えー、初めに謝っておきます。ほぼ進展ない気がしてます。すみませんm(_ _)m。
《首都高速 都心環状線 内回り 》
夜中の首都高速、そこを走る2台のセダンベース4WDマシンが騒音以外何物でもない爆音を撒き散らしながら疾走する。
特に後ろから追いかける青い機体。ブーストのかかるはずのない区間でもまるで銃撃戦の如くマフラーから火を吹き上げる。
「タカ、何だかインプレッサうるさくない?」
「そりゃそーだろうな。アンチラグ制御入れてんだからさ。」
あくまで今回のEJ25への換装は、排気量拡大と余裕を持たせたトルクによるドライバビリティの向上だ。しかし、シングルターボ車という特性上、いくらビッグタービンを組んではいないとはいえ、やはりターボラグは健在。
新しいエンジンのEJ25はEJ20に比べて低回転からパーシャルまでのトルクが圧倒的に太い。そのお陰でトリム径を拡大し、できるだけ燃費を稼ぐ為にもターボの回転を落としつつ、空気の量を増やしている。
ターボ過給直噴エンジンの特徴として、いわゆる理論空燃比以下での希薄燃焼、通称リーンバーンが特徴なのだが、その混合気をより希薄にして燃焼させれば、ターボの回転数を落とすことなく運用出来る。
それをトルクの細いEJ20ではレスポンス改善のために、ターボチャージャーのトリムを小さくして空気量を減らしていたところを、後継のEJ25では先述のとおり、特に低回転からパーシャルまでの増大したトルクにより、本来着ける予定だった大径トリムに拡大して、ターボ回転数を落としながらも空気流量は増やしている。
そして何より、これまでと打って変わったのは新たに導入したアンチラグシステム。とにかくパワーを求めるならば特に必要な物でも無いが、貴章の場合は別だ。彼はなにぶんピークパワーよりもドライバビリティに重きを置く。全開時のピークパワーよりもスロットルペダルの要求に対して、トルクをリニアに、かつスムーズに出す方向性だ。
「前のエンジンの方が、高回転の伸びは良かったと思う。……けど、隆介に1回C1測らせたんだけどさ、今のエンジンの方がだいぶ速いんだヨ。」
首都高はサーキットではない。その一般車を縫うように走るが故に、走っている最中でも思わぬ回転域に入ってしまうことだってある。
「……例えば、こーゆー時もさ。」
貴章が言うのは、目の前の並んだ一般車。追い抜き車線にいるクルマも決して速いペースではなく、並走してしまっている。
前を走る沙織ランサーがブレーキランプを点灯させて減速。煽りを入れない辺り、以前とは違う走り方そのものだと言えよう。
そして追走の貴章インプ。これまではEJ20のトルク特性から敢えて1つ低いギアに落として、燃費の悪い高回転高負荷域を使わないと、立ち上がりで差を付けられかねないという状況だ。
ところが、今は打って変わって2速のまま。エンジンの回転数で言えば凡そ3500回転を切っている。前を走るランサー以上に回転数を落とせているのか、インプレッサのエキゾーストノートだけではなくランエボの排気音までしっかり聞こえてくる。
「負荷のかかる高回転域を多用しなくても、低回転からトルクあるからギアそのままでダッシュ出来るのヨ。……まあ、これでもアンチラグでブースト少しかかってるから燃費はプラマイゼロなんだけどさ。」
助手席に座る真紀も、そのリニアなトルク特性を感じていた。彼女自身、愛車のBMW Z4は通常3.0Lのターボエンジンだが、それを換装して4.0LのV8NAエンジンを積んでいるため、このような素直なエンジン特性には馴染み深いのだ。
「ターボラグ、全然なさそうよね。」
「結構セット出すのにかかったんだぜ。いくらトルク増えたって言っても所詮は2.5Lターボなんだもんな。結局は富永サン頼みになっちゃったけどさ。」
これまで、貴章インプレッサ、真紀Z4、隆介34Zの三車を比較した時、間違いなくエンジンの特性に難ありだったのは貴章インプだった。それぞれのパワーユニットはシングルターボ、自然吸気、そしてスーパーチャージド。過給方式は三者三様だが、その中でも最も癖があったのだ。
もちろん、単なるドッカンターボだった訳では無い。それなりにレスポンスは良かったのだが、やはりターボの効き始めがあからさまに分かってしまうのだった。
EJ20と新たに貴章インプのノーズに納まるEJ25のターボ、これらはシングルターボという所では同じではあるが、違いはもちろんあった。前者が、『ツインスクロール式シングルターボ』、後者が『シングルスクロール式シングルターボ』である点だ。某走り屋漫画に、『シングルターボ』と『ツインターボ』の違いのあるFD3S型RX-7の差異について書かれていたことがあるが、それとはまた別件だ。
どちらもタービンが1つという点では共通。しかし、異なるのはエンジン本体から吐き出された排ガスがタービンに入るまでの経路だ。
EJ20のツインスクロール式ターボは、『ツイン』の名が示す通り、エンジンからの排気の際、各シリンダーからの排気タイミングの差で起こる排気干渉を低減させ、低回転のレスポンスを向上させる為に、エキゾーストマニホールドからタービンハウジングの排ガス経路を二つに分ける。これにより他気筒からの排気干渉を抑えることを狙う。
これはスバルのEJエンジンだけでなく、三菱ランサーエボリューションにも採用されてきた形式で、低回転用のプライマリータービンと高回転用のセカンダリータービンの2機を用いるシーケンシャルツインターボとは違うアプローチでターボ車独特の低回転のトルク不足に対応してきた訳だ。
そして、この国産車のツインスクロール式ターボ導入の火付け役は、マツダFC3S型RX-7の13B-T。最近の新型エンジンとしては2014年にトヨタの久々のターボエンジンとして、レクサスNX200tに初搭載され、今ではRXやRC、IS、そしてトヨタ車でもクラウンとハリヤーに搭載される2.0Lダウンサイジングターボエンジンの8AR-FTS。他にも第三世代以降の三菱ランサー、そして現行VAB型WRX STI。スポーツ向けエンジンだけでなく、流行りのダウンサイジングターボにも採用されている。
対する今回インプレッサに載せたEJ25エンジンは、そのような機構を持たないオーソドックスなシングルスクロール式ターボ。元からの低回転域のトルクがあるとはいえ、ターボラグはしっかりと健在。トルク感はあってもレスポンスとあらばまあ褒められたものではなかった。そこはいくらコスワース製のコンプリートエンジンとは言えど、エンジン本体に手を入れられたタマであり、ターボ関係に関してはリファイン程度のものだ。そのため、シングルスクロール式シングルターボの形式をそのまま踏襲しており、貴章の理想とは言ってしまえば真逆の形だった。
そこで貴章が目を付けたのが、アンチラグ制御システムだった。
「そう言えば、だいぶアイドリング回転数高くなかった?」
真紀が指摘したのは先の大井PAでのこと。いくらチューンドカーとはいえ、アイドリングは800回転から1000回転の中に収められる。ところがこのインプレッサは、アイドリングが安定しないのか、一般車とは異なるアイドリングサウンドだった。時に強くなったり弱くなったり。そして回転数も1800回転と、かなり高めに設定されていた。
「あ、やっぱし気づいた?」
「あれだけアイドリング大きければ分かるでしょ。」
「アンチラグ制御だよ。アクセルペダルは踏んでなくても、スロットルだけは全閉になってない。むしろ少し開いてる位だ。」
アンチラグシステム、スバルでの呼称は良く知られるミスファイヤリングシステムの名で呼ばれる。三菱ランサーで採用された二次エア供給システム通称PCCSも、違いはあるとはいえ目指すところは同じものだと言えるだろう。
「アンチラグって、ミスファイヤリングシステムでしょ?アフターファイヤなんか見なかったわよ。」
「真紀、誤解してるかもしんないけど、アンチラグシステムって火ィ吹くうちは不完全燃焼の
アンチラグシステム自体、アクセルオフの時に僅かながらも約一気筒分のみ燃料をエンジンに供給し、他のシリンダーでは点火させず
貴章のインプレッサでよく分かるのは、アクセルオフ時の「ボコボコ」音だ。この時にアンチラグ制御が作動しているわけだ。要する……
「フューエルカット……してないの?」
「……ハイ。」
「……『ロータリーターボは燃料垂れ流しだから燃費悪いアタシだとガス欠で止まりそう』とか言ってたの何処の何奴よ。」
「なッ、おまッ、お前ソレ誰から聞いた!?」
「知ーらないッ」
「よっしゃァ隆介、覚えてやがれ……。」
後ろについていた黒い34Zをミラー越しに覗き見る……つもりが、そこには誰一人追走者がいなかった。とてつもないスピードで消えていく一般車のヘッドライトだけが映っていた。
《同時刻 汐留ランプ付近 GS》
「…………」
ただただ恥ずかしい、それだけが隆介の頭の中を堂々巡りしていた。そして先日ついうっかり真紀の前で口を滑らせたコトに起因する、これから先起こるであろう恐怖に頭を抱えていた。
「……まさか自分がやるとは思ってなかったって……ガス欠で戦線離脱。」
いゃぁそもそも前線に立ってた訳じゃないけど、というなんの慰めにもならない言い訳が零れる。
普段頼もしいコトこの上ない彼の漆黒の34Z nismoも今回ばかりは「知らんわ」と突き放すが如く、沈黙を貫いていた。
《首都高速都心環状線 内回り 》
ひしひしと感じる、とてつもない気迫。首都高を走るようになってまだ間もない沙織ではあるが、これまでの競走相手とは格が違う、それが今の
彼女のランサーを組み上げた辺り、走りよりはどちらかと言えばメカニックの方面に寄った人だと思い込んでいたものの、やはり最初に走った時の通り、走ってもちゃんと速い。
「……けど、アタシだって、そっちの走りには少しは理解ができるようになってるのよ。」
彼女のその自信、実は些細なことではありながらも、貴章インプレッサの動き方を多少は予測できるようになっていた点では大きなメリットだった。
電子制御で挙動をコントロールするランサーエボリューションに対して、インプレッサは電子制御はありながらもどちらかと言えばアナログ寄りなメカニズムを取る。故にコーナリング時でも、基本的にカウンターを当てない真紀ランサーと、弱オーバーに持ち込んでカウンターを当てることがある貴章インプという違いがある。
ただし、真紀のランサーⅩではなく、彼女の父親のランサーⅤでは話は別だった。
GTOだけでなくエボⅤにも乗って練習していた真紀。その真価は、
「できる限り電子制御システムに頼らないドライビングの練習」だった。
ちょうどインプレッサの歴史上五本の指に入る名車、22B STiバージョンが生産された1998年に、初の3ナンバーのランエボとして産声をあげたのが、ランサーエボリューションⅤだった。
そのエボⅤには、2種類のグレードが設定され、上級志向で内外装共に充実したGSRグレードと、競技ベースのRSモデルだ。
前者は、電子制御のAYCを標準装備しているが、後者はそうではなく、AYCがオプション設定すらされないという。ただし、GSRよりも薄いボディ外板のお陰でおよそ100kgの軽量化に成功。当時のインプレッサはGC8のバージョン5。ソレとほぼ同じ車重までダイエットできたグレードが、RSモデルだった。
真紀の父親が所有しているエボⅤは、このRSモデルにあたり、AYCに頼らないスポーツセダン4WDの走り方を磨くにはもってこいだったのだ。
インプレッサとは基本的な構造が違う故に、全く同一という訳にはいかないものの、彼女自身のエボⅩGSRよりもインプレッサよりのクルマ。それに乗ることで彼女が得られたのは、意外や意外、インプレッサの動き方への予測だった。
例えばこの神田橋周辺のバンク付きの連続コーナー、AYC付きランサーならば、リアが流れにくいために、初めに少し減速してやれればあとは割とスムーズにクリアできるものの、貴章の場合はそうはならない。リアを流し過ぎないようにアクセル開度を調節した上で、ほぼゼロカウンターでクリアする。恐らくインプレッサの方はランサー以上に減速しない分、ここの連続コーナーでは距離を縮められる。それが分かっているのといないのとでは、実際に後ろに見えるインプレッサの姿の変化に対するショックも桁違い。
「やっぱり、ああゆう高速セクションは特筆して速いわよね。」
このご時世、彼のような旧式インプレッサで首都高を走る者はもう数える程しかいない。それ故に、インプレッサに対するアプローチの仕方を知らないなりにも、それに近しいエボ5RSで身につけたモノは、彼女のモチベーションを上げるには充分だった。
「……浜崎橋から羽田線に、横羽線から大黒経由の湾岸線東向き……これからの超高速セッションなら、アタシのエボの方が速い。……いける、ちぎれる!!」
《同時刻 千葉県木更津市 片桐モータース》
「で、お前んとこの嬢ちゃんのエボはバケモンになって帰ってきたと。」
「ああ、正直彼にとっては敵に塩を送るようなものだろ。よくここまでちゃんと組み上げてくれたもんだよ。」
ガレージ奥の少々薄汚い事務室でタバコを咥える色黒の巨漢、片桐義人と話を弾ませているのは、吉川雄三。他でもない、今首都高で走っている吉川沙織の父親その人だ。
「で、あのボウズと今頃走り回ってるわけだ。」
「だろうね。家を出る前にいつも以上に念入りにチェックしてたから、たぶん今夜なんじゃないかな。」
「…………お前はどう見る?」
相変わらずド直球の質問にたじろかないあたりは、流石昔からの馴染み。雄三氏は少しタメを作った後、贔屓する訳じゃないけど、と前置きして話し始める。
「彼には申し訳ないが、沙織の方にかなり分がある。元々使いこなせていなかったTO4Zタービンに、彼が更に手を入れてバランスが良くなってる。正直まだ詰が甘い所はあるにはあるけど、あんな若い子がここまでやるかって思ったね。……だから敢えて言うんだけど、あのランサーを預けていた間に沙織が走り込んだ距離は凄いことになってる。しかも彼のインプレッサよりも新しいランサー。それに高速域も得意とくれば、彼には手出しできるもんじゃないだろうね。経験値が違うよ。」
「…………経験値ねぇ。」
そう呟いた片桐は、灰皿にタバコを押し付ける。そして立ち上がった彼は、事務机の引き出しに、どうもしっかり保管されているのであろうある鍵を取り出した。
「……ちょっと裏来いよ。お前にいいモン見せてやる。」
事務室を出て、彼の本来の仕事場の裏にある秘密基地が如くメンテナンスガレージ。そこには彼の愛機である2台のロータリーマシンが息を潜めていた。しかし片桐はその2台に目もくれずにまだ奥へ進んでいく。
そしてその更に奥、ガレージの1番奥にひっそりと、しかし確かな存在感を見せる純白のボディ。そのクルマに、片桐は火を入れた。
甲高い独特のロータリーサウンド。それは片桐が組んだのであろう1台であることは確かだが、雄三氏にはこのクルマの鍵だけが特別扱いされる理由が分からなかった。
「見てわかんねぇか?」
「……いや、サバンナRX-7だろ?…………また組み上げたのかい?」
「こいつ、どう思うよ?」
「…………」
片桐が何を言いたいのか全く検討つかない雄三氏。とりあえず、彼の思った所を包み隠さず話してみた。
「どうもなにも、キミが組んだRX-7だろう?やっぱりシャンとしてるし、いかにも現役って感じだ。」
「……まぁ、エンジンに限れば俺が組み上げたな。」
「……?」
「このFC、お前の嬢ちゃんのランサーを組み立てたあのボウズが実走してセッティング出した。というか、エンジン以外はほとんどアイツがやりやがった。…………これ以外にも、言ったと思うがZ4、34Z、メンテナンスだけならC3コルベットも見てやがる。…………お前は経験値が少ないとは言うけどな、俺はこう言わせてもらおうか…………
『チーニングカー』に対する経験値なら、あのボウズは絶対に負けねぇ。その辺のノウハウ、それに『造り手』としてしか分からないモノだってアイツの武器だ。いくら嬢ちゃんのランサーがスゴくったって、そこの壁は越えらんねぇさ。…………絶対にボウズの方が速いとは言わねぇ。けどアイツの