―――熱い。
鬱蒼に茂る深い森で彼は全身を焼かれる思いをしながら歩いていた。
別段、本当に彼の身体が炎に包まれているわけではない。内側から本当に燃えているような熱を感じているだけであって外傷は数える程度しかない。
だが、彼は例えその身が本当に燃えていたとしてもそんなことはどうでもよかった。
彼の心に宿る恨みと憎しみ、憎悪で荒れ狂い、それが黒い炎となって燃え上がる。
「殺してやる………………………」
紅色の眼は鋭い眼光となって輝きながら怨嗟の声を口にする。
―――死んでたまるか。
―――殺してやる。
どこまでも生にしがみついて必ずこの復讐を果たしてやる、と。彼はその歩みを止めることなくただ進む。
身体が悲鳴を上げようが無視する。
――そんなことよりも力を手に入れる。
この痛みを天に向かって叫びたい。
――そんな暇があれば前に進め。
誰か助けて。
――そんなものはいない。
甘さを、弱さを、安らぎを、快眠を、幸福を、祝福を、全てを復讐の糧にしろ。
力を求めろ。
力を手に入れろ。
復讐をその身で燃やせ。
復讐を果たせ。
彼の心にある黒い炎が衝動となって彼を突き動かす。
――――そして
そんな彼の前に現れたのは一体の精霊だった。
赤く輝く長い髪、華奢で清楚な身体の線を強調する極薄の衣をゆるりとまとった褐色色の肌と尖った耳が特徴的な絶世の美少女。
彼はそれが一目で精霊だと理解した。
そして、その精霊は力を持っていることさえもわかった彼は彼女に手を伸ばした。
「力を寄越せ」
復讐を果たす、その為に。
そんな彼の手を彼女は掴んだ。
「起きなさい! ロクス=フィアンマ!!」
「あぁ?」
夢の中で懐かしき過去を見ていた彼は少女の怒声で目を覚まして顔の上にのっけている教本を取って彼女に視線を向けて嘆息する。
「うっせぇぞ、説教女」
「なっ―――! 誰が説教女よ!? だいたい貴方はいつもいつも―――」
ぐちぐちと説教を始める少女の名前はシスティーナ=フィーベル。アルザーノ魔術学院の生徒であり、ロクスと同じ教室で魔術を学ぶ学士である。
アルザーノ帝国魔術学院はアルザーノ帝国が魔導大国として名を轟かせる基盤を作った学校であり、常に最先端の魔術を学べる最高峰の学び舎で魔術師育成専門学校である。
彼等はここで魔術を学び、日々魔術の研鑽に励んでいるのだ。
その一人がシスティーナである。
純銀を溶かし流したような銀髪のロングヘアと、やや吊り気味な翠玉色の瞳が特徴的な少女は今日も不真面目な彼、ロクス=フィアンマを説教している。
「貴方にはこの学院の生徒としての誇りと矜持はないの!? 机に脚を置かない! 授業中も寝ない! 制服を着崩れしない!」
がみがみと説教をするシスティーナは模範的で優秀な生徒だ。ただ彼女の生真面目な性格と説教で容姿は美少女でも中身は残念という残念美少女ではあるが。
「喧しい。俺に文句があんなら一科目でも俺に勝ってから言え」
「むぅ、どうして貴方みたいな人が首席なのよ」
そんなシスティーナ相手に動じない男子生徒、ロクス=フィアンマ。
灼熱の炎を連想させるような赤髪と紅の瞳を持つ彼を一言で表すのなら『不良生徒』だ。
言動は乱暴、態度も横暴、唯我独尊を突き進むようなそんな彼だが成績は非常に優秀。
あらゆる科目で彼は首席から外れたことはないほどに優秀で、魔術師の階位は二年次で既に
優秀であるシスティーナでさえまだ
「まぁまぁ、システィ。まだ先生は来てないんだから、ねぇ?」
横からシスティーナを宥めに入るのはシスティーナの親友であるルミア=ティンジェル。
綿毛のような柔らかなミディアムな金髪と、大きな青玉色の瞳が特徴的な少女。清楚で柔和な気質がその容姿や立ち振る舞いから匂い立ち、その清楚と整った顔立ちはまるで聖画に描かれた天使のように可憐だった。
そのルミアの言う通り、授業中にも関わらずまだ講師は来ていない。
以前に魔術を教えていた講師は突然に辞めて、代わりに非常勤の講師が訪れるはずなのだが、いまだに姿を現さず。
大陸屈指の魔術師であり、最高位である
いまだ現れないその非常勤講師に苛立ったのか普段から不真面目な態度を取るロクスに矛先が向けられたのかもしれない。
「ロクス君ももう少し真面目に授業を受けよう?」
ルミアは優しい物腰でロクスに声をかけるが―――
「俺は以前に話しかけるなって言ったぞ、ティンジェル」
ロクスはシスティーナ以上に冷たい態度でルミアにそう言った。
その言葉にシスティーナは頭にきた。
「貴方ねぇ! どうしてルミアにそんなに冷たくするの!? ルミアは貴方の為を思って言っているのよ!?」
親友であり、家族であるルミアにシスティーナは声を荒げるもロクスははっきりと告げる。
「嫌いな奴を嫌いって言って何が悪い? 俺はそいつが嫌いだ。だから話したくもない。お前だって嫌っている奴と話したくはねえだろうが。俺はそれをはっきりと口にしているだけだ」
「貴方ね……………………ッ!」
「システィ! 私のことはいいから!」
その言動にシスティーナは手を上げようとするもルミアが止めに入った。
「止めないでルミア! 今日という今日は許せない!!」
このような光景は別段初めてではない。もうこのクラスの生徒達には慣れた光景だ。
『俺はお前が嫌いだ。だから話しかけんな』
二年次生となって同じクラスとなったルミアに最初に告げた言葉が拒絶だった。
それに戸惑いもしたルミアだったが、親友であるシスティーナがロクスに怒り、その理由を聞こうとするもそれさえも答えない。
ルミアが学院の嫌われ者というわけではない。むしろ、学院では特に男子生徒では非常に高い人気を誇っている。容姿も性格もいいルミアを嫌う者は少なく、好意を持つ者が多い。
逆にロクスは学院に入学してから孤立している。
普段からの彼の言動や態度は講師でさえも目に余るばかり。そこに学院の人気者であるルミアを嫌っているということもあって彼に声をかけるのは講師とこの二人ぐらいなものだ。
「ルミアが貴方に何をしたって言うのよ!? それぐらい答えなさいよ!!」
「別に言う必要ねぇだろう。嫌いなものは嫌いなんだよ」
そうはぐらかすロクスにシスティーナの忍耐は限界だった。
今日という今日は決着をつけてやる。そんな勢いで左手に嵌めている手袋を投げようとした瞬間。
「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」
がちゃ、と教室前方の扉がどこか聞いたような声と共に開かれた。
噂の非常勤講師がようやく訪れたのだが、今の喧騒な教室に非常勤講師は目を丸くした。
「なんだ? 喧嘩か? 就任早々面倒事は勘弁しろよ………………………」
明らかに面倒くさそうに嘆く非常勤講師にシスティーナは振り返って硬直した。
「あ、あ、あああ――――貴方は―――――ッ!?」
「………………………………違います。人違いです」
「人違いなわけないでしょ!? 貴方みたいな男がそういてたまるものですかっ!」
システィーナの知っている人なのか、先ほどのロクスへの怒りがどこかに霧散してその非常勤講師の方に向けられるも男は教卓に立ち、黒板に名前を書く。
「えー、グレン=レーダスです。本日から約一ヶ月間、生徒諸君の勉学の手助けをさせていただくつもりです。短い間ですが、これから一生懸命頑張っていきま………………………」
「挨拶はいいから、早く授業を始めてくれませんか?」
一度ロクスの方を睨みながらも苛立ちを隠すことなく、システィーナは冷ややかに言い放った。
「あー、まぁ、そりゃそうだな………………かったるいけど始めるか………………仕事だしな………」
先程の取り繕った口調はどこへやら。たちまち素が出てきたグレンはチョークを手に取り、黒板の前に立つ。
生徒の誰もが気を引き締めてその一挙一投足に注視し始める。
クラス中の注目が集まる中で、グレンは黒板に文字を書いた。
自習。
黒板に大きく書かれたその文字に、クラス中が沈黙した。
「えー、本日の一限目の授業は自習にしまーす」
さも当然、とばかりにグレンは宣言した。
「………………………………眠いから」
さりげなく最悪な理由をぼそりとつぶやいてグレンは教卓に突っ伏して数十秒もしないうちに眠りについた。
圧倒的な沈黙が支配している。
そして。
「ちょおっと待てぇええええええー――――――ッ!?」
システィーナは分厚い教科書を振りかぶって、猛然とグレンへ突進していった。