第二夜。
会議は終わっている。既に各々行動を開始していた。
「鍾乳洞…ですか?」
「そうよ」
凜、立香の二人は柳洞寺の方へと移動していた。正確に言うのならば柳洞寺のある山、円蔵山内部の鍾乳洞へと向かっている。
「大聖杯があった場所…」
立香もそこには覚えがあった。最初に訪れた特異点、こことは異なる冬木でアルトリアオルタと対峙した場所である。
「まあ、二年前に崩れちゃったんだけどね」
「崩れた?」
「そ、崩したって言ってもいいかもしれないけど。士郎が大人しく向こうに行ってくれたのはこれが理由でしょうね」
崩したというのには深く踏み込まないとして、立香は今聞くべきことを聞く。
「じゃあなんでそこに向かってるんですか?」
崩れてしまったのならもう何もないはずだ。だというのに彼女はそこに向かうのだという。それが不思議でならない。
「サーヴァントが自然に発生するなんてありえないでしょ? だって現界させておくには莫大な魔力がいるんだもの。それこそ聖杯みたいなね。だから、念のため行くことにしたの。その聖杯があった場所に。――なんてこじ付けもいいところよね。実を言うとほとんど勘なのよ。嫌な予感がするから行こうと思うの」
「――――」
特に不満はない。どちらせよ当てがないのだから、しらみ潰しに怪しい場所を探っていくしかないのだ。
「それならちょっと戦力が多すぎたかしら?」
そう言ったのはジャンヌオルタだ。
立香の連れてきたサーヴァントは志願してきたジャンヌオルタ、凜の護衛であるエミヤオルタ、そして衛宮邸にいさせたままにして変なことを起こしてもらっても困るので連れてきたギルガメッシュと付き添いのエルキドゥである。ジャンヌオルタが言っていたように戦力としては最後の二人だけでも十分すぎるほどだ。
「だといいんだけどね……」
立香も凜と同様、日が沈んでからな予感がしていた。それが的中しなければいいと思いながら現在は足を進めている。
「――ここね」
山の中に存在する空洞への入り口。大した時間は歩いていない。衛宮邸からそこまではそれほど遠くはないのだ。
一見数メートルほどの横穴。だが魔術によってそこで行き止まりのように見えているだけだ、触れれば壁が幻なのだとわかる。…というのが二年前までの話であり、二年前のここの在りようだ。しかし入口であるここは今では崩落の影響で本当に行き止まりになっている。だから何もないだろうと思っている凜は壁に手を伸ばした。
「な……」
ぶつかる感触はなく、壁を凜の腕が貫通する。
二年前と同じだ。
「――ふざけてるわね…」
怒りのこもった感想だった。誰かがここを元に戻している。
「行きましょう」
凜は綺麗な黒髪をなびかせ幻の壁を越えて進んでいく。
中は真っ暗というわけではなかった。光源は不明だが、洞窟内はぼんやりと緑色に照らされている。歩くのに全く支障はないようだ。
「待て、遠坂凜。俺が先頭に立つ」
「…お願いするわ」
ここがすでに異常な空間であることは全員わかっている。サーヴァントが先頭を進むのは当然だろう。だが立香は意外に思っていた。彼が自ら先頭に立つと言ったことを。
エミヤオルタを先頭にした一行は進む。奥へ、奥へと進んでいく。
大きく開けた空洞を通過し、しばらく歩いたところでエミヤオルタが足を止めた。なにかあったのかと凜も前方の様子を確認する。
凜はそれを目にして、驚きの声を漏らした。
「――なに…これ…」
立香も確認する。彼の反応も凜と同じようなものだった。
境界線があったのだ。あるところを境にそこから先が全く見えない闇になっている。
「壁……? いや…」
黒塗りの壁にも見えるが、違う。そこから先には光がないのだ。だから暗い。
「確かちょうどこの境の先が大聖杯のあった場所よ」
「私の炎で明るくしましょうか?」
完全な暗闇が進行を止めているようなので、ジャンヌオルタがそんな提案をする。
「それ絶対に用途違うでしょ。王様、なんかいいものないですか?」
ギルガメッシュは攻撃宝具以外にも、全自動調理器などの便利グッズがどこぞのネコ型ロボットみたいに宝物庫にはあるようなので頼ってみたわけなのだが…
「…王様?」
声は聞こえているだろうに、応答がない。
ギルガメッシュは光の侵入を許さない洞窟の最奥へと目を向けたままである。
「ギルは正常だよ、マスター」
ひょいっとエルキドゥが立香の顔を覗き込んだ。
「あと多分だけど明かりはいらないと思うよ。これあくまで境界線だろうから」
「境界線…?」
凜が聞き返した。
「うん。結界だと思えばいいかもね」
「つまりここから先は敵陣地ってことね」
ジャンヌオルタが私服からいつもの戦闘服に姿を切り替えた。
「――まあ、どっちが内か外かはわからないけどね…」
その小声が耳に届いた者は誰一人としていなかった。
「行くわよ」
凜の言葉を受けてエミヤオルタが進もうとする。その瞬間、金髪の男が口を開いた。
「――立香、貴様はここから先に進むのだな?」
やけに真剣な声のトーンで立香へと問いを投げかける。
「先に何かあるんですか?」
「わからん」
「――? エルキドゥはなにか感じる?」
「ううん。何も感じないよ」
立香の契約した英霊の中でもずば抜けた索敵能力を持つエルキドゥがそう言うのなら間違いはないのだろう。だが、そうなるとギルガメッシュの質問の謎が深まる。
「確認だ。ここから先に進むのだな?」
数秒の間の後、立香は答えを口にした。
「――進みます」
「そうか」
彼の答えを聞いたギルガメッシュはずかずかと先へ進み始めた。
そして何の躊躇いもなく闇へ身を投じる。水面に呑み込まれるように彼の姿は消えた。
「俺たちも行こう」
全員境界を越えた。エルキドゥの言っていた通り闇の先で視界は機能した。
六人はいるのは荒野のように広い空洞だ。
先ほどまでの場所とは違ってそこを照らしていたのはぼんやりとした緑色の光ではなく、灯のように薄っすらとした紫色の光だった。
まるで別の世界なのではないかと思ってしまうほどに、これまで歩いていた洞窟とはこの空洞の空気が違う。不気味さが増している。
「ふん」
ギルガメッシュは止まる様子もなく、足を動かす。最奥の崖、大聖杯のそびえ立っていた場所へ彼は向かう。
周囲を警戒しつつ五人もあとを追う。
「――さて、貴様か? この茶番を行っているのは」
空洞の真ん中あたりに至ったところで英雄王は崖を見上げた。
その視線の先には『影』がいた。
***
桜は一人居間にいた。
何故かというと単純にやることがないからだ。
家で待機するように言われているのですることもないのだ。そんなわけで今は一人でお茶を飲んでいた。
「お邪魔してもよろしいですか?」
なにをしようかと悩んでいた桜に、立香のサーヴァントである女性の一人が話しかけてきた。
「えっと……巴御前さんですよね」
「はい。巴で構いません」
巴御前は机を挟み桜と向き合う位置の座布団に正座した。士郎がいつも座っている場所だ。
「私に何か用が…?」
サーヴァントに話しかけられるようなことがあっただろうかと思考するが、桜に思い当たることはなかった。
「桜殿も私と同じく暇を持て余しているようだったので、お話でもご一緒にどうかと思いまして」
「私で良ければ」
暇だったのでちょうどよかった。
桜は巴御前にも自分が飲んでるものと同じお茶を出した。
「――――」
いざ会話するとなったものの、桜は何を話すべきなのかわからない。凜ならこういう時も話題がポンポン出てくるんだろうなと思いながらお茶を口に運んでいると、
「…桜殿は士郎殿が好きなのですか?」
「――っ!」
あまりにも唐突だったので口内に含んでいたお茶を吹き出した。
「えーっと……はい…。好きです…」
本人がいないにしても誰かのことを好きと他人に言うのは恥ずかしいものだった。
「なるほど。やはりそうでしたか。士郎殿も桜殿のことはお好きなのですよね」
「一応は…そう言ってもらってます…」
さすがに恥ずかしい。桜は顔は赤くなる。
「ですよね。ヘラクレス殿が現れた時も桜殿のことを庇っておられましたし」
うんうんと頷きながら嬉しそうな顔をしている巴御前。
「なんでその…私と先輩のことを聞くんですか?」
「二人ともお似合ですから。そんな二人の話を少し聞かせていただけないかなと思いまして。私はそういう方々の話を聞いたりするのが好きなんですよ」
「お、お似合い…」
「はい。いい夫婦になれますよ」
「夫婦!? 確かに先輩とはそうなりたいですけど…」
さらに赤く染まる。体も動いていないというのに熱くなってきた。
「り、立香くんは好きな人とかいるんですか?」
今のままだと精神的な体力が尽きかねないので、桜は話題を変える。
「マスターですか? カルデアには魅力的な女性が多いですが、そういった話は聞いたことありませんね。逆にマスターのことが好きな方は多いようですが」
「あー、ジャンヌさんとかですか?」
彼らのやり取りを多く見たわけではないが、その僅かな時間でもジャンヌオルタが立香に対して異性に向ける好意が少なからずあるのを桜は察していた。
「だと思います」
「……アルトリアさんも…ですか?」
「そのように見えますね。私には」
湯呑を手に取って巴御前はお茶を啜った。
「…どうですか?」
「どうとは?」
「アルトリアさんはそちらで元気に暮らせていますか?」
「…桜殿にはそう見えませんでしたか?」
見えていた。笑顔があったのだ。自分が従えていた時の彼女とは全くの別人だった。アルトリアオルタは立香たちといると楽しそうにしている。
「――――」
桜の口からなにも発されない。それで彼女の答えは理解できた。笑顔で巴御前は言葉をつづける。
「なにも心配することはないですよ」
その一言で安心できた。ホッとしたというのが一番的を射ているかもしれない。
「マスターも良いお方ですから。あんなに大勢のサーヴァントと契約して信頼できる関係を築ける方は他にいないでしょう」
「…そういえば長い人はどれくらいそのカルデアにいるんですか?」
ふと気になったことを桜は尋ねた。
「マスターに召喚されてから二年ほど経つという方は何人かいますね。私はまだ日が浅い方です」
「二年ですか…」
桜もサーヴァントのメドゥーサを召喚し一緒に生活し始めてから二年ほど経つが、カルデアには合計百を超えるサーヴァントがいると聞いている。自分が知っているサーヴァントとの生活とは違うとはわかるが、数が多すぎてどんなものなのか想像ができない。
「――そうですね…。人類を救うために戦っていて多忙の身。余裕がないことはわかりますけど、マスターもまだ幼いわけですし恋の一つや二つ経験してほしいものですね…。私でよければ相談に乗るんですが…」
なにやら巴が悩み始める。
桜が話題に出すまで気にしていなかったが、よくよく考えてみればまだ立香も少年と呼べる年頃。恋路についてどうこういうつもりはないのだが、その辺りの話が全くないというのはおかしな話というかよくないのではと心配してしまう。ここは立香の相談に乗るのがサーヴァントである自分の役割だろうと、カルデアに帰ってから何をするのか決めた巴御前であった。
「と、話がそれていました。もっと士郎殿と桜殿のお話をお聞かせください! 悩み事があればこの巴御前相談に乗りますよ! ささ、どうぞ!」
逸らしたはずの話題が戻ってきてしまった。
この様子ではどう抵抗したところで結局この話に戻されそうなので、甘んじて受け入れることにした。
これから根掘り葉掘り聞かれるのだろうかと思いつつ、桜は口を開こうとした。
その時だ。事が起こったのは。
「……ッ!」
胸を押さえ、突如桜が苦しみ始めた。
昨夜、バーサーカーが現れた時と同じように。
「! メドゥーサ殿!」
桜の傍に移動しながら、彼女の護衛であるサーヴァントの名を呼んだ。
程なくしてメドゥーサは駆けつけてきた。
「サクラ!」
メドゥーサが桜の体に触れる。
「これは…」
感じたのは普通ではありえないほど高い体温。そして…
***
士郎は新都へと足を運んでいた。
「よかったのか?」
護衛である私服姿のアルトリアオルタが唐突にそう言った。
質問の意図がわからず不思議そうな顔をする士郎。
「こちらに来てよかったのかと聞いたんだ」
「あー、遠坂の言ってた通りバーサーカーがこっちに現れた理由が気になるからな。向こうにも行きたかったけど仕方――」
「それじゃない。間桐桜から離れて良かったのかと聞いている」
桜を家に残して、昨日バーサーカーが出現した場所を調べるために士郎は外へと出ていた。
「――桜が昨日みたいに倒れたら、俺は傍にいた方がいいんだと思う。…でも、たぶん俺には何もできないんだ。それだけじゃあ桜を助けてやれない…」
「――――」
「多分、桜が昨日苦しがってたのはバーサーカーが召喚されたせいだ。詳しい理由まではわからないけどタイミング的に間違いないと思う」
「――つまり?」
「俺がやるべきなのはここで起きていることの原因を突き止めることなんだ」
桜が目の前で昨日のように倒れたとしても何もできない。士郎自身それは理解している。だからメドゥーサに彼女のことを任せて、ここまできたのだ。
「……桜を助けるために」
それが答えだ。
「命を賭すと?」
「ああ。これが俺の選んだ…俺がいろんなものを犠牲にして選んだ道なんだよ」
今もこれからも変わることも崩れることもない彼の生き方だ。選択した、道なのだ。
――だというのになぜ彼の顔は苦しそうなのだろうか。
「………」
それきり会話はなかった。二人はただ無言で冬木教会の方向へと歩く。
その時、風を切る音がした。
「――――!」
ようやく士郎は気付いた黒塗りの短刀が自分の眼前まで迫っていたことに。
「小癪な」
黒き聖剣の使い手はやすやすとそれを弾き飛ばす。
「――貴様がランサーたちの言っていたアサシンだな」
いつの間にか二人の正面には、髑髏の仮面で顔を隠し、黒い衣を身に纏った人物がいた。
昨日クーフーリンたちが遭遇したアサシンである。
「何の用だ」
「知れたことを…」
すでに奇襲をされている。暗殺者の彼が出てきた理由は一つしかない。
「…貴様らを殺しに来たのだ」
髑髏の仮面は笑っていた。
いよいよ二章が公開されましたね。多分これが公開されたときには僕も映画館で見ていると思います。感想を聞いた限り期待大です。…例のシ-ンとか。
そして果たして三章までにこれは終われるのでしょうか…。まあ、とりあえず頑張ります。