―――――ごめん。
右手から激しい勢いで炎がうねりを上げるなかで彼はナイフを持って必死の形相で襲いかかってくる相手に謝罪と共に炎を放った。
暴力的なまでの熱量の咆哮と共に相手は最後に絶望の表情を浮かべながら灼熱炎に呑み込まれた。
骨も残らず燃え尽きた相手。彼の首に嵌められていた条件起動式の
「うぷ、おぇぇええええええええええええええええええええ!!」
そして彼は生き残った安堵と共に激しい後悔と罪悪感に苛まれて吐瀉物を地面に吐き出す。
そんな彼を安全地帯から観察していた彼等はただ淡々と今回の実験について記録するのみ。
すると、一人の魔術師が彼に近づいてきた。
「おい! 何をしている!?」
「うぐ!?」
「お前のような
「あぐ…………………ぐ……………………」
蹴られ、また蹴られて。ストレスを発散されるかのように何度も蹴られて最後には自分が吐き散らした吐瀉物の上で踏みつけられて、唾を吐かれた。
「いいか!? 舐めてでも綺麗しろ! そうじゃなかったら殺すぞ!」
全身を蹴られ、体中痣だらけにされながら生にしがみつく彼はその通りにするしかなかった。
ここに人権などない。
ここに人の尊厳もない。
あるのは実験と殺し合い。
殺されたくはない。生きたいが為にロクスはただ従う。
「………………………………」
今日もまた
「ああ」
周囲を見渡してロクスは思い出した。
あの後、ルミアにシスティーナの家に連れてこられて客室に泊めさせて貰ったことを思い出す。身体の熱にも慣れてきた今ならあの無様な姿にはならない。
さっさとこの家を出よう。そう思った彼なのだが、いつものように全身が寝汗で酷い。
シーツも自分の寝汗で酷いことになっている彼は流石にこのままで帰るのはまずいと思ったのかシーツをもって洗面場か浴室を探す。
「広ぇ……」
来た時は思う暇もなかったが、落ち着いて改めてみたらこの屋敷の広さにぼやいた。
こんなにも部屋がいるのかよ、と思いながらもロクスは浴室を見つけた。
「ついでにシャワーも借りるか」
寝汗が酷い自分を見てシーツを洗うついでに汗を洗い流しておこうと思った彼は自分の衣服も脱いで浴室で簡単にシャワーを浴びて寝汗を流し、シーツと自分の衣服も洗うと、炎熱系の魔術でシーツと衣服を乾かす。
こんなところか、と思った彼は服を着ようと浴室を出ようとする。
その瞬間、洗面所と浴室を遮る扉が開いた。
「うぅ~、なんで拳闘なの、よ…………」
洗面場から姿を現したのは一糸まとわぬ生まれたまんまの姿をしたシスティーナは何かしらの愚痴と共に浴室に入ると、彼を目撃して固まった。
「フィーベルか。悪ぃが少し借りて―――」
「いやぁぁああああああああああああああああああああああああああお、《大いなる風―――――」
「《力よ無に帰せ》」
黒魔【ゲイル・ブロウ】を【ディスペル・フォース】で相殺させると呆れながら口を開く。
「自分の家で魔術を使うなよ、常識だろうが」
「出てけぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」
朝から災難な目にあったシスティーナはもう涙目で手当たり次第にロクスに物を投げつける。
「それでどういうことかな? かな?」
朝の一騒動から少ししてルミアは二人の事情を聞いて迫力ある笑みでロクスに問いかける。
「言葉通りだ。浴室を借りていたらそいつが入ってきた」
そんなルミアに少しも怯むことなく淡々と事実を告げるロクスは今はきちんと服は着ていて、シーツも畳んで一室の端に置いてある。
堂々とそう言ってのける彼にルミアは頬を膨らませる。
「もう、その前にシスティに謝るのが先でしょ!?」
「あぁ? なんでだ? 確かに浴室を勝手に借りたのは悪ぃとは思ってるが」
「そうじゃなくて、女の子の裸を見たんだから謝らないといけないの!」
「その理屈なら俺もそうだが? 裸見られたぞ」
「女の子と男の子じゃ違うの!?」
ルミアから説教を受けるロクス。システィーナは父親以外に初めて見た男性の裸に耳まで真っ赤にして毛布に包まって猫のように身を丸くしている。
説教を受けているロクスはうんざりとした表情で息を吐く。
「たかが裸見られた程度で騒ぐな。見たからってどうもしねえだろう?」
「そういう問題じゃないの!?」
「じゃ、どういう問題なんだよ?」
「そ、それは……」
そう返されたら即答できないルミアは思わず尻込みしてしまい、そんなルミアを見てロクスは溜息を吐く。
「だいたいこっちは女の身体なんか
「「え?」」
その言葉にルミアだけではなくシスティーナまでも思わず顔を上げてしまう。
「ロ、ロクス、それって……」
「前に言っただろうが。施設で異能者同士で交わえば異能者が生まれる実験のことを。ガキでも例外はねえよ。意識を残したまま洗脳されて強引にヤらされた。案外どっかで俺のガキでもいるかもしれねえな。ま、知ったことじゃねえが」
皮肉に笑い、淡々と話すロクスのおぞましい内容に背筋を、怖気が駆け上がった。
彼の言葉に怒りも羞恥心も消えた二人は顔を見合わせて頷く。
「ねぇ、ロクス君。教えてくれないかな? ロクス君のことを」
「あぁ? そんなもん聞いて何の意味がある?」
「一泊の恩とさっきのことはそれで無しにしてあげるから」
「……たくっ、聞いてもつまらねえぞ?」
恩をあだで返す真似はしないロクスはその程度で恩を返せれるならと仕方がなく話した。
「俺は五歳で異能を発現し、八歳で天の智慧研究会に攫われてその時に両親が殺された」
淡々と話す彼の話に二人は耳を澄まして話に耳を傾ける。
「俺が連れてこられた施設には俺以外にも異能者が集められていた。それこそ老若男女問わずだ。そこから四年間は地獄の日々だ」
その日から
いつ死ぬかもしくは殺されるか。そんな毎日を彼は生き延びてきた。
時に仲がよかった仲間を異能で燃やし殺して。
時によく喧嘩する仲間が薬で死ぬ光景を目撃して。
時に特に関わり合いがない仲間が拷問で虐殺された場面を見せられ。
そんな毎日の中でロクスは四年間も生活していた。
「う……」
その内容に思わず手で口を塞いでしまったシスティーナは自分の中で魔術の価値観が崩れそうになった。
どうしてそこまでおぞましいことができるのか、システィーナには本気で理解できないことだった。
「そして、ある日に黒い炎を覚醒させて施設もそこにいる奴等も全て消し尽くした。それからはサラと契約し、学院長に拾われた。後はお前等の知っての通りだ」
もういいだろう、とロクスは出ていこうと扉に向かって歩いていく。
「ラウレルさんのことは……」
「俺が殺した女。あいつはただそれだけの存在だ」
それだけを言い残して彼はフィーベル邸を出ていくと半割れの宝石を取り出してアルベルトに連絡する。
復讐を果たす為に今以上に強くなる。その為ならどんな苦痛にも耐えられる。