望的。
そして4速8000回転レブリミット、貴章はステアリングを握っていた左手をシフトノブに伸ばし、H字ミッションの真ん中下の4速から右上の5速へシフトアップ…………
…………せずに、4速の右隣、6速にシフトさせた。
○●○●○●○●
「何なのよ、その加速。」
ただただ素直な感想だった。沙織の操るランサーエボⅩは6速DCT搭載車で、絶え間ない加速が持ち味。それに貴章によるパワーアップ。元より装備していたTO4Zタービンにちゃんと対応すべく、ピストンやシリンダーヘッド、エンジンブロックの強化はもちろん、クランクシャフトのバランス取りまで施されていた。
そして沙織本人もエボⅩが不在の間、何もしていなかった訳じゃあない。父からの提言もあって、よりボディサイズの大きく、重たいGTOに乗って走り込んでいた。
パワー自体はエボⅩ相当には出せているものの、タイヤは古いわ何より車重の違いがそれまでの沙織のドライブでは上手く噛み合わなかった。エボⅩと違い大排気量ツインターボ車、しかも旧来の3ペダルMT車ときた。
その合わせ込み、そして中古タイヤにヘビー級の車体が襲い掛かる。そして何より、沙織の意に反していたのは、Z15型GTOの2,470mmというショートホイールベース。この数値はかなりの短さだ。
参考までにはRB系GT-Rの中では最もホイールベースの短かった32Rでも2,610mm、割と小柄な真紀の操るE89型Z4でも2,495mm、コーナリングマシンとして名高いFD3S2型RX-7でやっと2,425mmと、その特異な短さが滲み出る。対して普段沙織が乗るランサーの方はというと、全長こそ短いものの、ホイールベースは2,650mmと、約16cm程長い。
「ホイールベースが伸びて一体感が欠ける、短い方がやっぱりいい。」
とは、当時11cmのロングホイールベース化が施された32Rから33Rへの変遷時の多くの意見だった。
クルマのバランスが全てホイールベースで決まる訳では無い。フロントオーバーハングやリアオーバーハング、全高や全長、全幅までもが絡み合ってなんぼではあるが、16cmという変化は大きかった。そしていくらリア寄りの駆動力配分とは言え、フロントヘビーなバランスに約4600mmという33R並に長い全長のボディにショートホイールベースというレイアウトのために生じた、長めのフロントオーバーハング。
長いフロントオーバーハングは、フロントセクションでのダウンフォース量の増大という、モータースポーツではコーナリングや安定性を関わる大きな大きな恩恵をもたらすが、結局それはフロント下部に流れる空気量が増えているということ。
それはスピン時やフロントのリフト時、その空気流量の多さ故にフロントが浮き上がる危険性も隣り合わせだ。それ故、モータースポーツ界ではフロントスプリッターによるオーバーハングの延長等に制限を設けていることもある。
近年の身近な代表例で言うと、2017年に改訂されたSUPERGTのGT500クラスにおけるDTMとの共通規則14規定から新17規定への規定変更だろう。前年までの長い大型フロントスプリッターから、小ぶりなスプリッターに変更させ、フロントのダウンフォース発生量を抑制し、「ちょっと危ない」とまで言わせた「世界最速のハコ」のコーナリング速度を制限している。
とにかくフロントタイヤへの入力が大きく、履いていた中古タイヤではすぐに悲鳴をあげる。
ノーマルに近い状態でも当時常勝を誇ったスカイラインGT-Rに肉薄出来ただけのポテンシャルは潜めているものの、アフターパーツの少なさ故にその武器をフルで発揮させるのは容易ではなかった。
だからこそ、沙織は無駄なタイヤへの入力を避け、場合によっては敢えてコーナーを大回りしてボトムスピードをあげる等、これまでしてこなかったコトを次から次へとトライしていた。それが幸をそうしたか、貴章の元から帰ってきたランサーに乗った途端、クルマの完成度の高さもあってこれまでとは速度レンジが一変。
しかし、それにも上手く対処出来るだけの余裕があり、なおかつ無謀に一般車を抜きにかからないでもきちんと速度を保っていられるようになっていたわけだ。
ボトムスピードが上がっているため、必然的に本来エボⅩが得意とする高回転域での軽やかな伸びが相まって、尋常ではない加速力が得られている。
確かにサーキットでこの同じライン取りで走れば思っている以上にタイムが出ない。それはここが首都高という「公道」だからだ。だが、それでも構わない。沙織自身もそれをこの1か月で理解してはいるが、それでも彼女の感覚的にこれまでのランサーのペースはこれまでと比べて遥かにいいものだった。
「アタシ、乗れてない訳ないわよね……。いつもよりエボも調子いいし、速いペースで走れてる。…………なのに…………。」
それなのにも関わらず、後ろから迫っている青い機体。何よりバックミラーに映るその姿は、沙織にプレッシャーを与えるにはもう十分だった。
「
○●○●○●○●
「嘘、シフトミスした。」
ソレはもう絶望を叩き付けられたようなものだ。先述の通り、低回転域のトルク不足が課題のGDB搭載のEJ20はトルクバンドを外せばほとんど加速できなくなる。ましてや貴章のインプレッサのように最高速を狙うクルマなら尚更。
たが、彼は5速に戻すような素振りを全く見せない。左手は既にステアリングに戻っているし、何より意外や意外、インプレッサの加速が全く途切れていない。
「なんで?シフトミスしてるのに?」
「まあ、普通に考えたらあり得ねぇよな。」
ステアリングを握る貴章の顔には悲壮感は全くなく、むしろしてやったり顔だ。そしてこれまで拮抗していたエボⅩとの距離がみるみる縮まっていく。
「なんで?……ホントになんで?」
「
これが貴章の言っていたかくし球のひとつ、4.5速の存在。あえてトップギアをひとつ下のギアに設定し、元のギアが担う速度域を使わなくなる本来のトップギアの位置に新たに設けた別のギアで分割する。もちろん最高速は期待できないが、その代わり高速域でも通常の場合と比べて鋭い加速を持ち味とする。
実際、1.6Lの4気筒の自然吸気エンジンという名機ながら非力なエンジン、4A-GをもつAE86ことハチロクでは、エンジンを5A-Gや7A-G、しまいには1.8L化した8A-Gに換装した上で5速を付け替えて3.5速扱いして4速トップとしたクロスミッションを組んでいることもある。
「湾岸線みたいなずっと最高速ってステージはホントに不向きなんだけどさ。けどやっぱりなんだかんだ言って首都高にもそれなりにストップ&ゴーなレイアウトだってあるわけよ。……その加速でチギられちゃあ話にならないもん。……それと、新エンジンとの相性もこっちの方が良い。凄い低速トルクが太くなったから。」
《その後ろ 隆介34Z》
隆介の34Zはスーパーチャージャー搭載で、ターボ車に比べてピークパワーは劣るがNAのようなフラットな特性を持つとはいえ、2.0Lのターボ車と比べてその扱いやすさやパワー感は勝るとも劣らず。元から最高速よりも中間加速を得物とする彼の34Zではあるが、新生貴章インプレッサに加速で若干遅れをとっている。
「凄いな、たった500ccの違いでここまで出るのか、それとも
彼の言う通り、沙織のエボⅩが2.2Lに排気量アップしているのに対して、今回貴章は気筒数とタービン数、ピストン配置はそのままではあっても、そもそものエンジンの型式を変えている。排気量にして500ccアップの2.5L。もちろん気筒数は4の水平対抗インタークーラー付きシングルターボエンジン。
その名は『EJ25』。
スバルのEJエンジンの代表格と言えば、言わずもがなインプレッサ
WRXに搭載されてから、現行のWRX STIに至るまで、新たなFAエンジンの登場にも押されず存在感を発揮するスポーツエンジン、EJ20。そして他にもいくつか「EJ」を名乗るエンジンは存在したものの、割と後年まで残ったもうひとつのEJエンジンが、このEJ25。主にフォレスターやレガシィなど、SUVやクロスカントリー車といった少々重たく大柄なクルマに搭載された過去を持ち、その経歴に違わぬ性能を持ち合わせる。
ただし、スポーツ仕様のEJ20が高回転型のレブリミット8000回転設定なのに対して、EJ25の方は低回転トルク重視のレブリミット6600回転。前者が“尖った”エンジンだと言うなれば、後者は“フラット”なエンジン。街乗りを重視し、ピークパワーよりも幅広いトルクバンドによる使いやすさに重きを置いた言わば「ツーリング」エンジン。
しかし、そんなEJ25にもスポーツ性能は隠されていて、実際海外でのWRX STIはEJ20搭載とは別にこちらのEJ25を載せるモデルも存在する。また国内でも5ドアハッチバックの形状を取ったGRBインプレッサでは“a-line”というモデルがこのEJ25を採用した。
「トルク不足を解消させて、そこから更に出力アップ……普通じゃ考えられないですよ。」
隆介の呟くとおり、EJ25もEJ20同様エンジンブロックはオールアルミ製。高いブースト圧には弱く、いくらチューンしてもせいぜい450馬力が良いところ。それならば、あえてスポーツ性能では若干劣るEJ25を貴章が取る必要はないし、そもそも貴章が欲しがるようなものでもない。
しかし、貴章がどうしてもこのエンジンを欲しがったのにはひとつ理由があった。
端的に言ってしまえば、このEJ25エンジンは『極上モノ』なのだ。
「だって、普通じゃ出回らないし、モータースポーツ好きなひとでもF1もそこそこ見てる……みたいなんじゃないと知らないしな。」
貴章が言う通り、フォーミュラーカー、特に旧規定の頃やいわゆるF1全盛期辺りの頃を知らない、ましてや「トヨタと今のホンダが参戦してる時しか見てない」という人ならばその存在を知る者は少ない。
「でも、ソレなら俺だって欲しくなりますよ。……だってコンプリートエンジンでしょう。……
だって、何ていったって『EJ25