この世界で行われた今回の聖杯戦争において一つだけ誰も予想していなかったイレギュラーがあった。
数々の思考が交差するこの戦い。誰が負け誰が勝つかなど誰にもわからない。それは百も承知だ。大聖杯というシステムを作り上げた神域の天才もそれはわかっているだろう。
しかし今回のこれは誰一人として予測できなかった。大聖杯を作り上げた人物もまさか『聖杯の力を使うことなく、英霊の座からでもなく、完全に独立した外部から現れた存在がサーヴァントとして聖杯戦争に参加する』とは思っていなかったはずだ。
***
「殺せ、ライダー」
場所は冬木市内のとある公園。その場所で男――カレヌアス・ドマノハは、魔術師らしい冷徹な声で、古汚い本を大事そうに抱えながら怯えている少女を殺せと自分のサーヴァントに命じた。
「…しかし幼い子供ですよ」
カレヌアスのサーヴァント。ライダー・ゲオルギウスはマスターの命令に対して抵抗を見せる。
「知るか。子供だろうがなんだろうがそいつからは異常なほどの魔力を感じる。私が今まで出会ってきた魔術師の中でもダントツだ。かの時計塔のロード。ケイネス・エルメロイ・アーチボルト殿でも足元には及ばないだろう」
実験台としては面白そうではあるが、これほどの魔術師ではいずれ脅威になりかねない。自分の未来に支障を与えるようならば即座に殺すべきだと考えた。
「――了解しました」
納得したわけではない。しかし英霊となり果てた過去の人物。自分の意思で勝手に世界に干渉してはいけない。召喚されたからには召喚主の命令に従う。それが今の彼にある唯一の存在意義だ。
「それにしてもこれほど大量のオドを撒き散らせる人間がいるとはな。早めに発見できて幸いだった。放置していればこの聖杯戦争にも影響をきたしていたかもしれん」
異常な魔力を発するカレヌアスが見つけたのは偶然。真夜中、戦争前の下準備をしようとしていたところに少女が偶々現れたのだ。
「…申し訳ありません」
ライダーは右手に握る剣を振りかざす。
彼は心底嫌な顔をしている。聖人と呼ばれた彼だ。六歳ほどの少女を殺したいわけがない。
「た、助けて…!」
少女は大声を上げるが無意味。カレヌアスが周囲に結界を張っているため、外にいる者に声が届くことはない。
「おじいちゃん!」
またも悲鳴のように声を上げるが助けはない。何も起こるはずがない。
――唯一あった変化は少女の背後から長身ではげ頭の老人が現れたこと。
「あなたには私を恨む権利があります」
「…ちょいと失礼」
かすれた声を出した古びた浴衣を着た老人は、ライダーの横を通りカレヌアスの方へ当然のように進んでいく。
「――――?」
そこでライダーは違和感を覚える。何かおかしいと、何か場違いなことが起きていると。
「さてさて…」
草履の音が深夜の公園に響く。そして老人はカレヌアスの前につくと立ち止まった。
ライダーは何がおかしいのか、この場所で起こったことを脳内で振り返る。
戦のための準備中に少女と出会った。マスターからその少女を殺せと命令を受けた。自分は今命令に従い少女を殺そうとしている。少女は助けを呼ぶために叫んだが誰も来なかった。少女の背後から老人が現れた……………老人だと?
「――! マスター!」
さすがはサーヴァントと言うべきだろうか、その違和感に気付くまでそう時間はかからなかった。
――だがもう遅い。手遅れだ。
「あ、あぁ…ぁ…ぁぁぁ…」
情けなく震えた声。誰が出したものなのか、それは紛れもないライダーのマスターだった。
謎の老人が目の前に立った途端にカレヌアスは、目の焦点を右往左往させ、生まれたての小鹿のように足を震わせ、汗、唾液、鼻水、尿、身体中の穴という穴から液体を垂らしている。
「なに……を…」
変わり果てたカレヌアス。ライダーも彼の状態を理解できていない。
生前、死という恐怖で震える者は見たことはあった。しかしカレヌアスはそれとはどこか違う。
「いいのか…? 意識を逸らして…」
「……な」
油断していたわけでない。ただ意識を老人の方に向けることが継続できなかった。 サーヴァントと言えどもとは人間。人間の集中力とは長く続かない。それに意識をすべて一つのことに向けることはさらに難しい。追い詰められ自分の命が危うい戦闘中ならまだしも、まだ戦闘にすらなっていないこの現状では不可能なことだった。
「まぁ、よいか。どちらにせよ終わりじゃ」
ライダーが意識を再び老人に集中させた時には、すでに彼は目の前にいた。
彼は距離を取ろうとしたが動くことができない。何故か足が言うことを聞かない。
「――――!」
至近距離まで近づかれライダーはようやく気づいた。彼が何者かに。
「……英霊ではなく…聖杯に呼ばれたサーヴァントですらない…! 貴方は――」
ライダーは最後まで言葉を言い切ることができなかった。物理的な干渉をされたわけではないのに、口を動かすことができなくなった。
「そうじゃよ。儂は聖杯とやらに呼ばれたサーヴァントではない。だからおぬしらの行っている聖杯戦争とやらには関わりがないんじゃ。席ももうないようだしの」
すでに七騎の英霊は揃っている。空いている席はない。
「かといって参加できないわけではない」
まだ方法はある。彼が正式に七騎のサーヴァントの一人と認められる方法が。
「――おぬしを喰らってその座を貰えばよいのだ。簡単じゃろ?」
老人はライダーの鎧の胸のあたりから手を無理やり突き刺し心臓を掴む。
「………」
悲鳴は上げない。否、上げられない。だがライダーは一つの感情を抱いていた。
「おぬし……」
聖人である彼が抱いたそれは紛れもない――
「恐怖…しておるのぉ…」
笑みを浮かべながら勢いよく心臓を抜き取り、文字通り老人はそれを喰った。程なくしてゲオルギウスは消滅した。
「心の臓だけでなく、魂までも喰らってやろう」
彼はしわしわの声で愉快そうに笑った。
「おっと、そうじゃった。こちらからも貰わなければな」
放置していた魔術師のところに戻る。そして、令呪の宿る右手を何の躊躇いもなく引きちぎる。
「――もうどうせその状態では生きることはできまい」
手をちぎられ腕から滝のように血を流してなおカレヌアスは反応することはなった。
震えながらも立っている。
今彼がしているのはそれだけ。それしかできない。
「さてと」
老人は歩む。怯えて地面に座っていた少女のもとへ。
「おじいちゃん!」
老人を見ると少女の表情はパッと明るくなった。
「おう、よしよし」
つい数分前とは別人。少女は無邪気な子供のように老人に抱き着いた。老人は少女の頭を優しく撫でる。
「…おぬしの願いは必ず叶えるぞ、沙波。それが儂――いや儂らの願いじゃ」
老人はさらに強く少女を抱き寄せた。
***
「璃正神父。サーヴァントの召喚状況の方は?」
月明かりが差し込む礼拝堂で二人の神父が会話をしていた。
「――クオズくんか。サーヴァントはすべて出揃ったようだ。夕方ランサーとセイバーが召喚された」
「そうですか。では問題なく聖杯戦争は行われているようですね」
「いや、既に問題が発生してしまっている」
「それは?」
「数分前にライダーが消滅した」
「ライダーが? 確かマスターは時計塔の魔術師でしたよね。もう他のマスターと戦闘を行ったのですか?」
「わからない。ただのマスター同士が殺し合いをした。それならば問題はないのだが…」
「何かおかしなことが?」
「…どうやらライダーが消滅した後にそのライダーを乗っ取るように新たなサーヴァントが現れたようなのだ」
「つまり八体目ですか?」
「そういうことになる」
イレギュラーだ。誰一人として予想もしていなかった。八体目のサーヴァントが現れるなど。
「最初に召喚されたのはバーサーカー。次にアサシン。三番目はライダー。四番目にアーチャー。五番目は…クラス不明のサーヴァント。六、七番目はセイバーとランサー。合計七体。これで定員のはず…それなのに現れたサーヴァントですか…」
「問題はそれだけではない。五番目のサーヴァントはもちろんだが、六、七番目のセイバーとランサーが全くの同時。寸分の狂いなく同じタイミングで召喚された」
「――――そんなことが…」
「――今回の聖杯戦争も簡単には終わらないようだな」
***
全てのサーヴァントが出揃った。多少のイレギュラーはあったがこの儀式は止まることはない。歯車はもう動き始めているのだ。
ここから始まる――第十次聖杯戦争が。
パソコンが直るまでは次回の投稿ができません。なるべく早くなんとはしたいと思っていますがいつになるかわかりません。