ロクでなし魔術講師と復讐の精霊使い   作:ユキシア

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サイネリア島の砂浜で

グレンが引率する二組は『遠征学修』としてサイネリア島に到着していた。

山なりになった島の中心部は複雑な渓谷を形成し、緑の自然に溢れている。帝国本土の主な植生態系は針葉樹柱が主だが、この島では独特の葉の形をした広葉樹が主体のようだ。緩く湾曲した白い砂浜のビーチラインが延々と続き、その果てに恐らく観光客用に発展したのであろう、小洒落た建物が乱立する町の姿がある。

サイネリア島波止場周辺にある観光客向けの観光街の一角に、今回の遠征学修中に魔術学院の生徒達が寝泊まりする旅籠はある。

帝国暦の中でも『ワルトリア朝』と呼ばれる古き良き時代に流行した古式建築様式で建造されたその旅籠は、本館と別館の二つの邸宅からなっており、領地待ちの地方貴族が所領に建てるカントリー・ハウスのような壮麗さと、旧時代の懐かしさとを同時に兼ね備えていた。

その旅籠に割り当てられた宿泊部屋、ロクスは講師であるグレンと同室となっている。既にロクスの正体、異能者であること、特務分室に所属してルミアの護衛を任されていることをグレンは承知している為にもしもの時に動けるようにそう割り当てられている。

その夜、グレンが巡回している間にロクスは一人で夜の砂浜に訪れていた。

その道中で、グレンや他の男子生徒の雄叫びやら喧騒やらが聞こえたが、全て無視してロクスは一人砂浜から夜の海を眺めていた。

「……」

ただ無言で海を眺めるロクスは海を眺めるのは今回が初めてであったりする。

まだ両親が生きていた頃は海に遊びに行くことなどなく、天の智慧研究会に捕まり、自由の身になってからは復讐の為にひたすら研鑽を積み重ねてきた。

だから海を眺めるのは今回が初めて。ついでに言えば船に乗ったのも遠征学修で初めてだったりもする。

だが、別にロクスは初めての海を感慨深く眺めているわけではなかった。それどころかその顔はどこか苛立っているようにすら見える。

「……ばかやろう」

誰にも聞こえないような小さな声でそう罵声する。それは誰に言っているのか、そう質問する人はここにはいない。

ロクスは数分、夜の海を眺めた後で踵を返して旅籠に戻るのであった。

 

 

 

 

どこまでも青い空。燦々と輝く太陽。焼けた白い砂浜。

清らかな潮騒と共に、寄せては引き、引いては寄せ―――千変万化する波の色。

そんなサイネリア島のビーチに複数の少年少女達の姿があった。

グレンのクラスの生徒達である。

「……え、『楽園(エデン)』はここにあったのか……ッ!?」

水着姿で遊ぶ女子生徒達を前にカッシュを始めとしたクラスの男子生徒達はその光景を前に、感涙の涙を禁じえなかった。

「焦らずとも『楽園(エデン)』はいずれ俺達の前におのずと現れるから今日のところは退け……全て、先生の言うとおりでした……」

「ごめんなさい、先生……俺達が……俺達が間違っていました……ッ!」

「なのに俺達ときたら、先生に散々呪文をぶつけて痛めつけて……ッ! 目先のことばかりしか考えられなくて……ッ!」

「ありがとうございます、先生……どうか、あの世で安らかに眠っていてください……俺達のこと、ずっと見守っていてください……」

「いや、生きているから、俺」

不貞腐れたようなグレンの声が、自分達の世界に浸っている男子生徒陣の背中に浴びせかけられた。

「ったく、お前ら、全力でやりやがって……少しは手加減してくれ……非殺傷系の呪文のはずなのに死ぬかと思ったぞ?」

「あ、あははは……色々すんません……」

「まぁ、いい。今日は予備日、丸一日自由時間だ。好きなだけ遊んできな。ふぁ……俺はここで寝てるわ……なんかあったら……呼んでくれ……」

「わかりました! 先生!」

だだだだっと、男子生徒陣が勢い良く海の方へと駆けていく。

そんな中―――

「お前らは行かねーのか?」

グレンが寝転がりながら、近くに立っているヤシの木の木陰に目を向ける。

「当然でしょう。本来、僕らは遊びに来たのではないのですから」

「興味ねぇ」

遊ぶ生徒達に目もくれず、なんらかの魔術の教科書を開いて呼んでいるギイブルは木の幹に背中を預けるように座っていた。

ロクスもシートを敷いた上に座って何かしらの魔術書のようなものを開いている。二人共、何時もの学院の制服姿だ。

遊びにきたわけではないギイブルとは違ってロクスは単純に興味がない。一応、ルミアの護衛としてここにいるに過ぎない。

そんな二人にグレンはとやかく言わない。そのまま本格的な居眠りに入ろうと目を瞑る。

「先生~」

ぱたぱたと、誰かが駆け寄ってくる気配。

「……ん?」

誰がやってきたのかは声でわかってはいたが、一応、片目を開いて確認する。

案の定こちらにやってきたのは、手を振りながら不器用に駆け寄ってくるルミアと……リィエルの手を引いて歩いてくるシスティーナ。いつもの三人だ。

「どうした、お前ら? おうおう、なんともまぁ、眼福な恰好してくれちゃって……」

魅惑の姿の三人を前に、グレンはニヤリと悪そうに笑った。

「じっ、じろじろ見ないでよ……」

身体を腕で抱くように隠し、不機嫌そうに身じろぎするシスティーナ。その頬には仄かに赤みが差している。

「ロクス君、どうかな? この水着、似合ってる?」

「知るか」

チラリと見ることもなく容赦なく一蹴する。

「ちゃんと見てから言って欲しいなぁ。システィと一緒に選んだんだよ?」

「知るかって言ってんだろうが。さっさとどっか行け」

苛立ちを隠そうともせずに辛辣な言葉をルミアに浴びせさせるもルミアはそんなことでへこたれることをしなかった。

それどころか少しでも自分を見せようとするルミアにロクスは盛大に舌打ちする。

誰がどう見てもルミアのことを嫌っているようにしか見えない。勿論ロクスは言うまでもなくルミアのことを嫌っている。それでもルミアは構わずに声をかけているのだ。

「ロクス君も先生や他の皆と一緒にビーチバレーしよう? 勉強も大事だけど息抜きも大切だよ?」

「なら息抜きさせろ。お前がいると息が詰まる」

そんな二人のやり取りにグレン達はなんとも言えない表情で様子を窺っている。何も事情を知らないクラスメイト達からして見ればどうしてルミアをそんな親の仇のように嫌えるのか不思議で仕方がないが、それでも懲りずに話しかけているルミアの胆力に素直に称賛する。

普通、ああも毛嫌いしている相手に話しかけるのは勇気がいるものだ。

「ちょっとロクス。いい加減に――」

親友のあまりの扱いに流石のシスティーナも我慢の限界だった。だから一言文句を言ってやろうと口を開こうとしたが、グレンが止めた。

「なぁ、ロクス。お前、実はビーチバレーが下手だったりするのかぁ?」

「あぁ?」

あまりにも突然の言葉に怪訝するロクスだが、グレンは構わず続ける。

「いやいや、別に恥ずかしいことはないぜぇ? いくら魔術や戦闘ができても人間なんだから苦手なものが一つや二つぐらいあっても全然おかしくはないからな。苦手なものを隠したくなる気持ちはよくわかる」

「はぁ? おい、講師。お前何言って――」

「ただまぁ、正直普段からあれだけ上から目線で色々と言ってくるくせに苦手なものには逃げるなんて、うわぁ、こいつビーチバレーすらやる前に逃げるなんてだせぇとしか思えなくてな……」

「……」

「せ、先生……」

ふと黙るロクス。だが、その顔は怒りに満ちている。

「ま、無理して苦手なもんをやる必要はねぇことだし、俺は眠いし、疲れているけどせっかく可愛い教え子が誘ってくれたんだ。ならビーチバレーぐらい付き合ってやらねえとな。ロクスはそのままゆっくりしていると――」

「……いいぜ」

視線だけで人を殺せそうな鋭い眼差しをグレンに向けながらロクスはゆっくりと立ち上がる。

「安い挑発だが乗ってやる。気に食わねえその顔を原型がないぐらいに変えてやるよ」

(あ、やば。言い過ぎちまったかも……)

今になってちょっとばかり後悔したグレンは額から冷汗が流れる。ルミアやシスティーナの為にロクスを挑発してビーチバレーに参加させるまではよかったが、冗談抜きで今のロクスの怒り具合がやばかった。

バッと制服の上の部分だけ脱いで上半身裸となるロクス。その身体は見事に鍛え抜かれており、筋肉の鎧に包まれている。

並の訓練ではここではならない。過酷な訓練によって鍛え抜かれた見事な筋肉だ。

()るんだろ? さっさと行くぞ。クソ講師」

先にビーチバレーを行う場所に向かうロクスに冷汗が止まらないグレンの肩をシスティーナは憐れむような同情の眼差しと共に肩に手を置いた。

「骨は拾ってあげますから……」

本当の意味でそうならないことを祈るしかなかった。

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