「フン、ようやく使いものになってきたか」
「うるせぇ………………………」
アルベルトは地面に横たわるロクスを見下ろしながら淡々と告げるも、ロクスは不満そうに愚痴りながらも剣を杖代わりにして立ち上がろうとする。
その瞳に宿る瞋恚の炎は衰えるどころか増すばかり。
天の智慧研究会を殺す為だけに全てを捧げた復讐者は一秒前よりも強くなろうと足掻く。
「もう、一度だ………………」
満身創痍になりながらも立ち上がって剣を構えるのだが。
「ここまでだ。今の貴様をこれ以上鍛えたとしても己の身を壊すだけだ」
指導する立場としてこれ以上の訓練は身体を壊すと判断したアルベルトは
「貴様の任務は王女の護衛だ。万が一にも任務に支障をきたすわけにはいかん」
「チッ」
復讐の為に特務分室に所属したロクスが現在受け持っている任務はルミア=ティンジェルの護衛だ。アルベルトの言う通り、万が一に護れませんでしたでは話にもならない。
「それと貴様に伝えて置くことがある」
「あぁ? なんだよ?」
「明日、リィエル………………競技祭の際に会った蒼色の髪をした少女が魔術学院に編入する。王女の身辺警護としてな」
「俺はお役目御免…………………ってわけじゃなさそうだな」
「ああ、詳しくは言えないが、貴様はリィエルの補佐に当たれ」
「チッ、めんどくせぇ………………………」
「任務に私情を挟むな」
「わかってるよ。たくっ」
その時、ロクスはまだ知らなかった。
特務分室に所属したばかりでルミアの護衛と訓練ばかりで他の特務分室のメンバーのこともよく知らず、顔を合わせたこともない。
知っているのは眼前にいるアルベルトと室長であるイヴぐらい。
リィエルは一度顔を見ただけでそれ以上の事は知らなかった。
それがどれだけ苦労することだと知らずに厄介事を押し付けてきたアルベルトにどれだけの憤りを覚えたことか。
二年次生二組の教室でロクスはいつものように席に座って魔術の研鑽に励んでいると、アルベルトの言う通り、リィエル=レイフォードがやってきた。
「………………………リィエル=レイフォード」
名前だけの自己紹介と共に。
おまけにグレンの催促で自分の任務まで口走ろうとしていた。
馬鹿か? それがロクスがリィエルに対して抱いた最初の素直な気持ちだ。
その後もグレンはわたしの全て、とクラス全員の前で言い切ったリィエルの一言にクラスは大混乱に陥った。
問題は魔術の実践授業でロクスはようやく悟った。
二百メトラの距離にあるゴーレムを魔術で狙撃する授業。ロクスは当然のように全発命中させたが、リィエルはというと………………………。
「《万象に希い・我が腕手に・十字の剣を》」
錬金術によって錬成した大剣を乾坤一擲で投擲。ゴーレムを粉砕した。
「………………ん。六分の六」
(あの野郎………………面倒な奴の補佐をさせやがって………………ッ!!)
そもそもこんな馬鹿に護衛が務めるのか、そう思うと頭が痛くなる。
派手なデビューを果たしたリィエルは孤立した。そのタイミングを使ってロクスはリィエルの前に立つ。
「レイフォード。話がある、来い」
「………………………………ん」
小さく頷いてロクスの後に続くリィエル。
背後から『ロクスが自分から話しかけた!?』、『嘘!? あのロクスが!?』、『わかった! きっとロクスは
一匹狼のロクスが誰かに話しかける光景自体驚きしかない二組は騒ぎ始める。
そして、最後に変なことを口走った奴は後でしばくと決めた。
「んで? なんでお前等までいやがる?」
後ろを振り返るとリィエルだけではなく、システィーナとルミアまでもついてきていた。
「別にいいじゃない。どうせ学食に行くんでしょ?」
「私達も学食に行こうと思ってたし、折角だから一緒にどうかな?」
「どっか行け。もしくはついてくるな」
容赦なく一蹴する。
「ムカつくが、俺はこいつの補佐をすることになってんだ。ムカつくがな」
「二回も言わなくても………………………」
「どうして帝国はこいつを護衛にしたのかは知らねえが、打ち合わせぐらいはしときてぇ。その邪魔をするな」
既にロクスはリィエルを見限っている。
だけど、こんな奴でも特務分室の一人だ。最低でも戦力にはなるから最低限のことだけでもして貰おうと思考を切り換えた。
四六時中ルミアを護衛するには限度もある。だけど、同性であるリィエルがルミアの傍にいればいないよりはマシだ。
だから邪魔するな、とロクスは告げるが―――
「……………お仕事の話だよね? それなら私も一緒にいた方が都合がいいんじゃないかな? 私、こう見てもやんちゃだから二人の目を盗んでどこかに行っちゃうかもよ?」
「この
ぺろっと小さく舌を出して、余計なことを言うルミアに苛立つ。
護衛対象が自分から護衛から逃れようとする発言に一度本気で殴ってやろうかと思った。
「だからほら、一緒に打ち合わせをしよ? 学食で」
「………………………………本当に、お前はいい度胸してるぜッ」
「ふふ、ありがとう♪」
「褒めちゃいねえよ」
はぁ~と溜息を吐くロクスは前を向いて歩きだす。
それをルミアは了承したと思ってシスティーナと共にロクスの後ろをついていく。
そして学食に到着すると、ロクス達の存在は目立った。
学院屈指の嫌われ者のロクスと今日編入してきた転校生のリィエルに学院の人気者である天使、ルミアに『
周囲の視線も騒ぎも無視して適当に料理を注文するロクスにルミアもシスティーナも注文するなかでリィエルは自分の知らない情景に圧倒され、忘我していた。
「おい、飯を食べねえのか?」
「あれ………………………わたしも食べられるの?」
リィエルが指した先にあるのは苺のタルト。それを見てロクスは息を吐く。
「ああ、さっさと注文しろ」
「………………………………うん」
苺のタルトを注文したリィエル。
食堂のテーブルの一角でリィエルはロクスの話をそっちのけで苺のタルトに夢中になる。
一個食べれば何かに取り憑かれたかのようにおかわりを要求する。
「どいつもこいつも………………………」
「あはは、まぁまぁ」
打ち合わせを忘れて苺のタルトに夢中になるリィエルに怒りを覚えたロクスをルミアは苦笑しながらなんとか宥めようとする。
「それより、ロクス君は男の子なのにそれだけでいいの?」
ルミアの視線はロクスの食事――二切れのサンドイッチに映る。スコーン二つのシスティーナよりは食べてはいるが、女子であるルミアよりも少ない。
「別に俺が何を食おうが俺の勝手だろうが」
「それはそうだけど、それで足りるの? 私の分でよければ少しあげようか?」
「お前にだけは貸しは作らねえと今決めた」
「もう、貸しだなんて作らないよ………………」
「どうだかな」
色々と油断ができないルミアに酷く警戒するロクスにルミアは苦笑いしながらロクスの皿に自分の分を少し分ける。
「おい」
「貸しじゃなくてお礼ならいいよね? 競技祭の時に私の話を聞いてくれたその時の」
競技祭の最中でロクスはルミアの悩みを聞いた。
その時の細やかなお礼をするルミアにロクスは鼻を鳴らす。
「ハッ、もの好きが」
ルミアの分けた分を手で抓んでさっさと口に入れて食べるロクスにルミアは微笑む。
「………………………なんだよ?」
「ううん、なんでもないよ」