隆介がレンタルしたキャリアカーの上には、1度見たら、まずは目を疑うようなクルマが乗っかっていた。カバーをかけるでもなく、堂々とその姿をさらしながら街中を走る。
貴章「……なあ、やっぱりカバーかけた方が良かったんじゃないか?」
隆介「しょうがないですよ。貴章さんが勢い余って1週間って期限切っちゃうから、無駄なことはなんにもできないんすよ。」
貴章「時々、なんだこれって目を向けてくる人がいるよな。」
隆介「そりゃびっくりするでしょうね、なんせ後ろに載ってるのが、アレなんですから……」
貴章「……トラックの高い運転席からはよく見えるよな。よかれあしかれ。」
もちろん、このキャリアカーに載っているのは他でもなく、あのチューンドプリウス。
昨日、島、北見にモンスタープリウスの制作を依頼したとたん、トントン拍子で話が進み、今では隆介がなんとか借り出してきたキャリアカーで、エンジンを降ろしたプリウスを、北見と島に指定された場所に輸送しているところだ。
隆介「島さんは現地で待ち合わせなんですよね。」
貴章「ああ。先に現地入りして、概要だけは話をしておいてもらえることになってる。」
隆介「……それにしても、すごいっすね、医者って。」
貴章「儲かるんだろうな……けど、それなりの努力もしてきたんだろ。」
隆介「あんなポルシェ、見たことないっすよ。」
貴章「ハハハ……俺たちのプリウスよか、よっぽどモンスターだよな。」
隆介「ほんとですよ。真紀さんのZ4がなんかちゃっちく見えましたもん。」
貴章「……そのセリフ、真紀の前では言うなよ。」
隆介「わかってますよ。もしバレたりなんかした日には問答無用であのZ4の餌食になるんですもん。それはマジ勘弁です。…………っと、ここですかね、《タカギボディワークス》。」
貴章「おいおい、外車だらけじゃねぇか。……大丈夫かよ?」
整備場にしては立派な建物に、目の前の広大なガレージには、メルセデス・ベンツやBMWをはじめとする欧州車両がゴロゴロ転がっていた。貴章たちの積車のお荷物がプリウス……
貴章「おい隆介、お前場所間違えてねぇか?」
隆介「いやいや、ナビがここっていってるんですよ!」
貴章「最近のナビは信用できねぇ。」
隆介「いや信じましょうよそこは! ほら、島さんのポルシェも停まってますし。」
そこには、確かに黒いポルシェ911 964型3.6ターボ が鎮座していた。貴章たちの到着を待っていたのだろう、奥の建物から、昨日と同じ全身黒タイツの島が降りてきた。その後ろには、かっちりスーツを見にまとったちょっぴりお腹が目立つが、目力の威圧感が半端ない中年オヤジ、少しヨレたセーターを着たアフロのオヤジ、至って標準的ではあるが、どこか哲学者のような雰囲気を醸し出すオヤジが、島に続いてぞろぞろと降りてきた。
隆介「うわ……まさか俺たちのプリウスかっさらおうって思惑だったりするんですかね……」
貴章「……」
隆介「……何か言ってくださいよ……」
貴章「……アホか、お前。」
それだけバッサリと言い捨てた貴章は、積車から降りる。すぐそばまでやって来ていた島に挨拶する。
貴章「おはようございます、島さん。わざわざありがとうございます。」
島「いえいえ、このくらいお安いご用ですよ。」
お腹オヤジ「そいつらかい? 例のプリウスは?」
アフロオヤジ「うおおっ、すげぇこりゃ。マジでプリウスじゃねぇか!! 」
哲学者オヤジ「見た感じ、結構作り込んでますね。」
さっきのオヤジ連中が一気に積車の上のプリウスに群がる。そりゃエコカーのプリウスが、ここまでガチンコに武装していれば目立って仕方ない。
島「こちらが新庄貴章さん、それと……」
隆介「遠山隆介です。」
高木「俺はタカギボディワークス代表、高木優一だ。北見さんから話は聞いてる。俺がボディをやらせてもらう。」
隆介「よろしくお願いします。」
島「あなたがあのプリウスのボディを担当しているんですよね。」
隆介「あ、はい。素人なりには……」
島「そして、あのアフロヘアーの方が、スピードショップ・マッハの佐々木元さん。もう一人は、トミナガスピードの富永公さん。それぞれ、エアロとECUの担当です。」
ガッちゃん「おっす。お前らなかなかすごいクルマ作るんだな、おもしれぇよ。」
富永「俺は北見さんと、エンジンの燃調系をいじる富永だ。」
貴章「みなさん、よろしくお願いします。新庄貴章です。」
隆介「ども。遠山隆介です。」
一通り自己紹介が終わったところで、貴章は今の現状を高木らに話し始める。そうなるまでのいきさつは島の方から説明があったようで、そこはざっと流した。
貴章「……というわけで、僕の愛車のインプレッサ以外でフェラーリ等のスーパーカーを湾岸で相手にすることになりまして、急遽このプリウスが必要になったんです。」
高木「それで?」
貴章「このプリウスは、言うなれば吊るしの状態です。元はサーキット走行用に作ったのもあって、一応車検はなんとか改造車認定とって通しましたが、まだ1度も実走経験がないんです。……そこそこのバランスはとれてはいますが、ベストではないんです。ですが、後1週間では僕らにできることってすごく限られていて……」
ガッちゃん「そこで俺たちの登場って訳か。」
貴章「そういうことになりますね。今はエンジンだけ北見さんのところにあって、チューニングし直してもらってます。」
富永「なるほどねぇ。……つまり、湾岸で300km/hオーバーの領域でも踏めるプリウスを作らないといけないということだ。」
隆介「はい。」
すると、これまであまり言葉を発してこなかった高木が、フレームの細いメガネの奥で鋭い目線を投げてくる。
高木「お前らは、俺たちに何をくれるんだ?」
貴章「え、はい?」
高木「何をくれるのかと聞いているんだ。俺たちは、確かに本気を出せば、そのプリウスを本物のマシンに組み上げてやることだってできる。……だが、ここのところのご時世だ。そんなことをしたって何も報われはしない。…………それでも俺たちが手を貸す意義があるのなら、その対価としてお前たちは俺たちに何をくれるのかと聞いているんだ。」
隆介「つまり……それなりのカネを出せと。」
貴章「バカ!お前は少し黙ってろ。」
高木「どうだい?」
貴章「そうですね…………
なら、証明して見せますよ。『手間暇かけた方が報われる』ということを。そして、あなた方ベテランチューナーは今だって『現役』何だってことを。」
高木「……」
ガッちゃん「……」
富永「……」
島「……フッ」
高木「……フン、面白い。じゃあ見せてもらおうか。」
貴章「望むところです。」
???「おいおいお前ら、俺たちを差し置いてこんな面白そうなことをおっぱじめようってのか?」
???「何か面白いクルマが高木のとこに入ってるって聞いてな。」
貴章が後ろを振り返ると、そこには1台のクルマが停まっていた。赤色のマツダFD3S RX-7 。そのフロントガラスの上には、艶消しの白い『RGO』のロゴ。クルマから発せられるオーラもすごいが、それよりも、このRX-7から降りてきた二人組が放つオーラは半端なものではなかった。ある種の威厳溢れるそれは、どこか北見に似たものを感じとることができる。
ガッちゃん「おせぇぞ。太田、山本!」
太田「悪い悪い。現場をヤマに任せてきたら、こんなことになっちまった。」
山本「まあ、やっぱり俺たちも、根っこの部分は隠せないんだよな、やっぱり。」
ガッちゃん「あれ? 太田、リカちゃんはどおした?」
太田「ああ、あいつは特別ゲストとご登場だ。そろそろくるんじゃないのか?」
すると、1台のクルマがガレージに入ってきた。青いセダンボディは、貴章のインプレッサに非常に近いものがあるが、それと同時に、インプレッサとは絶対に相容れない関係のクルマでもあった。
よくありそうな直列4気筒エンジンは、乾いた軽やかなエグゾーストノートを奏でながら、RX-7の横に停車する。よくあるとは言っても、このクルマに載っている直列4気筒エンジンは、世界一の直4とも言われる名機中の名機、4G-63。
三菱ランサーエボリューションⅤ。あのWRCを圧巻した伝説のマシンだ。それと同時に、スバルインプレッサと同じ時期のクルマであり、互いに比較されながら進化に進化を重ねたシリーズだ。少しキズが入ったフロントバンパーや、ブレーキカスがホイールにこびりついている辺り、貴章たちと同じような人種だ。
助手席から降りてきたのは、ショートヘアーの女の子。しかし、彼女の服装は、貴章の横にいる太田と同じ『RGO』のツナギだ。運転席から降りてきたのは、やや長髪の色黒男。一見チャラそうにも見える。ましてや、彼のクルマなのだろう、ランエボが「なにわ」ナンバー、つまり大阪からきたという辺りが助長する。
もちろん、京都出身の貴章にとって、それはどうでもいいことではあるのだが。
ランエボの男「お久しぶりです、太田さん。」
やはり関西なまりで話す。貴章には至って身近な言葉ではあるが。
太田「久しぶりだな、エイジ。」
女の子「用賀で渋滞に引っ掛かったみたいだよ。」
ガッちゃん「おおっ、リカちゃん久しぶり!」
リカコ「みなさん、お久しぶりです。」
山本「やっぱりいつ聞いてもいい音してるよな、そのランエボ。」
エイジ「ハハハ、そらどうも。」
どうやらみんな知り合いのようだということにやっと気づいた貴章たちに、島が解説を加える。
島「RX-7に乗ってきたのが、RGO代表の太田和夫氏、それとヤマモトスピードの山本和彦氏。首都高の二大チューナーといわれる大御所です。あちらのランエボは、貴章さんにはお話しした、神谷エイジさん。助手席から降りてきたのは、太田さんの娘さん、太田リカコ嬢。」
貴章「……何か、すごい大事になってますよね。」
島「そりゃ、こんなビッグイベントなんですから。」
太田「あのクルマかい?今回の目玉は?」
山本「本当にプリウスだな。これは面白そうだ。」
リカコ「もう、オヤジたちみんな子供みたい。」
エイジ「……こらすごいワ。まさかプリウスなんて思わへんで。」
北見「……役者は揃ったみたいだな。」
一番後ろには、地獄のチューナーこと北見淳。それと、彼を運んできたのだろう、白のBMW Z4から降りてきた真紀が貴章に向かって手を振ってくる。
貴章、隆介、真紀、北見、島、高木、ガッちゃん、富永、太田親子、山本、エイジ……総勢12名。
北見によると、今回のモンスタープリウス制作には、この12名が関わるという。大阪から呼び出したエイジは、どうもリカコが昨晩呼びつけたらしい。以前とは違い、新名神高速、新東名高速等が開通したことで、今では東京―大阪を5時間程度で走りきることもできる。本当に今さっき東京についたところだということになる。
北見「これだけ大所帯になると、それはそれで壮観だなぁ。」
高木「北見さんが呼び出したんでしょ!? 」
北見「クククッ……まあな。」
貴章「……」
北見「貴章、俺たちは本気であのプリウスを化けさせる。覚悟はできているか?」
貴章「……」
11名の目線が一気に貴章に集まる。いつもなら若干タジタジになるところだが、今回はそんなことはない。意を決して、はっきりと答えた。
貴章「もちろんです。みなさん、今回は僕らのプリウス制作にご協力いただきまして、ありがとうございます。大変ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。」
北見「ということだ。」
太田「じゃあ、とっとと始めようぜ。」
山本「ケイのスープラ以来だな。今回は妥協しないぜ。」
リカコ「それじゃ、アタシの方から、チーム分けを発表しまあーす。……まず、エンジン系は北見さん、山本さん、富永さんとオヤジ。ボディの剛性確保は高木さんと遠山さん。エアロは佐々木さんと真紀さん。佐々木さんは美女と一緒に作業だからって、うつつを抜かさないようにお願いしまーす。」
ガッちゃん「ウルセー!」
リカコ「それと、その他の駆動系に足回り何かは、島さんとエイジさんと新庄さん、アタシ。テストドライブもアタシたち4人が担当。これでどう? 」
太田「いいだろう。ベストだろうな。」
リカコ「それじゃ、作業開始の音頭は、代表新庄さんにお願いしまーす。」
貴章「なあッ!? 」
あまりに突然で戸惑う貴章。ニヤニヤを浮かべるオヤジ連中、囃し立てる隆介と真紀。今回、はじめての大イベントだ。締めるところは締めるべきという、リカコなりの配慮と受け取って、貴章は大きく息を吸い込む。
貴章「それでは、みなさん、よろしくお願いします。バケモノプリウス、完成させましょう!……ファィッ」
全員「オーッ!! 」