「…そろそろ昼だな」
いつも通り家事をこなし、休憩中だった士郎は壁につけられた時計を見るとそう呟いた。
日は昇り、時刻は昼に差し掛かろうとしている。朝の話し合いで、行動は夜から開始するというのが決まっていたので、士郎は現在は居間で座っている。
他のメンバーというと、まあ色々だ。
凜は用事があると言って一度遠坂邸に帰った。
桜は士郎と同じく居間にいる。ライダーも一緒だ。ついでにもう一人同じ空間にいるわけだが、それは後回し。
立香は自室にいる。何をしているのかは知らない。それを探る気は士郎になかった。
その他、立香のサーヴァントの行動は把握していない。唯一わかっているのは、先ほど後回しにした士郎たちと共に居間にいる人物。アルトリアオルタである。
「ふむ。昼は私は立香と外に出ることになるが…」
「あ、ああ…」
唐突に話しかけられて冷静な対応をできない士郎であった。
「問題ありません。私があなたの代わりに士郎を護衛します」
「了解した」
代わりにメドゥーサが颯爽とフォローをする。
「――――セイ…じゃなくて、ア、アルトリアも飲み物いるか…?」
言い間違いをしつつ、意を決してアルトリアに士郎は話しかけた。
「もらおう」
帰ってきたのはその四音。士郎は以前セイバーが使っていたカップに紅茶を入れ、アルトリアの前に置いた。
「…どうぞ」
「………」
今度は特にアルトリアの応答はない。
「――――」
そこからの会話は特になく、桜と士郎は自宅なのに居心地を悪く思っていた。アルトリアとメドゥーサは何も気にした様子はなく、座布団に座って普通にお茶啜っている。そのまま時間は経過していった。
人が四人もいるというのに、こんなに居間が静かなのは聖杯戦争後初めてではないだろうかと士郎が思ったところで、襖が開けられる。開いたのは立香だった。
「ん、立香。もう行くのか?」
「はい。町を見ておきたいので。昼食は外で済ませてきますね」
「わかった」
立香たちは町に出てくると朝食時に言っていた。ついでに昼食も外で済ませてくるのだという。
「では、私も行こう」
紅茶を飲み干したアルトリアは立ち上がった。
「それじゃ、行ってきます」
玄関の方へ向かう立香。アルトリアはその後を追っていった。
「はぁ…」
彼らが衛宮邸から出て行ったところで士郎はため息をついた。
「疲れましたか?」
「…そりゃあ、もちろん」
なんであんなことになっていたのか。事の発端は朝の会議時、今後どうするかと話し合っていた時だ。立香が原因究明は夜にするとしても、日中に敵が現れる可能性は捨てきれないので、士郎たちにそれぞれ最低一体のサーヴァントを護衛として付けたほうがいいのでは、と言った。巻き込まれた士郎たちの身を案じた立香の発言。会議長である凜が確かにと同意した。これだけでほぼどうするかは決まったようなものだ。とりあえずメドゥーサをすでにサーヴァントとしている桜は置いて、士郎と凜に一体ずつサーヴァントを護衛につけることとなった。
その結果、士郎の護衛となったのがアルトリアオルタである。別に士郎が望んだわけではなく、アルトリアが護衛に志願したのだった。
「変えてもらってもいいのではないですか? 立香もなんとなく事情は察しているでしょうし」
「まあ、そうなんだけど…」
見知った顔ではないサーヴァントに護衛を変更してもらうというのが、一番いいのは間違いない…のだが、
「向こうが望んでやってくれてるわけだしなぁ…」
アルトリアオルタがやると買って出てくれたのだ。その気持ちを無下にはしたくなかった。
「…慣れるしかないよな」
いつまでも先ほどまでの様子でいるのも彼女に申し訳ない。なんとかするべきだろう。
とはいっても結局いい案は浮かばないので、時間の経過に頼ることになるのだった。
***
場所は変わって遠坂邸。
凜は久々に地下室を訪れていた。
「――で、なんで俺なんだ?」
面戸臭そうな顔で凜に尋ねるサーヴァントはエミヤオルタだった。
そう。凜が護衛として選んだのは彼なのだ。「ガングロアーチャー」と立香に注文したところ、霊体化しつつ話を聞いて嫌そうな顔をしたエミヤオルタとは裏腹に、彼はそれを承諾してくれた。
「ん? まあ、一番接しやすそうだったから」
「それだけか…?」
「本当にそれだけ。深い意味はないわ」
「魔術師はそんなふわっとした理由で物事を決めないだろう?」
「…それもそうね。でも、何事にも例外は付き纏うんだから別に気にしなくてもいいでしょ」
「――――」
会話はそこで一旦途切れた。
エミヤオルタはガサガサと書物を漁る凜をただ眺めているだけだ。
「――なにをしてるんだ?」
「調べ物よ。聖杯についてのね」
「そんなものがここにあるのか?」
「さあ? 少なくとも私は見たことはないけど、探してみる価値はあると思う。一応御三家なんて呼ばれてたわけだし」
質問に答え終わると再び綺麗に積み上げられていた本の山の解体に取り掛かった。
書物は大変多い。一体いつになったら終わるのだろうか。
手持無沙汰なエミヤオルタは地下室内を見回した。
「――――」
意外と綺麗だ。
凜は最近日本に帰ってきたばかりだと言っていたのに、定期的に清掃しているかのように埃一つなく室内は綺麗なのである。
「――――」
本当に暇である。
やることがないので壁に寄りかかって彼は目を閉じる。
一人は書物を漁り、一人は瞑目して持つ。それだけで二人の時間は過ぎていった。
***
立香はアルトリア、ジャンヌ、巴を連れて街を歩いていた。
ちなみに他のメンバーは衛宮邸にいる。
「あんたなんで自分から護衛やるとか言ったの?」
「――そうした方がいい気がしただけだ」
返答はそれだけだ。それ以上誰も聞く気はないし、踏み込むつもりなどなかった。
「それじゃあ、昼ごはん食べに行こうか」
「昨日仰っていた中華料理屋ですね」
「そうそう。約束したしね」
結局昨日は行けなかったのでちょうどいいと今日の昼食はそこで取るつもりでいた。
そんなこんなでマウント深山、『紅州宴歳館 泰山』へと到着した。
「…ここが」
いざ行かん、未知の領域へ。というわけで立香は扉に手をかける。
「――! おい、待て」
「え?」
アルトリアオルタに呼び止められたが、あまりにも急だったので立香は止まることができず、店の入り口は開かれた。
店内には一人の客が噂の地獄のように赤い麻婆豆腐を食していた。
その客は立香たちが入ってきたことに気付くと顔を上げた。視線を向けていた立香とその客の目が交差する。
「――ベイリン」
「気付きませんでした…」
麻婆豆腐を食べていた客というのはベイリンだった。
サーヴァントなら個人差はあれど、同じサーヴァントの気配を多少は感じ取ることができる。しかし巴御前とジャンヌオルタはその姿を見るまで店内にベイリンがいるなんて思ってもいなかった。アルトリアも気づけたのは店に入ろうと接近したからだ。立香が入り口を開ける直前までは気配を感知できていなかった。
「気配遮断か」
「ですがベイリン殿はセイバーなのでは?」
アルトリアが口にした気配遮断とは文字通り気配を遮断するスキルのことである。普通はアサシンが保有するものだ。
「俺はアサシン適正もあるからな。使えるのはそれとこのよくわからない召喚のおかげだろ」
軽い口調で特に根拠のない説明を口にするベイリン。
「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。どうだ? 一緒に飯でも食おうぜ、マスター殿」
「――貴様ここならば斬られることはないと思っているのか?」
明らかにふざけた態度をとっているベイリンをアルトリアは睨み付ける。
「アルトリア。ここお店だからね」
流石にやらないだろうとは思っているが、念のために釘を刺しておく。何かあってからでは遅い。
「イラッシャイマセー、好きな所座っていいアルヨー」
小さい元気な女性が厨房から現れた。この店の店長、魃さんである。商店街ではちびっこ店長として親しまれている謎の中国人だ。
その店長に言われた通り四人は一番入り口から近いテーブル、ベイリンの隣にはなるがそこに座った。右奥に巴、右手前にジャンヌ、左奥に立香、左手前にアルトリアという席順になった。
ベイリンはというと隣テーブルの左奥の席に座っている。つまり彼が正面を向くと立香の背中が視界に入る。
(不用心だな…)
今の状況からして、彼はベイリンに背中を向けている状態であり、その気になればいつでも刺せる。まあ、アルトリアがいるので刃物を出した時点でベイリンは攻撃されるのだが。
(自身のサーヴァントを信用してか…もしくはただの馬鹿か)
アルトリアの知り合いなわけだし刺してはこないだろうと、目の前のお人好しマスターが信用しているのが実は自分だなんて、ベイリンが気付くはずもなかった。
「麻婆豆腐四つでお願いします」
お目当ての麻婆豆腐の注文を済ませ、料理が出来上がるまでの待ち時間へと突入する。
ベイリンとアルトリアの間に謎の空気感あるために会話が弾むわけがなく、立香はお冷をちょびちょび飲んで時間を潰していた。
「――ねぇ、あんた」
少し時間が経過したところで、唯一二人の間に漂う空気を気にもしていなかったジャンヌオルタがベイリンに声をかける。
「なんだ」
「なんでここにいるの? サーヴァントなら食事する必要ないでしょ」
「直球だな…。というかいらないのはお前たちも同じだろうに」
なんでいるの? というえらいストレートを放り投げられたベイリンだがそれに答える。
「ここの麻婆豆腐が食べたくなったんだよ。久々に」
「久々…? ベイリンここに召喚されたことがあるの?」
立香は振り向いてベイリンに重ねて問う。
今の彼の言葉を聞いたのなら必然的に出てくる疑問だろう。ベイリンが召喚されたのは昨日だという。だが今の様子からして何年か前に来たことがあるような感じだった。
「――かもな」
皿に残った豆腐たちを一か所にかき集め、口へと運んだ。真っ赤な麻婆豆腐をベイリンは完食した。
「店長、お金ここ置いとくぞ。釣りはいらないから」
どこから持ってきたのか、出所不明の千円札をテーブルの上に置くと彼は立ち上がった。
「あ、ベイリン。夕方はちゃんと帰ってきてね。夜の確認するから」
「ああ」
理解したのかよくわからない返事をして、ベイリンは店を後にした。
「やっぱりそんな悪い人じゃなさそうだけど?」
「――――」
アルトリアにそんな疑問を立香がぶつけるが応答はなかった。
「アイ、マーボードーフおまたせアルー!」
陽気な声と共に麻婆豆腐が四皿分テーブルに置かれた。それぞれ実物を間近で見ての感想を一言ずつ口にした。
「赤いね」
「赤いな」
「赤いですね」
「赤いわね」
ベイリンの食べていた麻婆豆腐は遠目に見ていたが、近くで見るとその色はさらに濃くなっているように思えた。
「――食べようか」
立香の言葉に三人は頷く。
頼んだのだから食べなければならない。当たり前のことだ。
レンゲを持ち、それぞれ地獄の麻婆豆腐との戦闘に挑んだ。
見た目通りに辛く、思いのほか量の多い麻婆豆腐。これを数十分かけて食べ終えた四人の口の中はその後しばらくヒリヒリしていたという。そして興味本位で未知の食べ物を食べるのはやめた方がいいと学んだ。
***
「やっぱり辛いな、アレ」
道を歩く双剣の騎士は、麻婆豆腐をアレ呼ばわりしていた。
完食はできたものの口内にはまだあの殺人的辛さが残っている。
「――にしてもまた食べられるとは思わなかった」
…記憶があった。
あの店も、あの味も、しっかりと覚えていた
今歩いている道だって脳内にある記憶通りだ。
唯一の記憶との差異は……一人足りないことだろうか。
「――――」
追憶したところで意味がないなんてことは理解している。でも、気になることがあった。一度それを考え始めると連鎖的にいろんな光景が再生されていく。
「――あいつは、どうなったんだろうな…」
一人の少女が脳裏に浮かぶ。もう二度と会うことのできない少女だ。
「…ま、大丈夫か」
考えた末に出た結論。
どうせ無事なのだろう。
よくよく考えてみれば心配など必要なかった。だって彼女は自分の呪いの影響を受けることのなかった人物なのだから。
光を見つけた彼女は強く生きているはずだ。
「夕方には戻れ、だったか。さてさて、それまでどこで時間を潰すかな」
またも彼は記憶を頼りに足を動かし、とある少女と共に歩いた道を進んでいく。
捕捉です。式さんは立香に中華料理屋に行かないかと誘われていましたが、面倒だからと断って衛宮邸で昼食を食べてました。他のメンツは知らん。王様とかはぶらぶら出歩いてそう。
そんなわけで今回は平和な回でした。となると当然次回は…。
まあ、その次回の投稿がいつになるかわからないんですけどね。モチベはあるので別作業の合間にちょくちょく進める予定です。