銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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芸術の秋、陰謀の秋

 

 フェザーンに到着してからは忙しいのは初日だけであった。

 意外な事にボルテックの手腕は素晴らしく到着した翌日には通常営業が出来ていた。

 

「卿らは楽だったかも知れんが、俺達はボルテックに扱かれたぞ」

 

 ぼやくのはミッターマイヤーである。ボルテックは陰謀を巡らすよりは計画を立て必要な人や物を揃える事に長けているらしく、ミッターマイヤー等の軍人の書類や計画書を読んでは不備を指摘して何度でも書き直させたりしたらしい。

 

「伊達にルビンスキーの下で働いていた訳では無い事を思い知らされたよ」

 

 この評判を聞きラインハルトが大本営を移動後はボルテックを臨時秘書官に任命してヒルダの代行をさせる事になった。

 

 ラインハルトとも三長官との会議の中でボルテックの手腕を褒める程であった。

 

「陛下が手放しで褒めるとは珍しいですな」

 

 オーベルシュタインも意外に思ったのか珍しく感想を口にした。

 

「ふむ。卿がフロイラインが不在の間、フェルナーを貸してくれぬのが原因だがな」

 

「当然ですな。フェルナーは得難い男です。あの者が居ないと軍務省としても困ります」

 

 オーベルシュタインの発言に他の三人も驚いた。

 

「卿でも部下を褒める事があるのだな」

 

 ロイエンタールの感想にオーベルシュタインも真面目に返答した。

 

「褒めるも何も事実を言ったまでだ」

 

 オーベルシュタインの意外な一面を見た三人であった。

 

 オーベルシュタインはロイエンタールやミッターマイヤーと比して派手な武勲に恵まれていないが軍政家として非凡な人である。

 彼とボルテックの働きとで大本営は一ミリの狂いもなく運営されており、フェザーン遷都は工部尚書シルヴァーベルヒが中心となり着実に大過なく進んでいる。

 この様にラインハルトの下には有能な人材が集まり業務を遂行されていくとラインハルトの負担も減り余暇が発生する事になる。

 余暇が発生して一人になるとラインハルトはヒルダの件を思い出すので部下の提督を伴い芸術観賞にと出掛ける様になる。

 

「余もだが、平和な時代に広い視野を持つには芸術も嗜む必要があるだろう」

 

 完全な言い訳である。随伴する提督達もだが皇帝と常に行動を共にする親衛隊と副官の両名は毎晩の如くラインハルトに付き合わされて迷惑な話であった。

 武骨な軍人には縁の無い美術館や古典バレエの観劇は拷問に近いのであった。

 

「しかし、陛下も存外に人が悪い。ビッテンフェルトに古典バレエとは」

 

 ルッツが他人事と笑い話のネタにしていたが自分が詩の朗読会に出席を命じられて頭を抱える事になる。

 

「本来ならメックリンガーが一手に引き受ける事だろう」

 

 ファーレンハイトは自分の当番が回って来ないうちにオーディンのメックリンガーと任務が交代が出来ないか真剣に考え込む。

 

「陛下の下にいるグリルパルツァーなら、この手の事は得意ではないのか?」

 

 ルッツが悪足掻きで他人の名前を出すが、元上司のレンネンカンプが否定する。

 

「グリルパルツァーとクナップシュタインは監視役の名目で毎晩、ボルテックに行政処理の修行をさせられている」

 

「それは気の毒だな」

 

 ボルテックに扱かれたミッターマイヤーが同情して、傍らにいるバイエルラインも大きく首肯く。

 

「しかし、本来なら陛下の遊び相手はハンスがいるでしょう」

 

 ミュラーの問いに答えたのはシュタインメッツである。

 

「あれは駄目だ。フェザーンに到着した途端にフェザーン中を飛び回っている」

 

 シュタインメッツの返答に疑問を持ったのはロイエンタールであった。

 

「ハンスの奴、何かを嗅ぎ取ったのか?」

 

 ロイエンタールの疑問には誰も答えられない。その場に居た全員がロイエンタールと同じ疑問を持っていたが情報部員のハンスの行動を知る者が居る筈もなかった。

 

 提督達が芸術の秋に困惑している頃、ハンスは地球教の残党を探し回っていた。

 山間部を中心に人が少ない場所を重点的に捜査していた。

 

「やはり、都市部にアジトがあるのではないですか?」

 

 フーバー少将の意見にハンスも賛成なのだが念の為に山間部等も捜査対象にしていた。

 

「都市部だと資金難の残党がアジトを作れないのではと思ったのだが」

 

「都市部の方が不特定多数の人間が出入りしても分かり難いものです」

 

「しかし、連中はサイオキシン麻薬が資金源だから都市部ではサイオキシン麻薬は作れんだろ」

 

「もし、本当に残党が居るなら優秀と言えますな」

 

 フーバー少将から優秀と呼ばれた地球教の残党の頭目であるデグスビイは、ハンス達が想像している程の余裕はなかったのである。

 地球教本部が無傷で帝国軍の手に渡り帝国や同盟にいたシンパが次々と逮捕されていたのである。

 社会秩序維持局のラングは世間的には評判の悪い人物であったが無能な人物ではなかった。

 帝国や同盟に隠していた行動資金は、全体の半分しか回収が出来なかった。

 回収に成功した資金も地球教本部の資金難の煽りを受けて僅かな金額であった。

 

「軍資金が無ければ無いなりの策を使うしか無いであろう」

 

「はい。例の準備は出来ています」

 

「宜しい。人は誰もが権力を握ると猜疑心が強くなるものだ。金髪の孺子も例外では無い」

 

「しかし、赤毛の孺子が本当に反乱を起こすのでしょうか?」

 

「必ず起こす。本人ではなく互いの部下を煽るだけで罅が入る。成功しても失敗しても帝国の支配力は大きく傾く」

 

「確かに」

 

「それに、赤毛の孺子は宿将中の宿将であり帝国の重鎮。赤毛の孺子さえ叛いたとなれば金髪の孺子の猜疑心も強くなる一方よ。臣下にして見れば赤毛の孺子でさえ粛清されたのだ。金髪の孺子に対する忠誠心が揺らぐ事だろうよ」

 

 デグスビイの策は別に珍しい策でもなかった。歴史上、敵の部下を煽り反乱を起こさせるのは劣勢勢力の常套手段でもある。

ラインハルト自身も同盟の不満分子を煽りクーデターを起こさせていた。

 

「金髪の孺子も、まさか、自分が弄した策を仕掛けられるとは思うまい」

 

 デグスビイはラインハルトとキルヒアイスを噛み合わせる為に布石を確実に置いて行くのであった。

 その為には帝国内部に駒を紛れ込ませる必要がある。

 

「金髪の孺子め。今に見ておれよ!」

 

 デグスビイが暗く陰湿な炎を燃やしている頃、ハンスは地球教捜査の潜伏先を探していた。

 地球教の残党の陰謀をカンニングで既に把握していたハンスも半信半疑であった。

 

(本来の歴史と違い地球教本部の首脳陣は逮捕されている。もしかして残党は居ないかもしれん)

 

 本来の歴史よりは残党の数も少なく宇宙の各所に隠された資金の半分は押収する事に成功している。

 押収が出来なかった資金も僅かな金額であり、資金を管理していた者が持ち逃げしたとしても不思議ではなかった。

 

(まあ。一応は軍務尚書とラング局長に相談してみるか)

 

 10月に入りヒルダが現場復帰をした。公式には体調不良による病欠と説明されて疑う者もいなかった。

 ヒルダの復帰によりボルテックは秘書官から内務省事務次官に栄転をした。

 この人事は帝国内部でも好評であった。それほど、ボルテックの仕事ぶりは周囲から評価されていたのだ。

 ラインハルトはヒルダに求婚の返事を求める事はしなかった。

 ハンスから返事を催促する様な事は厳しく禁止されていたからだ。

 

「陛下。ミューゼル上級大将が面会を求めています」

 

「うむ。時間の方は問題ないか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 執務室に入ったハンスは二人の様子を見て、二人の仲に進展が無い事に気付いたが口にする事もなくラインハルトに地球教の残党について相談をしたのである。

 

「現時点では地球教の残党の組織が有るのか不明です。しかし、これを御覧下さい」

 

 ハンスが二枚の資料をラインハルトに提出する。

 

「一枚目が地球教本部で押収された時の資料ですが隠し資金の場所と金額です。二枚目は実際に押収に成功した隠し資金の場所と金額です」

 

「全体の半分の隠し資金は既に何者かに持ち出された後だな」

 

「はい。金額が些少なので管理していた者が持ち逃げした可能性も有りますが全体の半分となると個人の仕業ではなく組織的な犯行かもしれません」

 

「卿も迷っているのか」

 

「はい。そこで陛下に軍務尚書とラング局長を交えて会議を開いて欲しいのです」

 

「確かに、あの二人の知恵と経験が必要だな。しかし、ルビンスキーを抜きにするのか?」

 

「財務尚書がフェザーンに来るのは来年の筈では?」

 

「構わん。超光速通信で会議に参加させる」

 

「御意」 

 

 実はハンスはオーディンまでの超光速通信となると高額になるので遠慮していたのだ。

 

「そう言えばハンス。今晩は何か仕事が有るのか?」

 

「いえ、今晩は何も有りません」

 

「なら、卿には古典楽器の演奏会に余と共に出席せよ。勅命である」

 

「ぎ、御意」

 

(しまった!)

 

 ハンスは仕事があると言わなかった事を後悔したが、後の祭りであった。

 

 


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