前後編にするはずだったんですけど、一週間近く執筆できないのでもう一つ区切りました。ちょっと短いですがお許しください。
桜が倒れて数分後、クロエが衛宮邸の屋根上で待機していた時のことだ。
彼女は玄関の開く音を聞きつけて下に目を向けた。
「あれ、式…?」
家から出てきたのは両儀式。しかしいつもと雰囲気が違うように見えた。
「………?」
気になるが、ひとまず敷地内から出ようとしている様子なので屋根から飛び降りて声をかけることにした。
「ちょっと、どこ行こうとしてるの?」
着物に革ジャンを着た少女の背中に声をかける。
声は当然届いた。だから彼女はクロエの方へ振り返った。
「――――」
式だ。間違いなく顔は式そのものだ。けれど決定的に何かが違う。言葉には言い表しにくいが、別人のような空気を纏っている。…いや、纏っていないと言ったほうが正確かもしれない。今の彼女は無のだから。
「…様子を見に」
その声はいつもの彼女のものよりも静かで、冷たくて、穏やかなものだった。同じ声であるというのに別人が発したのではないかと思ってしまうほどに差を感じたクロエ。
そんな彼女を他所に、式は再び正面を向いて歩き始める。
「あ、ちょっと…!」
今度はクロエの声には振り返ることなく、門をくぐり敷地外へ出た。出てすぐに右曲がったために式の姿は塀に隠れてクロエの視界から消えてしまった。
結局彼女の目的が微塵もわかっていないままなので、さすがにあのまま放置はできない。というわけで、彼女も門を出てすぐに右を向いた。
「え…?」
いなかった。
式の姿がどこにもなかった。
ありえない速度だ。まだ式の姿が消えてから五秒と経過していなかったというのに。
「なんなのよ…」
困惑していたクロエの口からは、ため息交じりのそんな声しか出なかった。
***
「我々を殺して貴様にメリットがあるのか?」
殺すために来た。そう言ったアサシンにアルトリアが問いを投げかける。
「騎士王、それは暗殺者に尋ねることではないと思わないか?」
「――――」
彼は暗殺者。命令に従って敵を殺すだけだ。
故にアサシン自身にメリットがあろうがなかろうがどうでもいい。
「まあ、それに関してはサーヴァントとなった我々も本来は同じか。と、そんなことはどうでもいいな」
何もない空間から出現した黒い聖剣をアルトリアオルタは掴む。
「ここで殺してやる。どうせ目的など吐く気はないんだろう?」
「愚問だ」
返答とほぼ同時に踏み込む。
早い動きではあるが、予期していたことだ。アサシンはアルトリアの進行方向へ短刀を投げつける。
すでに彼女は止まることができる段階ではない。このままだと短刀は彼女に命中する。
「――馬鹿が」
正面から見ると面積の少ない短刀ではあるが、アルトリアからしてみればそんなもの弾くなんて造作もない。踏み込み、距離を詰めながらであってもそれは変わらない。
「…ほう」
見た目は呪腕のハサンに似ているが、彼以上に不気味で底知れない雰囲気をこのアサシンは漂わせている。戦闘を長引かせるのは愚策だとアルトリアは判断した。故に、早急にけりをつける。距離は十分、すでに剣士の間合いだ。
魔力放出。聖剣を黒い光が包んだ。
「――終わらせる」
禍々しく闇を纏った聖剣は振るわれ、放出された黒い光は道を抉り、突き進む。暗殺者はその光に飲み込まれた…かに思われた。
「ふむ。聖剣の使い手というのは伊達ではないらしい」
「貴様…」
光からアサシンは逃れていた。しかし完全に回避できていたわけではない。左腕だけは逃れることができなかったらしい。その証拠に彼の衣の左腕部分は消え去り、腕自体にも力が入っておらず使い物にならなくなっているようだった。
だが、痛みを感じていないのか、アサシンは平然としている。
「やはりセイバーというのは強者ばかりか。正面から勝負をするものではない」
「――それを理解しているというのに姿を現したのか?」
愚行極まりない。そもそも本来は暗殺者のクラスというのは正面戦闘に向いていないのだ。
セイバークラスのアルトリアの前に立った時点で一対一での勝率は皆無に等しい。
「ああ。端から貴様と一対一で殺し合う気はないからな」
「――――!」
瞬間。士郎の視界内からアルトリアが消えた。
「――! セイバー!!」
アルトリアは士郎の後方、先ほどまでいた位置から約十メートルほどにいた。彼女は蹴り飛ばされていたのだ。剣を地面に突き刺して勢いを殺したことによってその程度で済んでいたが、それが出来ていなかったら倍以上は吹き飛んでいたはずだ。
そして、アルトリアがいた場所には黒い外套の存在がいた。蹴りだけでアルトリアを十メートルも移動させた人物。サーヴァントなのは間違いないだろう。顔はフードによって隠されているためわからない。
「なんだ…お前は…」
そのサーヴァントを視認した途端、士郎を寒気が襲った。
動機が荒くなる。理解する前に体が反応をしている。
アサシンのように不気味だとかそういう次元の話ではない。彼の中の本能が危険信号を発しているのだ。あのサーヴァントはまさしく死であると警告をしている。
「――――」
士郎の言葉に対して一切声を発しない。
だが声の代わりにサーヴァントはどこからともなく出現させた武器、士郎も見たことがある投擲剣――黒鍵を投げつけた。もちろん丸腰の士郎に向けてだ。
「くそ…っ!」
それを口にするので精一杯だった。
回避をしようとしたが体の動きが間に合わない。
しかし、黒鍵は当たることなく金属音を響かせ弾け飛んだ。
「させるものか…」
アルトリアオルタだ。彼女が寸前で黒鍵を弾いて、士郎を守った。
「どこの英霊かは知らないが、私を蹴るとはいい度胸だ」
アルトリアから明らかな殺意がフードを被った男へと向けられる。
けれど男は動じることなく、フードの下から彼女を見やる。
「――貴様…人間か…?」
姿形は間違いなく人間だ。
だが漂わせている空気が明らかに人間ものではない。黒い外套の周りにはあまりにも多くの『死』が纏わりついている。
「――サーヴァントだ…」
冷たく言い放つ男の声。単純な答えだ。彼からしてみれば現在の自分は召喚主に仕えるサーヴァントであってそれ以外の何者でもない。
「違う。元の話だ」
彼の放つオーラは英霊だろうが、元が人間である者の到達できる領域を越している。
例えるのなら…
「――ああ、人間だ。…俺は無力な人間だったよ」
言い終えた瞬間だ。
「――――!」
アルトリアは自分の持つ聖剣を防御するときのように構えた。
そうするべきだと彼女が直感的に判断してそうした。そしてそれは正解だった。突如、巨大な岩でも正面からぶつかってきたのではないかと思う程の衝撃をアルトリアは味わう。何かを投じられたのだ。何かはわからないが確実に何かを今、聖剣で防御している。
このままではまた先ほどの蹴られた時のように吹き飛ばされてしまう。だから彼女は剣を横にふるって、投擲されたものを受け流した。
「なんだ今のは…」
男の手へと目をやる。その手の指の間には刃渡り八十センチほどの細長い投擲剣が挟まれ、長い爪のような持ち方をしている。
「今のが、さっきのと同じだと?」
彼の持っている黒鍵は、ついさっき士郎を守るときに弾いた時と同じものだ。間違いはない。同じものを投げられたというのに明らかに威力が違う。
(魔術付与か? それとも…。――どちらにせよこいつは危険だ)
異常な投擲速度。直感スキルがなければおそらく防御すらかなわなかった。額に刃が突き刺さっていたことだろう。いや、あの威力ならば頭部ごとを吹き飛ばされていた可能性がある。
「――確かにこいつはお前の手には余るな」
アルトリアの行動に感心したような声を漏らす男。アサシンでは力不足であることを自分の目で確認をした。
「ああ。そちらは頼むぞ、リーパー」
「了解した」
同じ感覚。アルトリアは投擲をされるのを感知した。
剣を構えたと同時に再び衝撃を受ける。
同じように対処をし、ひとまず黒鍵から逃れる。だが今回はすぐに二本目が飛ばされてきた。
「………!」
紙一重で防御は間に合った。黒鍵と聖剣はぶつかり合い火花を散らしている。
しかし、この状況が非常に不味いことをアルトリアは理解していた。
「――俺たちは向こうだ」
「ぐ…ッ!」
蹴りだ。防御の最中であるため当然回避できるわけがない。腹部を蹴られた彼女は吹き飛んだ。リーパーは一度士郎へと目を向けた後に彼女の後を追った。蹴り飛ばされた距離は初撃の比ではない完全に士郎とアルトリアは分断されてしまった。
「では命令を遂行するとしよう」
髑髏の仮面をつけた暗殺者はゆっくりと歩み寄ってくる。アサシンは左腕を負傷しているが、ただの人間とサーヴァントには圧倒的な差がある。殺し合いに於いては無意味なハンデだ。
――しかしこれは、あくまでただの人間だった場合の話だ。
「――――」
まずしたのは深呼吸。
なにせ、久しぶりに行使するのだ。自分を落ち着かせる必要がある。
「諦めたか?」
「…いや、おまえを倒す」
精神を研ぎ澄まし、起動させる。記憶の引き出しから今自分が望むものを引き抜く。
「――
「――ほう…」
士郎の両手には、白と黒の対をなす双剣が握られていた。
なぜか蘇ったパソコン君ですが、またいつ死ぬかわからないのでさっさと買い替えたいです。
次回は三体いる『影』の右腕サーヴァントのうちの一体、クラス名だけ出てきていたセイバーが出てきます。