銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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イゼルローン要塞訪問始末記 前編

 

 ハンスがイゼルローン要塞に使者として赴くとヘッダに告げるとヘッダは急に心配顔になる。

 ヘッダはイゼルローン要塞陥落以来、軍事については過敏になっている。

 その都度、ハンスは丁寧にヘッダを安心させるのだがアムリッツァ星域会戦では帝国の一個艦隊だけが大打撃を受けたと報道された為にヘッダは大打撃を受けた艦隊にハンスが居たのではと心配してハンスが帰国した時は泣きながらハンスを抱きしめたのである。

 今回も不安がるヘッダを安心させる為にヤンの為人を説明して軽口を叩く。

 

「イゼルローン要塞に行けば帝国に無い物もあるし、亡命者には懐かしい物もあるから土産は何がいい?」

 

 不安がりながら紙に書いたリストを渡すヘッダは義理とはいえハンスの姉である。

 

 出発直前にラインハルトからはヤンの為人を観察する様に言われた。

 艦に乗り込みオーディンを出た後に艦橋で艦長から言われた事にハンスは驚く。

 

「閣下もローエングラム侯から信頼されてますな」

 

「信頼されてたら、あんな遠い所までお使いに行かせんと思う」

 

 艦長は頭を抱えて呆れる。

 

「閣下は亡命者でしょうに、言わば古巣に使者として出すのは閣下が裏切らないで帰って来ると信頼されてるからでしょう」

 

「あっ!」

 

「今回の任務はローエングラム侯が閣下の事を信頼してる証ですぞ」

 

 艦長に指摘されて初めてハンスも気が付いた。周囲では自分達と違う受け取り方をしているのかと。

 

(そうか。今回は逆だったがオーベルシュタインが心配しているのは周囲が勘違いをして不満なり不安なりを抱える事なのか)

 

 だが、別の意味でハンスはラインハルトを裏切る。

 

「艦長、例の用意は大丈夫?」

 

「大丈夫です。閣下」

 

「艦長、お主も悪よのう」

 

「これは、閣下程では御座いません」

 

 二人して笑い合う姿を見て艦橋に居た乗組員は呆れていた。

 

 イゼルローン要塞では哨戒に出ていたユリシーズが帝国の巡航艦一隻を発見する。

 

「停船せよ。停船せよ。しからざれば攻撃する」

 

「我に交戦の意志なし。我に交戦の意志なし」

 

 ユリシーズの艦橋ではニルソン艦長が帝国軍巡航艦を眺めながら部下のエダ中尉に漏らす。

 

「久々に亡命者か?」

 

「流石に巡航艦の手土産付きは無いでしょう」

 

 この二人、アムリッツァ星域会戦でユリシーズが「トイレを壊された艦」と笑い話にされてから、すっかり捻くれてしまったのである。しかし、二人は知らなかったが近い未来に哨戒に出すと敵を連れて来る艦とレッテルを貼られる事になる。 

 

 捻くれた二人はイゼルローン要塞に連絡を入れて巡航艦を伴いイゼルローン要塞に帰投する。

 巡航艦は主砲の射程外ギリギリに留まり通信でヤンに来訪の目的を告げる。

 

「帝国軍准将ハンス・フォン・ミューゼルです。今回はエルウィン・ヨーゼフ二世陛下即位記念の恩赦の為に捕虜交換交渉の使者として推参しました。ヤン・ウェンリー大将閣下にはラインハルト・フォン・ローエングラムより書簡も預かって来ております。要塞の入港許可をお願いします」

 

「了解しました」

 

 ハンスに比べてヤンの返答は短い。ムライが顔をしかめる。

 

「閣下、いくら何でも軽率では無いですか?」

 

「大丈夫だよ。ムライ少将。今の時期に帝国軍にイゼルローン要塞を手に入れる意味は無いからね」

 

 実はヤン自身が以前からラインハルト程ではないがハンスには興味があったのである。簡潔に言えば公私混同である。

 

 ヤンは中央指令室のスクリーンで乗艦から降りるハンスを見ている。港にはキャゼルヌとシェーンコップが出迎えに行っている。

 

「しかし、帝国に亡命すると厚遇されるとはいえ、十代で将官とは異例でしょうな」

 

 パトリチェフがスクリーンの中のハンスを眺めながら評する。

 

「そうだね。皇族でも無いのに異例の出世だね」

 

 ヤンがパトリチェフの評に同意する横でフレデリカがスクリーンの映したハンスの顔を凝視する。

 

「しかし、異例の出世した理由とは考えにくいですが、我が軍の軍事機密でも持ち出したとしか思えませんな」

 

 ムライがハンスの出世の理由を推理する。

 

「確かに考えにくい話ですな。軍属の身で機密を持ち出せる程、我が軍の防諜システムがザルでは無いでしょうから」

 

 ムライの意見にグエンも半分だけ賛成する。

 

「どちらにしても奴さんが亡命した理由と状況を考えたら裏切り者とは呼べないな」

 

 アッテンボローの意見には全員が首肯する。

 

「それに彼の亡命状況が政治宣伝の為とは言え同盟に伝えられて、感謝している兵士も多いでしょうな」

 

 フィッシャーがハンスが亡命して一番の影響を話す。

 

 ハンスの亡命の理由と状況を帝国が政治宣伝に使った結果、同盟軍内部での物資横流し組織の存在が発覚して捜査の結果、大量の処分者が出たのである。

 この事件は「黒い霧事件」と呼ばれている。

 

「確かに脱出用シャトルの非常食やバッテリーを横流しとか史上空前の不祥事だからね」

 

 ヤンもフィッシャーの意見に賛成するしかなかった。歴史家志望のヤンの記憶にも無い不祥事である。

 

 会見はイゼルローン要塞の会議室で行われた。

 ヤン達が会議室に入室すると帝国軍一同は席から腰を上げてヤンに敬礼する。

 双方の挨拶を済ますとハンスが単刀直入に本題の話をする。

 

「通信でも話しましたがエルウィン・ヨーゼフ二世陛下の御即位記念の恩赦として捕虜交換を行いたく推参しました。此方は計画書です」

 

 ハンスがラインハルトから渡された書類をヤンに手渡すとヤンは一読してキャゼルヌに回す。

 

「内容は問題無いと思います。しかし、私には権限が無いので上申してからの返答になりますが宜しいでしょうか?」

 

「私も元は同盟の人間ですから事情は分かります。国防委員会からの返答があるまでイゼルローンに滞在する許可を頂きたい」

 

「それは構いません」

 

「それと、図々しい願いが有りまして、帝国では同盟の製品は人気が有るのですがフェザーン経由ですと私達の様な一般庶民の手の届く価格では無いので商業施設内で土産を買う許可を頂きたいのです」

 

「それは、構いませんがトラブルだけは起こさないで下さい」

 

「有難う御座います!」

 

 帝国軍一同からは歓声が上がる。

 

「しかし、帝国マルクは今のイゼルローンでは使えませんよ」

 

「大丈夫です。本国を出る時に両替して来てます!」

 

 既に用意してた事に同盟側の出席者は唖然とするばかりであった。

 

 会見も終わり同盟側から晩餐会の招待されたハンスは喜んで出席を承諾して会議室を出ようとするとフレデリカが近付いて話し掛けて来た。

 

「失礼ですが閣下が同盟に居た時は統合作戦本部の横にあった三角公園のレストランで働いていませんでしたか?」

 

「はい、そうです。そこで母親と住み込みで店を手伝ってました」

 

 ハンスが答えた途端にフレデリカから抱きしめられた。

 

「ち、ちょっと!」

 

「良かった。生きていてくれたのね」

 

 ハンスを抱きしめてフレデリカが泣き出す。

 ハンスは突然の事態に驚きながら顔を真っ赤にしている。

 予想外の展開に慌てる帝国軍一同に比べて面白そうに見守る同盟軍一同。

 

「ほら、大尉。准将が困っているじゃないか」

 

 妙齢の女性に抱きつかれ顔を真っ赤にしてるハンスを見てシェーンコップ等は内心(まだまだ未熟だな)と思っていた。

 

 一頻り泣いたフレデリカは恥ずかしそうに恐縮しながら理由を説明した。

 

「准将閣下が働いていたレストランには母が健在の頃に両親に連れられて行ってまして、よく店の手伝いをしていた准将を見掛けてましたので、私が士官学校を卒業して第十三艦隊に配属が決まった頃にレストランが火事で全焼したと聞いたので気にしていたんです」

 

 フレデリカの説明を聞いてシェーンコップも思い出していた。

 

「あのレストランなら俺も良く使っていた。帝国風の料理を出す店だった」

 

 シェーンコップの言葉にハンスも驚くしかなかった。

 

「しかし、宇宙は広い様で狭いものだ。常連さん二人にイゼルローンで出会うとは」

 

 元々、同盟にさほどの未練はなかったハンスだったが自分の最古の思い出の場所が無くなった事で完全に未練は無くなった。

 これ以降は帝国人として生きていくと決意するハンスであった。

 

 その日の晩餐会は和やかな雰囲気で始まった。

 帝国軍は勤続十年で退職金と恩給が出るのでハンスも勤続十年で退役する考えを言うと帝国人と同盟人の両方が驚いていた。

 

「それ程に驚く事かな。十代で閣下と呼ばれる身分になったし、正直な話、自分は上司を持つのも部下を持つのもストレスになる人間ですから屋台の店主等が性にあっています。それに、今回の捕虜交換が和平の切っ掛けになってくれればとも思っています」

 

 ハンスの発言にムライが驚きながら反論する。

 

「同盟軍の私が言うのも何ですが、十代で将官になる貴官の才能を考えたら退役なさるのは帝国軍にしたら損失なのでは」

 

 ムライの発言は、その場にいた帝国人の心情を代弁するものであった。

 

「ネタばらしすると、私の価値はアムリッツァ星域会戦で無くなりました。私は同盟の提督達の為人を把握してましたから」

 

 ムライが少しでも情報を得ようとハンスに更に問い掛ける。

 

「差し支えなけなれば説明してい頂きたい」

 

「私達の様な少年兵の間で最大の重要な情報は従卒として付く提督の為人なんです」

 

「それは、どういう理由で?」

 

「その意味では同盟も帝国も変わらないと思いますが、質の悪い提督には従卒等に八つ当たりする人や八つ当たりしなくても不機嫌を表に出すだけの提督もいますからね。従卒には提督が不機嫌なだけでも、かなりのプレッシャーになりますから、自然と少年兵の間では提督の為人の情報交換が活発になります」

 

 ハンス以外に兵卒上がりが居なかった為に全員が驚きと共に納得もした。

 

「まあ、酷い提督は執務室で女性士官と不倫していた人もいましたけどね。そこに奥さんが乗り込んで来て戦場でないのに修羅場を経験した同期もいましたから」

 

 この話に応えたのは意外な事にキャゼルヌであった。

 

「その提督は多分、自分の同期だな。仲間内では有名な話だ」

 

 キャゼルヌが面白くなさそうに言う。

 

「本当に宇宙は広い様で狭いなあ。しかし、独身なら別にして、結婚していて何で浮気するかなあ?」

 

 逆行前の人生で独身だったハンスには浮気する夫の心理が理解が出来ずに不思議でならない。

 しかし、端から見れば、ぼやく様子は年相応の誠実な若者に見えた。そして、この若者が軍隊を辞めたがるのは全員が納得した。

 こうして、晩餐会は和やかな雰囲気で終わったのである。

 


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