コロナ渦中、世の中大変なことになってますよね……。
それでもあの渦中に飛び込んでいかなきゃいけない方もおられるんでしょうね……。
僕らには僕らなりのできること、そこから始めないとしょうがないんでしょうね……。
なんてしみったれたのはさておいて、今宵もしばしお付き合いくださいw
《千葉県船橋市 セカンドガレージ》
「アレ、新庄サン?」
「……インプレッサは置いてあるから……出てるって訳じゃ無さそうだけど。」
真昼間の34Zのテストドライブから帰還した沙織と隆介。スーパーチャージャーからシングルターボに過給器換装したものの、特にラグを感じる訳でもなく上手いことまとめあげて来た2人。ここから少しずつ過給圧を上げていきながら、燃調マップなどのセッティング作業に入る。
隆介の34Zをメンテナンスしているのは貴章の職場兼ガレージ。そこでは普段彼のインプレッサが停められて、ジャッキアップされた別のクルマの下に潜っていたりエンジンルームを弄っているのが日常茶飯事だ。最近だと、沙織のランサーがその対象になっている事が多い。ところが、今に至ってはインプレッサもランサーも置いてある、しかもエンジンフードもきっちり閉められていてアイドリングすらしていない。軽く2時間弱流してきた沙織と隆介だが、その間このクルマを弄っては居ないのであろう、工具も散らばっておらず、暖機した気配もない。
「とりあえず、僕は帰るよ。セッティング、またよろしく。」
「はい。よろしくお願いします。…………さて、と。」
一応は職員としてここに居座る沙織。隆介が帰路に着いた後、事務作業用の彼のデスクに近寄ると、普段見ることの無い青いファイルがドカりと放り去られていた。
「……ファイル管理はいいけど、元戻しなさい……よ……」
その中身は単なる発注書でもなく、領収書でもなく、契約書でもなかった。とある雑誌の切り抜き。恐らく貴章の趣味か何かだろうと判断すると、1ページずつめくって目を通す沙織。
すると、パッと見では他の記事と大差ないある1ページの切り抜きに目がとまる、いや、目を奪われた。
そこに写っていたのは、白黒故に黒く見えてしまう1台のクルマ。ド派手なエアロこそないが為に、ただ単純見た目のインパクトは少ない。だが、無性にこのクルマに惹かれてしまう沙織。そして、記事文中のとある人物名に、目を疑った。
『北見淳』
「……北見……」
「気になるか?」
「うわわわわッ!?」
耳元後方斜め上から落ちてくる低い声。それこそ、探していた当人、新庄貴章その人だった。彼は沙織が見ている物が彼のスクラップ記事だと言うことを知った上で、そして何を見ていたのか知った上で声をかけたのだろうか、「お見通しだ」と言わんばかりの表情を向けてくる。
「……この、北見淳って、時々ココに顔見せに来る……」
「そーそ。銀髪のいい歳したオッチャンだよ。……『生涯現役』って言葉が似合う人って、ああゆう人なんだろうなって感じの。」
「……青いS30フェアレディZ……『悪魔のZ』……」
「L28改3.1Lツインターボ。実馬力600、トルク80kgf超のモンスター級FR。……言っちゃアレかもしれないけど、古風な構造なのに、それでいて大パワーFRときた。今どき、500馬力600馬力超えるハイパフォーマンス車ってそれなりには増えちゃいるけど、電子制御もないヤツなんてもう居ないだろうな、こうゆうクルマしか。」
「……この前白い33Rと走っていった……」
沈黙は肯定。沙織のランサーが壊れたあの日あの夜、彼らの脇を走り抜けて行った2台のクルマ。白の33Rと青のS30Z。彼らから流れ出る雰囲気はただ者では無いことは分かる。……分かるのだが。
「……なんて言うのかな、無性に惹かれてる。」
あの独特の空気感。ピリッと張り詰めるような緊張感とも、押しばっかりが強いギラついた下品な雰囲気でもない。それなのに、わかる人―――少なくても、同じような世界観の持ち主―――ならば感じ取れるであろうあの存在感。単なる“機械”ではなく、“生きている”と言わんばかりのその在り方。
「……早く直さないとな、ランサー。」
「……ねぇ、1つ聞いていい?」
それは先の34Zの車中でも思ったこと。ただ、そこから更に疑問は膨らんでいた。
「この切り抜き見てると、4WDマシンのチューンドってそこまで多い訳じゃないわよね。……ラリーとかジムカーナならともかく、首都高にサーキットってなると、やっぱりFRが大多数じゃない。」
「……何が言いたい?」
その言葉は決して訝しんでいる訳でもなく、困惑を含んでいる訳でもない。いつもの彼のペースだ。だが、沙織の次の言葉に、彼は一瞬表情を曇らせた。
「……アナタ、自分のクルマでFRはやらないの?」
「…………」
長い沈黙。言うか言うまいか、彼なりに悩んでいるのだろうか、なかなか次の言葉が出てこない。
「……まぁいいわよ。無理に聞こうとは思わないし。でも、そろそろ新しいコト始めてみたっていいんじゃない?」
「…………わーってるヨ。」
ややぶっきらぼうに事務室を後にする貴章。残された沙織は続けてスクラップをめくっていく。
「“FLATレーシングR33スカイラインGT-R”、これこの前の33Rかな。……“RGOワークスRX-7(FD3S)”……へぇ、事故車でもここまで走れるものなのネ……うっそ、元は自称(?)ワークスで知り合いに勝手に自作ステッカーはられたクルマって……」
今なお耳にする名だたる名将チューナー達と、彼らが手塩にかけて育てた愛機。それはプロとしての看板であり、そしてプライド。彼らのこだわりをどれほど詰めこんだのかは、古い雑誌故に黄ばんでいる紙面からもよく分かる。
そして記事はどんどん最近のものに。工藤CRSも名乗りを上げた後、次第にスクラップの量が減っていく。時代の流れなのだろうか、チューンドマシンの記事が載りにくくなっているのか、最後の記事からもう数年の歳月が経とうといしてた。
「……なんだかんだ、この業界も大変なのよね…………?」
沙織が目をとめたのは、クリアファイルの最後のページに、孤立して切り抜かれていた記事。そこに写るクルマに沙織は反応した。
「……BMW……」
記事自体も割と最近。2006年まで生産されたモデルだ。
「……M3喰らうE46 330i……」
BMW、FR方式。これに似たクルマに乗っている人物を、沙織はよく知っている。つい先日、その洗練を受けたばかりだ。
「……真紀サンと同じ……MシリーズじゃないBMW……。」
真紀のE89Z4は、敢えてエンジンを換装してまで非Mで通している。確かに、コンバーチブルタイプだと車体剛性の確保の上で重要なルーフが着脱式になるため、完全に接合されている訳では無い。故に、ボディ剛性を確保しようとすれば、必然的に骨格―――シャシー―――を図太くして対処する。これはZ4に限った話ではなく、例えば同じ車名でセダンとコンバーチブルを展開したレクサスのIS、これでもその手法が取られた。そのため、真紀のZ4の場合、ルーフを溶接して結合させたため、ノーマルZ4以上の剛性はある。
しかし、圧倒的にコストが違う。このE46にしてもそうだ。ハイパフォーマンスモデルのM3をベースにすればもっと楽に……少なくてもここまでのコスト内でコトが収まる。それを敢えて3シリーズ、しかもセダンの330iで。
「……なんで……同じなの……」
すぐさまスマホを取り出す沙織。もちろん、その連絡先は決まっている。
「あ、真紀サン?すみません、いきなり。あの、アナタのZ4貸してください。」
些細な事なのかもしれない。ただ、沙織には偶然とは思えなかったのだ。その切り抜きに写っていたBMW―――E46―――が、“京都”ナンバーだったことに。
《同日夜》
夜な夜なガレージに篭っているのは他でもない、ここのガレージオーナーの新庄貴章。いきなり置き手紙で「私用で2、3日離れます」とどこかへ行ってしまった沙織がいない、久しぶりの1人のガレージだ。
沙織もまだ知らないこのGRスープラ。フロントのリップスポイラーから、それなりにもディフューザーも装備し、小降りなスワンネック式リアウイングの足場も、トランク上に鎮座している。
エンジンの慣らしを終えて、1度全バラした直後。まだまだデータ取りに勤しむ貴章。静かな夜のガレージに、乾いた6気筒ターボのアイドリングが―――貴章にとっては―――心地よく響く。
それ故だろう、貴章は自身を覗き込んでいるもう1人の存在に全く気がついていなかった。
「夜な夜なガレージの鍵も閉めないで作業たぁ、不用心なモンだよなァ……」
「のわわァァァッ!!……って、なんだ北見サンですか……」
「……どうしたコレ、スープラじゃねぇか。」
買ったんですよ、初めてのデモカーってとこですかね、と漏らす貴章。
「正直、やっぱエンジンはBMWですよね、当たり前ですけど。」
「そんなに良いのか?」
「良いというか、僕は好きですよ、この感じ。」
現行のA90スープラ、貴章の購入したのは言わずもがな6気筒モデルの“RZ”。しかし、BMWのZ4とプラットフォームを共有しているだけあり、そこかしろにBMW色が残る。トヨタの味付けではあるが、別メーカーの息がかかってはスープラじゃないと、一部では否定的な声も上がっている。
「80スープラじゃダメだったのか?」
「駄目って訳じゃあないですけど、それこそたくさんおられますし、80は。……たぶん、僕もどっちかと言うとこっちのエンジンの方が少しは通じるかなと。」
「……お前、80と走ったことは?」
「……残念ながら、まだないんですよね。見かけたことならありますけど、ツルんで走ったことはまだ……。」
それを聞いて少し考え込む北見。そして、いきなりこんなことを言い出した。
「……時間あるダロ?ちょっと環状線に出る。……スープラってもんを見てみろヨ。」
《首都高速環状線内回り 銀座エリア》
首都高速の銀座エリア。うねる路面に右に左に繰り返すコーナー。突如出てくる橋脚。およそ高速道路とは言い難い様相のそこは、首都高ランナーにとっては難所のひとつでもあり、また腕の見せ所のひとつでもあった。
そこを走るシルバーのクルマ。小降りなダックテールのスポイラーを着け、軽快に走り回る。
相澤圭一郎、環状線限定ではあるが、速さを見せるドライバー。諸事情により、400馬力というチューンドスープラとしてはやや控えめなエンジンを積むが、それを遺憾無く発揮し切れる環状線では今でもトップクラスの走り屋と言える。例えその身が1度歪み切ってしまっていても、彼はこのクルマのまま走り続けることを選んだ。
「…………」
バックミラーを仕切りに気にするケイ。一度“彼ら”と走ったコトがあるからか、この手の感覚には秀でている。
「……どうするかな、調子悪いんだよナァ。」
後ろから追いつかれるのか、それとも追いつくのか、はたまたどこかの合流でエンカウントするのか。それは誰にも分からない。
《同時刻、首都高速7号小松川線》
夜の小松川線を疾走する1台の白い機影。17年ぶりに再び動き出したスープラ。伝統に乗っ取り、トップグレードの“RZ”に採用されたのは6発エンジン、それも「シルキーシックス」の異名を持つ直6エンジンを持つBMW製。もっぱらマフラー、エキゾーストマニホールド、触媒、エアクリーナー、CPUの換装だけで、出力自体もまだ400馬力を切っている。それでも直6特有のエンジンフィールは健在で、ターボ車らしく力強く地面を蹴り飛ばす。
「少し前の話なんだが、一時首都高にバカっぱやの銀色のスープラがいたのよ。それこそ当時の最高のチューナー達が仕上げたモンスタースープラ。嘘偽りナシの800馬力スープラだったヨ。」
「……それ、過去形なんですか?」
A90スープラのデータ取り、それに北見が便乗している格好だが、そこで北見は独り言だが、と前置きして話し始めた。
「まァスープラは再起不能までにズタズタになったナ。」
「……その人、今は?」
「……半分のパワーまでは耐えれるように修理したスープラに乗っている。環状線なら、ソコソコ速いゾ。」
なぜだろう、貴章には無性にその銀色のスープラに出くわしそうな予感がしていた。特に北見が絡むとその確率は高い……とは彼の持論だ。ブラックバードとてそれは例外ではなかったのだから。
「…………お前、どこまでいくつもりだ?」
「……?」
「……チューニングカーとなると、世の中じゃあドレスアップ。外ヅラ変えて磨けばそれで充分。それもいいサ。間違っちゃあいない。……だが、お前はそれでいいのか?それで満足できるのか?」
「……目標があるんです。いつか、
「あのクルマ?お前もアイツに魅力されたか?」
そのクルマを造った当の本人は「やっぱりな」という表情。
「ええ。でも、当たらずも遠からず、って言いますか。確かにあのS30Zも、ブラックバードの964ターボも入ってます。ですけど、もう1台、どうしても追いかけたいクルマがあったんですよ。」
「……ほう?……車種は?」
「……BMWですよ。…………このまま環状線で?」
「……ああ、外回りでもゆっくり流していけ。走りの邪魔はしねぇヨ。」
そりゃどうも、と、江戸橋JCTで貴章が選んだのは、北見の言葉とは反する、都心環状線内回り。外回り程速度が乗らないというC1内回り。貴章は敢えてか、そちらをチョイスした。
「……内回りか?」
「……ええ、ホント、何となくなんですけど。なんか
ちょくちょくGRスープラ見かけるようになりましたね。