愛すべき吸血姫   作:トクサン

4 / 8
再会、そして激闘へ

 

 涙ぐみ、どこか悲痛な面持ちで見送って来た評議会の面々。まるでこれから戦に赴くユウが帰ってこないのではと思ってしまう程の悲痛さだった。何だよ皆して、俺がそう簡単にフラれると思っているのか? と内心で不満に思いつつもそこはユウ・マグリット、内心を欠片とも態度や表情に出す事無く、「行って来る」とどこまでも淡泊に城を出立した。

 

 その背にいつまでも評議会の面々――特に聖王など唇を噛み締め、今にも泣き出しそうだった――の視線を感じ、一度目の遠征と同じ道を駆けた。

 本来は数日必要な旅程をユウは一日そこらで駆け抜けた、野営も一度だけで朝太陽が僅かに顔を出した時間帯から駆け抜けたのだ。これには前回自分に無礼を働いた馬への意趣返しも兼ねている。因みに今回乗馬している馬は前と同じ、ユウの鎧を蹴飛ばして凹ませた栗毛色の軍馬である。

 

 一方その頃、ユウがこれからの逢瀬に胸を高鳴らせ平原を駆け抜けていた時。

 そのお相手となるユリーティカはと言うと。

 

「ユウ・マグリットに逢いに行きたい、これはもう行くしか……行こう(確信)」

「姫、姫様待って、待って下さい」

 

 洋館の片隅、自室のベッドに寝転がりながらシーツと格闘していた吸血鬼の祖、ユリーティカ。その姿はだらしがない事この上無いが素材が良いので寧ろ目の保養になる、美人は得である。

 

 ユウとの邂逅から三日、また来ると彼は言っていたが既に七十二時間が経過している。私を待ち殺す気かと内心で愚痴っているが彼女の寿命は軽く三桁は超えるし、下手をすると四桁に届くかもしれない。まぁ本人も正確な数字は憶えていないので実際の年齢を確かめる事は困難だが。

 

 ベッドから這い出して部屋の外に出ようとする主を、長身のメイド服を着込んだ女性が止める。彼女はユリーティカが誇る近衛兼給仕係の一人であった。この屋敷には彼女に吸血され眷属となった者が十人前後生活している。仕事は屋敷の管理から外敵の駆除、更に食料調達からユリーティカの身の回りの世話まで多岐にわたる。

 

 しかし例外もあり、彼女達で勝てない様な腕を持つ剣士がやって来た場合はユリーティカ本人が出る事になっていた。屋敷を建てた最初の内は屋敷荒しやら賊、野生動物など近衛でも対処できる相手だったが、組合の狩人(ハンター)などが駆り出され始めた辺りからは専らユリーティカ本人が対処していた。彼女達でも勝てない訳ではないのだがユリーティカは自身の所有物が傷つけられることを酷く嫌う。故に一%でも敗北する可能性がある相手とは戦わせない様に徹底していたのだ。普段の待遇やそう言った配慮もあり、屋敷の住人からはユリーティカは信頼を寄せられている。

 

「放せイチ、我はもう我慢ならんのだ、あやつはまた来ると言っておきながら三日も我を放って放浪三昧……恋人をほったらかして我が家に帰って来ないなど懲罰物じゃろう?」

「姫様、姫様違います、ユウ・マグリット様は姫様と恋人ではありませんし此処はお二人の愛の巣でもありません、お気を確かに、傷は浅いです」

「! 何故貴様がユウの名を知っておるのじゃ……まさかイチ、貴様も……!?」

「三日前から散々同じ話を聞かされれば名前くらい覚えます」

「そ、そんなに名前を連呼しておったかえ?」

 

 恥ずかしそうに頬を抑えながら問いかけるユリーティカ。イチと呼ばれたメイドは確りと頷く。ユウ・マグリットなる人間の男性が如何に素晴らしい男か、彼女は既にこの三日間で百回は同じ話を聞いている。それだけ口にされれば嫌でも憶えると言うものだ。それでも主に対する忠誠やら何やらが揺るがないのは素晴らしい、流石腐っても吸血鬼の祖。

 

「うぅむ、しかし本当に遅いのじゃ……もういっその事、我がユウの場所へ行こうかの、しかし突然行ったら迷惑じゃないかのぉ? 流石にそんな事をして嫌われたら生きていけぬ、でも寂しいのじゃ、早く帰って来てたもぉー……」

「これは重傷ですね」

 

 ふっと上体を起こしたと思ったら再び枕に顔を埋め、嫌々と首を左右に振るユリーティカ。こんな主を見たのは『知っておるかイチ、レモンに含まれる【びたみん】とやらはのぉ、なんとレモン一個分なのじゃ!』と鼻高々に語り、『そうだったのですか、知りませんでした』と流石姫様アピールを行った翌日、自身の語った知識が間違いだった事に気付いた時以来だ。

 

 あの時もこうやって枕元に顔を埋めて耳を真っ赤にしていた。『レモン一個に含まれるびたみん……レモン一個分、当たり前じゃん……意味分からん』と己の所業を恥じていた。吸血鬼の祖は博識である。

 

「……何でしたら我々近衛が攫って参りましょうか? 食料調達と同じです、流石に単独では難しいですが、我々全員の力を使えば可能かと」

「いや、それは難しいじゃろうて、本人の力は兎も角――ユウは連邦の評議会に属しておる、常に警護隊が控えている筈じゃ、そこらの村人を攫うのとは雲泥の差じゃろう」

 

 声のトーンを落として真っ当な言葉を吐き出すユリーティカ。実際の所は彼女たちが攫いに行けば、『えっ、攫いに来たの? やだ嬉しい』と喜々として自分から攫われるだろうユウ・マグリット。ほら、一応今腕が砕けている事になっているし、剣も持てないから仕方ないね。

 

「それに、ほら、あれじゃ……やっぱり突然そういう事をしたら迷惑じゃろう? 嫌われとうないのじゃ、此処はひとつゆっくりと互いの愛を深め合いながら少しずつ相互理解を深めてじゃな――」

「それでしたら無理矢理攫った後に既成事実という手もあります、何でもこの時代の男は一度抱いて子が出来た場合は結婚しなければならない法があるとかないとか」

「えぇー……いやでもなぁ、やっぱり最初は子どもより自分達の暮らしを大切にしたいというかぁ、暫くは二人っきりで、みたいな? ほら、あるじゃろう、家庭に入るよりも先に恋人関係を楽しみたいのじゃ、勿論将来的には結婚して子を授かるがな?」

「はぁ……そういうものですか」

 

 ユリーティカの言葉にイチは首を傾げながらも肯定を口にする。イチは若くして吸血鬼となり人間時代の記憶が希薄なので、そういう幸せの概念に疎かった。まぁ姫様がそう言うのであればそうなのだろう、そう思いつつ適当に相槌を打つ。

 

「はぁー、ユウ恰好良い、好き、結婚したい、結婚しよ、結婚したら部屋に閉じ込めて一生一緒に居るんじゃ、我もハッピー、ユウもハッピー、最高の未来予想図じゃな、最高かよ」

「いえ姫様、流石にユウ・マグリット様は人間ですので寿命があるかと……」

「結婚したら眷属にするから問題ないのじゃ、永遠の命じゃの、素晴らしい、我天才」

「『人間の男はむさ苦しいし臭いから眷属にはしない』と仰っていたのは姫様では……」

「記憶にございません、のじゃ」

 

 白々しい嘘を吐く主人をどこか可哀想な物を見る目で眺めていると、ユリーティカは枕越しにイチに目を向け早口で捲し立てた。

 

「そんな事を言う姫様はきっと別の世界の姫様じゃ、我にはその記憶がないのでな、それにユウは良い匂いじゃ、近くで嗅いだから間違いない!」

「姫様……」

「その可哀想な生き物を見る目を止めるのじゃ!」

 

 恋は盲目と言うがこれ程変わってしまうモノなのか。イチはそっと目元を拭って首を振った、きっともう手遅れなのだろう。無論今更此処から去ると言う選択肢はない、一度忠誠を誓った身、主こそ変わりはしたが未だ慕う気持ちには変わりない。

 

 在りし日のユリーティカを思い出す。『我こそが吸血鬼、ドラキュラが祖、ユリーティカである――善く働き、善く仕え、善く生きよ、その権利と義務をお前にやろう、常に誇りを胸に立て、貴様も今から貴き種、吸血種である』、そう言って己を眷属にした気高き主人。

 

 そんな彼女が日夜、「ユウ恰好良い、好き」と呟き、「やっぱり子どもは二人かな~」と明るい家族計画を夢想してベッドを転げまわる。多分一昔まえのユリーティカが自分自身の姿を見たら羞恥で悶絶するんじゃないだろうか。

 そんな事を思って「あぁ姫様、おいたわしや」と内心で呟いていると、不意にユリーティカがシーツを跳ね除け飛び起きた。

 

「姫様?」

「――来た」

 

 先程までの姿が嘘の様に目を見開き、全身に気力を漲らせるユリーティカ。ゴロゴロしている場合じゃねぇとばかりにベッドから飛び降り、姿見の前に立つと着込んでいたネグリジェを勢い良く脱ぎ捨てる。そしてドレッサーの上に転がっていた櫛を手に取ると、不慣れな動作で自分の髪を梳かし始めた。そしてその様子を呆然と眺めていたイチに向かって怒鳴りつける。

 

「イチ、何をしておる、我の正装を持てい! それとフーコとリンシェンも呼んで来い、髪を整えて結うのじゃ! あと香水とか、宝石とか……ええい、兎に角装いについては良く分からんが我を史上最高に可愛くするのじゃ!」

「……分かりました、ところで一体何が?」

「――ユウが来たのじゃッ!」

 

 

 長い長い距離を軍馬で駆け抜け、一応逢う前に湖で体を清めて髭とか諸々を処理したユウ。これから恋人と逢うのだからだらしのない姿は見せられない。工房に頼んで修理して貰った鎧は所々に傷跡こそ残るものの胸部の凹みなどは全て元に戻っている。更に言えば今回は完全に討伐と言うよりも凱旋パレードの様な見栄え重視の旅装だった。普段は身に着けないイヤリングに片側の腕を覆うマント、更に盾は持たず腰に差した剣は装飾ばかりが素晴らしい宝剣。

 因みに賊がやって来ても討伐出来る様に中身はちゃんとした両刃剣である、まぁユウからすれば鞘だけでも大抵の存在は倒せるが。

 

 パッと見からしてどこぞの名のある騎士だと分かる、普段無骨なまでな恰好で効率を重視していたユウからすればあり得ない装備の数々。勿論城を出立する前には荷の中にこっそり紛れ込ませていた。戦場は婚活する場所じゃないしというのはユウの弁、しかし凱旋パレードとなれば別である。自身の財力やら武力やらをこれでもかという程にアピールする場所、それで黄色い声援を貰いつつ嫁さんもゲットだぜ作戦――これはその残滓であり名残である。勿論作戦は失敗していた、解せぬ。

 

 ユウは颯爽と軍馬から飛び降りると、マントを払って恰好をつける。その背で軍馬が足を折って崩れ落ちた、まぁ走り通しだったし仕方ないね。ユウは倒れた馬を一瞥もする事無く洋館の正門を潜り、いつか見た扉の前に立つ。前回は盾を構えてタックルをかまし破砕した扉だが今は元通りに修繕されている。

 

 さて――戦いである。

 

 相手は国を相手に戦える怪物の中の怪物、吸血鬼の祖。挑むは神聖ノイスタッド連邦評議会の第二席、撃剣の使い。

 ユウは腰の剣にそっと手を添えると、ゆっくりと扉を肩で押し開けた。扉は鍵が掛かっておらず、僅かな軋みと共に開く。そしていつか見た、暗闇のエントランスがユウを出迎えた。赤い絨毯、二つに分かれた階段、そして天窓。

 

 その二階部分に焦がれ続けた人物が立っており、たった今屋敷の中へと踏み込んだユウを鋭い眼光で射抜いた。

 前回よりも更に豪華なドレスを身に着け、これでもかという程に豪勢に装飾品で身を飾ったユリーティカ本人である。イヤリングにネックレス、それに指輪も。しかし物々しい印象は与えず、あくまで本体の美しさを際立たせる道具。その相乗効果もあってユリーティカの姿が一層美しく、可憐に見えた。

 

 対してユリーティカもユウの恰好が前回と異なる事に気付く。見事な意匠の肩纏い、それに一目で宝剣と分かる神々しい得物。更に耳元には魔除けとして古くから伝わるクリスタルのイヤリング。野性的な彼の外見には一見ミスマッチである様に感じられるが、寧ろ鋭い眼光を持つ強面の彼が着飾る事により、何か言い表す事の出来ない『ギャップ』の様な物を感じた。とどのつまり恰好が良かった。

 

「めっちゃ可愛い(久しぶりだ、吸血鬼の祖よ)」

「とても恰好良い(来たか、連邦の守護者)」

 

 開口一番、互いに好戦的な言葉を交わす双方。ユウは凛々しい顔つきで剣の柄に手を掛け、油断なくユリーティカを見つめる。ユリーティカもまた両手を広げ、挑発するような口調でそう言った。

 

「ふっ、その姿、どうやら本気で我の首を獲りに来たようだな、その気概が透けて見える様じゃのぅ、まるで伝説の騎士そのもの、神聖の気すら滲み出ておる――流石は連邦評議会第二席と言った所か、ぶっちゃけ好みドストライク」

「お前こそ、その漆黒と赤の混じった戦装束、一見戦いに着込む様なモノではない、動きを制限する美しいドレスだが中から闘志が噴き出ているのが分かるぞ、その方々に身に着けたアクセサリーも全て武器と成り得る――まるで姫君じゃないか、素敵」

 

 相手の見事な戦装束を褒めつつ、その視線は僅かな間も逸らさない。いつ相手が飛び掛かって来るかも分からない状況で敵から視線を逸らすなど殺して下さいと言っている様なものだ。実際は三日ぶりにあったので少しでもその姿を網膜に焼き付けようと躍起になっているだけだが、一応は敵対している事になっている二人である。内心で相手の新衣装にトゥンクしながらも辛うじて体裁を整えた。

 

 先に視線を外したのはユリーティカ、徐に背を向けるとドレスの裾を浮かせ指を折り曲げる。それはどこかユウを誘う様な動作だった。

 

「再開して早々に殺し合いでも構わんが、此処まで長旅であっただろう、我とて万全ではない戦士と戦うのは気が引ける――先に食事でも摂るが良い、精々もてなしてやろう」

 

 背を向け何をするのかと思えば何と食事の誘い。ユリーティカは澄ました顔でユウを食事の席に誘い、一度休息をとれと言って来た。此処は敵地である、本来であればその様な誘いは罠であると警戒すべき。食事に何を盛られるか分かったものではない。しかし誘ったのはユリーティカであり、誘われたのはユウ・マグリット。無論、ユウがこの提案を蹴る筈もなく、少し驚いた様な表情を零した後にふっと口角を上げた。

 

「ほぉ、流石は吸血鬼の祖を名乗るだけはある、大した器の大きさだ、ならばその誘い乗らねば非礼に当たるというモノ、有り難く頂こう」

 

 剣の柄を握り締めていた手を緩め、すっと好戦的な笑みさえ浮かべて誘いに乗る。その返答を聞いたユリーティカはユウの見えない角度で笑みを深め、その口元を手元で隠しながらゆっくりと階段を降りた。

 

「断られると思っておったが流石の胆力、なぁに案ずるな、主を謀る様な真似はせん」

「謀るなど、そんな事は欠片とも思っていない、吸血鬼の祖は高潔である、そうだろう? 人間相手に策を弄する様な奴が、あれ程の強さを誇るとは思えん」

「ふふっ、言うではないか人間、ならば精々楽しめ、今世で味わえる最後の美味やもしれんぞ?」

 

 ユウ目の前へと辿り着いたユリーティカは僅かに背の高い彼を挑発する様に見上げ、ユウは好戦的な笑みで以て迎える。暫くそうやって対峙していた二人だが、不意にユリーティカはすっと自分の手を差し出し、「食堂へ案内してやる、はぐれては敵わんからな、手を繋いでやろう」と言った。

 

 その口調はどこか小馬鹿にするような声色だったが顔は真っ赤に染まっていて視線は横に逸らされていた。ユウはその言葉を聞いた瞬間、光の速さで手甲を脱ぎ捨てると地面に叩きつけ、何度もマントで手を拭った。

 

「ふ、ふんッ、余り馬鹿にしてくれるな、そんなものは不要だ」

「えっ……そ、そうじゃったか、す、すまぬ……」

「アッ、嘘うそ、ジョーク、ジョークです、これだけ広いと迷っちゃいそうだなァー、心配だなァー、誰かに手を引いて貰わないと迷った挙句に餓死しちゃいそうだなァー!」

 

 そう言って素早くユリーティカの手を握り締めるユウ。これには断られるのかと思って悲痛な面持ちだったユリーティカもニコチン。「な、なんだ、ビックリしてしまったではないか」と歓喜の笑みを浮かべつつ照れ顔を披露。ユウの心臓にダイレクトアタックを敢行し、ユウは手から伝わる冷たい体温と柔らかな感触とも相まって既に死に体。

 

 二人は仲良く手を繋いで食堂へと続く廊下を進んだ。これ明日になったら死ぬんじゃないかなとユウは心配になった。でも死なない、だってまだユリーティカと結婚していないから、結婚しても死なないけどな! 幸せな家庭を築いてから大往生してやるぜひゃっほぅ!

 

「あっ、そうじゃ、一応聞いておきたいのじゃが嫌いな食べ物とかあるかの?」

「ピーマンは苦手です(騎士に好き嫌いは無い)」

「えっ、可愛い、好き」

 

 




 続けて投稿したらえらい文字数になったので分割しました。
 
 最近VRchatにハマってしまって……ワールドで「トクサン」を見かけたら「ヤンデレ!(気さくな挨拶)」と声を掛けてくれると嬉しいです。華麗なヤンデレステップにて返答させて頂きます。
 私の性別に関してですがふたなりです(大嘘)。
 有名なビースト先輩も女性って言われているし多少はね? 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。