「して、何用だ。立香」
少々不機嫌な顔で英雄王は居間へと姿を表す。
しっかりと靴を脱いできているのが、立香的には意外だった。
「士郎さんが聞きたいことがあるらしいです」
応答はせずに目だけを士郎の方へと向けた。
士郎も彼に目を向けていたので、視線がぶつかった。それだけならよかったのだが、士郎のなにかが気に入らなかったのか、ギルガメッシュは睨むような目で彼を見る。
「――――」
圧力のある視線だ。表情で士郎が気圧されているのがわかる。
その視線を遮るようにメドゥーサが間に入った。
「それは味方に向ける視線ではないと思いますが?」
「――味方だと…?」
今度は立香へと視線を動かす。
「ヘラクレスを送ってきた敵を倒すために協力関係になったんですよ」
「……ふむ」
そこに関して特には何も言わずに、意味の含まれていない声を漏らしただけだった。
「さて退くがいい、呪われた女神よ。そやつが我に聞きたいことがあるのだろう?」
「――ライダー、大丈夫だ」
士郎の言葉を聞いたメドゥーサはその場から退いた。とはいっても一歩だけだ。いつでも士郎を守りに入れる位置に彼女はいる。
「…まあよい。用件を言うがいい雑種」
メドゥーサの行動を不満に思いつつ、ギルガメッシュは士郎に言葉を投げかけた。
士郎は数秒の沈黙の後、口を開く。
「――あんた二年前にいたよな。冬木教会に」
彼が自分の父…衛宮切嗣についての話を言峰綺礼に聞きに行った時のことだ。礼拝堂に金髪の外国人、まさにギルガメッシュと瓜二つの男がいた。二年前の出来事ではあるが忘れることなく鮮明に覚えている。
「士郎…それっておかしくない? だってサーヴァントの数が…」
そう。凜の思っている通り、数が合わないのだ。
ギルガメッシュがこの地に召喚されていた場合。七騎という上限超えてしまう。
「八体目のサーヴァントってことになりますね」
「ああ、立香の言った通り数がおかしなことになるんだよ。だから二年前にいたのが気になったんだけど…」
「――二年前に王様は召喚されてたってこと…?」
「まあ、小僧の言葉聞く限りはそうだわな」
興味なさそうにクーフーリンは耳をほじっている。
「どうでもよさそうだな」
立香を挟んで座布団に座っている式が言った。
「あ? そりゃそうだろ。二年前にここで召喚されていようが、それは今のとは別物だからな」
これはクーフーリン自身のことでもある。彼も冬木の聖杯戦争に召喚されているのだ。しかしそんな記憶は持ち合わせていないので、自分には関係ないと彼は思っている。
「そこの犬が言った様に貴様が見たという我とこの我は別物だが?」
「――確かにそうだな…」
失念していた。記憶がないのでは話の聞きようがない。
と、立香があることを思い出した。
「あ、でも王様って千里眼持ってませんでしたっけ。それで――」
ギルガメッシュの持つ千里眼ならばこの世界の自分のことも見ることができるのではないか。立香はそう考えたのだが、ギルガメッシュからは意外な言葉が飛んできた。
「今は使えん」
「え? なんでですか?」
「知らん」
「は?」
立香の口から間の抜けた声が漏れ出る。
「ここに来てから全く機能していない。理由は今言った通り不明だ」
「そうですか…」
原因不明なのは気になるが、見ることができないのなら仕方がない。そう諦めた時だった。
「だが、わかることもあるぞ?」
「それは?」
「この軸の我はその娘と縁があったようだ」
視線が桜に集まる。士郎も当然目を向ける。そしてそこで気付いた。彼女が俯いていることに。
実はギルガメッシュが居間に来た時点で俯いてはいたのだが、位置的に士郎だけはそのことに気付けていなかった。
「――縁っていうのは?」
何か事情があるのだろうと理解しつつも立香はギルガメッシュから縁について聞き出そうとする。
「我はその女に殺されたことがあるらしい」
「――? 今なんて?」
「聞こえなかったか? 殺されたと言ったのだ。詳しい話はその雑種から聞け」
と言ってギルガメッシュは口を閉ざした。
これ以上語る気はないらしい。
「――桜」
慎重に彼女の名前を呼んだのは士郎だった。
「――すみません、先輩。二年前…私はその人を取り込みました」
「――――! そういうこと」
凜はすぐ二年前の未だ謎であった出来事を脳内で再生し、納得した様子で声を漏らした。
「だからあの時あなたの体は…」
「ちょっと待ってくれ、どういうことだ?」
「二年前の聖杯戦争中の朝、玄関前で桜が倒れてた時があったでしょう?」
「ああ、一度死んだみたいに体がって……まさか!」
聖杯戦争中の出来事だ。桜はボロボロの体で衛宮邸の前に倒れていたことがあった。それを思い出した士郎も察しがついた。
「そのサーヴァントに攻撃されたってことでしょうけど。…どうなの?」
「――はい。その通りです」
そう言ってまた桜は俯いた。
「――なんだその目は?」
士郎が金髪の男を見やる。その瞳には怒り、そして殺意が込められていた。
立香は明らかに不機嫌なギルガメッシュが攻撃をするのではないかとひやひやしている。
「士郎、冷静になりなさい。さっき言ってたでしょ? このサーヴァントと桜を傷つけたサーヴァントは別人なの」
このままではまずいと凜は士郎を宥める。だが、
「雑種、貴様にやる気があるのなら相手をしてやってもいいぞ? 確かに別人ではあるが我は我だ。本質は変わらない。この軸で我が召喚されていた場合も同じくその女に攻撃をしかけていただろうからな」
ギルガメッシュの言葉は完全に士郎を挑発しているようなものだった。
「おまえ…!!」
もう抑えられない。士郎が立ち上がりギルガメッシュの胸倉を掴もうとする。
「危ないよ」
エルキドゥが士郎の手がギルガメッシュに触れる瞬間に掴んだ。士郎は力を入れるが手が全く動かない。
「エルキドゥ、邪魔をするな」
「邪魔をするなって、ギル今彼の手斬り落とそうとしてたでしょ。それは流石に僕も容認できない」
「――――」
ギルガメッシュは何も言わずに居間から出て行った。向かった方向的に庭に戻ったのだろう。
「エルキドゥ、ありがとう」
「いいよ、マスター」
立香は立ち上がり、士郎に向かって頭を下げる。
「すみませんでした。あとで俺から言っておきます」
「――いや、立香が謝ることじゃない」
士郎は落ち着いたのか、大人しく座布団に座った。
エルキドゥはというと役目は終わったという様子で居間を出てギルガメッシュ同様庭へ向かう。
「今日はここまでにしておきましょう。話を聞いた限りじゃまだ藤丸君は夕食食べてないんでしょ?」
立香はここに来てから何も口に入れていない。空腹状態だ。
「続きはまた明日。士郎ごはん作ってあげなさい」
凜の配慮でこの日の情報交換は終了した。
***
衛宮邸の屋根の上。人が上る場所のないそこで、赤い外套のサーヴァントが夜風を浴びていた。
「――なんだアーチャー。そんな気持ち悪いツラしやがって」
そんな弓兵に声をかけるアロハシャツのケルト英雄が一人。
「相変わらず失礼だな、君は。少しはその口を治してみたらどうだ?」
今更いちいち怒る気にもはしないが、一応文句は言っておく。
「あ? 本当のこと言ってるだけだろうか」
「私の顔は君からしたらそんなにひどいものか?」
「普段のスカした顔は確かに気に入らねえけど、今の嬉しそうな顔は普通に気持ち悪いな」
「嬉しそう? 私がか?」
「そう言ってんだろうが」
「――確かに…そうなのかもしれないな」
指摘された通り弓兵の頬は緩んでいた。
嬉しく思っていたのだ。この軸の士郎を見て、彼の聖杯戦争での話を聞いて。
「ロボットから人間に、か。衛宮士郎はあのようになれるのだな」
正義の味方ではなく、誰かの味方になった衛宮士郎。そんな自分が知らない彼のことを思い出すとどうも顔がにやけてしまう。
「ほら見ろ。気持ち悪い顔だ」
槍兵もそれにつられて笑みを浮かべていた。
***
一方、そんな弓兵のオルタ化サーヴァンはと言うと、衛宮邸の縁側に座りいつも持ち歩いている手帳に目を落としていた。
「――味覚のない俺にチョコレート…。一体何を考えてるんだかあのマスターは」
自分が書いたであろう意味の分からない記録を見て嘲笑う。
おかしな話だ。本当におかしな雇い主だ。藤丸立香というマスターは。
おそらく悪意などなく善意だけで関わろうとしてくる上に、チョコまで渡してくるのだから変わりも者以外の何者でもない。
「何見てるの?」
縁側を通りかかった一人の少女が彼に声をかけた。
「お前はたしか、遠坂凜…だったか?」
「その声…」
「俺の声がどうかしたか?」
「ううん。気にしないで。知り合いとあなたの声が似ていただけ。それより何見てたの? 霊体化してるって聞いてたけど」
「――日記だ」
何気なく会話をしているこの状況を彼はおかしく思っていた。
「へぇ、サーヴァントも日記とか書くんだ」
「俺は記憶が曖昧でな。昨日のことすら不確かだからこうやって記録している」
「――――そう、記憶が…」
自分のことを凜に説明する。
なぜ自分がこんなにも素直に話しているのか。おかしいとは思いつつも彼は口を開いていた。
(ここに来てからだな)
冬木に到着した時点で違和感は持っていた。まるで自分が自分ではないような違和感だ。
「そういえばあなたの名前聞いてなかったわね。よかったら聞かせてもらえる?」
「真名は言わん。アレのことはアーチャーとでも呼べばいい」
「アーチャー…。わかったわ。そう呼ばせてもらう」
躊躇いはない。むしろなぜか彼をそう呼ぶ方がしっくりときていた。
「それじゃあ私は行くわね。また時間があったら話しましょ」
凜はその場から去って行った。エミヤオルタはその背中を目で追っていた。
「――遠坂…凜」
手元のメモに彼女の名前を書き込んだ。
***
「エミヤから聞いた話を含めて、こちらの報告はこんなものだ」
「そっか。ありがと、アルトリア」
「こんなことでいちいち礼を言うな。私が認めたマスターなのだから堂々としていろ」
「うん、努力するよ」
「そうしてくれ」
二人がいるのは衛宮邸の和室。サーヴァントたちは寝なくても活動ができるので、立香だけ士郎に睡眠をとる為の部屋を用意してもらった。
そこで今は別チームとして行動していたアルトリアから、まだ聞けていなかった詳しい報告を受けている。
「それと貴様なら気付いているとは思うが我々はここで…」
「召喚されたことがある…でしょ?」
「流石だな。伊達に長い間我々のマスターをやっていない」
数人様子がおかしいことから薄々察していたことだ。だから驚きは少ない。それよりも立香が気になるのはエミヤオルタだった。アルトリアたちの変化とは違う。彼の場合、根本から揺らいでいるように感じられた。
「…気になる」
胸騒ぎがする。このまま放置するのはまずい気がした。
「あ、そういえばベイリンってどこ?」
「知らん」
即答だった。そもそも彼のことを好いていないアルトリアにこれを聞くのは間違いだっただろう。名前が出た瞬間明らかにアルトリアが不機嫌になっていた。
「奴を本当に仲間にするつもりか?」
「まあ、エミヤ達の報告を聞いた限りだと敵のサーヴァントのこと知ってるみたいだし、今のところ敵になる様子はないし」
「今のところは…な」
どこまで嫌っているのだろうか。どうもベイリンのこと敵視している。
「一応言ってはおくが、奴は危険だぞ。性格も、その実力も。剣術においては私よりも強いといってもいいほどだ」
「気を付けるよ」
忠告はありがたいが、現状すこしでも情報が欲しいのだ。だからベイリンを敵として扱うことはしたくない。
「入るぞ」
襖が唐突に開かれる。声は開けられてからかけられたものだ。
「式さん、それって開ける前に言うもんじゃないですか?」
「お前だっていつも俺の部屋にアイスクリーム食べに来るときこんな感じだぞ?」
式がビニール袋を手にぶら下げて和室へと入ってきた。
「へぇ、割といい部屋だな」
彼女は部屋を見回す。どうやら和室を気に入ったようだった。
「その袋は?」
「買ってきた。お前の分もあるからやるよ」
ビニール袋からイチゴのアイスクリームとスプーンを立香に投げた。
「近くのコンビニで?」
「いや、近場になさそうだったからちょっと遠出してきた」
「夜道に女の子一人じゃ危ないでしょ、行く前に一声かけてよ。ついてったのに」
「はあ…」
なぜそのタイミングで式がため息を吐いたのか立香にはわからなかった。ついでにその後に小声で言っていた「似てるな…」と呆れたように彼女が放った言葉の意味も不明だった。
「大丈夫だ。ちゃんとクロエとジャンヌ連れてったから」
「全員女の子じゃん…。次行くときは言ってね」
「はいはい」
アイスのカップを開けながら適当に返事をする。
「クロとジャンヌはどこ行ったの?」
一緒に買い物に行ったという二人がいなかった。
「クロエは外で食べるとか言ってどっか行った。ジャンヌの方は自分の分ともう一個アイス持ってどっか行ったよ」
「どっちもどっか行ってるのね」
なかなかに薄っぺらい情報だった。
「あ、見つけた!」
窓の外からジャンヌオルタの声がした。
「む。なんだ、突撃女か」
「そうよ。ほら、これ一個余ったからあげる」
窓の外に目を向けるとそこにはカップのアイスを二つ持ったジャンヌがいた。
「もう一個ってアルトリアの分だったのか」
立香はなるほどと納得する。
同時にどうせ余ったわけじゃないんだろうな、なんて思っていたがそれを口に出すことはない。なぜなら口にすれば燃やされる。誰にとは言わないが。
「あら、その声は…マスターも中にいるの?」
「いるぞ」
アルトリアが答えた。
「て、両儀式もいるじゃない。二度手間だったわね」
「じゃあ四人で食べようか」
せっかく四人集まっているので一緒に食べることにした。(なお一人は屋外の模様)
「おいしいね」
「そうだな」
四人はアイスを口に運ぶ。
立香はアイスが結構好きだ。だからよくアイスが常時ストックしてある式の部屋に行って食べたりしている。
「そういえば、オレも寝たいんだよな」
式がスプーンを加えながら思い出したように立香に言った。
「え? あ、そうか式さんは睡眠とった方がいいんだっけ」
疑似サーヴァントである彼女は普通のサーヴァントとは違い、睡眠をとったほうがよかったりする。
「士郎さんに言って部屋だけでも用意してもらえるか聞いてくるよ。駄目だったら布団だけでも、その場合俺と同じ部屋になっちゃうけど」
「いいよ。なんかあいつら大切な話の最中みたいだったし。迷惑かけるのも悪いからなオレはここで寝る」
「はあ!? そいつと同じ部屋で寝るの!? 同じ布団で!? そんなの駄目よ!」
窓の外から割と大きな声が入ってくる。
「落ち着け。誰も立香と同じ布団に入るなんて言ってないだろ。俺は床で寝る」
「な、なんだ…。そりゃそうよね。同じ布団で寝るわけないわよね…」
完全にジャンヌの早とちりだった。
「だったら式さんは布団で寝なよ。俺が床で寝るから」
「――あのな……はあ…どうせ何言っても無駄か。わかったよ。敷布団は俺がもらうからお前は掛け布団使え」
もう立香に何を言っても無駄だと判断したため妥協した。
「食べ終わったぞ」
一番最初に食べ終わったのはアルトリアだった。アイスクリームのごみを持った手が立香へと伸ばされる。ゴミよろしくということなのだろう。それを理解している立香は当然のようにゴミを受け取った。その流れの最中でアルトリアがある提案をしてきた。
「立香。私が敷布団になってやろうか?」
「あんた何言ってんのよ! そんなの駄目に決まってんでしょ!!」
そんなことは許さないと、先ほどと同じようにジャンヌが声を張る。
「ちょっと何言ってるか分からないので却下で」
ゴミを受け取りながら彼女の提案を却下した。
彼らの一日目はここで終了だ。
立香はアイスを食べ終わるとすぐに就寝した。
***
「いい玩具がみつかった。そう思わないか? リーパー」
影は視線をフードを深くかぶった自分の従えるサーヴァントへ向ける。
「――――」
応答はない。
だが無視したわけではないのだ。それを理解している影は咎める気もない。
「人間の保有する記憶というのは自身を構成するうえで重要なパーツなわけだが、何かしらの原因で失われることもあるにはある。揺らがない頑丈な物のようで、案外脆いからな。けどな、意外となんでもないことで目覚めたりするんだ」
「なにをするつもりなのですか?」
気になったアサシンが尋ねる。
「暇つぶし」
何でもないように影は答えた。
そう。これからやることはあくまで暇つぶしに過ぎない。ただ刻限が来るまでの短い時間、自分を楽しませてくれるお遊びだ。
次回から以前まで投稿していたこの作品の元である『彼らの第五次聖杯戦争は終わらない』との流れの違いが出てきます。
次回の投稿はなるべく早くします。しばらく待っていただけると幸いです。
あ、ちなみに僕が投稿している『言峰綺礼に拾われた少年のお話』はリーパーさんのお話だったりします。ネタバレにはなりますが、気になる方がいればそちらも読んでやってください。