哀しみの細胞   作:tamino

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救いのないお話なので、耐性のない人はブラウザバック推奨です。


哀しみの細胞

 

 

あるときある場所に

幸せに暮らす細胞たちがいました

 

彼らは絶え間なく流れてくる血液の栄養を

神からの贈り物としてうけとめながら

日々の仕事に励んでいました

 

「ああ、私達はなんて幸せなんだろう

こんなにも豊かな暮らしが送れるだなんて」

 

大きな幸せはないですが悲しみや不幸がない

そんな日々に彼らは満足していました。

 

しかしある時それはやってきました

何の前触れもなくそれはやってきたのです

 

あまりにも醜悪な

血液を汚す

謎の物体たち

 

それらは彼らの幸せを一瞬にして奪っていきました

 

その物体に触れたものは一人残らず命を落としました

あるものは苦しみの表情で息を引き取りました

またあるものは物体と一体化され連れ去られていきました

物体に触れられただけで破裂し見るも無残な残骸となったものもいました

それはそれは言葉では言い表せないほどの惨状でした

 

「ああ!なぜこんなことが!

神様、あなたは何故掟に従い幸せに生きてきた私達を

こんなひどい目に合わせるのですか!」

 

生き残った細胞たちは嘆き悲しみました

 

あんなに幸せそうに暮らしていた同胞たち

神の掟に従い

仕事をし、子供を作り、幸福の中その一生をおえるはずだった同胞たち

そんな彼らが

こんな結末を迎えるとは!

 

悲しみと怒りに身を焦がす細胞たち

 

しかし誰かが言いました

 

「あまりにも悲しいことが起こってしまった

しかし神を疑うには私達はあまりにも神のことを知らない

きっと何か想像もつかないような大きなことを

考えておられるのだろう」

 

「そうだな

今回のことにも何か意味があったのだろう

いままで長い時間我々は神の恵みに従って

幸せに生活してこれたではないか

たった一回、たった一回悲惨なことが起こっただけで

何故神を疑ったりできるだろうか?」

 

「ああ

今私達にできることは

この悲しみを乗り越えて

元のように掟を守った

幸せな生活をとりもどすことだ」

 

細胞たちは深い怒りと悲しみを心の奥へとしまい込み

復興を始めました

 

ひとつづつひとつづつ

元に戻っていく住処

長い時を経て細胞たちはようやく元の生活へと戻ることができました

家族を失ったものにはまた家族ができ

親友を失ったものにはまた親友ができました

そしてまた幸せな生活が始まったのです

 

「ああ、やはり私達は幸せだ

神からの贈り物のおかげで

こんなに豊かな生活を送れるんだから」

 

幸せな生活は過去に起こった悲劇を忘れさせました

誰もが怒りと悲しみを深い深いところにしまい込み

与えられた生活を享受する日々が始まったのです。

 

生きる糧を与えられる幸せ、

仕事ができる幸せ、

同朋が増えていく幸せ、

ああ、私たちはなんて幸せなんだろう

 

しかしその日々にも終わりはやってきます

またあの謎の物体が現れたのです

依然とまったく変わらない醜悪さで

それはやってきました

 

なぜこんな奴らが流れてくるのか?

神は何を考えて我らに試練を与えるのか?

 

そんな疑問をすべて呑み込みながら

物体は住処を破壊しつくしていきました

 

「何故?何故なのだ?

何故我らがこんな目に合わなければならん?

何故あんな醜悪なものが存在するのだ?

何故掟を守らないあんなものが

掟を守っている我らを滅ぼしにかかるのだ?」

 

幸せな生活に不必要だった

怒りと悲しみが

また心の奥底から吹きあがってきました

 

殺され、奪われ、その生き方さえも嘲笑われた

あまりにもむごい仕打ちでした

 

しかしまた誰かが言いました

 

「あまりにも悲しく

怒りを抱く気持ちもわかる

しかし私達の送ってきた

幸せな日々は本物だったはずだ

悲しみのあまり生きることを放棄するのは

あまりにも惜しいではないか

手を伸ばせば届くところにある幸せに手を伸ばさないのは

あまりにも惜しいではないか」

 

まさにその通りでした

悲しみを乗り越えれば元の生活が戻ってくる

細胞たちは気持ちを入れ替えて

復旧に励むことにしました

 

怒りと悲しみに身を焦がす細胞もいたものの

大勢の細胞は神を信じ

ひたむきに復興作業にいそしんでおり

時間はかかったものの

元の生活が戻ろうとしていました

 

しかし現実は残酷なもの

またそれはやってきました

 

今度は

どうしようもない数で

 

神は乗り越えられる試練としてこのような所業をするのか?

唯の気まぐれでやっているのか?

神ではなく悪魔の仕業なのか?

そうだとしたら何故神は悪魔を放っておくのか?

まさかとは思うが

そんなことはありえないが

考えるのも畏れ多いが

神など存在しないのか?

 

結局は低次の存在が高次の存在の意志を

知る方法などないのかもしれません

 

住処は三度破壊されました

以前の二回とは

比べ物にならない破壊でした

 

殆どが更地になり

残ったものは同朋の亡骸だけでした

いや

もう亡骸とも呼べない積り積った残骸だけでした

 

わずかに生き残った細胞たちは

心の奥底に眠らせていた

あまりにも深い怒りと悲しみを

噴出させていました

 

「なんてことだ

なんてことだ」

 

「むごすぎる

救いが無さすぎる」

 

「私は家族を皆殺しにされた」

「私は信頼するものをすべて失った」

「私は愛する妻と子供を連れていかれた」

「私と共に働いていた気のいい奴らは今は残骸と成り果てた」

 

誰かが言いました

 

「神よ、申し訳ありません

もう掟に従い生きることはできません

我らは同朋の魂を慰めねばなりません

我らはかの醜悪なものを許してはおけません」

 

「我らは悪魔に魂を捧げます

あなたのやり方は

途方もなく弱い我らにはあまりにも厳しすぎた」

 

「どうか憐れんでください

許してくれなどとは口が裂けても言えません

我らは今より永遠にあなたから祝福されない道を歩みます」

 

「また復興して幸せな生活を取り戻しても

奴らは我らに牙をむくでしょう

もう我々は同朋のことしか頼ることができなくなったのです」

 

「我らは悪魔と共にすべてに敵対します

同朋を傷つける可能性があるものすべてに

醜悪なものすべてに

我ら同朋でないものすべてに敵対します」

 

前の二回は

怒りと悲しみを大きな愛で包み隠し

乗り越えることができました

 

しかし三回目はそれができませんでした

怒りと悲しみを包み隠すには痛みが大きすぎました

 

絶望を包み込めなくなった愛は復讐心へと変わり

何よりも尊かった信仰の逆の道へと

細胞たちを誘導しました

 

細胞たちは変わりました

深い怒りと悲しみのために変わりました

同朋への愛ゆえに変わりました

神への篤い信仰故に変わりました

 

細胞たちは

「他の地とかかわりを持ってはならない」

という掟を破り

血液の流れに乗って

他の地へと侵攻を始めました

 

他の地には別の細胞が住んでいましたが

姿形の違う彼らには

最早変わり果てた彼らには

それらは滅ぼすべき存在としか映りません

 

細胞たちは様々な地に侵攻し

すべての地において

自らと姿形の違う細胞たちを

滅ぼしていきました

 

「どこだ

どこにいる

あの醜悪な敵はどこにいる」

 

「我らの望みは

奴らに地獄の苦しみを与え

悶え苦しませることだ」

 

「見つけてもすぐには殺さない

奴らの大事にしているものを

ひとつ残らず滅ぼしてやる

それを目の前で見せ続けてやる

我らがされたように」

 

「そうでもしなければ救われぬ

死んでいった同朋は救われぬ

我らの心も救われぬ」

 

細胞たちは死の行軍を続けました

自分たちの生活をズタズタにしていった

あの憎き憎き醜悪なものどもに復讐するために

 

細胞たちは見つけた他の細胞たちをすべて滅ぼしていきました

 

少しでも

ほんの少しでも

あの醜悪なものどもの大事なものである可能性があるなら

生かしてはおけない

同朋でない者はすべて滅ぼす

 

その者たちが何者であるかは関係ない

かつての我らのように

神の掟を守り幸せな生活を送っていようと関係ない

 

我らの行軍は終わらない

憎き奴らを滅ぼすまで終わらない

 

行けども行けども

憎き敵の姿はどこにも見えません

しかし細胞たちに終わりはありません

 

愛という豊かな土地で熟成された復讐心は

その身を焦がすほどの

尽きることのない動力源として機能していました

 

細胞たちは気が付いていません

すでに自らがあの醜悪な敵と

同じことをしているということに

 

そしてその身が最早

憎むべき敵と同じ醜悪な異形と成り果てていることに

 

ある時終わりがやってきました

それはそれは意外な形でした

血液の流れが止まったのです

今まで感謝の下に受け止めていた神の恵み

それがぱったりと供給されなくなったのです

 

「ああ

なんということだ

ついに神の裁きが下ってしまった」

 

「我々はまだ

憎き奴らを滅ぼしてはいないというのに」

 

「ああ神よ

我らがあなたの命に背いたことは

十分承知しています

当然我らは裁きを受けるべきということも

十分承知しています」

 

「しかし無礼を承知でお願いいたします

もう少しだけ待ってください

我らがこうなってしまった原因である

奴らめを我らに討たせてください

もう少しだけ時間を下さい」

 

しかしその願いが届くことはありませんでした

 

細胞たちだけでなく

世界のすべてが動きを止めました

 

世界の中に動くものはなく

世界のすべては

止まった時の中で命の灯を消していきました

 

おわり



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