愛すべき吸血姫   作:トクサン

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バレてへん、バレてへんよ

 時が止まったかのように微動だにせず、互いの顔をじっと見つめ合う二人。ユウに向けられていた爪は既に元のサイズに縮小しており、ユウも盾を構える事すら忘れていた。

 

 しかしそれはソレ、これはコレ、一応は敵同士の二人。途中でハッと正気に戻り互いに大きく距離を取る。その間にも二人の心臓はトゥンクトゥンク、もう心臓で突貫工事でもしているんじゃないかなという有様。

 

「くっ……な、なな、中々やるではないか第二席、我の渾身の一撃を防ぐとは!」

「ふ、ふん、お前も自分で誇るだけの容姿はしているようじゃないか、怪物の癖に!」

 

 互いが互いに顔を赤くし、ソレを相手に悟られまいと必死になる。しかし先程まで轟々と燃え盛っていた殺意だとか戦意だとかは既に消失し、『出来れば殺したくない』という所から『絶対殺したくない』という所まで転がり落ちるのは直ぐだった。

 

 天窓から差し込む光がギリギリ届く範囲で二人は対峙し、剣と爪の矛先をそれとなく相手から逸らしながら威嚇紛いの行動。しかし二人ともチラチラと視線は相手と虚空を往ったり来たりし傍から見れば動揺が丸わかりである。だがどちらも動揺しているので相手が精神を乱しているなんて露ほどにも思わない。

 

 ユウからすれば『何で亜人がこんなに可愛いんだ』状態であり、女からすれば『何で人間がこんなにカッコイイのじゃ』状態だった。相手の顔を見るだけでドキがムネムネ、これは入籍カウントダウン不可避。

 

 女は忙しなく視線を彷徨わせながら一応の『戦おうとしていますポーズ』を崩さず、何度もユウの顔と体つきを確認する。それは目の法楽であるというより、何か自分の中にある感情を否定する要素を必死に探している様でもあった。

 

 しかし何度見てもユウの――彼女から見れば――パーフェクトボディ&フェイスが崩れることは無く、思わず「くぅ」と呻いた。

 

 ――まさか吸血鬼の祖たる我が、この我が! まさか人間に、人間相手にこの様な感情を抱くなぞ! ぅう……何という、何という屈辱!

 

 怪物である女は顔を紅潮させつつドレスの裾を強く掴み、恥辱に耐えるようにして震える。

 しかし俯いた顔でチラリとユウの方を向けば、そのドストライクの容姿が目に入り、「あぁ、駄目、カッコイイ!」と思わず顔を覆う。

 これが吸血鬼の祖である、何て恐ろしいんだ。

 

 ――くっ、怪物の癖になんて可愛いんだ! これじゃ結婚しちゃうじゃんか、結婚不可避じゃんか! マイホーム貯金していて良かった、これでおっきな家も買えちゃう、よぉしパパマイホーム買っちゃうぞぉ!

 

 ユウに至っては最早脳内トリップし目の前の怪物と結婚し老後のところまで妄想していた。これでも連邦評議会第二席である。凄いねこの二人、ピッタリじゃん。

 

 しかし一応これは仕事である、ユウも聖王から直々に討伐を命じられた身。立場的にも戦わない訳にもいかない、だが決して殺す事はしたくない。故に脳内で盛大に結婚式を挙げつつも『くっ、力及ばず……この勝負、一旦預ける』という捨て台詞と共に撤退する計画を即座に打ち立てた。

 一時とは言え離れ離れになるのは辛いが仕方がない、殺したく無いのだから今は退くべきだ。そして来るべき時まで金とか諸々用意し、それで結婚を申し込もうと画策した。

 

 対して女も同じ事を考えていた。自分が殺したく無いとは言え相手がそうだとは限らない、それに吸血鬼の祖として人間に舐められるのは論外。彼になら舐められても良いかな、なんてちょっぴり思ってはいるがソレは物理的にであって精神的にではない。

 

 故に絶妙な力加減で相手を倒しつつ、『その力、人間にしては惜しい、今は退け――次相まみえる時こそ、汝の命を頂こう』という感じで退かせよう。そして次に逢った時に結婚を申し込もうと画策した。

 

 互いの思考は非常に似通っていた。結果、どちらも『手加減しつつ、良い感じの戦いを演じよう』という結論に至った。どっちもどっちだね。

 

 気合を入れ直したユウは何度も深呼吸を繰り返し気合を入れ直す。顔を赤い事を除けば真剣そのもの、ゆっくりと腰を落としつつ盾と剣を構え、「確かにお前は強い、どうやら(お前の美貌を)侮っていたようだ……しかし(仕事には)負けん!」と如何にも勇ましい騎士をアピール。ついでに私は本気だぞアピール、これで完璧。

 

 その台詞にトゥンクトゥンクしながら大きく仰け反り、「やだ……カッコイイ」と呟く女。

 しかしハッと意識を取り戻した彼女は首を左右に勢い良く振り、「ふふっ、しかし我の(乙女)力の前では(あなたの恋心なんて)塵芥当然よのぅ」と余裕アピール。しかし耳まで真っ赤。

 

 かくして二人は二度目の衝突。互いに視線を躱しながらの踏み込み、顔が近付くにつれ顔が赤くなる二人、そのまま接吻でも交わしそうな勢いである。

 その踏み込みは最初の足運びと比べればかなり緩く、まるで犬の散歩。その場に第三者が居たならなお前達はゼロか一しかないのかと叫ぶだろうという程の惨状。

 

 そしてゆっくりと激突した二人は再度攻防戦に移行する、先程は女の一撃をユウが受ける形だったが、今度は女がユウの盾を手で受け止め防御の姿勢を見せた。二人は内心で『精一杯、優しく、でも戦っている感は出るように』と繰り返し呟く。

 

 そして漸く攻撃に移ったユウが剣を勢い良く振りかぶり、女が身構える。ユウは剣を振り被った状態で万が一にも彼女が怪我をしない様に握りを緩くした。

 

 そして放たれた一撃は緩慢で、余りにも遅い。素振りでも此処まで遅く振らないだろうと言う速度で放たれたソレを女は放然と眺め、それからパシッと指先で受け止めた。無論余裕綽々で、欠伸が出そうと言う表現があるがそれすらも飛び越えている。

 

「えっ……え?」

 

 吸血鬼の祖、驚愕。

 

 最初の交差でかなりの実力者であると踏んでいたが実際に放たれた剣の一撃は蚊でも殺せるかどうかと言うレベルの代物だった。寧ろわざとやっている事を疑うレベルの腕前だ。しかしこれで大凡の第二席の実力が分かった、正直子どもと同等だ。

 

 まさかこれ程弱いとは、予想以上、想定以下である。しかし如何に弱いと言えど殺したくないという想いは本物、何とかそのレベルに合わせて良い戦いを演じようと四苦八苦し力をセーブする女。掴んだ剣を脇に逸らし、女が腕を振り被る。

 

 それに対してユウは盾を構え、『良し、この攻撃に合わせてワザと吹っ飛ぶ!』と身構えた。パッと見は大地に根を張り万物を耐え切る完全な防御態勢、しかしその実足には全く力が入っておらずハナから踏ん張る気が無い。

 これならある程度の衝撃さえ加えれば簡単にひっくり返るだろう、後は薄汚れながら地面をのた打ち回り、いかにも『つ、強い……!』という表情をすれば完璧だ。ユウは内心で勝利を確信した。

 

 しかし、飛来した衝撃は予想を遥かに下回り――まるで優しく盾に触れた様な、そんな余りにも柔らかすぎる拳だった。音にするならばポスッ、という感じ。無論そんな拳で吹き飛べる筈もなく、殴られてから数秒後、『あれ、今殴られた?』と漸く気付くレベルだった。

 

「えっ……え?」

 

 第二席、驚愕。

 

 最初の一撃を受けた時にかなりの実力者であると踏んでいたが実際に放たれた拳は赤子をあやすかの様な代物だった。寧ろわざとやっている事を疑うレベルの一撃だ。しかしこれで大凡の女の実力が分かった、正直子どもと同等だ。

 

 全く同じ感想を抱いた双方。子ども対子ども、互いに互いを殺したくないから手加減しようという発想に至り、何かもうどうしようもないレベルまで下がっていた。二人は最初とは異なった俊敏な動きで後ろに飛び退くと赤い顔と冷汗を悟られない様に叫ぶ。

 

「な……中々やるではないか! 我の攻撃を二度も防ぐとはッ! 人間の中でも稀に見る撃剣の使い手よのぅ!」

「は、ハン! あの程度、どうという事はない! お前も俺の一撃を防ぐとはな! 見た目に違わず中々剛毅な戦いをすると見える!」

 

 白々しい。しかし本人たちは大真面目にやっているのでその大根芝居に気付くことは無い。互いに互いが『どうしよう、どうしよう……』と思い悩む。まさかここまで実力差があるとは思っても居なかった。しかし今更引き下がる事は出来ないし、何とか計画通り事を進めるしかない。

 

 ユウは考えに考え、この実力差で派手に負けるのは難しいという結論に至った。そうなると何とかして負ける糸口を見つけるしかない。その為にもユウは十秒程たっぷり思考を巡らせ、徐にその場に盾を取り落とすと自分でもどうかと思う程派手に地面へと蹲った。

 

「ぐ、ぐわァアアアッ! う、腕がッ、腕がぁああああッ!」

「え、はッ!?」

 

 突然地面に蹲り剣と盾を投げ出し神中病の患者宜しく盾を構えていた左腕を抑え込むユウ。その額には冷汗さえ滲ませ、甲高い金属音と絶叫を掻き鳴らしたユウは恥も外聞もなく呻き、蹲ったまま叫んだ。

 

「な、何という、あ、後から、後からじわりじわりと痛みがぁああッ――まさか先程の一撃は外ではなく、内側から人体を破壊する拳法だったのか……オソロシイッ!」

「えっ、ええッ!?」

 

 蹲ったユウに投げ捨てられた剣と盾、それを見た女は盛大に取り乱し、狼狽した。勿論先程放った彼女のそんな力は込められていないし、そんな拳法自体修めてもいない。これは当然ユウの嘘八丁だった。しかし余りにもユウが力強く、然も『本当に強烈な一撃を食らった』とばかりの鬼気迫る演技をした為、まさか本当にそんな怪我を負わせてしまったのではと彼女は顔を青くした。

 

 彼女としては十二分に力を抑えたつもりだった、寧ろ『もうこれ以上抑えられない』というレベルまで加減した拳だ、当然怪我など負う筈が無い。しかし目の前の男が嘘など吐く理由がないと思っていた彼女は本気でユウの身を案じた。

 

「だ、大丈夫かえ? 痛みは、痛みは酷いのか!?」

「えっ、あっ……えっ?」

 

 焦った表情を隠そうともせず、オロオロと手を伸ばしたり引っ込めたりする女。今すぐ駆け寄りたい、けれど今は敵同士だし、どうしよう。その態度は如何にも『私、貴方を心配しています』という感じで先に蹲ったユウの方が言葉に詰まった。

 

 あれ、何か想像していた反応と違う。もっとこう『フハハハ、愉快よのぅ』とか悪役全開の台詞を予想していた。けれど目の前の彼女はオロオロと忙しなく青い顔色に涙目だ。一目惚れした女を騙くらかして心配させているという事実に、何か無性に罪悪感を覚えたユウは腕を擦りながら思わず上擦った声で叫んだ。

 

「アッー! これ腕折れている、絶対折れている! でも痛くない、全ッ然! 痛くない! 痛くないけれどこれじゃ盾持てないなァー! 悔しいなァ! こうなったら任務を放棄して帰るしかないなァ、あぁくそ無念だァー! 本当ならなぁー、絶対負けないんだケドなぁー! でもなァー腕折れちゃったら仕方ないなァーッ! 痛くないけどネ、全ッ然痛みとかないけどねッ!」

 

 これでもかと言う位に腕をブンブン振り回してその場で腕立てまで始めるユウ。怪我をしているという事実は譲れない、しかし痛みで悶絶していると目の前の彼女に要らぬ心配をかけてしまう。

 

 ならば『怪我はしているけれど痛みは全然ない』という形で押し通すしかない。ユウの頭ではそれが限界だった。骨折した腕で筋トレ、凄い精神力、尊敬しちゃう。

 

 そんなユウを見た女もこれには驚き、『えっ、人間ってそんなに頑丈だったっけ』と驚愕の表情を隠せない。しかし実際元気に動き回るユウの姿を見て、「そ、そうかえ……?」と恐る恐る退く。

 

 そうだよね、そんな重傷だったらこんなに動けないよねと自分を納得させた。これにはユウもニッコリ、謝罪の言葉をギリギリのところで呑み込んだ。それを言ってしまったらコレが演技だとばれてしまう可能性があった、バレるバレない以前の問題だが。

 

「兎も角、複雑骨折した上に脱臼した腕では盾も持てん……この場は退かせて貰おう」

「えッ!? ふ、複雑骨折? 脱臼? それはかなりマズイ負傷じゃなかったかの!?」

 

 不穏な言葉に再びサッと顔色を変える女。ユウはしまったと口を押えるが、それよりも早く足元に転がっていた盾を拾い上げ指先で掴むとフリスビーの様に弄ぶ。余談だがユウの持つ中型盾の重量はニ十キロ近くある。

 

「――連邦評議会二席ともなればその程度の怪我、怪我とも言えんな! ほら盾だってこんなにホイホイ持てちゃう、御手玉も出来ちゃう、もう全然へっちゃら!」

「そ、そうかの……本当じゃな? 信じて良いんじゃな?」

「勿論、俺には世の中で許せない事が三つだけある――それは『嘘』と『悪党』、それから『女性にモテモテのリア充野郎』と『唐揚げにレモンを無断で絞る奴』だ」

「リア、唐揚げ……えっ?」

 

 澄ました顔で決め台詞を言い放ったユウは内心で『今のは決まったな』と確信する。兎も角、この怪我ではもう武器は持てん、俺は退かせて貰う。

 そう言ってユウは剣と盾をそれぞれ両手に確りと持ち女に背を向けた。「ま、待て!」と背中に声が掛かる。ゆっくりとした動作で振り返るユウ。

 

「た、確かユウ・マグリット・シャンドゥル、と言ったな……合ってるよね? 間違っていないよな?」

「あぁ、そうだ、俺の名はユウ・マグリット、ユウでもマグリットでも好きに呼んでくれて構わない、親しい人間はユウと呼ぶ」

「そ、そうか……ゆ、ゆゆ、ユ、ユ――……マグリット! か、勘違いするなよ、べ、別に貴様自身に興味がある訳ではないぞ! ただその腕に免じ名の一つ位は憶えてやろうと思っただけじゃ! それだけじゃからな!」

「……ならその腕に免じてお前の名を聞きたい、俺の腕を砕いたお前の名前を」

 

 ユウが砕かれた左腕を元気に突きつけそう言うと、彼女は一度目を見開く。頬の紅葉を隠す様に大きく体を逸らし胸を張って自身の名を告げた。

 

「ユーハイエンス・パズ・ユリーティカ! この名を耳に出来た事、光栄に思うが良い、我こそは吸血鬼ドラキュラの祖が一族――ユーハイエンスの名を継ぐ闇夜の王よ!」

 

 ユーハイエンス・パズ・ユリーティカ、ユウはその言葉を何度か口の中で呟き胸に刻む。そうしていると不意にヒュン、と闇夜の中から何かが飛んできた。盾を腕に通し素早く受け止めれば、それは真っ赤な液体に満たされた小瓶だった。ユリーティカが投げて寄越した物のようだ。頬と耳を真っ赤にしたまま袖を握り締め、努めてユウの方に視線を向けない様注意しながらボソボソと彼女は呟く。

 

「人の身にも良く効く妙薬じゃ、我の好敵手ならば自愛せよ……その、強く殴ってしまって悪かったな、許して欲しい……すまぬ」

「優しい、好き(この程度、怪我の内にも入らないと言っただろう、だが……ありがとう)」

 

 努めて凛々しい表情で礼を告げたユウは今度こそ踵を返し屋敷を後にした。互いに相手の姿が扉に遮られ見えなくなった瞬間、『良かった……この気持ち、バレてない』と胸を撫でおろす。

 

「ユウ……ユウ・マグリット、なんと恰好の良い男じゃ……!」

「ユリーティカ、吸血鬼の祖……取り敢えず役所に行って婚姻届け貰って来るか」

 

 そう言えば神聖ノイスタッド連邦の法律では亜人との婚姻は認められているのだろうか。ユウはその点に不安を抱いたが、「まぁ最悪法務担当に土下座しよう、駄目だったら脅迫しよ」と決めて屋敷を後にした。

 

 帰宅途中、丁度良い感じの泥沼があったのでダイブして鎧を汚しまくった。ユウは満足した、これなら何とか悪戦苦闘した感じが出ているだろうと。それを見ていた軍馬は大きく嘶き、『その恰好で俺に乗るなよ』と言わんばかりに顔を背けた。

 

 腹が立ったので泥団子を投げつけてやった、そしたら後ろ足で蹴られた。

 なんて馬だ。

 

 




 台風にブラとパンツを全部吹き飛ばされました、明日から私は何を着て生きていけば良いのでしょうか。

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