「虚無なる者だと?」
ランスロット消滅後、そんな言葉初耳だという表情でギルガメッシュは影――ヴァニティを見やる。
「ああ。その呼び名が一番俺に合ってる」
ヴァニティの顔は依然視認できないままだった。
「何者なんだ…?」
「――藤丸立香…。その質問はもう答えてないか?」
やや不快げに立香の名前を呼びつつ、ヴァニティは返答した。
「俺は虚無だ」
「虚無…?」
「そうだ。――誰でもない存在。もともと世界に存在しないとされた…世界からつまはじきにされた者。それが俺だよ。藤丸立香」
「………」
ヴァニティの説明はとても立香に理解できるものではなかった。
凜やジャンヌオルタ、そしてギルガメッシュでさえもその説明の真意を理解できていなかった。誰一人としてヴァニティという存在の全貌を把握できていないのだ。
「まあ、案の定だな。誰も理解できるわけがない」
全員の様子を見ると、吐き捨てるようにヴァニティが言った。
「――理解されたいと思ってるの?」
「はっ、面白いこと言うな。遠坂凜」
愉快だと、楽しそうに影は笑って見せる。
だが、それも一瞬。唐突に声音が変わった。
「そんなわけがないだろ。俺は誰にも理解される必要はない、理解できないからこそ存在できているようなものだからな、俺は。それに、そもそもの話だ。俺を理解できる存在がお前たちの中にいない。――いや、例外はいるか…」
思い出したように呟くが、最後の言葉は誰の耳に届くこともなく消えていく。
「なあ、お前たちは俺をどうしたいんだ?」
唐突に投げかけられる疑問。立香はそれに答える。
「倒す。それでこの事態を解決させる」
「曖昧な答えだな。倒すっていうのはつまり俺を消すということなのか? 俺をお前のサーヴァントに命令して殺させるということか? 藤丸立香」
「――――俺は…」
「…いや、いい。意地が悪かった。今のお前はまだ答える必要はない。覚悟が必要なのはこの軸じゃないからな」
含みのあるヴァニティの言葉が気にかかったが、それを疑問として言葉にする前にギルガメッシュが門を開き、彼目がけて武器を放った。
わざとか、もしくは最低限の動きで回避したのか、ギルガメッシュの放った武器はヴァニティの顔の真横を通過し、壁に衝突した。
「くどい」
「………」
「端的に言え」
「…ならそうしよう」
それだけでヴァニティには意味がわかったようだった。
「根本的な話だ。お前らはこうなった原因が俺だと思っている。でもそれは違う。俺だって被害者なんだよ」
「被害者…?」
「そう。被害者だ。言っただろ? お前らが根源なんて意味のないもの目指すから開いた穴から俺が奇跡的にこっち側に出てきたんだ。俺に非はない。悪いのはどう考えてもお前らだろ。遠坂の末裔」
「――穴から…出てきた…?」
その意味が本来魔術師ではない立香にわかるわけがない。
しかし凜には思い当たるものがあった。が、彼女はそれを口にすることはなく、別の問いをヴァニティに投げかける。
「でも桜が倒れる原因はあなたなんでしょう?」
「――――ああ」
返答を受けて凜はヴァニティを見据える。
「それならそれだけよ。私があなたを倒そうとする理由は」
「理不尽だな。俺はそういう存在なんだ。こっち側にいる限りは際限なく
「! 桜が倒れたのは…」
「そうだ。俺があいつから魔力を吸い上げてるからだ」
「なんで、桜なの?」
「二年前のこともあって相性が良かった。あとは単純に間桐桜の魔力量が多いからだ。あいつから魔力を吸ってればまだ少し冬木市は無事なはずだからな」
「………」
「俺なりの優しさなんだぞ? 間桐桜以外から魔力の吸い上げをしたら間違いなく即座に死に至る。俺も別にお前ら人間を殺したいわけじゃないからな。一応制御してるんだよ」
「……まだもう少し無事っていうのはどういう意味?」
「言葉通りだ。まだ少しは何事もない。間桐桜という器が壊れない限りはな」
「桜に何をするつもり?」
「別に。俺がやるのは魔力を吸い取るだけだ。――出口以上の魔力を吸い続けられたらどうなるかは想像に任せるがな」
間桐桜。
彼女の持つ魔力の量は相当なものである。もはやどんな魔術師でも使いきることのできないほどだ。しかし、肝心な器である彼女が一度に使える魔力は、保有する魔力量に見合っていない。つまり吐き出せる量に限界がある。
ではこの限界量を超える魔力をヴァニティが吸収しているのだとしたら、それが何回も行われているのだとしたら、桜はどうなってしまうのだろうか。
答えは――壊れる、だ。
そして、彼女という器が壊れた場合収まっていた魔力が、ダムが決壊したかのようにとてつもない勢いで溢れ出る。異常な量の魔力がこの世界に放出される。
「あなたは…世界を壊す気なの?」
「まさか。そんな気は微塵もない。というか世界を壊すというのに語弊がある。この星のマナの量が増幅してバランスが狂うだけだ。大体…数千年前ぐらいか? お前ら魔術師ならマナの量が昔に戻ったところで死にはしないだろ。せいぜい魔術回路になんらかの変化が起こる程度だ」
「一般人がどれだけ死ぬかわかっているでしょ…?」
「お前は本当に面白いな、遠坂凜。お前ら魔術師からしてみれば嬉しいことじゃないか? 神代に近しい環境になれば大好きな根源への到達が捗るだろ。さらに言えば一般人がいなくなれば神秘の秘匿なんてものはなくなる。好き勝手にやれるぞ? …いや、魔術師にとって魔術が常識になるのはよろしくないんだったか…? ま、どちらにせよ俺には関係ないが――」
「――世界を回帰させる、か」
ヴァニティは凜から声を発したギルガメッシュへと視線を動かした。
「回帰なんて大層なものじゃない。間桐桜が死んだら結果として訪れるただの塗り替えだよ。俺の力でもないし、自然現象みたいなもんだ」
「テクスチャの張り替えなら貴様もできるだろう? 現にしているのだから」
「――――」
影が少なからず驚いていることに気付いたのはおそらくギルガメッシュだけだった。
「気付いていないとでも思ったか?」
「――なるほど…台風の目だったか。そこまでは考えてなかったよ。流石はウルクを治めた英雄王だ」
「貴様の礼賛などいらん」
素直な賞賛を送るヴァニティだったがそんなものギルガメッシュには不要以外の何物でもない。
「…王様。世界を回帰させるってどういうこと?」
いまいち彼らの会話の意味を掴み切れていなかった立香がギルガメッシュに尋ねた。
「――回帰させるというのは、世界に漂うマナ…つまりは魔力を過去の時代と同等の量まで恢復させるということだ」
「そうなると…どうなるの?」
「マナが濃くなった世界に適応できない人間は死ぬ。それだけだ。この時代の人間では半数も残ることはできないだろうな」
「! そんなことを…っ」
「させるわけがない、だろ?」
ヴァニティが立香の言葉を奪った。
彼のことを熟知しているというように続く言葉を言い当ててみせた。
「滑稽だな。力はないくせに志は一人前だ」
初めて影から感情と呼べるものを立香は感じ取った。
その感情は嫌悪である。
「自分には何の力もないっていうのにな…」
(なんだ…この感じ…)
ヴァニティの言葉から確かに嫌悪を感じはしている。
だがそれだけではない。もっと他の感情が混ざっているようにも立香は思えた。
「本当に…無様だ」
立香を見下し続ける影に対して声を上げる人物がいた。
「――確かにそいつは何の力もない馬鹿よ。でもアンタが立香の何を知っているっていうの?」
ジャンヌオルタだ。
「それに自分じゃ何もしてないっていうのはあんたも同じじゃない? さっきから守ってもらってるだけでしょ?」
「――――」
ジャンヌオルタの言葉を受けてしばらくヴァニティは黙った。
次に出す言葉を思考していたのか、それとも言葉を出すことができなかったのかは誰にもわからない。
「――俺は力を持っている。ソレとは違う」
「へぇ。じゃあ…その力っていうのを見せてもらおうかし、らっ!」
旗を握った彼女が崖上のヴァニティに向かって駆ける。
防御を命令する様子も、セイバー自身が動く様子もない。
このままいけば何の障害もなくジャンヌは影のもとへたどり着く。
が、そんな都合よく事が運ぶわけがない。
「ッ!?」
何の前兆もなく、ジャンヌオルタが動きを止めた。
「ジャンヌ!」
まるで時間でも止まったかのように彼女の動きが止まったのだ。立香はその光景をおかしく思い名前を呼んだ。
「…重力、操作…っ!」
ジャンヌオルタの体は重力に押さえ付けられていた。いや、押し潰されようとしていた。
「く…ッ!」
地面にひびが入り、体は地面にめり込んでいく。
何人たりとも逆らうことのできない力に彼女は膝をついた。
動きを完全に封じられている。
「重力操作の宝具だが…確かにこれも俺の力じゃないな。お前の言うことは間違ってない。結局…俺とそいつに大した差はないってことだ」
自虐気味に彼は言った。
ジャンヌオルタの言葉は肯定した。けれど、
「フッ、それこそ愚かではないか? 虚ろな影よ」
英雄王が否定する。
「なにが言いたいんだ」
「貴様とこやつとでは何もかも異なっているだろう」
「――――」
「そも貴様はこの雑種の認識を誤っている。弱いのは確かだが、こやつにも力はある。貴様の力とは別種のものだがな」
「――藤丸立香に力なんてない。認識を誤っているのはお前だ。ギルガメッシュ」
「――――余程立香のことが気に入らないらしいな」
「当たり前だ。結局そいつには何もできない。この軸から元の軸に戻れたところで終わりは見えている」
そこだけは譲らないというように、強く力を込められた言葉だった。
「――無駄話が過ぎた。もう終わりにしよう」
反省しつつ、ヴァニティは無理やり話に区切りをつける。
本当に彼にしてみれば無駄以外の何物でもなかったのだ。
故に…終わらせる。
黒い空気が影の周りを漂っている。
尋常ではない冷たい空気が侵食し始めている。
この場にいる誰もが、ヴァニティの行動を警戒していた。
「俺の宝具みたいなものだ。特別に見せてやるよ、英雄王」
その影の言葉に英雄王が機嫌よく笑った。
「ハッ、貴様の宝具になど興味はないが、終わりにするというのは同感だな」
言葉と同時に黄金の門が開いた。
武器を射出するためではない。
最強の剣を取り出すために、彼は門を開いたのだ。
「喜べ、接続者。貴様はともかく貴様という存在にはこれを使う価値がある」
取り出された乖離剣。
世界を切り裂く対界宝具。
「――正気か…? それを振るったらここのテクスチャが剥がれるぞ?」
「たわけ。我とてそんなこと心得ている」
「本気か…。なら変更だ」
「――あれ、重力が…」
ジャンヌオルタの重力の拘束が解除された。
しかし、その代わりにギルガメッシュを圧倒的な重力が襲う。
「やれ、セイバー!
ヴァニティの呼び声にセイバーが呼応する。
重力によって動きを封じられたギルガメッシュとの距離を詰め、聖剣を振るった。
「!?」
だが、刀身が肌に接触する直前で騎士王の動きが止まる。
「させないよ」
息をひそめていたエルキドゥが天の鎖によってセイバーを止めていた。
「…黒き聖女よ、行くがいい。ここは我が受け持つ」
「! アンタ…」
「構わん。行け」
「――ったく! わかったわよ!」
拘束から逃れたジャンヌオルタは走った。ヴァニティの方ではなく、立香の元へと。
「え、ちょっとジャ――」
「ほら、逃げるわよ!」
立香を抱えて彼女は出口へと駆ける。
「ス馬鹿、いい加減起きてるでしょ! そっちを運んで!」
「――ああ」
「なっ」
いつの間にか起き上がっていたエミヤオルタは凜を抱え、出口へと向かう。
「ま、待ってジャンヌ!」
「待つわけないでしょうが! 死にたいの!?」
「でもっ…!」
「……冷静になりなさい。一旦引いて態勢を整えてからどうするか考えましょう。珍しく金ぴかがあんなこと言うんだから任せておけばいいのよ」
「っ……」
空洞の謎の境目を抜け、出口へと続く一直線の道を魔術師を抱えた二人のサーヴァントが疾走する。
「シャキッとしなさい。アンタは人理を修復した魔術師で、私のマスターなんだから」
「――うん…。ありがとう」
後悔を残しつつ、二人のサーヴァントと二人の魔術師は鍾乳洞を後にした。
***
「投擲の一つでもするかと思っていたが、存外甘さというのが貴様にもあったか?」
重力から解放されたギルガメッシュは煽るように言葉を放った。
「なわけないだろう。奴には残ってもらわないと俺の暇つぶしができなくなる」
「へぇ、暇つぶしっていうのはどんなのだい?」
「お前には関係にないことだよ。エルキドゥ」
残ったのはヴァニティ、セイバー、ギルガメッシュ、エルキドゥの四人。
「セイバー、戻ってこい」
セイバーはヴァニティの空間転移によって鎖の拘束から逃れ、ヴァニティと同じ崖上に移動した。
「正直、お前らが残ったのは好都合だ。ここで消えてもらうぞ。乖離剣なんて使わせない。俺がやってやる。セイバーの『槍』はここで使わせるべきではないだろうしな」
影は右手を天に掲げる。
「なに、落ち着け。我はお前が何者か気になっているのだ。その影を剥がしてみろ。顔ぐらいはあるのだろう?」
「――お前らが見てもつまらないものだけどな」
影は掲げていた手を下ろし、自分の顔にかざした。すると闇が晴れていき、ヴァニティの顔が現れる。
あまりのも素直に、躊躇いなく影はその素顔を見せた。
「貴様…それは…」
「………だから君は…」
素顔を見た二人は驚き、困惑した。
なぜなら影の顔は――
「――呑まれろ」
二人の足元が黒く染まる。
「な――!」
「これ、は――!!」
黒より黒き闇は、ギルガメッシュとエルキドゥを呑みこむ。
あったという間だった。
何をさせることもなく、闇の穴は完全に二人を取り込んだ。
「終わりを迎えた者たちの記憶の渦だ。存分に味わって消えろ」
この場に姿のない者たちに向けて、影は最後にそう言った。
3月に投稿とか言ってましたけど、前書きに書いたような理由で思いのほか早く投稿できました。
物語は大体折り返し地点ぐらいだと思われます。早く士郎活躍のシーンを書きたいんですけが、いかんせんそこに至るまでが長い…。まあ、いつも通り頑張ってちょびちょび書いてきます。
次回からは黒い方の弓兵さんに変化が起こり始めます。