「アルトリア!」
少年の方を向いているアルトリアの背中へと立香は声に出して名前を呼んだ。
「――弓兵に言われ増援としてきた」
アルトリアは少年から視線を外すと立香の方へと歩き始めた。
「おい、英雄王。貴様にはヘラクレスの攻撃を無視したことについて問い質したいが、それは後だ。あれが何回死んだのか教えろ」
「知らん」
「…どうやら斬られたいようだな」
即答したギルガメッシュに対してアルトリアは剣を向けた。
「ちょっと二人とも喧嘩は後でやって、今はヘラクレスを…」
「案ずるな。見てみろ」
ギルガメッシュに言われた通り立香はヘラクレスを見た。すると彼の体は溶けるようにして消えようとしていた。
「あれは…?」
霊体化しようとしているわけではないことは立香でもわかった。かといって消滅でもない。初めて見るサーヴァントの消え方だ。
「あれを放った者のところにでも戻っているのだろうよ」
ヘラクレスは完全に姿を消し、その場に残ったのはギルガメッシュが攻撃によってできた破壊の跡だけだった。
***
「大丈夫ですか?」
ヘラクレスが消えてすぐに少年――藤丸立香が士郎に向けて声をかけた。
「俺は大丈夫だ。それよりも…」
腕の中で今尚苦しそうにしている桜に目を向ける。
「すまない。助けてもらったお礼は後でさせてくれ、ひとまず桜を運ぶ」
助けてくれたことに対してのお礼は当然したかった。けどそれよりも桜の方が優先順位は上だ。
「もちろんです。安全が確保できているわけじゃないので俺たちも同行します」
「助かるよ」
再びヘラクレスが襲ってこないとも限らない。立香の申し出は非常に助かるものだった。
桜を抱えた士郎は走って教会へと向かった。
***
場所は教会の礼拝堂。
時は、桜を運んで少し経過してから。
「桜、大丈夫か? やっぱり背負った方が…」
「大丈夫ですよ、先輩。ほら、この通り元気です」
体に異常がないことを桜はアピールするが、先ほどの苦しんでいる様子を見ているので士郎はどうしても彼女のことが心配だ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。本当に桜さんは元気です」
そう言ったのは桜の容体を見てくれていた老神父――ディーロ。彼は二年前に命を落とした言峰綺礼の代わりに、この冬木教会で神父を務めている。
「そうか…」
ディーロは嘘をつくような人間ではない。それを知っている士郎は、彼が言っているのなら本当なのだろうとひとまず安心した。
「先輩、私のことよりもまずは…」
「……ああ」
士郎にとって桜という存在が最優先なので、彼女のことよりも他を優先することはありえないのだが、今は容体も落ち着いた様子で彼女の言う通りやらなければならないことがあるのでそのことについての訂正はしない。
つい数分前入ってきた扉へと足を進めた士郎はゆっくりと扉を開け、外にいる立香を見つけるべく目を動かす。
もう夜だ。凜の方は大丈夫なのかなど考えながら彼を探した。
見つけた。外は暗いが見つかるまでそう時間はかからなかった。扉を開けてすぐ見えるところにいたというのと、彼の周りにいる複数のサーヴァントと会話しているのが時間のかからなかった主な理由だろう。
「――――」
立香の近くにいるサーヴァントの一人の少女が士郎の目に留まった。
――やはり、彼女だ。
「………!」
立香は士郎に気付いたようで、サーヴァントたちとの会話を中断して扉の方へと歩いてきた。
会話を邪魔してしまったことを申し訳ないと思いながら士郎は口を開いた。
「入ってきてくれ」
「わかりました」
士郎に言われた通り立香は扉を通り礼拝堂へと入った。それに続いて長い緑色の髪を頭の後ろで束ねたサーヴァントであろう人物が入ってきた。護衛のようなものだろうと思い、士郎はそのことに触れることはなかった。
「よかった。無事だったんですね」
「はい。おかげさまで助かりました」
苦しんではいたがあの時立香の顔はしっかり見えていた。彼が助けてくれたと言うのは士郎からも聞いていたので当然桜はお礼を言った。
「桜、ディーロの爺さんは?」
先ほどまでいたディーロの姿が消えていた。
「話が終わったら先輩に奥の部屋に来てほしいと伝えてと私に言った後に、向こうに行きました」
桜が指さしたのは礼拝堂の奥。ディーロが来てほしいと言ったのはおそらくいつも彼が作業をしている部屋だ。
「わかった。ならすぐ行ってくるよ」
「すぐですか? お話は?」
「遠坂と合流してからにしたい」
士郎はここで立香から話を聞く気はなかった。というのも、このような魔術が関係していそうな話には凜もいた方がいいというのがわかっているからだ。自分のような未熟者と比べて、正当な魔術師である彼女ならこの事態を把握できるはずだ。だからここでするよりも衛宮邸に戻ってから話をした方がいいと考えている彼はここで話をする気はない。
「話をするのは俺たちの家でもいいか?」
「俺はいいですよ。任せます」
「なら一旦帰ろう。俺は神父と話すことあるから少し待っててくれ」
士郎は礼拝堂の奥へと向かう。
***
「藤丸立香…でいいんだよな」
「はい。好きなように呼んでもらって大丈夫です」
「なら、立香で」
士郎の用事が終わると教会からはすぐに出た。そして今は適当に会話をしつつ、士郎の家へと向かって歩いている。
(――危険には…見えないよな。やっぱり)
士郎の横を歩く女性を立香は見る。
エルキドゥが、彼女は危険だから警戒してと言っていたのでここ数分警戒しながら歩いていたが、彼女のどこが危険なのかがわからなかった。
「と、俺たちも自己紹介しないとな。俺は衛宮士郎だ、よろしく」
「私は間桐桜です」
歩きながら二人から軽く自己紹介をされた。
「衛宮…」
彼のカルデアにはエミヤの名を持つサーヴァントが三人いる。
立香は士郎の顔を見ながらとあることを思い出す。
「もしかしてあの時胃が痛いとか言ってたのは…」
下総から帰還後のある日。エミヤにその時の出来事を話していたら彼は千子村正に興味を持ったらしく「ほう、鍛冶師のサーヴァント。刀……刀か…いいな…」なんて言っていた。そこで、千子村正の映像データが残っていたのでエミヤに見せると、初めてイシュタルやジャガーマン、パールヴァティーを見た時もしていたよくわからないリアクションをした後に、胃が痛いと言ってその場から離れていった。
その時のことと、彼らが同じエミヤの名を持っていることからある可能性が頭をよぎった。
(もしかして…)
可能性としては十分にあるだろう。
「どうかしたか?」
「な、何でもないです。気にしないでください」
立香は変な心配をさせないように笑顔で答える。
「衛宮さんと間桐さんですよね」
「下の名前でいいよ。俺たちもそうするし」
「わかりました。士郎さん」
年齢的には大差無さそうだが、雰囲気的に彼らの方が年上に見えたので立香は敬語を使っている。
「――なあ、後ろにいるのは全員…」
「俺のサーヴァントです」
「多いな」
通常の聖杯戦争は七騎のサーヴァントが争うもので、魔術師一人に一体のサーヴァントだ。立香は一人で多くのサーヴァントと契約している。それがおかしなことだとは立香も知っているので、聖杯戦争について何か知っているであろう士郎がこの光景を見て驚くのも無理はないと思っていた。
確かに士郎は立香の連れているサーヴァントの数にも驚いていたが、それよりも彼は…
「士郎さん…?」
士郎の表情に変化があった。それに気づいた立香はどうかしたのか尋ねる。
「何でもない」
そう答えたがとてもそのようには見えなかった。
隣にいる桜も士郎とは同じものではなかったが表情に変化があった。複雑そうな顔をしている。
(アルトリアを見てから…?)
二人とも表情が変わったのは、立香の後ろを歩くアルトリアオルタの見てからのように思えた。
そこからは、空気が重くなり沈黙が訪れた。
「――やっぱりアンタあの時の…」
沈黙を破ったのは重たい空気など一切感じていなかったジャンヌオルタだった。
士郎の顔に見覚えがあるようだ。
「ジャンヌ知り合いなの?」
「先輩、お知合いなんですか?」
それぞれ質問する。
「知り合いというか、夕方商店街で会ったんだよ。俺が間違って声をかけちゃったんだ」
うんうんとジャンヌが同意を示すように頷いている。
「商店街で? ああ、迷子になってた時?」
「迷子にはなってません。あなたたちが先に行っただけです」
「貴様が子供のように麻婆豆腐に夢中になってはぐれただけだろう」
「…その口燃やすわよ?」
「ほう、やってみるか? 貴様の胸についている不要な肉を斬り落としてやろう」
「私はどうしようかしら。あなたの場合斬り落とすような肉がないから」
蔑むような目でアルトリアの胸部を見て、嘲笑するジャンヌ。
「――――」
それにアルトリアが反応しないわけがなく、黒い聖剣も持ち出した。
「ハッ、本当のこと言われてキレてるんじゃないわよ。貧乳騎士王」
「…まったく。やはり貴様は成長過程で脳が育たずに無駄に…そう、無駄に! 胸だけ育ったようだな、突撃駄肉女」
「あ?」
ジャンヌも対抗するように剣を出現させる。
両者足を止めて向き合った。その様子を見るギルガメッシュ、エルキドゥは止める気など一切なく、巴御前が唯一立香に向かって「そろそろ止めた方がよいのでは」と言ってくれた。
「はい。二人ともそこで終わりにして」
「――――」
納得はしていないようだが、立香の声を聞いたところで二人は剣を仕舞い、睨み合いながら再び彼の後を追うように歩き出す。
「――仲がいいんだな」
「そうですね。いつもこんな感じですよ」
今のアルトリアとジャンヌのやり取りはカルデアではよくある光景、日常の一つだ。
そんな光景を見ていた士郎の顔にはやはり、安心したような、悔いているような、表情が浮かんでいた。
***
「着いたぞ。俺たちの家だ」
立派な和風の屋敷。表札には衛宮と書いてある。
「入ってくれ。話は中でしよう」
扉を開け、士郎は中へと入って行った。桜も後に続く。
「お邪魔します」
立香は衛宮邸へと足を踏み入れる。
綺麗に玄関に靴を綺麗にそろえた後、士郎に屋敷を案内される。
「ここは居間だ」
士郎は襖を開いた。その先にあったのは彼の言った通り居間だ。
「な、なんで?」
なぜかその居間には立香のみ知った人物がいた。というよりある一人を除いて、見たことのある顔しかなかった。
「なんかぞろぞろ来たと思ったらやっぱり立香か。ちょうどよかった」
座布団の上には両儀式がごく自然に座っている。
士郎も当然驚いた。なぜなら二年前に自分のことを一度殺し、消滅したはずのサーヴァントがいたから。
「ランサー…」
次回はなぜ式さんたちが衛宮邸にいるのかというところのお話になります。