読んで楽しい気分になれるような話ではなく、虚しさが残るような話なので、そういった内容が苦手な方は避けてください。
※注意※
・捏造設定注意
・キャラ死があります(間接描写)。全滅IFです
・科学的な考証はできてないのでロマン解釈でお願いします
・ヘイト作ではありません
・4期AXZの事前情報発表前の作話です
(初出:2017/4/29)(他サイトと同時投稿です)
読んで楽しい気分になれるような話ではなく、虚しさが残るような話なので、そういった内容が苦手な方は避けてください。
※注意※
・捏造設定注意
・キャラ死があります(間接描写)。全滅IFです
・科学的な考証はできてないのでロマン解釈でお願いします
・ヘイト作ではありません
・4期AXZの事前情報発表前の作話です
(初出:2017/4/29)(他サイトと同時投稿です)
閉じた瞼の奥の、底のない闇に意識は浸る。
深くから聞こえてくる、かすかだが耳をそばだてなくとも聞こえる低く轟く音。
巨大から極小まで無数の歯車の噛み合い鳴るこの音は、チフォージュ・シャトーがこの世にカタチを成して以来絶え間なく続く、いわばシャトーの鼓動の音。深奥の玉座の間にて永きの時の間それを耳にしていると、もはや己が鼓動と聴き紛う。
翻って、自分の心音とはいかなるものであったろう。思い馳せてみるも、己の鼓動の音を咄嗟に思い起こすことができなかった。
生命が発して然るべきシグナルが不明確。となると、果たして自分は――キャロル・マールス・ディーンハイムは、本当にここに存在しているのだろうか。
根拠が揺らぐ。確たる信が、保てなくなる。
最後に自分の鼓動を確かに感じたのはいつのことだったろう。
聞こえる音がシャトーの鼓動の音のみという状況はもはや玉座の間を、シャトーを満たしているものは何者も存在しない静寂に等しいのではないか。
悠久の時を刻むシャトーの鼓動の前に、希薄になる。自分という境界が、あいまいになる。
しかし、その静寂はふいに破られる。
玉座の間の中央、ホールと同心円に配された四つの台座のうち、水元素の台座が輝き、その上に生じた紫光と共に、濃紺と黒のエプロンドレスを纏った少女人形が現れ出た。
拡散しかけていた意識が収束していくのを感じる。
他者の存在を得てようやく自己の認識を取り戻す始末。他の勘案の必要に迫られてだが、彼の者を製作した過去の自分は、こうなることへの対処を偶然にも事前に果たしていたと言わざるを得なかった。
「『水汲み』、行って参りました」
ガリィは降り立ったままの台座の上で、うやうやしく内スカートの白い裾を揺らめかせてこちらにレヴェランスで礼をした。
ガリィがテレポートジェムによる帰投先の座標を律儀にも未だ水元素の台座に定めているのは、使役元素を単一のみ与えられていた初号機の時分を忘れられないのか、それとも他の台座がかつて居た水以外の四大元素をそれぞれ使役する人形たちの安地場所であることを慮ってのことなのだろうか。
「あれは水ではないと、何度も言っている」
相違を他意無く端的にそう指摘するとガリィは肩を竦め、バレエシューズのつま先をふわりと踊るように踏み出して台座から降り、階下の円形のホールの外周を玉座のこちらに向かって歩き出した。
「その昔、ある人間が『万物の根源は水である』なんて言ったらしいじゃないですか。あれは正しく万物の根源なんですから、なんにも間違っていやしませんて。……ってこのやり取り、何回目ですかねぇ」
「さあ。覚えていない」
玉座に座るこちらの前に着いたところで、今度はわざとらしいため息付きで肩を竦める。
「嘘ばっかり。マスターがものを忘れるなんて、想い出を焼却でもしない限りあり得ないんですから」
「無駄口はいい。始めろ」
「はーい。とはいえ残りわずかですので、すぐに終わると思いますよ?」
玉座の横のいつもの定位置に立ったガリィは、振り返ってホールを見やる。
その視線の先にあるものはこちらが眺めているのと同じ、床と天井から伸びてホールの中央を占めて存在している、ガラスのように透き通った硬素材でできた巨大なオブジェ。
開きの大きい巨大な円錐の先端同士を上下に繋げたかのような立体の、筒状になっている連結部分だった。
二極の円錐は明かりが届かず闇に融けるほど高い天井と、かつて歯車の積層の埋まっていた床とへ貫き伸びているので、玉座の間で見えているのはごく一部に過ぎない。
指先を翻して指向を定め、緑色光で形作られたハニカム構造の二重円環をオリフィス――くびれに現出させる。
「では、いっきまーす」
こちらの解析環の設置を見届け終えて、ガリィが指を鳴らす。するとガリィの操る制御術式が発動し、くびれの中を赤い流体が流れ落ち始めた。
玉座に座るがまま、永い時の間に連綿と続けてきたこれまでのように、その様を眺めやる。
ガリィの言う通り、忘れる――焼却以外で想い出を失うということは、自分にとってはありえない。
躯体が体験して得た想い出は全てシャトーにリアルタイムで記録されている。
想い出は錬金術を直接行使するためのエネルギーリソースとして焼却したとしても、躯体の入替え時には全てを再びインストールするため、ホムンクルスによる転生を繰り返す中では実質、記憶を忘却するということがない。
これまでのことは、全て明確に覚えている。
この現状の始まった日。世界を分解し終えた日のことは、昨日のことのように鮮明に思い出せる。
――あらゆる機械装置の操作を可能とさせる完全聖遺物ヤントラ・サルヴァスパを失ってなお、シャトーの世界分解装置を稼働できたのはドクター・ウェルのおかげだった。より正確には、その左腕。用があったのは、聖遺物を食らい同化することで制御する特性の完全聖遺物ネフィリムの一部が宿った左腕だけだった。
役立ったせめてもの礼に、往年の王たちがそうしたように場を愉しませる道化として傍らに置き、玉座の間という特等の観覧席にて世界の終焉を見届けさせてやらないでもなかったが、父親から託されたものを軽んじる言動は看過できるものではなかった。
ウェルもまた世界の一部。どのみち世界を分解し終えた後に分解して処分するつもりではあったから、それがいささか早まっただけのこと。
役目を終えた道化の死骸は、万象を記す器としてのシャトーにはふさわしくも必要もない。それが落下したホールの階下に片付けておけと命じたアルカノイズを差し向かわせ、処分は完遂をみた。
道化の始末をつけた後には、計画の障害を例外なく排除するため、あの装者の元へと転移した。
戦えないと寝言を口にしていたあの装者。計画始動以来密かに行っていた動向監視のさなか、奇跡を纏い、あまつさえ奇跡が嬉しいと嘯いたあの装者。初手の作戦の際、火災の燃え盛る炎を前に『炎の日』を想起してこみ上げた感情を発露するこちらを見、知り、踏み込んできたあの装者は、この手で潰えさせてやるつもりだった。
けれども、場に居合わせた『父親』を力と変えたか、ギアを纏わせることなく始末するつもりが間隙を突かれてギアを纏われ、一撃を報いられた。
さらには他の装者たちの集結までを見、素の形態では数に圧されることを悟り、形勢の逆転を兼ね頃合いと見てファウストローブを纏い、そして、『世界を壊す歌』を口にした。
こちらの歌に共振・共鳴したシャトーは自動制御の通り分解機構を起動、東京の中心地に照射されたエネルギー波はレイラインに沿って世界中へと伝播し、世界を壊す歌は文字通り、世界を分解するべく世界に響き渡った。
装者たちは、呪われた旋律を全て揃え七十億人分のフォニックゲインを生じるファウストローブの前に歯が立たず、シャトーと共に世界に牙を突き立てるこちらにささやかな抵抗を術なく散発するばかり。
そのうちに二手に別れる作戦を選んだのか、装者の半数がシャトーへと向かったが、シャトーの守りは鉄壁。外部の物理的・超常的防御はもちろん内部に侵入されたところで、たとえ壁を破壊し貫通せしめたとしても、位相差空間操作技術の応用で玉座の間には辿りつけないようになっている。シャトーの制御機構を直接操作でもしない限り、侵入者は撃退、脱走者は絡め取って確保する防衛機構が破られることはないため、捨て置いた。
侵入した装者たちは数日はうるさくしていたが、やがて諦めたのか外へ出たようだった。活路を見い出せないまま時間だけが過ぎていく中、刻々と分解される世界の惨状と窮地に陥る仲間を放っておけなかったのか、シャトーの防衛にあたっていたこちらと対峙していた装者たちもいつしかいずこかへ去り、それをこちらはシャトー防衛を優先して追わなかった。
再び立ちはだかったらその時こそ、纏うシンフォギアを奇跡だと口にしたあいつをこの手で潰えさせてやるつもりだったが、現れなければやりようもない。改修にて追加されたバリアコーティングによって万物の分解に唯一対抗しうるシンフォギアがあるとはいえ、所詮中身は生身のヒト。生物としての生活基盤を破壊されれば生命維持が適わずいずれ潰える。この手で無力さを叩き込み絶望の底に落とし込んでやれないのは心残りだったが、世界が潰えれば全ての奇跡を殺したことになるのだから、それで溜飲を下げるをよしとした。
その後、連中がどうなったかは知らない。エルフナインも。
焼却することなく遺したかった想い出――パパの想い出はシャトーに健在。仕込んだ毒の針としても、想い出の予備の退避先としても用済みとなっていたエルフナインも捨て置いた。
最後の赤い砂塵が、落ちる。
「あ、もう終わった。本当にすぐでしたねぇ。全ての解析、これにて完了です」
解析環を解除すると、ガリィは無言でいるこちらを怪訝に思ってか振り返り、けれどこちらの顔を見るや、予想通りと言わんばかりに少々の呆れを漂わせた表情を浮かべた。
「少しは嬉しそうな顔をされてもいいんじゃないですか? 世界を分解して、その全てを解析するという宿願をようやく遂げられたんですから」
万象黙示録とは万物に存在する摂理と術理を隠す覆いを取り去り、それらを記すこと。
すなわち世界の全てを分解、万物の根源たるプリマ・マテリアにまで還元し、その解析結果をシャトーに記録すること――
米国、欧州、アジアの諸国からなる連合の侵攻もあったが、超常に対抗できるシンフォギアですら歯が立たないところを、物量にものを言わせたところで通常兵器しか持たない連中がこちらに太刀打ちできるはずもなく。当初の計画によって世界を分解し尽くすに足る量を想定して造り続けてきたアルカノイズの大量投入と、ダウルダブラの音色で増幅されたこちらの錬金術の火力にて全て退けた。
つかず離れず、時に取引をも行う関係だった秘密結社やカルト、地下組織の連携もあった。
これまで世界分解計画を助長せんとこちらを密かに焚き付けてきたその連中は、想い出を焼却し尽くしガス欠する頃合いを狙ってこちらを打倒し、分解され崩壊しかけた世界を好きに再構築してこの世の覇権を得ようと狙っていたのだろうが、それも想定の内。
聖遺物を扱う心得が多少はあったところで、万能の溶媒アルカ・ヘストと原理を同じくするワールドデストラクターたるシャトーのエネルギー波とアルカノイズの解剖器官の前には何人も防ぎ切る術はない。予め座標を把握済みの拠点や要人の元へ直接アルカノイズを転送し、斬首戦術にて各組織を頭から分解してやった。
レイラインへの分解エネルギー波の継続照射、アルカノイズの継続投入の末、この世の全てを万物の根源である赤い塵、プリマ・マテリアにまで粉と挽いて。
かくして世界は噛み砕かれた。
要した時間が神による天地創造と同じ七日七晩だったとは、何とも皮肉が効いていた。
そして。
世界を解析し、それを記すことが、今終わった。
「人形をたくさん創るなり廃棄躯体を使役するなりして手分けすればもっと早く終わったんでしょうに、解析は全部自分の手でやるなんてことするからこんなに時間が――五千万年もかかったんですよ? まったくマスターは頑固なんですから」
ガリィの軽口を聞き流す。
パパから託された遺志とは、世界を解き明かすこと。託されたその命題は自らこの手で果たしてこそ、成し遂げたと言える。
「おかげでその躯体も。寿命が約五十年として、何十万回取り替えてきたんでしたっけねぇ。今のこれ、ちょうど百万体目じゃありませんでしたっけ?」
言って、ガリィはこちらの肩先を馴れ馴れしく指先で突いた。
七日七晩の後、世界の全ての分解をし終えたと分かるとなぜだか無性に笑いが込み上げて仕方がなく、動く者が自分の他に一切絶えた世界で、玉座の間で、ただの一人で乾いた笑いをひとしきり上げ続けた。その後、玉座に座ったまま泥のように眠ったのを覚えている。その頃には、世界を壊すさなか幾度も襲ってきた胸の鋭い痛みは、いつの間にか起こらなくなっていた。
何時間経ったか定かではない眠りから醒めた後は、かねてより計画していた通りに、全プリマ・マテリアの解析へと段階を進めた。
ホムンクルスを製造する装置も、想い出を躯体に転送複写する聖櫃装置も、分解エネルギー波に変換錬成したおかげで大幅に目減りはしたが貯蔵されている想い出も、シャトーに健在。無尽蔵にある時間にものを言わせて、解析用の術理を構築するだけでなく、それまで特殊な手順を踏み儀式を執り行わなければ行使できなかった万物の変換錬成と分解の術理をさらに研究することで、身一つの徒手で行えるよう改良した。
それが可能となるまでには、理論の手がかりとなる先史文明期の古文書が保有している分以外は全て分解されてしまっていたため数世紀を要し、術の完成まで、またその後に解析を終えるまでの間、助手や雑務を担わせるために、ガリィを再製作したのだった。
オートスコアラーはこちら同様、体験して得た想い出は、呪われた旋律をその身に受けシャトーの譜面に自動的に記すための採譜機構の一環で、リアルタイムでシャトーに記録される仕組みになっている。
シャトーに遺されていた想い出と、抽出したこちらの精神構造の一部を元に作りシャトー貯蔵の想い出をビッグデータとして利用し学習させ、インストール元の原本としてシャトーにそのまま遺されていたAIともどもを、再製作したガリィの機体にインストールした。
シャトーの経年劣化の修繕や未解析プリマ・マテリアを解析装置へ運ぶ『水汲み』、その他寝食生活雑務等、担わせる仕事が多岐に渡るためにこちらと同等の錬金術と万物錬成の術理を付与したが、ガリィは四大元素操作においてはなぜか、AIの性向とこれまでの想い出の織りなす『個性』のせいか、初号機の時のように水元素を主に使う傾向にあった。
「……そういうお前は、この数千万年の間に修復に次ぐ修復で再製作後の機体は言うに及ばず、機体のパーツ全てが幾度も入れ替わっているだろう」
「テセウスの船のように、ですか? ガリィという自動人形としての機能が連続しているのなら、機体のいかんは関係ありませんよ。意識の連続――ガリィの場合AI由来の自我ですけど、それも継続してますし?」
「お前のAIがシャトーに遺されていたのは、想い出と違いAIは焼却できなかったからだ」
「人のAIを不燃廃棄物みたいに言わないでくださいよぅ、まったくマスターは酷いんですからぁ」
ガリィは両腕を広げ片の手のひらを胸に当てて大仰に不満をアピールし、その直ぐ後、一転して意地悪気な表情をわざとらしく浮かべて言う。
「マスターなんて、ガリィとは逆に躯体が死を迎えて意識が断絶された後、新しい躯体で蘇っているじゃないですか。それって果たして元のマスターと同じって言えるんですか?」
ガリィの言葉に息をつく。そんなことは躯体を乗り継いで永い時を生きてきた今に言うには今更な、益体もない反駁だった。
「愚問だ。オレの魂は同一時間上に重複することなく一つだけ存在し、予備と認定する躯体は、躯体を離れたオレの魂が必ず宿るよう、そう規定して造っている」
「無機物のガリィたち人形と違って生き物にはそれが、魂があるんでしたっけねぇ」
納得したのをつまらなさそうに言うのは、こちらをいじろうとして失敗したからなのだろう。
「それはそうと。これからどうされるんです? 万物を創造する術は既に手にされているんですから、好きに世界を創って、この世界の神様にだってなれちゃいますよねえ」
ガリィが言いたいのは、地球に降臨したカストディアンが人類であるルル・アメルを創造、使役して世界を治めたように、世界を創造し、ホムンクルスを創造してそれを治めることが可能ということだろう。
分解と再構築、破壊と創造は、錬金術において互いの尾を喰らい合う二匹の蛇の寓意、ウロボロスに象徴される死と生の循環である。
だが。
「興味はない。それに、まだ終わっていない」
東京の中心地、東京都庁舎跡地。
今いるこの場所は、かつてのその地に相違ない。座標の上では。
ここに限らず、今となっては座標で示す以外、その地であったと示す術を失って久しい。
それは、悠久の時が過ぎ風化のあまり痕跡すら失せたというせいではなく。
風化という現象そのものが、起きていないせいだった。
ここにあるのは、見渡す限りの赤い色。
海抜二百メートルほどの高さで浮遊する宙の足下より、視線が妨げられることの一切ないまま見通せるはるかな水平線まで、鮮血を思わせる鮮やかな赤色がただただどこまでも広がっている。仕切りとしていた障壁をもはや不要として分解させた今、表層に見えるものは太陽と月による潮汐力で生じる波やうねりの陰影のみ。
最初期に採取時の利便を勘案して錬成したかつてと同じ組成の大気、それの描く水平線際の白霞む青色から天頂の濃蒼へのグラデーションの空。
その二つから成るプリマ・マテリアの星。
それが、かつて地球と呼ばれた星の今現在の姿だった。
雲ひとつなく澄み渡った空の蒼と、深く濃い海の真紅の他に見えるものは、こちらの纏う風に揺らめくローブのフリル裾と薄金色の三つ編みと、隣で術理を展開している、旧来より変わらぬ紺青の衣服のガリィ。
そして、全体を俯瞰するのに百数メートルの距離を要する大きさの、宙に浮いたプリマ・マテリアの塊。
術の指向のためそれに向けて翳していた手を腕とともに降ろし、解析環を解除する。
緑色光の環が光の粒となって霧散したのを解析終了と察したのだろう、プリマ・マテリアを空中に留めていた術理をガリィも解いた。
距離の離れた先の宙に、にわかにできた赤い滝がプリマ・マテリアの海へと落ちていく。
プリマ・マテリアの本来の形態は粉だが、きめの細かい微粒のそれが集合した際の振る舞いは液体に近く、それを比喩してガリィは適宜行う海からの採取を『水汲み』と称していた。
世界分解後の万象黙示録計画段階において、採取されたプリマ・マテリアは『巨大なフラスコ』の例えの通り、試薬を投入して種々の操作に用いる如く解析のための器となったシャトーに注がれる。手ずからの解析に適させる設計上、結果的に砂時計の形に酷似した装置での解析を経て、建物部分の修復や研究、生活物資その他の錬成に用いる分を取り置いた後、未解析海域と仕切りで区切った解析済海域に隔離されるが、世界全ての解析を終えて全海域が解析済である今、元はチフォージュ・シャトーだったそれが海のどこに落ちようとももう問題は無かった。
「……たしかにあれには未解析なモノが残ってましたけど、本当に挽いちゃうなんて。ま、今のマスターなら、聖遺物そのものは無理でも同等の性能を持つものは作れるんですから、また作ればいいだけですけどね」
赤い滝が落ちて波紋が生じる海を眺めながらガリィは分解解析の履行の厳格さを呆れ混じりに言い、その割にその後にシャトー再建造を気軽そうに口にできるのは、五千万年の間の研鑽の末に聖遺物に準じた装置の製作も今はたやすく、錬成だけならこちらと同等に行える人形が傍らにいればなおさらだからだろう。
だが、万象黙示録をこの躯体に移し、用済みとなったシャトーを位相差空間から召喚し分解・解析してなお、まだ終わりではない。
「ガリィ」
名を呼ぶとガリィは振り向き、帽子のつば下に覗くこちらの顔を見、何かを察して悟った顔になった。
「あー、いよいよですか」
ガリィはふっと表情を緩め、澄まし顔になって両腕を前で輪にして片足のつま先立ちになると、ピルエットのスタイルでその場の宙でゆっくりと横回転を始める。
「他のオートスコアラーや廃棄躯体を覚醒させなかったのは、最終的に『全て』分解することが決まっていたからですよね――」
こちらに正面が向いたところでぴたりと回転を止め、少女らしい仕草で腕を後ろに組む。
「お優しいことですけど、ガリィはかまわず分解するんですから意地悪です。それも長年働かせた挙句に」
唇を尖らせるようにして不平を言って、ふいと顔を背けた。
大げさな演技掛かった拗ねたような所作は、主人におもねる思考の発露ということはわかっているが、実際には何と思ったかはわからない。AIの元にした精神構造はこちらのものだとは言え、持ち得た個性に基いて学習と経験を積んだ今となっては、ガリィが腹の中で何をどう考えているかは初覚醒時より見当がつかないものだった。
けれどこれまで抗命や逃亡をしてこなかったあたり、人工知能の基本原則設計――主への安全性、命令への服従、自己防衛の三原則はガリィの中で未だに有効なのかもしれない。
「最後だ。何か言うことはあるか」
シャトーを想い出貯蔵機関もろとも分解した今、自己を自己たらしめる想い出は現体に保持しているもののみ。これを予備せず現体を分解してしまえば、同じ意識は二度と再生することは叶わない。
死という概念が適用されずにいたこれまでとは違い、今からは永遠の喪失という死を迎えることになる。
その事実を前に、ガリィは何を言うのだろう。
眺めていると、ガリィはスカートの左右の裾端を摘んで膝を曲げ、丁寧な所作でこちらにカーテシーした。
「お供にガリィを選んでくださって、光栄の至りでございました♡」
「ふん……」
この間際に、不敵にも悟りにも見える微笑を浮かべるあたり、どうやら最後まで性根は腐ったままのようだった。
ため息の後に、片腕を頭上に掲げる。そのさらに上空、こちらの背丈分の高さの宙に、金色光のハニカム構造の一重円環――分解環を発現させた。
その途端。
不意に、心臓が不自然に強く脈打った。
「うっ……!」
胸の奥を貫かれたような鋭く深い苦痛に思わず呻く。
掲げていた腕が堪えきれなく意図せず下がって、ローブの内側の緋衣のワンピースの胸元を鷲掴む。
前方に折れ傾いた身体が宙を揺らぎ、頭から外れて落下しかけた帽子をガリィが受け止めた。
「あらら、拒絶反応。数千万年ぶりですねえ」
「これは、っ、拒絶反応ではない……オレを止めようとする、パパの想い出だっ……」
万象黙示録の最終段階に至る前、急ぎ覚醒させた最後の予備躯体では激しい胸痛が時折発生していた。
想い出の高速インストールによる拒絶反応であれば、想い出を焼却するごとに頻度は減るはずと踏んで計画を強行、けれども七日七晩に渡る世界分解の攻防戦の最中、躯体の想い出の大半を焼却してなお発症し、その際にパパの想い出が頻繁に脳裏を過ぎったことから、そう察したのだった。
「魂は、不滅ではない……この術理がアルカ・ヘストと同じ、万物を分解するという哲学術理である以上、魂の分解は不可能ではない」
かくあれかしとこの世に規定された哲学は、存在し適用条件が満ちればいかなる事象も起こしうる。先史文明期の巫女の魂が、聖遺物の鎌に両断されて消滅したように。
「未だ解析していないオレの魂と、パパの想い出……この痛みの源こそが、真理の在り処かも知れぬのだ。だから――」
右腕を再び掲げ、こちらの頭上の宙に留めていた分解環のコントロールを取り戻し――ガリィを見遣る。
「お前に託す。真理を見つけたとして、それをどうするかはお前の好きにするがいい」
予備躯体の存在しない今なら、巡る先のない魂は現躯体とともに分解されるだろう。
にわかに目を瞠ったガリィから視線を移し、空を見遣る。
帽子のつばに遮られることなく見上げた空は、快晴。大気はかつてと同じ組成で錬成されているが、地表に水が存在しないため雲は存在しない。
澄み渡る青空を見て、かつての自分はどのような心情を抱いただろう。忘れているはずはないのに、思い出せない。今のように胸に何の感情も沸き起こらないということは無かったように思う。
代わりに、久しく思い出さなかったあのメロディが脳裏に蘇った。魂も何もかもを塵にしてこの空に舞えば、またパパに逢えるのだろうか。
万象の摂理を暴き、暴虐の果ての果てに至って、喜びも悲しみも怒りも不安も感じない。
無情とは、きっとこのような心模様を言うのだろう。
◇
向かいで浮遊させているプリマ・マテリアの一塊から、走査していた解析環を解除する。
ハニカム構造の緑色光が、広げ並べた両手大の赤い球形の周りで弾けるように霧散した。
「特異なものは見当たらなかった、っと……当たり前よね、物質的には一度解析したプリマ・マテリアから作られたホムンクルスなんだもの」
マスターが何をするつもりだったのか直前になってようやく察したものの、ガリィは止めることはなかった。
人工知能設計の基本三原則はやはり働いていない。有効であれば原則の一の主への安全性を図ろうとして、力ずくでも行為を阻止したはずだから。
けれど、そうすると事前に知っていてもきっと、再考は提言すれど制止はしなかった。
モノに心を持たせるということは、プログラムを超越するということに他ならない。採譜のために、ヒトの歌を聴くためにマスターに持たせられたこの心――自分という自発的な自覚は、自発の意志でマスターの意志に沿う。それがどんなことであっても。
「命題の答えは世界の分解じゃないこと、本当はわかっていたくせに。五千万年も意地を張り通して……まったく最後までお子様なんですから、しょーがないですねぇ」
手の中にある黒いとんがり帽子を眺める。円錐形の帽胴にワンピースの緋衣と同じ法布を巻いてあるつば広のこの帽子は、マスターが幼い頃に父親から贈られたものが元だと知っている。万物錬成による修復に次ぐ修復で自分同様、オリジナルの素地は既に残っていないけれど。
「仮にこの世の真理なんてものが見つかったところで、機体の奥に仕舞い込むだけだってのに……」
魂の分解が為されたか定かではない。けれど魂を紐付けていた器である躯体と、その哲学を規定するシャトーの躯体生成機関が失われた以上、マスターの魂を取り戻す術はなかった。
自分を従わせる存在は、もういない。
自身の今の機体には四大元素操作はもちろん万物錬成も可能な能力が備わり、マスターとほぼ同等の錬金術を持ち得ていると言っても過言ではない。エネルギー源となる想い出の保持量は、数千万年の時を経て膨大。思うがままの世界を海から作り出し、永遠の命をもってそこに君臨することができる。先に自分で言った通り、この世界の神になることも可能だった。
けれども。
「……ガリィにとっての真理は最初から、起動したときからとっくに得られているんですから」
両手の間の中に分解環を発現させて、帽子を分解する。手と手の間にできた一握のプリマ・マテリアから、一輪の白い花を錬成した。
黄色の花序から放射状に細長い白の花弁のあるその小さな花を、マスターは祖国の花だと言っていた。
深緑の茎部分を手指に取り、口元に寄せて花弁に口接ける。空へ手向けるように指離すと、風に吹かれて舞い遠くの空へ運ばれていった。
「土人形のゴーレムは、花を愛さなかったから土に還るしかなかった、か」
モノである人形は、生物を生物と同じように愛することはできない。生物に備わる心と同じ心を宿していないから。逆もまた同様ゆえに、愛を分かち合うことはできなかった。
だから。
ヒトの始祖を始め、万物が作り出されたという『土』なるものへ。
金色光のハニカム環を、頭上の宙に発現させる。
前方の宙に浮く赤い球に腕を伸ばし、両腕を回して胸元に引き寄せた。
「……マスターって、お小さいと思ってましたけど、こうなってもやっぱり小さいですね」
ガリィにとって唯一絶対の真理を、胸に抱いて。
「そういうことで」
環を、下ろす。
赤い海に生じた波紋は円く広がり、拡散してやがて見えなくなった。
白い小さなものが、赤い海にたゆたう。
花だけが残った。
ヘイト作ではありません(大事なことなので略)
>「父親に託された命題とは、世界を解き明かすこと。それ以上も以下もない」
キャロルにとっての救いとは悲しみの要因となったパパの喪失の回復=パパを取り戻すこと以外ありえなく、けれどそんなことは不可能です。
時代の理不尽を飲み下すことができなかった以上、行く末は安息とは程遠い破滅しかなく、どうしようもなくてやるせないそんなキャラクター像のキャロルがやはり好きでして。
本編で前述の台詞を言うようなキャロルが世界分解を完遂させたとして、その後に迎える破滅をも書きたくなって書いたのが今作でした。推しキャラの死ネタを書く人の気持ちが少し分かった気がします。
四大元素操作だけでなく万物錬成まで可能なこの脳内呼称『アルティメットガリィちゃん』と数百年どころか数千年の時を生きるキャロルちゃんの荒寥感あるシャトー生活話(えろ)もいつか書きたい。