並行世界の冬木市に迷い込んだ藤丸立香   作:クガクガ

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明日は本編を投稿すると思われます。


番外編 《第十次聖杯戦争》 2 『黒い外套の英霊』 

 優しい風が女の肌をなでる。風はそこまで強いものではなかったが女の長い髪の毛を靡かせるには十分な風力だった。

 

 「はぁ…疲れた」

 

 女は両腕上げて伸びをした。長旅だったためかこれがなかなかに気持ちいい。

 

 「――ここが冬木市」

 

 彼女の赤い瞳は建物が建ち並んでいる街を見回す。

 日本に来るどころか自国から出ること自体が今回初めての彼女にとってはどれも興味深いものだった。

 

 「観光は後かなあ。それよりも…」

 

 右手に浮かぶ赤い模様を眺める。その令呪と呼ばれるものが彼女――サシャが冬木市に来た理由に関係している。

 

 「……さっさと泊まる場所決めて準備しますか」

 

 スーツケースの持ち手を握りサシャは歩き出す。

 

 「いざ、聖杯戦争へ!」

 

 彼女の足取りは実に軽いものだった。

 

 

***

 

 

 「この辺りかなっと」

 

 夜更け。サシャは冬木市の端、木々に囲まれた場所にいた。

 

 「無事に寝床も見つかったし。早くやっちゃおう」

 

 彼女が宿として選んだのはホテルなどではなく、無人の館。彼女は野宿でも構わなかったのだが、歩いてる途中で偶々見つけたので泊まることにした。

 

 「よし! これでいいね」

 

 木の枝を使い慣れたような手つきで茶色の地面になにかを書き始めた。二分経ってそれは出来上がった。

 

 「触媒なしだけど…ま、なんとかなるか」

 

 サシャが完成させたのは魔法陣。彼女はそれの前に立ち掌を向けた。

 

 ――唱える。

 

 「祖に銀と鉄。礎に医師と契約の大公。

 我らが故郷は死霊彷徨する影の国。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 魔法陣が赤く発光する。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 サシャを囲む木々が揺れる。魔法陣を中心に起こった風がそうさせる。

 

「――――告げる」

 

 魔法陣同様サシャの右手も赤く光り始めた。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 右手の文様から熱が感じられる。

 手だけではない。身体の隅々が発熱しているようだ。それほどに全身が熱い。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 だが止めることはない。

 ここまで来たのだ。中断するなんてありえない。

 もう少しだ。もう少しで始まる。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」

 

 サシャの視界が一面光に包まれた。

 

 「眩しっ!」

 

 眩しさのあまり目を瞑る。

 約十秒ほど経ち彼女は瞼を開いた。

 

 「――やった…」

 

 魔法陣の中心には先ほどまでいなかった黒い外套に身を包みフードを被った男が膝をつきしゃがんでいた。

 

 「やったー! 成功だー!」

 

 比喩ではなくその言葉通りサシャはその場で跳ねて喜んだ。

 

 「――――」

 

 「あ…、こほん」

 

 フードの奥から冷たい視線を感じとってサシャは我に返る。

 落ち着いたことを確認した男は立ち上がり口を開いた。

 

 「――サーヴァント……アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 彼から発せられたのはひどく冷たい感情のこもっていない声。ただの人間が聞いたら寒気すら感じるかもしれない。

 しかしサシャはそんなものを気にすることなく、興奮気味のままだ。

 

 「アーチャーのクラスね。どれが来ても良かったけど三騎士を引くなんて運がいいねぇ」

 

 「――――」

 

 黒い外套の弓兵はサシャの右手の令呪を見た後に、彼女の顔に視線を移した。

 

 「アーチャー、君の真名は何かな? 私の知ってる英雄だとありがたいんだけど」

 

 「――悪いがわからない」

 

 「へ?」

 

 どんな英雄が出てきたのかと身構えていたため、弓兵の言葉を聞き気の抜けた声が出た。

 

 「わからない、というと?」

 

 「そのままの意味だ。他意はない」

 

 「なんでわからないのさ。自分の名前だよね」

 

 「――マスター。アンタの召喚が不完全だったせいだ。名前が思い出せないんだよ」

 

 「え? ほんと?」

 

 サシャは唖然とする。

 

 「本当だ」

 

 「――やってしまった…」

 

 頭を抱える。これほどの失敗は人生でしたことがないだろう。

 

 「私は君の真名がわからないまま戦わないといけないのか…」

 

 「俺のせいじゃないぞ。アンタの責任だ」

 

 正論なので何も言葉を返すことができない。

 

 「うぅ…ごめんなさい」

 

 「――――まあいい。名前は戦闘にそれほど影響しないだろうし、記憶はもしかしたら時間が経てば戻るかもしれないからな」

 

 「本当に!?」

 

 「いや知らん」

 

 「あ、そう…」

 

 サシャが抱いた希望は、アーチャーの無慈悲な言葉によって一秒ほどで砕け散った。

 

 「……それよりもマスター、アンタの名前を教えてくれ。俺と違って名前はわかるだろ」

 

 アーチャーと違ってマスターである自分は名前がわかるのだ。伝えられるのだし伝える。

 

 「――私の名前はクアサシャ。でもこの名前好きじゃないのと呼びずらいからサシャって呼んで」

 

 「そうか…サシャか…」

 

 「お! なんかさっそく思い出した?」

 

 アーチャーがサシャの名前を聞いて、何か考えるようなそぶりを見せたので質問する。

 

 「――わからない。だが何も思い出していないということはそういうことだろう」

 

 「ま、そうだよねぇ。私が過去の英雄さんと関わるなんてありえないし」

 

 英霊である者が自分の名前を知っているというのは普通に考えればおかしな話だ。そんなはずはない。

 

 「――ふぅ…。記憶云々は放置しておいて、とりあえず召喚は成功したね。これで私もスタートラインに立てるよ」

 

 サシャは星が輝く夜空を見上げた。

 

 

***

 

 

 木々に囲まれた道を通り指として使う屋敷に向かっている。今後の方針などはそこに帰ってから立てることになった。

 

 「サシャ。アンタの望みはなんだ」

 

 その帰りの途中、アーチャーはサシャに質問をした。

 

 「望み?」

 

 「そうだ。聖杯戦争に参加している以上は望みがあるんだろ?」

 

 「――――」

 

 望み、と聞かれてサシャはその場に立ち止まり考え始めた。

 

 「そんなに悩むことなのか?」

 

 思考時間が長い。聖杯戦争に参加する者ならば事前に願いは決まっているはず…否、決まっていなければおかしい。彼らは願いをかなえるためにこの戦争に命を懸けて参加するのだ。願いも何もないのにわざわざ参加する理由がない。

 

 「うーん。聖杯を使ってまで叶えたい願いはないかな…」 

 

 「は?」

 

 間の抜けた声がアーチャーから発せられた。

 

 「本気で言っているのか?」 

 

 「本気も本気よ」

  

 「――アンタは魔術師だろ。根源の渦への到達とかは?」

 

 聖杯戦争などという殺し合いに自分から参加する魔術の願いのほとんどは根源の渦への到達だ。しかし、

 

 「興味ない」

 

 サシャはそんなことに一切の興味がなかった。

 

 「なるほど。アンタは魔術使いなのか」

 

 「そうなんじゃないかな? これまでの人生ずっと魔術に打ち込んできたわけじゃないしね」

 

 「ではなぜ参加したんだ?」

 

 「………」

 

 願いがないのはわかった。そうなると願いもないのになぜ彼女が聖杯戦争に参加したのかが気になる。

 

 「――お父さんがね。前回起きた『第九次聖杯戦争』に参加したんだよ。私ひとり家に残して」

 

 「――――」

 

 「病気で死んじゃったお母さんを生き返らせるんだ。なんて言って出て行ったのにそれっきり帰ってこなかったんだ」

 

 「――――」

 

 懐かしい思い出のように語るサシャの赤い瞳をアーチャーは見つめる。

 

 「あ、でもそれでお父さんとか聖杯戦争とか憎んでるわけじゃないよ」

 

 「憎んでない? 家族が死んだんだろ?」

 

 「そりゃ辛くて悲しかったけど。そういうものなんだって受け止めたよ。あの人が出て行った時からなんか帰ってこない気はしてたからそんなにショックは受けなかったし」

 

 「なのに参加しているのか」

 

 「うん」

 

 「父の無念を晴らすために?」

 

 親の無煙を晴らすために。これなら十分参加する理由にはなる。

 

 「…違うよ」

 

 だが彼女はそれを否定する。

 

 「私はね。戦うためにここに来たんだ」

 

 戦闘狂。そう呼ばれる者たちがいる。

 彼らは何よりも戦うことを優先し、狂った様に戦闘を行い、楽しむ。富でも権力でもない。彼らを満たせるのは血を流し合う戦いのみ。

 アーチャーはサシャからそれに近しい何かを感じた。彼女の本能のようなものを。

 

 「君の望みは?」

 

 自分の召喚に応じたということは彼も当然望みがあるということになる。サシャとしてはアーチャーの願望が気になった。

 

 「…と思ったけど記憶がないんだから望みわからないか」

 

 そう、アーチャーには記憶がない。名前もわからないのだから望みなんて覚えているはずもない。少なくともサシャはそう思っていた。

 

 「――明確な願望はない。記憶がないからな」

 

 思った通りの返答ではあった。そこまでは。

 

 「でも」

 

 「――――」

 

 「約束を果たす…それが俺の願いのような気がする」

 

 「約束って?」

 

 「………たくさんの人を助けて幸せにする…そんなものだったと思う」

 

 「そうなんだ…」

 

 決して明確な答えではない。約束も曖昧だ。

 それでもそれは記憶がないアーチャーが出した、心の底からの答えだった。

 

 「うん。君がサーヴァントでよかった気がするよ」

 

 「まだ力を見せてないのにか?」

 

 「主従関係って力量だけが大切なわけじゃないでしょ?」

 

 「――ああ、その通りだな」

 

 そこでアーチャーは初めて笑った。フードに隠れて笑みは見えなかった。

 しかし確実に笑っていた。そう思わせる声だった。

 

 「そういえばまだ見てないから見せて欲しいな。君の顔」

 

 「見て面白いものじゃなさそうだぞ?」

 

 「いいよ。構わないさ」

 

 「なら」

 

 アーチャーは深くかぶっていた黒色のフードを剥いだ。

 

 「うん。いいね。カッコいい」

 

 「そうか?」

 

 「そうだよ」

 

 現れたのは右目に深い傷を負った白髪の男の顔。

 

 「私といる時はフード被らないように。それと霊体化は基本外に出ない限りはしなくていいよ。魔力量には自信があるから」

 

 「わかった」

 

 サシャは満足気に頷いて再び館へと歩みを進めた。黒い外套のアーチャーもそれに続く。

 

 

 この美しい月明かりが冬木市を照らしていた日。

 赤眼のマスターと隻眼の弓兵の主従が誕生した。

 




ここぞとばかりに番外編投稿してますが、次投稿されたら番外編は当分は触れられないですね、多分。
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