「お店がたくさんありますね」
「商店街だからかな。食事関係のお店が多いね」
立香。巴御前。ジャンヌ。アルトリア。この四人は町の商店街を訪れていた。
その道中で自分たちは冬木市の深山町と呼ばれている場所だということは分かった。そして今立香たちがいるのはマウント深山。深山町にある商店街だ。
「せっかくだから何か食べる?」
ここまで街の様子を見て回ったが、何も危険と思えるものはなかった。ごく普通の町だ。
警戒していないわけではないが、警戒心を薄めてもいいことがわかるほどに平和ではある。
「そうですね。息抜きにいいかもしれません」
巴御前は立香の提案に賛成した。
立香にとっては久しぶりの日本の町並み。巴御前やジャンヌ、アルトリアにとっては初めて現代のちゃんとした町を歩いている。四人ともほとんど観光気分だ。
「おい、立香。あれはなんだ」
アルトリアが立香の背中を人差し指で突く。
「あれは…江戸前屋…? 和菓子とか売ってたりするのかな。たい焼きにどら焼き、たこ焼きと…大判焼きか!いいね。俺大判焼き大好きなんだ」
「ふむ。大判焼きか」
「あれ食べようか。安いしね。みんないい?」
エミヤから渡されたのは日本のお金だった。しかも割と多め。
カルデアには、何でこんなものがあるんだと思う物がたまにあるので別にお金があること自体は気にしない。しかし何故エミヤが持っていたのかは気になった。
「マスターがお好きなものなら私も食べてみたいです」
「私も構わん」
二人の了承を得た。残るは一人なのだが。
「あれ? ジャンヌは?」
ついさっきまでいたはずのジャンヌオルタの姿が無くなってしまった。
「いないな」
「いないですね」
「迷子か…」
商店街に入った時にいたのは覚えてる。だがどこで逸れたのかわからない。
「そもそも逸れるような場所じゃないと思うんだけどなあ」
ほぼ一本道の商店街で迷子になるなんておかしな話だ。
「私が探してこよう。立香と巴御前は先に大判焼きとやらを買っておけ」
「任せちゃっていいの?」
「なに、問題ない。だが私の分は多く買うのだぞ?」
「もちろん。アルトリアの分は多く買っておくよ」
「ならいい」
満足そうな顔をしてアルトリアオルタはジャンヌオルタを探すために来た道を戻っていった。
***
「彼、変わらないわね」
「そんな一年で変わるわけないだろ」
友人であり寺の子である柳洞一成に会いに行った二人。一成は家の用事で忙しかったらしく、迷惑をかけるのも申し訳ないので少しだけ会話をして柳同寺から去った。
「まだ明るい。今から商店街に行ったらまだ桜とライダーがいるかもな」
「あら、なら行ってみる? 愛しの後輩に会いに。ね、衛宮君」
凜は士郎をからかう時は決まって苗字で呼ぶ。
「おまえな…」
「なによ、恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
楽しそうな表情で士郎の顔を覗き込む。
「ま、行ってきなさい」
「遠坂は行かないのか?」
「私はこの足で自分の家に戻るわ。今日は向こうでやることあるから。でも夕飯は食べに行くから準備しといてね」
そんなわけで二人は商店街手前で別れた。凜は自分の家へ、士郎は商店街へ。
「いなかったらいなかったで、そのまま帰ればいいしな」
緊急の用事があるわけでもないのでいてもいなくてもどちらでも構わない。いなかったら帰る。いた場合は荷物持ちだ。もっともライダーがいれば荷物持ちなどいらないが。
「そういえば今日は何を作るのか聞いてなかった」
作るものによって当然買い物をする店は変わってくる。逆に言えば何を作るのかわかればどこの店に買い物に行くのかがわかるのだが、今回はわからないのでひとまず商店街をぶらぶら歩くことにした。
「外国人か?」
商店街に入り、少し歩いたところで顔は見えないが一人の外国人女性が目に入った。
深山に外国人がいることは珍しくないのだが、士郎には気になることがあった。まず服、このあたりではなかなか見ない格好だ。東京などの都会にいる人間が着るような服装、新都の方ならまだ見かけるかもしれない。まあでもこれは外国人だからという言葉に収めれば納得はできる。
だが外国人がいる場所。こちらに関しては納得できるできないではなく、士郎が敬遠している恐ろしい場所だったので、そこにいる外国人が気になり止まってしまった。
「泰山…」
中華料理店。紅州宴歳館 泰山。
殺人的な辛さを誇る麻婆豆腐を食べることのできる料理店。外国人はその店のサンプルショーケースを「赤いわね」と言いながらしゃがんで凝視していた。見ているのは看板メニューである地獄のような色をした麻婆豆腐。初めて見る人は食品サンプルだからあんなに赤いのだろうと思うかもしれないが、実物はまさに赤と言うにふさわしい色をしている。
「いやー、あれは食べない方がいいと思うな」
実際に食べたことはない。しかし人が食べてるところは見たことはある。士郎はもはやあの麻婆豆腐は食べ物ではないと思っている。
「ねえ、マス……っていないし」
外国人はサンプルショーケースから目を離し立ち上がる。初めてこの瞬間、士郎は外交人女性の顔を目にした。
「セイ…、バー……」
「――――?」
絞り出されたような声が士郎から発せられた。
ショートカットの外国人女性は、もういるはずのない人物と顔が似ていた。
二年前、聖杯戦争にて士郎のことを力尽きるまで守り、戦ってくれた少女と似ていたのだ。
クラスはセイバー、真名は結局聞くことができなかった。
士郎の脳内には二年前の彼女との思い出がよみがえる。長い間一緒に戦ったわけではない。しかし彼女は士郎にとって大切な、かけがえのない存在だった。
「誰ですか?」
我に返った。
「いや…なんでもないです。人違いでした」
士郎はその場から足早に引き返す。
顔は似ていた。でも彼女はセイバーではない。そんなことはわかっている。誰よりも理解している。
「そうだ。いるわけがない……」
当たり前だ。士郎は自らの手で彼女にとどめを刺し、殺したのだから。
「士郎ですか?」
「ライダーか…」
商店街から離れて士郎は自宅へと足を向けていた。その帰りの途中で背後から走ってきたライダーに声をかけられた。
「桜は?」
「買い忘れがあったので私が走って買い物をしに戻ってたんです。サクラも歩いて後を追うとは言っていたのですが、どうやらいないようなので、別れた場所で待ってるか、もう家に帰っているかだと思います」
「そうか…」
「――――? どうかしたんですか士郎」
心ここにあらずという様子の士郎を見てライダーが尋ねる。
「…なんでもないよ。それより早く桜のところに行ってやってくれ」
「――――では」
ライダーは気になりはしたものの、士郎なら問題ないだろうと再び走り出した。
「はあ…」
ライダーの姿が見えなくなると、士郎の口からため息が漏れる。
「――――――」
思い出しているのはもう二年前に終わった話。彼らが終わらせた話。
「――俺も帰ろう」
衛宮士郎は自宅へと足を進める。
***
人違いと言って去った少年の後ろ姿をジャンヌは眺めていた。
「なんだったのかしら」
顔を見られたときに小さな声で何か言っていたことはわかったが、内容までは聞き取れなかった。
「それよりあいつらを…」
わからないことを考えても時間の無駄なので目先の問題から解決することにした。
「おい、突撃女」
声のする方へ視線を変えるとアルトリアが立っていた。
「あ、いた」
問題は五秒も経たずに解決した。
「よくも私を置いて行ったわね」
「貴様が勝手にいなくなったんだろう」
それを言われてはジャンヌオルタは反撃できない。
「貴様はここで何をしていたんだ?」
「何をしていたって…これよ。この麻婆豆腐が気になっただけ」
ジャンヌオルタは背後のサンプルショーケースを指さす。
「――――赤いな」
「赤いでしょ?」
二人とも麻婆豆腐を見て赤いという単純な感想しか出てこなかった。
「食べ物なのかこれは、私の知っている麻婆豆腐とはかけ離れているのだが」
「麻婆豆腐って書いてあるし、食べ物なんじゃないの? あのアーチャーが作るのとは決定的に違う気がするけど」
麻婆豆腐はカルデアの食堂でジャンヌもアルトリアも食べたことがあった。料理長であるエミヤが『中華はあまり得意ではないのだがね』なんて言いながら手際よく作ったことがあったからである。
その時食べた麻婆豆腐と目の前のショーケースの中にある麻婆豆腐の情報を照らし合わせる。色が明らかに違う。別の食べ物にすら見えてしまうほどに。
「気になるな」
「気になるわよね」
服のセンスもそうなのだが、二人は息の合う場面が多々ある。
「が、先に立香の元に戻るぞ」
「わかったわよ。ここはあとでマスターちゃんに行ってみないか聞こうかしら」
「そうだな」
歩きながらそんな会話をしつつ立香がいる江戸前屋を目指す。大して距離がるわけでもないので一分も経たないで二人はマスターと合流できた。
「よかった。ジャンヌ見つかったんだね」
「ああ、まるで子供のように麻婆豆腐に興味を示していたぞ」
「ちょっと、話を盛るな!」
「盛ってなどいないだろう? 実際に興味は示していたのだから」
「――燃やすわよ」
まず燃やす結論に至った。
「燃やすのはやめてね? カルデアと違ってここ一般人しかいないから」
立香も人がいなければやってもいいみたいな言い方である。
「麻婆豆腐はまた後で行ってみよう。せっかくジャンヌが気になったものだからね」
四人に新たな予定が加わった。
「あとこれ、粒あんとこしあんがあるから選んで。まだあったかいから早く食べよう」
買った大判焼きは全部で六個。立香は粒あん、巴御前はこしあんを選んだ。そしてジャンヌオルタは選んだ末にこしあん。残りのこしあん一個、粒あん二個はアルトリアオルタ行きとなった。
四人は同時に大判焼きを一口食べる。
「久々に食べたけどおいしいな」
「マスター、おいしいですね!」
「ま、そこそこね」
「――――――」
立香と巴御前は味を絶賛している。ジャンヌオルタはまあまあと言っているものの、顔は正直でおいしそうに食べている。アルトリアは黙々と大判焼きを食べていく。三人が一個食べ終わるころには三個目が食べ終わっていた。
「おいしかった」
「はい。私の時代にはないものでしたが、とても美味でした」
「これはカルデアでも食べられるようにするべきだな」
「エミヤお菓子も作れるし、帰ったら頼もうか」
「あいつほんと便利ね…」
全員大判焼きに満足したところで脳内を切り替える。
「――――さてと…ここからだけど」
「一度合流して情報交換をした方がいいかもしれませんね」
「だね。ごめんジャンヌ。麻婆豆腐はあとで食べるってことでいいかな?」
「ええ、構いません」
「ありがと、必ず後で行くから」
麻婆豆腐を後で食べに行くことを約束し、四人は他のメンバーと合流することになった。
***
「完全体は…結局三体。今の俺の見出せるものならこんなものか。二年しか時間がなかったのだから仕方ないとしておこう」
三体の人影。暗い空間にそれらは存在している。
「セイバー。アサシン。リーパー」
各々のサーヴァントしてのクラス名を呼ばれても彼らは反応を見せることなく佇んだまま。呼んだ当の本人はそれに対して特に何も思っていない様子だ。
「もうすぐ夜だ。今日は様子を見たいから適当に不完全体を放り投げる。セイバーとリーパーは待機だ」
様子見で二人を出すには過大戦力すぎる。よって彼らは待機だ。
「アサシン。お前はあのクラスがよくわからないサーヴァントの監視だ。やつは連鎖的に召喚されたサーヴァントだから支配できてないんだ。何をするかわかったもんじゃない」
「御意」
短い言葉で了解の意を示したのは黒衣に身を包んだ男――アサシンだ。
「…ですが監視だけで構わないのですか?」
続けられたアサシンの言葉にどんな意味がこもっているのか、彼はすぐに理解した。
「――殺したいなら好きにしろ。止めることはない。お前はそういう可能性だからな」
主の了承を得たアサシンは姿を消した。
「さて…」
自分のいる暗い空間を見渡す。何もないただの空洞だ。
「侵入者はいるが関係ない。力は得たのだから。とはいっても邪魔だな。特に…」
かつてそこには杯があった。
鍾乳洞の先にそれは設置されていた。
大聖杯。この世に二つとない魔術炉心。
神域の存在が作り出した術式。
が、それは二年前に鍾乳洞ごと破壊された。
「まあ、刻限までの暇つぶしにはちょうどいいか」
確実に破壊されていた。少なくとも二年前は。
「――始めよう」
影は世界を回帰させるために動き出す。
***
場所はカルデア。
「――騒がしい」
職員が慌ただしい。サーヴァントたちも何やら慌てている。またトラブルか、などと言いながら、彼女は気まぐれでなんとなく中央管制室へと赴いた。
「あれ? 君が来るなんて珍しいね、両儀君」
「式さん、いらっしゃったんですね」
管制室には、レオナルド・ダヴィンチ。そしてデミサーヴァントのマシュ・キリエライトがいた。
「何の騒ぎだ?」
「実はレイシフトするはずだった立香君が行方不明でね」
「なんだ、いつものことか」
両儀式がカルデアに来てから一年以上も経っている。レイシフトの失敗は何度も見てきた。最初の方こそ心配していたが、今ではいつものことぐらいの気持ちで流している。どうせあのとぼけた顔で戻ってくるのだから。
「君の言う通りトラブル自体はいつものことだ。しかし今回はなかなか特殊でね。先日立香君が夢の中で至った下総の国と似ているんだよ。あの時と違って今回は体ごとのようだけど」
「前回と同じなら、その時やったのと同じ対処をすればいいんじゃないのか? 通信も繋がって無事だったろ、あいつあの時」
「それができないのさ。前回と同じようにやってはいるんだけど通信が繋がらない。完全にブロックされている。でも彼のバイタルは確認できてるから、今のところは危険にさらされていないことはわかってるんだけどね。それになかなかの手練れが今回はついて行ってるから並大抵の敵なら問題はないだろう」
「ならいいじゃないか」
ダヴィンチの話を聞く限りでは通信が繋がらない以外は問題が無さそうに思えた。解決するのは時間の問題だとも。
「そういうわけでもないんです。実は向こうで正体不明の魔力が確認されてるんです」
「それは?」
「わかりません…」
「わからない……?」
「はい…。どんなものかはわからないんです。まだ魔力だけが確認されている状況です」
「問題はね、正体がわからないことじゃなくてここまでその魔力が届いているってことなんだ。しかも群ではなく個の魔力だ。カルデアの感知能力の高いサーヴァントたちから異常な魔力を感じ取ったとの報告がされている」
ダヴィンチはもう疲れたという様子だ。
「それはおかしいことなのか?」
式は魔術関連の話には疎いので聞いてみることにした。
「おかしいさ。まずおそらく立香君がいる場所はこの世界とは別の世界。並行世界というやつだ。世界同士には壁があってね。普通は別世界から別世界に容易く干渉できないようになってる。ここでは……防音壁に例えようか。防音壁の用途は音を遮断するもの、防音壁に囲まれた部屋で大きな声を出しても隣の部屋には聞こえないだろ? 世界もそれと同じで別世界から発せられた魔力が別世界で観測されることはまずない。それが人ひとりのオドならなおさらだ。だが今回はそれを無視している。防音壁を一人の声で貫通していると言ったらわかりやすいかな」
立香のいるところにヤバい奴がいる、ということは理解できた。
「説明したら頭が整理されたよ、私は作業に戻るとするかな。あ、そうだマシュあの探偵とBBとかいうよくわからないサーヴァントも呼んできて」
「ホームズさんはわかるのですが、BBさんですか?」
BBとは五月に突如として現れた特殊クラスのサーヴァント。何でもできるとよく言っているが悪戯以外今の今まで特にしていない。カルデアでも「なんだあいつは」と言われているよくわからないサーヴァントである。
「彼女は色々特殊みたいだからね。スペック自体は本当に高いらしいしちょっと知恵を借りてみたい。たまには役に立ってもらおう」
「わ、わかりました」
マシュは二人を呼ぶために走って管制室から出て行った。
「おい、今は何をやっているんだ?」
ダヴィンチが作業に戻る前に何をしているのか尋ねる。
「前回、下総では風魔小太郎だけがレイシフトすることができたから、今はそれを試しているんだ」
「成功はしたのか」
「…してない」
スタッフやマシュの様子を見て察してはいた。
「両儀君も試すかい?」
「――――」
自分では無理だと、式はわかっている。立香がいる冬木には縁もゆかりもないからだ。
「――――なんでだ……?」
ダヴィンチには聞こえないほどの小さな声が漏れ出る。
なんで今冬木に立香がいるとわかったのか自分でも理解できなかった。
「両儀君?」
「ああ、いいぜ。どうせ無理だろうけどな」
「…了解した。すぐに準備するよ」
気まぐれ。管制室に来たのと同じで単なる気まぐれだった。他のサーヴァントに出来なかったことが、自分にできるわけないと確信している。しかし今彼女はサーヴァント、意識したことはないが立香とは主従関係にある。従者たるもの主人を助けに行くのは当然だろう。そんな気まぐれでレイシフトを試してみないかという提案を承諾した。
スタッフたちはどうせ無理だろうと諦めていた。成功を信じていた者はいない。けれど何の問題もなくレイシフトは成功した。
別の可能性、並行世界へと彼女は向かう。
***
それは虚無からの接続。
絶望は終わり、物語も終焉を迎えるはずだった。
魔術師たちが目指す場所へと至る儀式が行われた舞台。
終わったはずの戦いは、魔術師たちが犯した罪によって再開される。
人理焼却、人理再編、どちらも影にとってはどうでもいい。ただ表に出たからには役目を果たす。それだけだ。
『刈り取る者』 『呪われた騎士』 『接続者』 『無限の収斂』
ここに再び争いを、闇は世界を回帰させるために動き出す。
――さあ、始めよう。
投稿時間を何時ごろにしたらいいのか今一わかっていないので、いつも通り区切りのいい時間に適当に投稿します。