「いやだ! 死にたくない! 死にたくない!!」
死にたくない。誰もがそうだ。死にたくない為に足掻き、時には他者の命を奪ってでも生にしがみつくのは当然のことだ。
だけどここではそれが許されない。
何もしなければ条件起動式の
この理不尽と不条理だらけの実験場ではそうすることでしか生き残れない。
「……許して」
死にたくない。そう泣き叫びながら異能を乱発する同じ牢屋で寝食を共にしたロクスと歳も変わらない少年に対してロクスは涙を溢しながら異能を発動する。
『発火能力者』であるロクス。その異能の炎を解き放ち、死にたくないと叫ぶ少年に向けて放つ。
結果、ロクスは生き残った。
死にたくないと必死に足掻く少年を殺して今日も生き残ることができた。
ロクスは目を覚ます。
いつものように過去の夢を見ながら目を覚ましてシャワーを浴びて寝汗を流す。
「ああ、面倒だ……」
今日もまたお守りをしなければいけない。それがロクスによって面倒以外に何物でもなかった。
帝国宮廷魔導士団特務分室に所属する。それまではよかった。より効率的に復讐を果たせるというのならそんなことはどうでもいい。
だが、いくらテロリストを誘き寄せる『餌』だとわかっていても、お守りなんて面倒でしかない。
(俺は一人でも、一秒でも早く天の智慧研究会の奴等を殺したいのに……)
胸に燃える黒い炎がロクスを動かす。
溢れ出る憎悪。その憎悪は天の智慧研究会を皆殺しにしない限りは消えることはない。
(おまけに今日から余計に面倒だ……)
今日から数日間はいつもの学院での勉強ではなく、『遠征学修』というアルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に赴き、研究所見学と最新の魔術研究に関する講義を受講する必修講座がある。
ロクスがいる二組は白金魔導研究所があるサイネリア島に行かなければいけない。
「面倒だ……」
ぼやきながら最近、妙にからんでくる護衛対象のことが脳裏を過った。
まだ日も昇りきらない、朝靄漂う薄暗い時間帯。
制服に身を包み、旅行鞄を背負った生徒達は魔術学院の中庭に集合して担任のグレンの引率の下、駅馬車――都市間移動用の大型コーチ馬車数台に、いくつかの班に分かれて乗り、フェジテを出発した。
フェジテの西市壁門から出発した駅馬車は、その南西に延びる街道を下っていく。のんびりとした穏やかな時間。誰もが馬車内で好きなように過ごし、休憩を取りながら次の日の正午には港町シーホークに到達した。
そこから白金魔導研究所があるサイネリア島の定期船に乗ってシーホークを出発した。
その船の上でロクスは日陰のある場所で腰を落ち着かせている。
遥か遠く燦然と水平線が輝く、見渡す限りの広大な大海原など興味がないかといわんばかりに瞳を閉ざし、瞑想する。
アルベルトとの特訓を思い出し、頭の中でどうすればいいのか、イメージする。頭の中でアルベルトに勝つにはどうすればいいのかとイメージトレーニングを何度も繰り返すもイメージ内でもアルベルトに勝てることができない。
(クソが……)
アルベルトは強い。それこそ以前に魔術学院を襲撃してきたテロリストを二人がかりでも倒せることができると思えるぐらいに。
「ロクス君。こんなところにいたんだね」
そこにルミアがやってきた。
「……」
なんでここにいやがる? あっちに行っていろなど言いたいことはあるもロクスはきっと何を言ってもルミアには無意味だろうと判断して無視することにした。
そうすればどこかに行くだろうとそう思ったが、どういうわけかルミアはロクスの隣に座り込んだ。
「さっき先生が船酔いしていたけどロクス君は大丈夫? リンゴあるけど食べる?」
(うぜぇ……)
真剣にそう思ったロクスだった。
神経が図太いというか、へこたれることを知らないというか、よくもまぁ嫌っている相手にそこまでできるものだ。普通ならロクスと同じように嫌うか、存在を無視するというのに。
「それでリィエルとシスティがねぇ――」
こうもわかりやすく無視しているというのに話しかけてくるルミアはいったいどういう神経をしているのか、ロクスは割と本気で理解できなかった。
意地でも無視できないようにしてやるという根競べか何か? 知りたくもないことをべらべらと話すルミアにロクスは溜息を吐いた。
「さっきから鬱陶しいぞ、ティンジェル。フィーベルのところにでも行ってろ」
このまま無視しても無駄だとわかり、口を開いたロクスにルミアはロクスが話しかけてきたことに笑みを見せる。
「システィはリィエルと一緒に先生のところにいるから私は邪魔かなって思って。それにロクス君のことが心配で……」
「あぁ?」
いったい何が心配なのか? ルミアは言った。
「白金魔導研究所ってほら……」
なるほど。ルミアが何が心配なのか察した。
白金術は白魔術と錬金術を利用して生命神秘に関する研究を行う複合術。つまりルミアが言いたいのはロクスが
言い方は悪いが白金術は生命を弄ぶ。そんな白金魔導研究所はロクスの過去を思い出させるのではないかとルミアはそのことを危惧している。
それに対してロクスは鼻で笑った。
「ハッ、どうでもいいんだよ。そんなこと」
「え?」
「あの講師にも似たようなことを言われたが、心底どうでもいい」
実はロクスはグレンから白金魔導研究所を選ぶことに関して声をかけられていた。お前の過去を思い出させることになるかもしれないと、そう告げられた。それに対してロクスはこう答えた。
「俺は天の智慧研究会に復讐する。それ以外のことなんてどうでもいい」
それだけだ。ロクスに残っているのは天の智慧研究会に対する憎悪と復讐心のみ。それ以外のことなどロクスにはどうでもいいことだった。
(過去を思い出させるか……忘れたことなんて一度もねぇよ)
その過去があるからこそロクスという復讐者が誕生したのだ。だから今更その程度のことなどロクスにはどうでもよかった。
「……ねぇ、一つ訊いてもいいかな?」
「なんだ?」
「もし、もしもだよ? 復讐が終えたらロクス君はどうするの?」
天の智慧研究会に復讐する。しかし、仮にそれが終えることができたとしたらロクスはどうするのか? それに対してロクスは答えた。
「死ぬ。俺は復讐の為に全てを捨てた。この命も復讐の為に使うと決めた。それが終わったというのなら俺には生きる意味なんてない。だから死ぬ」
ハッキリとそう答えた。
復讐を果たす為なら命すらも捧げる。その言葉には復讐者しか抱けない言葉の重みがあった。復讐が終えたらこの命にもう用はないと言わんばかりに。
「先に言っておくが、お前がなんと言おうとも俺の生き方は変わらない。お前は護衛対象だが、俺の復讐の邪魔をするというのならお前でも殺す」
冗談でも何かしらの比喩的表現でもない。本当にそのつもりなのだろう。
復讐の邪魔をするのであればロクスはルミアだろうが殺す。グレンがシスティーナも同様だ。それがロクスを想っての行動であったとしても。
「……ロクス君。私はロクス君の力になってあげたいの」
「はぁ?」
いきなり何を言っているんだ? と怪訝する。
「私にはロクス君の気持ちはわからない。ロクス君が抱えている憎悪も復讐心も私には理解できないよ。だけど、私はロクス君に死んでほしくない」
「……」
「ロクス君にとって私はテロリストを誘き寄せる餌でその為の護衛対象なだけかもしれないけど、私で何か役に立つことがあるのならなんでも言って欲しい。それでロクス君が少しでも助かるのなら私は喜んで力になるから」
ロクスの為にその力の行使も惜しまない。
自分の力でロクスが助かるのなら助力は惜しまないルミアにロクスは言う。
「……死んでも借りねえよ、お前の力なんて」
そう告げて再び瞑想するロクスにルミアは船がサイネリア島に到着するまで傍に居続けた。まるでロクスを一人にしないようにと。