並行世界の冬木市に迷い込んだ藤丸立香   作:クガクガ

13 / 21
番外編です。本編で詳しく書くかわからないので気になる方はどうぞ。一応見なくても問題はないと思います。
オリジナルの主人公なのはご了承ください。



番外編 《第十次聖杯戦争》 1 『セイバー』

 目の前に広がるのは希望でもなければ絶望でもない。ただの暗黒。

 十四年間、この空間には何の変化もなかった。

 しかしとある日の夜、変化が訪れた。明確で確実な変化が。

 光が差したのだ。眩しすぎる暖かい希望の光が漆黒の闇を照らした。

 

 

***

 

 

 「到着しました」

 

 その声を聞いて車内で眠っていた盲目の少女――砂川愛梨は意識を覚醒させる。

 

 「どうぞ」

 

 運転手が車から出て愛梨が外に出られるようにドアを開ける。

 

 「ありがとうございます。川霧さん」

 

 愛梨の学校への送り迎えはいつも父親の雇っている使用人のうちの一人である男――川霧がやってくれている。このやりとりはほぼ毎日行われているものなのだ。しかしお礼は忘れない。必ず言う。顔を見たことはないが、自分の生活の手助けしてくれているのだから当然だ。

 

 白杖を持ち、まず足を地面につけてから上半身を車外に出す。目が見えているような滑らか動き。十年以上目の見えない生活を送っているためこの程度なら彼女からしてみれば楽なものだった。

 

 「お持ちします」

 

 川霧は愛梨の荷物である学生鞄を持った。

 

 「自分で持てますよ」

 

 「いえ、私がお持ちしますよ」

 

 彼の声色はとても優しいものだった。

 わざわざ持ってもらわなくても自分で持てる。そう何度も言っているのだが彼は毎回「お持ちします」と言って聞いてくれない。荷物を持ってくれるのはありがたいことだ。しかし自分でやれるのなら自分でやりたいと言うのが彼女の心情であった。

 

 「今日は日が沈むのが速いですね。さあ、新太様もお待ちになっているでしょうから行きましょう」

 

 川霧が歩き出す。愛梨もその後ろに続いて歩く。視力がない分、聴力はいいので彼の足音を聞き漏らすことはない。ましてやすでにこの場所は砂川家の敷地内。音を聞きとれなくなるような要因がそもそも存在しない。

 先導してくれる人物がいるのなら白杖を使う必要もないので右手に握っておく。

 

 「――少々お待ちを」

 

 彼がそう言うと数秒後、ガチャッと鍵の開く音がした。鍵を開けたのだ。

 いつもならここで「どうぞお入りください」と声をかけるのだが、今日はいくら待ってもその言葉がない。

 

 「川霧さん?」

 

 川霧がカギを開けてから何も言わないので不安になり名前を呼ぶ。

 

 「――愛梨様。申し訳ありませんがここでお待ちください。私が呼ぶまでは絶対に中に入らないように」

 

 彼が発したのは先ほどまでの優しい声とは打って変わり冷たい声。まるで命の危機が迫ってきているのでは思わせるほど真剣なものだった。

 

 「どういう…」

 

 川霧は鞄を愛梨に返し、彼女の言葉を最後まで聞くことなく家の中に入って行った。

 

 玄関前に愛梨は取り残される。

 

 「――どうしたんだろう」

 

 待つこと十分。信用している人物からの言葉だったので素直に待っていたが、さすがに何も伝えられずに待たされるのもこの辺りが限界だった。

 愛梨は川霧を待たずに大きい扉を開け家の中へと入って行った。

 

 

***

 

 

 一定のリズムを刻みながら白杖が床につく音が廊下に響く。「タッチ・アンド・スライド」と呼ばれる白状の使用法の一つ。周りに自分の存在を知らせるとともに、地面の凹凸を調べるといったものだ。

 これは基本家の中で使うことはないのだが今回は川霧に自分が家に入ったことを知らせるために使っている。

 

 「やっぱり…」

 

 ――おかしい。

 

 屋敷に務める使用人の数は五人。広い屋敷といってもここまで誰とも出会わないなんてことは今までなかった。

 

 「とりあえずお父様の部屋に…」

 

 今は夕方。この時間なら父親のいる場所は決まっている。愛梨は二階の執務室へと向かう。

 

 場所は覚えている。十四年間この家で暮らしているのだ。誘導がなくても問題はない。階段は手すりを使えば簡単に上れた。

 

 そして部屋の両開き扉の前まで辿りつく。

 

 「開いてる…?」

 

 左側の扉の方から風が吹いてきている。開いてなければそんなことが起きるわけがない。

 

 川霧が入ったからと思ったが彼が開けた扉を閉めないとは思えない。

 

 「お父様、いらっしゃいますか?」

 

 ノックをするが返事がない。

 返事がない以上、扉の前でただ考えていても仕方ないので入ってしまうことにした。

 

 「失礼します」

 

 部屋へ足を踏み入れる。

 部屋に入った瞬間とあることに彼女は気付いた……気付いてしまった。

 

 「なに…この……匂い」

 

 なぜ入るまで気付かなかったのか、不思議でならなかった。愛梨の嗅覚が嗅ぎとったのは紛れもない血の匂いだ。

 

 「お父…様…」

 

 部屋を歩きながらまさか、と最悪の出来事を想像してしまう。この部屋に充満している血の匂いの発生源は誰なのかと。

 

 「――ふむ。この娘で最後か」

 

 「誰…!」

 

 部屋の奥から聞こえてくる知らない男の声。

 愛梨は恐怖のあまり震えた声を上げる。

 

 「あ、愛梨様…! お逃げ…ください!」

 

 「川霧さん!」

 

 今度は聞き馴染んだ男の声だった。明らかに苦しそうな声で愛梨に逃げるように伝える。

 

 「…まだ生きているのか」

 

 姿の見えない知らない男の冷たい声からは、恐怖しか感じられない。

 動けない。まるで自分の足ではないように震えて、自由に動かすことが叶わないのだ。

 

 「早く…!!!」

 

 「――――!」

 

 川霧の声を聞いて扉を目指した。

 

 「させると思うか?」

 

 謎の男がこちらに向かってくるのが耳のいい愛梨は足音を聞きとってわかった。だが、わかったところでどうしようもない。目の見える男が方が速いののだから、必然的に追いつかれる。

 

 「行かせない!!」

 

 「む…っ!」

 

 愛梨の背後で何かと何かがぶつかる音がする。

 

 「愛梨様、別館の禁じられた部屋へ…! あそこに向かってください!」

 

 謎の男に川霧はしがみついているのだろう。彼の声には余裕がない。

 

 「離せ、死に損ない」

 

 「が…ッ!」

 

 ドンッ、と思い衝突音。同時にガラスが割れるような音もした。

 

 「川霧さん…!」

 

 「私のことは気にせず!」

 

 どうなっているのか想像しかできないが、川霧が苦しんでいるのはわかる。だが止まることはない。扉まではあと少し、あと少しで部屋の外に出られる。彼の言葉に従って歩き続ける。

 

 「逃がさんよ」

 

 風を切る音。男の方からとてつもない速度で何かが迫ってきている。

 

 「う……!」

 

 投擲物に気付いた愛梨は焦り、躓いてしまった。しかし、それが功を奏した。躓いて体が倒れたことで、投擲された何かを躱すことができた。

 そしえ這いつくばりながらも部屋から出ることに成功する。

 

 「………」

 

 しかし無駄な努力。部屋から出たところでどこに障害を患っていないものからすれば、盲目の少女に追いつくことなど造作もない。

 

 「close(閉じろ)!」

 

 「何!?」

 

 謎の男が初めてそこで焦った声を出した。

 川霧の言葉に反応したように扉が勝手に閉まったのだ。それによって謎の男の視界から愛梨は逃れることができた。

 

 

***

 

 

 「はあ…はあ…」

 

 歩く。それだけでも疲れる。

 普段運動することがない愛梨には早歩きだけでも辛いものだった。

 

 「早く…早くあそこに…」

 

 川霧が向かうように言った『禁じられた部屋』。愛梨が幼い頃から絶対に入るなと言われていた場所だ。

 愛梨が生活をしている本館とはまた別の別館にその部屋はある。別館には中庭からしか行くことができないので彼女は一度外に出て中庭を歩いた。

 

 「ここ…」

 

 別館には全く来ることがないが迷うことなく無事に着いた。

 

 別館の扉を開け、中に入る。

 目指す場所は一階の最奥。微かに頭に残っている記憶をたどる。

 

 「…………」

 

 今まで誰の手も借りずにこれほど急いで移動したことはなかった。もう疲労もピークに達している。

 息は切れ、汗が滲み出てくる。

 

 「急がなきゃ…」

 

 休んでいる暇はない。なぜあの部屋に行けと言われたのかは不明だが、信用できる川霧の言葉だ。その意思に迷いはない。

 

 「なるほど…魔術工房か」

 

 「――――!」

 

 あともう少しのところで背後からかけられる謎の男の声。

 

 「く――――!」

 

 声がした方向に白状を投げつけ全力で部屋まで向かう。

 

 「走ることもろくにできないのか…。マスターとして脅威になりうるとは思えないが、命令だ。致し方ない」

 

 必死に扉まで歩く愛梨の姿を見ている謎の男の声は彼女は憐れんでいるようだった。

 

 「あと、少し…!」

 

 ドアノブに手をかけ扉を勢いよく開いた。

 ひどく冷たい風が全身を包むように吹いたが、気にしない。中に入ったことがないので構造がわからないがひたすら奥へと歩く。

 

 「憐れな娘よ。せめてもの情けだ。死ね」

 

 執務室の時と同じ風を切る音。また何かを投擲された。

 

 「い――――ッ!」

 

 「運がいい」

 

 鋭い何かが腕をかすめる。

 

 ――痛い。

 

 怪我はいつも周りが気を使ってくれるからしたことが少ない。肌が切れることなんて今までなかったかもしれない。

 切れた場所から出た血が肌の上を流れているのが感じ取れる。

 自然と涙が出てきた。ここで死んでしまうのだと考えた途端に目から雫がこぼれ始めた。

 

 「きゃ…!」

 

 足ももう限界。よろけたことによって体が地面に叩きつけられる。

 

 「魔法陣か…。ここで英霊を召喚するつもりだったのかもしれないが触媒がない以上はそれはできまい。今度こそ終わりだ」

 

 ――終わり?

 

 終わる。謎の男の殺意は本物だ。

 目が見えなくても…いや、目が見えていないからこそ、それを敏感に感じ取れた。

 

 ――ここで?

 

 死が近づいてくる。

 

 ――私はここで死ぬの?

 

 もう目と鼻の先だ。

 

 ――まだ…何も…何もしてない。何もできていないのに。

 

 彼女の力だけではもはや助かることはない。

 

 ――ただ周りの人に助けられて生きてきただけ…自分はまだ何もやれてない。

 

 走馬燈のように過去を思い出したわけではない。脳裏に浮かんだのはここまでの人生での後悔のみ。

 

 「安らかに眠れ」

 

 「――や、だ…」

 

 自分の為してきたことはなんだ。成せたものはなんだ。何がある。

 いくら考えても思い浮かばない。当然だ。何も自分の力でやれたことなんてないのだから。

 

 そんな無価値な人間のまま、死ぬなんて嫌だ。目が見えないがために誰の役にも立てず、何もできない自分のまま死ぬなんてご免だ。

 

 「死にたくない……!!!」

 

 瞬間。部屋に刃物と刃物がぶつかったような金属音が響く。

 

 「貴様! サーヴァン、ギ…ッ!」

 

 爆発音のようなものが聞こえた。

 そして、

 

 「こんなものか。それにしても…おかしいな。なんだ、この感覚」

 

 愛梨を殺そうとしていた男とはまた違う男の声。

 その声を聞いてもちろん恐怖はあった。しかし一番最初に感じたのは暖かさ。目の前にいるであろう人物の声からはぬくもりを感じられた。

 

 「誰…ですか?」

 

 「――――」

 

 新たにどこからともなく現れた男が自分に視線を向けているのを愛梨は感じた。

 じっと見つめられている。

 

 「――サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上した」

 

 「――?」

 

 ――サーヴァント? セイバー?

 

 何のことか全くわからない。知らない言葉だ。でもそんなこと今はどうでもよかった。

 

 「問おうか。アンタが俺のマスターか?」

 

 何も映ることのない少女の瞳は確かに男の姿を捉えていた。

 

 

***

 

 

 「えっと…」

 

 セイバーは自分を召喚したであろう少女とその少女の下にある魔法陣を見つめていた。

 

 「――なるほど。危機一髪ってところだったか」

 

 少女の目が見えないことはすぐにわかった。顔は向いているが目の焦点があってないのだから当然と言えば当然だ。

 

 「そこに座ってな。俺が片付けてくる」

 

 右手に赤い印――令呪があることから自分のマスターであることは確実だ。しかし正規のマスターでもない様子、魔術による援護もできそうにない。

 そんな主人をわざわざ危険な場所に連れていく意味もないので自分一人で片を付けに行く。

 

 「ま――」

 

 彼女が状況を理解できていないことはわかっているが説明している暇はない。このままでは今蹴り飛ばした敵サーヴァントを逃してしまう。それはできれば避けたい。

 

 「派手にぶっ壊しちまったな」

 

 敵サーヴァントは何枚もの壁を貫通して吹き飛んでいったようだった。

 

 「ギ、ギ……」

 

 「いたいた」

 

 終着点は中庭。そこには黒衣に身を包んだ人物が苦しみながら倒れていた。間違いなくサーヴァントだ。

 

 「その貧弱っぷりとダッサイ仮面を見るに…お前、アサシンだな」

 

 「――腰に携えた二本の剣。セイバーのサーヴァントか」

 

 髑髏の仮面をつけたアサシンは立ち上がり黒塗りの短刀を構える。

 対してセイバーは何も構えることなく立ったまま。

 

 「…その通り。俺はセイバーのサーヴァントだ」

 

 「最優のサーヴァント。…それにしては隙だらけではないか?」 

 

 ほぼノーモーションでされた短刀の投擲。気がつけばセイバーの目の前には黒塗りの短刀があった。

 

 「そうか?」

 

 セイバーは腰の右側に差してあった剣を鞘から流れるように美しい動作で抜き、短剣を当たり前のように弾いた。

 

 「なるほど、どうやらセイバーのクラスの名は伊達ではないらしい」

 

 アサシンの賞賛は嘘偽りのないものだった。

 

 「もう片方の剣は抜かなくてもよいのか?」

 

 セイバーが抜いた剣はまだ左手に握っている一本のみ、腰にはもう一本の剣がある。

 

 「お前相手に使う必要はないだろ。アサシン風情が」

 

 「――――!」

 

 セイバーは一瞬でアサシンの懐に入り込んでいた。この距離は既にセイバーの間合いだ。

 

 「……素早いな。小物らしいが…」

 

 アサシンは首を目がけて振るわれた剣を体を反らせて回避する。普通の人間の反射神経と運動神経では不可能な芸当だっただろう。しかし、

 

 「…まだ足りない」

 

 「な………ッ!」

 

 追撃。

 左手で握られていた剣を空中で手放し何も持っていなかった右手に持ち替えてそのまま振り下ろす。彼は一本の剣をまるで二本あるかのように扱っている。

 

 「ク…ッ!」

 

 アサシンはなんとか身軽さを活かして致命傷は避けるもセイバーの剣は彼の黒衣に包まれている体を抉った。

 

 「思ったよりも早い。少し甘く見すぎたか」

 

 セイバーは手入れされた美しい剣についたアサシンの血を振り落とす。

 

 「ま、どうあれ十分だな。こっちの剣だけで」

 

 「――――」

 

 彼にとってアサシンは全力を出すに値しない。余裕すら存在する。それほどに二人の差は開いている。

 

 「さてと、あのマスターも待たせてることだしさっさと――――」

 

 「――ここ?」

 

 完全に場違いな弱弱しい少女の声がセイバーの耳に届いた。

 

 「何で出てきた!」

 

 セイバーが少女に気を取られた瞬間がアサシンにとっての好機だった。

 

 髑髏の面をした男は少女に短刀を投げつけた。セイバーではなく少女を狙った理由は簡単。逃げる時間を作る為だ。

 

 「ちっ!」

 

 マスターを殺されるわけにはいかないセイバーはアサシンを視界から外し、少女に刺さる前に短刀を弾き飛ばす。

 

 「…逃がしたか」

 

 目を離したのはほんの数秒はその僅かな時間でアサシンは気配を消し消えてしまった。

 

 「仕方ない」

 

 逃がしてしまったものはどうしようもない。セイバーは自分の落ち度だと諦めて剣を腰の鞘にしまう。

 

 「――あ、あの…あなたは誰…ですか? それと…あの男の人は…」

 

 少女は音を頼りにふらつきながらここまで来たようだった。恐怖に震えながらされた質問にセイバーは答える。

 

 「――お前を殺そうとしてた奴はもういない。それと俺はアンタのサーヴァントだ」

 

 「サーヴァント…? 私の?」

 

 少女が先ほども聞いた知らない単語。彼にその言葉を聞き返す。

 

 「ああ。サーヴァント、セイバー。心配事は多いがよろしく頼むぜ、マスター」

 

 二刀流の剣士と盲目の少女の主従はこの日ここで成立した。

 




オリジナルの聖杯戦争の話になります。この物語に関係するのは本編のアサシンやら、ベイリンやら、リーパーやらです。
三話分は書いてありますが、そこからは全く書けていないので本編よりも不定期更新になると思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。