この度、『鮮青6連星』に登場するキャラクターの原案を、ノアギスさんに提供していただきました。
今回より登場していただきますので、報告させていただきます。
そして、今回最長クラスです。原作、湾岸ミッドナイトのヒロインの1人、彼女が帰ってきますよ!
《RGOガレージ内》
北見「V8エンジンなんて、さわったのはいつ以来かな。」
太田「少なくても、
山本「V8エンジン搭載車は意外と少ないからな。」
彼らが対峙していたのは、プリウスから降ろされたトヨタ/レクサス製V8エンジン、2UR-GSE。富永が採ったデータベースを元に、いろいろ思案中といったところだ。
2UR-GSEは、元はと言えば、2007年に登場したレクサスIS Fに始まり、2014年のRCF、2016年のGSF、2017年のLC500などの、レクサスの高性能スポーツセダン・クーペという主に“F”シリーズに採用されている大排気量自然吸気エンジンだ。ヤマハとの共同開発で生まれた、ノーマルで477馬力を発生するエンジンをプリウスのミッドシップに搭載していたのだ。
今の課題は、このエンジンをどういじるか、だ。
一応レースでも使われるエンジンとはいえ、800馬力に耐えうる名機RB26DETT程のキャパはない。ましてや自然吸気のままでは、どこまでチューニングしたところで絞り出せるパワーに限界はある。
そこで、パワーアップの手段としてまず挙げられるのはターボ化。元の素性が割といいエンジンなら、シングルターボ化だけでもかなりのパワーアップが期待できる。今、このターボ化に一番前向きなのは、北見だった。
北見「湾岸を本気で踏み切るなら、ターボ化しないとツラいだろうな。いくら5.0Lの大排気量のエンジンとはいえ。」
これに対し、意外とターボ化に消極的なのは太田だった。その理由は、熱害だと言う。
ターボエンジンは、強制的に大量の空気を吸入させる過給方式。その分多くの空気を吸い込んだエンジンは当然ハイパワーエンジンに早変わりするわけだが、そこには内燃機関の宿命とも言える、熱効率の悪さ故の熱放出が存在する。そして、その排出熱は自然吸気エンジンよりもターボエンジンの方が高温になりやすい。
もちろん、きちんと冷却できる環境が整えられるなら問題はない。実際、北見はS30Zをツインターボ化しているし、山本は本来ノンターボのS2000をターボ化した経験もある。それに、スカイラインGT-RやRX-7を始めとするハイパワー国産スポーツは、大体がターボエンジン搭載していた。しかし、それらに共通するのは、「ターボありき」ということと、「フロントエンジン」ということだ。
ターボありきで開発されるから、元から冷却性能はいい。もしもっと大きなタービンをつけるとしても、SUPERGTやかつてのGT選手権の車両のようにボンネットに巨大なエアアウトレットを設けるだけでかなり改善する。しかし、元々自然吸気のクルマの場合、インタークーラーの取り回しなど、一から組み直さなければならないこともあり得る。
その影響をモロに受けてしまう代表例が、トヨタAE86のレビン・トレノだ。元の4A-Gや、改良型の4A-GEUは、1.6Lの自然吸気エンジン。それにターボを搭載すると、インタークーラーの取り回しが困難で、冷却した空気を素早く送り込めない、いわゆるターボラグが大きい「ドッカンターボ」になってしまう。
そして、クルマの前側にエンジンを積んだ場合、フロントのインテークからの走行風で冷却する事ができる。もちろんミッドシップエンジンだって、フロントエンジンよりも大きなサイズのラジエーターをフロントに搭載する事で、冷却効率を上げることはできる。
しかし、問題は排熱の方だ。
さっきもあげたようにもフロントエンジンなら、ボンネットのエアアウトレットを使って、フロント部分だけで冷却は終わらせられる。しかし、ミッドシップの場合、特に今回のプリウスの場合、排熱する場所に限りがある。国産車で代表的なMRマシンのひとつとして、トヨタMR2が挙げられるが、このクルマはエンジン搭載部分の上に、排熱用のスリットがある。ホンダNSXにしたって、開発段階からMRレイアウトを採用していたから、これも特に問題はない。
太田「プリウスにMRの概念はないんだ。元はFFのクルマをMRにするんだし、それにプリウスはセダンじゃなくて、どちらかと言えばハッチバックだ。冷却が間に合わねぇ。」
山本「そこは太田に賛成だな。いくらガッちゃんたちが立派な冷却レイアウトを考えてくれたとしても、プリウスのターボ化は少しコワイな。」
北見「じゃあどうするっていうんだ?」
太田「エンジンをボアアップ、ストロークアップさせて排気量を拡大する。」
山本「それから富永に、ECUのリセッティングをしてもらって、パワーとトルク配分を調整する。」
ボアアップ、ストロークアップ。
エンジンの排気量拡大の主な2つのやり方だ。
ボアアップは、エンジンの1つの気筒の断面積に影響する直径――
北見「なるほど……目安は?」
太田「ノーマルの2UR-GSEは、内径×行程が94.0×89.5の4.968L、つまり5.0Lだろ。それを96.0×94.5の5.469L、概算で5.4L化する。」
山本「それと合わせて8連スロットル化。おそらくそれだけで600馬力は軽く越えられるはずだ。2UR-GSEは元から477馬力出せるエンジンだからな。」
北見「排気量で約10%アップか。それならターボ無しでも行けるカナ。」
太田「いくら高木が補強したとしても、所詮はプリウスだ。あんまりパワーを与えすぎてエンジンだけ先走っても意味がないからな。」
北見「……シゲのマフラーを入れても600馬力は保障できるのか?」
山本「それは大丈夫だろう。」
北見「それじゃ、その方向で行くか。」
怪しいオヤジ三人衆が、不敵な笑みを浮かべて、エンジン台に載っかった2UR-GSEをにらむ。彼らには、出来上がった後のエンジンがしっかり見えているようだった。
《同時刻 タカギボディワークス ガレージ内》
高木「……」
隆介「……」
高木「……」
隆介「……」
大の大人二人が、ドンガラのプリウスのボディの前に座り込んでいる。メガネのオヤジは、食い入るようにプリウスのボディを睨み、その光景を若い兄ちゃんがなにやら不安げに見守る。
隆介「……あの、高木サン、なんかありましたか?」
高木「……」
隆介「……えーと、あの、高木サン?」
高木「……烏龍茶。」
隆介「……ハイ?」
高木「外の自販機で、烏龍茶買ってきてくれ。」
隆介「……は、はぁ。」
高木から手渡された小銭……120円を手にして小走りでガレージから出ていく隆介。
――120円で自販機の500mlの飲み物買うって……いつの時代だよ……大丈夫かあのオヤジ。――
そうぼやきながらも、足りない分は自腹で購入する隆介。結局は人のいい好青年なのだ。たがら貴章や真紀が、自身の愛車を隆介にまかせらせるわけだ。
隆介「でも水分補給に烏龍茶って、むしろ逆効果だよな。」
これまた自腹でスポーツ飲料を購入する隆介。利尿作用を持つ烏龍茶は、水分補給どころか脱水になりかねないという一応の配慮だ。
このプリウスだけではなく、貴章のインプレッサや真紀のZ4、そして彼の34Z nismoのボディ補強も担当する隆介は、ふたりに比べてこと高温下で作業することが多い。ガレージ前に止めてある34Zに、いつも溶接の時に愛用するクーラーボックスをおいてある。これも彼の健康対策だという。
高木用に買っておいたスポーツ飲料を保冷剤満載のクーラーボックスに突っ込んで、トタトタと高木の元に戻る。相変わらずオヤジはプリウスを凝視していたが、隆介が戻ってくると、これまで「烏龍茶」としか言わなかった高木が、口を開いた。
高木「このボディは、お前さんが1人でやったのかい?」
隆介「え、ええ。……なんかヤバいですか?」
高木「いや、素人が1人でやっているなら上等すぎる位だ。下手なプロよりはよっぽど上手い。ロールゲージもしっかり固定されているしな。よくひとりで仕上げたもんだ。」
隆介「……そうですか。」
高木「ただ……」
そう言って、近くに置いてあったオイルの空きドラム缶に腰かける。今朝とは違い、作業着の高木は北見や太田、山本とは別のオーラを感じる。
高木「このプリウスなら、もう少し剛性はあげたいがな。いくら車体の真ん中に重たいエンジンを載せるといっても、ボディがしっかりしてなきゃ話にならねぇ。」
隆介「タハハ……ですよね……」
高木「それともうひとつ、衝撃を
隆介「逃がす……ですか? 耐えるんじゃなくて?」
高木「今回は湾岸だけと言うことらしいが、本当にそれだけで終わるとは思えんのさ。このままボディ剛性をシャカリキになってあげたとしても、バンプの激しいC1や横羽線は耐えられない。」
隆介「……つまり、しなるようなボディにして衝撃を出来るだけボディやフレームに蓄積させない造りにしよう、と?」
高木「そういうことだ。幸いベースの剛性をそこそこ上げているから、そこまでできるんだがな。」
隆介「……わかりました。始めましょうか。」
高木「……その前に、ひとつ聞いていいか?」
隆介「なんです?」
高木は、プリウスのエンジンルームのフタ――本来のリアハッチ――がなくなっているのを親指で指差していた。
隆介「ああ、ハッチなら真紀さんがエアロ作り直すって言って持っていきました。」
《また同時刻 スピードショップマッハ》
ガッちゃん「まあまあちょっと汚ねぇけど、あがってよ。」
真紀「お邪魔しまーす。」
スピードショップマッハ。かつてはトヨタセルシオのエアロで名をあげて、今では数少なくなったセルシオやチェイサーの代わりに、プリウスやGT-Rの名が外されたスカイライン、アテンザなどのセダンのエアロが売りだという。店頭にも、かつてのセルシオが数台展示されているし、店内には数名若者もいた。もちろん、真紀たちは全くの別件だが。
ガッちゃん「それにしても、嬢ちゃんのZ4はすごい迫力だな。連中も釘付けじゃねぇか。」
真紀「ハハハ、どうも。」
ガッちゃん「まるでレーシングカーだもんな。……っと、ここだ。」
ガレージの一番奥、窓のない怪しい一角。そこの鉄製の扉が、重々しくギィと音を立てて開く。そこに入った真紀は、明るく電気の灯った部屋に驚愕した。
真紀「これって……」
ガッちゃん「ヘヘヘッ、すげぇだろ。」
真紀「あたし、初めてですよ。」
ガッちゃん「そりゃそうだろ。普通こんなへんぴなエアロ屋が風洞なんか持ってないって。」
風洞実験室。主にレーシングカーなどの空力開発の一翼を担う。人工的に協力な気流を発生させて、超高速で走るクルマの状況を再現できる強者だ。
基本はメーカーの開発陣営が保有するくらいで、ガッちゃんの言う通り、一介のエアロ屋が風洞を持っていることは普通ない。
彼いわく、大手エアロメーカーにエアロをパクられた時に、見逃す条件として風洞をひとつよこせという無茶苦茶な交換条件を出したところ、意外とあっさり通ってしまったのだとか。
真紀「それ、恐喝に片足突っ込んでません?」
ガッちゃん「真紀ちゃん、小さいことは気にしちゃダメだぜ。」
真紀「逃げましたね。」
二人で爆笑しながら風洞の中に入ると、そこにはすでに1台のプリウスが置かれていた。あのチューンドプリウスと同じZVW50型……ではなく、PHVのZVW52型。
真紀「これは?」
ガッちゃん「ああ、嫁の。今週いっぱい使うなって言ってかっぱらってきた。」
真紀「だ、大丈夫なんですか?奥さん。」
ガッちゃん「へーきへーき。あいつアリストも持ってるんだから。」
豪快に笑い飛ばすアフロオヤジ。
ガッちゃん「もともとついてるフロントエアロでもいいんだけど、冷却性なら、こっちの方が良さそうじゃねぇか?」
確かに、デザイン上の違いなのかハイブリッドのプリウス(ZVW50)はエアインテークがすごく小さく、真紀も苦労して不釣り合いな大きいインテークを作った。それに対し、PHVのZVW52型は、黒く塗装されている部分を解放してインテークにすれば、デザインはほとんどそのままに冷却性を上げることができそうだ。
ガッちゃん「ノーマルのプリウスのエアロもあるから、風洞で良さそうな方を使おう。メーカーが燃費向上のためにいろいろ開発したんだから、そんなに変わらないとは思うけど。」
真紀「なら、もうPHVのエアロ使いましょうよ。こっちの方がカッコいいですもん。」
ガッちゃん「ずいぶんと思い切りがいいんだな。……それじゃ、もうノーマルのエアロはつかわねぇぜ。」
それと、わざわざリアハッチを隆介たちからかっさらってきたのは、リアウイングの調整と、ハッチの下部のガラス部分を排除して、そこに排熱用のエアアウトレットを新設するつもりらしい。
しかし、持ってきたハッチはあくまで試作用で、フロントのエアロがどちらになっても、ハッチはPHVのものを使うつもりだという。
真紀「そういえば、PHVって、リアシートの下にあるバッテリーとかのハイブリッドシステムがものすごく重いんですよね?」
ガッちゃん「そう。だからトヨタは、PHVのリアハッチの一部にカーボンを使って軽量化しているんだと。今回はミッドシップにエンジンを積むから、なおさらリアは軽い方がいい。」
真紀「それで、隆介からハッチだけもらってきたんですね。」
ガッちゃん「そーそ、そゆこと。あと、風洞でエアロの整流攻略調べながら、一緒に冷却系の取り回しもやっちゃうから。細かく見てみないと、命取りになるかも知れねぇからな。」
真紀「やることいっぱいですね。」
ガッちゃん「まぁな。リカちゃんいわく、俺たちが一番大変じゃないかって話だしな。」
すると、真紀の性格なのか、ちょっとおじさんをイジってみたくなり、顔には天然を装った無邪気な笑顔を浮かべ、心のなかでは小悪魔真紀がニタニタ笑みを浮かべていた。
真紀「あれ? そういえば佐々木さん、小さいことは気にしちゃいけなかったんじゃないですかぁー?」
ガッちゃん「うぐっ……それとこれとは別だぁっ!」
若干困惑したような表情をみせた佐々木は、まるで金魚みたいに口をパクパクさせながら、なんとか返事をごまかしてきた。その慌て具合に爆笑しながら、真紀はこの空力にふたりしかいない現状を少しだけ恨んだ。
真紀「でも、それなら無理矢理タカ呼んでくれば良かった。」
ガッちゃん「タカって、あのプリウスを作るメインの子かい?」
真紀「ええ、なんか今夜大阪に行かないといけないみたいで。」
《はたまた同時刻 東京世田谷区》
静かにしていてもうるさい爆音インプレッサを運転しているのは、持ち主の貴章……ではなく、大阪からやって来たランエボ乗り、神谷エイジ。
今朝の集会から、貴章のインプレッサ、エイジのランエボⅤが思いの外近いコンセプトでまとめられていることに気付いた。クルマ自体はそれこそグループA時代からのライバルだが、チューニングにはそんなこと関係ない。出来るだけ原型をとどめつつ、中身にガッツリ手を入れる仕様。そういう共通項だけで仲がよくなることだってザラだ。京都生まれの貴章と大阪育ちのエイジは、波長もよく合うのか、すぐに意気投合した。
エイジ「やっぱインプレッサもええワ。ボディサイズもほとんどおんなじやし、扱い安いワ。」
貴章「でもランエボと違って、トルク細いでしょ。」
エイジ「そらまあ、否定はせーへんけど。でもこのターボが恐ろしくよーキマっとる。下からもグイグイ引っ張ってくれる。おもろいクルマやで。」
そう言うなり、一気にアクセルを踏み込んで、水平対抗エンジンの独特なサウンドを響かせていく。エイジが言うには、「シゲさん」なる人物のマフラーをいれても、ランエボではこの音は出せないとか。それにしても、エイジのランエボもすごくいい音をしていたのだが。
貴章「あ、この先のガレージにクルマいれてください。」
エイジ「ここか?」
そこはマンション街の一画のだだっ広いガレージ。一部は月極めだが、隅っこの数枠は、ある店の駐車場になっている。
普段、こんな朝の時間帯には来ないから、普段はまず見ることのない、それでいて貴章やエイジの心を鷲づかみにするクルマが、先客なのだろうが、一番奥に停められていた。
エイジ「おおっ、32Rやないか。」
貴章「キレイにしてますね。ニスモのフロントバンパーと車高調、BBSホイール以外はほとんどノーマルですよ。」
エイジ「でも、キャリパーが変色してたり、バンパーの小傷見てると……」
貴章「
貴章とエイジが向かったのは、ガレージすぐ隣の4階建てマンション。そこの1階。
『食事処 《
貴章「ここの女将さん、このマンションの大家さんなんですよ。朝に来たことはないですけど、割りと夜遅くまで開いてるんで、僕らはよく来ますよ。」
エイジ「へぇー、定食屋か?」
貴章「エイジさん、途中どこのSAにも寄ってないんですよね?」
エイジ「おう。リカコにはよ来いってどやされたからな。」
貴章「それ、絶対正解ですよ。」
そう言っておいて、貴章は店ののれんをくぐって木製の引き戸を開ける。中からは貴章とエイジの食欲をそそるにはあまりにも十分すぎるいい匂いが流れ出てくる。
店内は落ち着いた照明がほんのりと灯り、木製のインテリアとも相まって、どこか懐かしさも感じる。テーブルもあるにはあるが、どちらかと言えばメインはカウンター席なのだろう、本当に地元の定食屋といったところだ。店主兼女将の女性が、入店した貴章たちにニコリと微笑みかける。
???「アラ、貴章クンいらっしゃい。好きなところ座って。」
貴章「どうもー。」
???「今日はお客さんと一緒なのね。」
貴章「大阪から来られたんです。朝食べてないらしいんで、いつものアレお願いしますね。」
???「アラ、それじゃちょっと張り切っちゃおうかな。」
鼻歌を歌いながら、カウンター席の向かい側の厨房に向かう。若干白髪混じりの初老といった感じだが、見た目はすごく若く見える。
女将「はいおまちどお。しょうが焼き定食、ご飯大盛りふたつね。」
女将、とは言うが、和装ではなくそれなりにはちゃんとした格好で、エプロンをしている彼女が、両手に盆をのせて現れた。
貴章「あ、ありがとうございます。」
女将「ごめんなさいね、待ったでしょ?」
エイジ「え、いやそんなことないですよ。美味しそうですやん。」
女将「そう言ってもらえて何よりです。」
事実、しょうが焼き定食は本当に美味しそうだった。
今出来上がったところだと言わんばかりの白い湯気、分大きな豚肉をふんだんに使った野菜炒めにかけられたタレは、程よく油分を含んでいるのか、それに飴色の艶を出している。
茶碗てんこ盛りのご飯も、肉に負けない程の湯気を発していて、離れた貴章やエイジにもその温かさが伝わってくるようだった。ふっくらと炊き上がった米は、白く艶があって、どの粒も大きかった。
添えられている味噌汁は、具にワカメと豆腐とネギが入った至って普通なものだが、これもまた食欲をそそる。
エイジ「いただきます。」
貴章「レイコさん、いただきまーす。」
一口目から、それはもう驚きを通り越してなんとも言えないほど美味しかった。
普通少しカタいイメージのある豚肉はこれでもかというほど柔らかく、スジも全く気にならない。自家製だというタレがまた程よくしょうがの風味を残していて、豚肉と絶妙なバランスを実現している。いわゆる、「ご飯が進む」味だ。
そして、関西出身の貴章とエイジにとって、非常に身近な味だったのは、味噌汁だった。エイジもそれには気付いたようだった。
エイジ「女将さん、これ関西だしやないですか?」
女将「アラ、よくわかったわね。私も京都生まれで、一時大阪でも暮らしてたから、やっぱり関西のだしの方が作りやすいのよ。よく知っている味だからね。」
エイジ「まさか東京でこの味が食べれるとは思うてへんかったワ。」
すると、女将がひたすらしょうが焼きにがっつく貴章の肩をチョンとつついて、話を振ってくる。
女将「それで、貴章クン、こちらの方はお知り合い?」
貴章「あ、いえ。神谷エイジさん。クルマ作るのに協力してもらえることになったんですよ。……エイジさん、こちらの女将さん、スゴいんですよ。」
エイジ「どうも、神谷です。」
レイコ「ご丁寧にどうもー。私、この店の店主の篠田レイコです。」
貴章「レイコさんも走り屋で、愛車がこれまたスゴいんですよ。」
エイジ「へぇー、ちなみに何に乗ってはるんです?」
レイコ「えー、そんなにスゴくはないけどね。シボレーよ。」
エイジ「ってことは、やっぱりコルベット?」
貴章「しかも、C3コルベットのスティングレイ。」
エイジ「ホンマですか!? スゴいクルマですやん。」
レイコ「ここのところはあまり乗れてないのよね。バイクにも乗ってるから。ヤマハのSR400って言うんだけどね。」
エイジ「中型ってことは、首都高走れるじゃないですか。」
レイコ「そこまで速くは走れないわよ、私ももう60だし。」
エイジ「ええっ!? 60ですか?」
貴章「エイジさん、気持ちはわかりますけどその反応場合によってはめちゃくちゃ失礼っすよ。」
レイコ「アラ、貴章クンだって、こんな反応だったわよ。」
貴章「えーナンノコトヤラ。」
レイコ「じゃあ、エイジさんもクルマに?」
エイジ「ええ。ランサーです。ランサーエボリューション。」
レイコ「ランエボ、いいクルマよね。貴章クンのインプレッサもそうだけど、あれって意外と小さいクルマでしょ?」
走り屋女将、レイコとワイワイにぎやかにやっていると、レイコは当然行き着くであろう疑問にたどり着いた。
レイコ「それで、エイジさんはなぜ貴章クンに協力することになったの?」
その一言から、貴章たちの空気は一変した。貴章は事の始まりをかいつまんでレイコに説明する。ひととおり説明が終わると、レイコは少し唸った後、落ち着いたトーンで話し始めた。
レイコ「確かに、この前渋谷線でそんなクルマにラインを被されたことはあったわ。けど私も二輪だったから、あまり無理はできなかったんでしょうけど。」
エイジ「今の首都高は結構荒れ放題なんですか?」
レイコ「いいえ、そんなことないわ。けど、一部のドライバーにそういうことをする人がいるのは事実ね。そういう人が増えてはいるんでしょうけど。」
貴章「別にラインが被っちゃう位はあると思うんです。だけど、クルマ任せに好き勝手走って、こっちのクルマをけなすのは、許せなかったんです。」
レイコ「……それなら、もうふたり助っ人が増えるかも知れないわね。」
エイジ「え? 女将さん、どういうことです?」
レイコ「私も走ってもいいかしら? コルベットで。」
貴章「いや、何もレイコさんまで首を突っ込まなくてもいいですよ。」
レイコ「でも、あなたたちの中で輸入車は、真紀ちゃんのZ4と、もう1人のポルシェだけなんでしょ? ちょっと古いクルマだけど、私のコルベット位はいた方がいいわ。」
貴章「レイコさん……」
レイコ「ちょっと待っててね。もう1人の助っ人を連れてくるから。」
エイジ「ガレージに停まってた32Rの人ですか?」
レイコ「ええ。今奥のカウンターにいるの。」
そう言ってレイコは貴章たちの前から一度姿を消した。
レイコ「お待たせー。連れてきたわよ。」
???「あ、エイジさん。お久しぶりですね。」
エイジ「ああ、あの32Rはアンタのやったんか。なんやアメリカ行ったってリカコから聞いてたけど、帰ってきてたんやな。」
???「えー、もうずいぶん前に帰ってきてますよ。」
なぜかエイジを知っているようで、レイコはまだしも、全く状況が読み込めない貴章は全く話についていけなくなった。
レイコ「こちらが、『白のRのヴィーナス』こと、秋川レイナちゃん。ガレージに停めてあった32Rのドライバーよ。」
レイナ「『ヴィーナス』だなんて、そんなことないですよ。」
貴章は知らなかったが、少し前まで、湾岸のトップの座を争っていたブラックバードこと島達也、彼と競っていたもう1人のドライバーを追い続けていた白いR32のドライバー。実測600馬力の R32 スカイライン GT-R を自在に振り回す彼女こそ、秋川レイナ、本人だった。
女将の「篠田レイコ」さんが、今回ノアギスさんに原案を提供していただいたキャラクターです。
店一番の売りのしょうが焼き定食の美味しさ、僕の貧しい語彙サンプルで表現できたか甚だ疑問ですが……
ああ、無性にしょうが焼き食べたい……