島「……来ましたね、彼ら。」
北見「ほう……結構いい音してるじゃないか。」
貴章「あっ! あのポルシェターボ!! 」
真紀「いたわね……やっぱりヤバそうなオーラが漂ってる。」
隆介「工藤さん、とっくに行っちゃいましたけど、大丈夫ですかね?」
真紀「きっと大丈夫でしょ。あの人、走り出したら独りの世界にどっぷり入り浸っちゃう感じの人だから。」
貴章「ハハハハ……いいのかな……」
善かれ悪かれ、真紀のざっくばらんとした性格は、時に貴章たちが驚くほどの解答にたどり着くことがある。昔からずっと一緒にいた貴章なら、もう慣れてはいるものの、まだ俺ほどの付き合いのない隆介にとっては、その解答は文字通り開いた口がふさがらない状況に追い込まれる。
さっきの激っ速の黒いポルシェターボの2つ隣のスペースに、貴章インプレッサ、真紀Z4、隆介34Zの順で駐車していく。
インプレッサから降りた貴章と、ポルシェターボのドライバーであろう男の目線が合う。
貴章「速いですね。全くついていけませんでした。」
島「そっちも、なかなか速かったですよ。」
北見「もっとも、こいつに勝てるだけのマシンが少ないのは事実だがな。」
ポルシェのリアに搭載されているエンジンを見ていたのであろう、白い汚れたツナギの中年男が口を挟む。左目の傷跡が、ある種のものものしさを醸し出している。
北見「湾岸をインプレッサで走っているのか?」
貴章「ええ。まあ湾岸というよりも、首都高全体走りますけどね。湾岸とか横羽は苦手ですよ。このZ4にもついていけないですし……」
北見「へぇー……ちょっとエンジン見せてもらってもいいか?」
貴章「ええ、どうぞ。」
跳ね上げたクーリングダクト付きのボンネットを持ち上げると、スバルお家芸の水平対抗4気筒シングルターボエンジンが顔をだす。
中年男とポルシェのドライバーが揃ってインプレッサのエンジンルームを覗き込む。中年男の方が低く唸る声が聞こえる。
北見「すごいきれいに仕上げてあるな。」
島「そうですね……失礼ですが、これはどちらで?」
このセッティングは誰が施したのかという意味だと解釈した貴章は、どこのショップにも預けていない、自分で仕上げた旨を伝えると、中年男とポルシェのドライバーは一瞬、目を見開いた。
北見「これを1人で仕上げたってか。」
島「ちなみに、このブリスターフェンダーなんかは……」
貴章「それも自作です。ロールゲージも、フロントスプリッター、リアディフューザー、フラットフロアも自作です。あとは排気系も、ワンオフ手曲げのチタン製入れてます。これは向こうの34Zの隆介と組み上げました。」
北見「聞けば聞くほどすごい手が込んでるな。」
島「ですね。正直、びっくりですよ。」
北見「ちなみに、エンジンはどういう仕様だ?」
貴章「排気量は2.0Lのまま、吸気と排気、コンピューターなんかは全部交換済み。ターボもシングル係数1.4のいたって普通のものですね。もちろん、エンジンバランス取りとオーバーホールの繰り返しですけど。」
島「つくづく、エイジさんそっくりですね。……僕の以前の知り合いにも、あなたのようなセッティングをする人がいたんです。ランエボに乗ってましたね。」
そんなこんなで、結局ポルシェのエンジンも見せてもらったが、これは1度常識の枠を離れないとおおよそ信じられない仕様のエンジンだ。軽く800馬力のそのエンジンは、言わば宝石のようなものだ。
貴章「800馬力のリアエンジンポルシェを……」
真紀「300km/hのもとでコントロールするって……」
隆介「……俺、夢でも見てるんですかね?」
ただでさえナーバスといわれるリアエンジンリアドライブ、通称RR方式。それをあそこまで華麗に乗りこなすこの男の底が知れない。
しかし、変なところは全くなく、むしろ低姿勢の男だ。悪い印象はこれっぽっちも抱かなかった。
ちょうど、真紀のZ4の異常な改造具合についてダベっていたところ、大黒パーキングに、爆音が響いた。それは貴章たちとは違い、ひたすら音の大きさを追い求めた、貴章曰く「音だけ」マフラーのクルマのものだ。
ランボルギーニ、フェラーリ、マクラーレン、現行ポルシェ……ざっと10台ちょっと。音だけならまだしも、パーキングの駐車スペースに無秩序に止めていく。白線跨ぎ、高回転のアイドリング、無駄な空ぶかし……すると隆介が貴章の肩をつついて、ぼそりと呟いてきた。
隆介「連中ですよ。ここ最近首都高で好き勝手暴れてるスーパーカー軍団。電話で聞いてたのもあいつらのことです。」
貴章「へぇ、そんなのがいるわけだ。」
真紀「うわっ、感じ悪ぅ~。」
貴章「ド派手なレーシングカーみたいなZ4に乗ってる真紀は人のこと言えるのかよ……」
真紀「ひどいよタカ~。わたしあそこまでヤバくないもん!」
北見「ククク……」
俺たちのクルマを取り囲んで、なにやら話し出すヤンキー連中。ルックスからしても、かなり印象が悪い。それこそポルシェのドライバーとは180度真逆と言えた。
ヤンキー1「おいおい、今頃インプレッサなんか乗ってやんの……」
ヤンキー2「あれじゃね? WRCに憧れてインプレッサ乗ってみました!的な。」
ヤンキー3「うっへぇー、今時そんなやついんのかよ?気持ちワリー!」
ヤンキー4「そっちのポルシェも、ボロじゃねぇか。亀は亀らしく路線バスの後ろでもノロノロ走ってろっての!! 」
真紀「感じ悪!」
貴章「ほっとけ。」
島「……」
ヤンキー1「あれ? あんたら、このクルマのドライバー君かい?」
島「だったらどうしろと?」
ヤンキー2「いやいや、何もしませんよぉ。ドンガメには興味ねぇからなぁ!」
ヤンキー3「そうそう、首都高走るなら、本物の最高速車種に乗らねぇと。そうしねぇと、ほら、俺らも迷惑しちゃうからさぁ!」
貴章「なら、あんたらよりも俺たちの方が速ければ文句はないよな?」
真紀「ちょっとタカ!?」
貴章「インプレッサが首都高でスーパーカーよりも速かったら、あんたらのメンツ丸潰れだろうな。」
ヤンキー1「ああっ? やんのかテメェ!? 」
ヤンキー2「インプレッサごときに相手なんかしてられるかっての!バーカ!」
貴章「なら、インプレッサじゃなければいいんだな。」
ヤンキー3「もっとましなクルマなら、相手してやるよ。」
貴章「……わかった。その代わり、マシンの仕上げをしたい。1週間後にここで待ち合わせでいいか?」
ヤンキー1「ケッ、んなことしたって交わんねぇよ!」
ヤンキー4「俺たちを相手にしたこと、死ぬまで後悔させてやるかんな。」
貴章「お前らも、俺らに勝てるほど現実は甘くないってことを見せつけてやるよ。足りねぇ頭にいやというほど叩き込んでやる。」
島「僕も参加させてもらいますね。このポルシェで。」
ヤンキー3「ケッ、勝手にしやがれ。」
思いっきりバチバチ火花を散らしておいて、連中は撤収していった。残った貴章たちを、静寂が包み込む。
貴章「すみません。変なことに巻き込んでしまって。」
島「いえいえ、お構い無く。」
北見「それはそうと、あんた……えっと……」
貴章「新庄です。新庄貴章。」
北見「新庄……」
貴章「タカでいいですよ。」
北見「タカ、お前インプレッサ以外にクルマあるのか?」
島「そうですよ。あの言い方だと、まだ別にあるような言い方ですが。」
貴章「あるんです。もう1台。車検にギリギリ通れる位のハードチューニングマシンが。」
島「僕のポルシェも、以前はそんな感じでしたね。……そういえば、自己紹介してませんね。島達也です。」
隆介「俺たちで制作したんです。」
真紀「わたしのZ4以上のポテンシャルがあるはずなんです。けど……」
北見「どうしたんだ?」
真紀「あまり実戦で走ったことがなくて……ほとんどつるしの状態なんです。」
貴章「本当は、サーキットの走行会用に組んだマシンなんですけど、なんなら首都高も走れるようにしてやれってことになって……」
隆介「そこから、貴章さんがインプレッサ買い換えたりするもんだから、ここしばらくほとんどいじってないんですよね。」
北見「エンジンはどうなんだ?」
貴章「ええと、レクサスISFに搭載されてた5.0L V8自然吸気の2UR-GSE積んでます。」
真紀「でも、ほとんどノーマルなんですよ。コンピューターいじったくらいで。」
北見「……俺でよければ、少し位はチューニングしてやれるぞ。」
島「北見さんは、地獄のチューナーと言われるほどの腕利きですから。このポルシェのエンジンも、北見さんがチューニングしてますしね。」
貴章「それじゃ、北見さん、チューニングお願いしてもいいですか?」
北見「わかった。……で、肝心なことを聞いていないが、車種はなんだ?」
その言葉が北見の口から発せられたとたんに、貴章ら3人は顔を見合わせる。果たして言っても良いのかという具合に。
島「どうかしたんですか?」
貴章「ええと…………島さん、北見さん、今から言うこと、あまり広めないでくださいよ。」
島「?」
北見「ん?」
貴章「そのクルマ……
2016年式、トヨタのZVW50型プリウス……なんです。」