「《雷槍よ》――《
「《霧散せよ》――《
天の智慧研究会、
初手と言わんばかりにC級の軍用の
「《炎獅子》」
黒魔【トライ・バニッシュ】は比較的マナ・バイオリズムの乱れが少ない『軽い』呪文。【ライトニング・ピアス】などの『重い』呪文の詠唱後よりも、圧倒的に素早く、バイオリズムをロウ状態に戻せる。
その一瞬の隙にロクスはお得意の炎熱系の魔術であるC級の軍用の
収束熱エネルギーの球体をトゥルスに向けて放つが……。
「《光の障壁よ》」
トゥルスは黒魔【フォース・シールド】を唱えて魔力障壁を展開して【ブレイズ・バースト】の爆炎と爆風から己の身を守った。
「やりますね。学生でありながら特務分室に所属されるわけです」
黒魔【フォース・シールド】を
まだお互いに初手。しかし、一流の魔術師であればそれだけで大体の力量は把握することはできる。
(確かに強いですね。現段階でも宮廷魔導士団にも劣らないほどに。このまま成長すれば我々の脅威にもなるでしょう)
才能、強靭の意志の強さ、不屈の努力。ロクスにはその全てが備わっている。これなら確かに天の智慧研究会に復讐できるだけの実力者にはなり得るとトゥルスはそう判断した。
(だけど、私にはわかっていますよ)
トゥルスは内心ほくそ笑む。
(貴方の憎悪、復讐心。今も内心で押さえているのに必死なのでしょう? 早く私を殺したくて仕方がないのでしょう? できるものなら
トゥルスは事前にロクスのことについて調べていた。だからロクスに宿す憎悪も復讐心も知っている。だからこそ、そこを利用する価値はある。
(その憎悪が貴方を先走らせ、復讐心が隙を生じさせる。その隙を遠慮なく取らせて貰いますよ)
内心を悟らせないようしながらトゥルスはあることに気づく。
「ところで精霊は召喚されないのですか? 精霊使いでしょう? 貴方は」
「お前には関係ない」
憎悪を押さえつけるのに必死なのか淡々と答える。
「別に精霊の召喚を邪魔しようとはしませんよ。私も精霊には興味がありますし。ああ、せっかくなら貴方を捕えるついでに契約の権利を奪うのもいいのかもしれませんね」
「《させるかよ》」
呪文の改変で【ブレイズ・バースト】を起動。
「《霧散せり》」
だが、今度はトゥルスが【トライ・バニッシュ】で打ち消した。
「くくっ、炎ばかりとは芸がない。まぁ、私も人のことは《言えませんが》」
ロクスと同じように呪文改変による【ライトニング・ピアス】を起動させる。一条の雷閃が夜闇を切り裂いて、ロクスに真っ直ぐ飛ぶ。
「《疾》」
だが、ロクスは黒魔【ラピッド・ストリーム】を起動。激風を身に纏い、機動力を爆発的に向上させてその雷閃を回避するだけでは終わらない。【ラピッド・ストリーム】を再起動し、再び激風を身に纏う。
それを連続で行使することでトゥルスは激風の檻に閉じ込められる。
「『
トゥルスの視界にはロクスは捉えられていない。それでもトゥルスから余裕は消えない。
「そして貴方の動きが見えない私を貴方はそのまま私の背後から剣を振り下ろす」
ロクスは自身の動きが捉えられていないトゥルスに対して背後から剣を振り下ろした。
「‶わかっていますよ〟」
「っ!?」
背後からの剣の一撃。トゥルスはそれがわかっていたかのように容易く躱した。
「《雷槍よ》」
「ぐっ!?」
至近距離から放たれる【ライトニング・ピアス】がロクスの肩を射抜いた。慌てて再び【ラピッド・ストリーム】を起動させてトゥルスと距離を取る。
「ああ、言っておきますが、わざと殺しませんでしたよ? 生捕りが仕事なもので」
「チッ」
ロクスもわかっている。わざと外したことぐらい。
殺そうと思えばトゥルスはロクスを殺せた。それをしなかったのはトゥルスにロクスを捕縛するように命じられているから。それがなければロクスは今ので死んでいた。
(動きが読まれた……)
ロクスは警戒を強める。
どういう手段を使ったのかはわからない。だが、間違いなくこちらの動きを読んでいるのは確かだ。
(予測もしくは予知それとも未来視か……先の未来を見る方法はいくつかあるが……)
魔術にもその手の魔術は存在する。だけど、それを実戦で使うともなれば手段は限られる。
(フレイザーのような先読みの類ではねえな……)
あの物狂いレベルの先読みの使い手が二人もいてたまるかと、内心そう悪態を吐く。
しかし、それは正しかった。
トゥルスの別に未来が見えているわけでも、アルベルトのような先読みができるわけではない。
(くくっ、困惑していますね。しかしそれも無理はありません。私の
トゥルスの
それは生物に限定した未来視のようなもの。
生物から発する電磁波や電気信号を受信してそれを読み解くことでその生物の動きを読むことできる
いくら素早く動いても身体から発する電磁波や電気信号は嘘偽ることはできない。ならばそれを受信して読み解くことは容易い。とはいえ、欠点もある。
(数秒先しか受信できないのがこの
相手の一手先を読む。魔術戦においてそれは致命的だ。現にロクスもそれで一撃を許してしまったのだから。
とはいえ、トゥルスも決して油断していいわけではない。
(警戒すべきは彼の異能、件の黒い炎。アレを広範囲に放たれたらいかなる防御も成すすべなく燃やされてしまう)
全てを焼き尽くす黒い炎。その炎は例外なく全てを消滅させる。
(今はまだ使う気配はありませんが、いざという時は……)
最悪の場合は殺して連れて行く。その許可は上司であるエレノアから頂いている。生捕りはあくまでできればの範囲だ。
「ああ、クソ……やっぱりフレイザーのようにはいかねえか」
諦観するかのように、溜息を溢す。
そんなロクスの態度に諦めたのか? と思ったトゥルスだったがそれは違った。
「天の智慧研究会を前にこの憎悪が抑えられるわけがねぇ……」
逆だった。
ロクスの心に宿す黒い炎は、憎悪は復讐の標的を前に押さえ込むことはできなかった。
殺されてでもお前を殺す。その瞳はそう語っていた。
「《殺してやる》」
憎悪に満ちた声音。それと同時に起動した軍用
黒魔【メテオ・フレイム】。強力な広範囲制圧の軍用
「ひ、《光の障壁よ》!」
いくら相手の動きが先読みできたとしてもこれは躱せない。そう判断したトゥルスは咄嗟に【フォース・シールド】、魔力障壁を展開する。
だが、この程度ではロクスは止まらない。
「《真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ》!」
「なっ!?」
B級軍用
並の炎とは比較にならない超高熱の灼熱劫火が津波となってトゥルスを襲う。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
平静も冷静もどこかに飛んでしまったかのように叫びながら必死に魔力障壁を維持し続ける。だが、それと同時に魔術師として疑念が生じる。
(どうしてたかが学生にB級の軍用魔術がッ!? いや、そもそもどうして炎が収まらない!?)
B級の軍用魔術の一般的な詠唱節数は七節以上。これは通常、味方との連携の中で運用されるべき節数だ。C級と比べて威力規格が格段に高いものの、一対一の魔術戦では、隙が大きく役に立たないのが常識である。
何節かけてでも、とにかく詠唱することができれば超一流の魔導士とされる。
それをロクスはたった三節で詠唱している。
それだけでも驚愕に値することなのに先にロクスが起動した【メテオ・フレイム】の炎が健在。更には【インフェルノ・フレア】の炎もまるでトゥルスを逃がさないかのように取り囲んでいる。
魔力障壁の外はまさに灼熱地獄。一瞬でも魔力の注入を怠ったらトゥルスは灼熱地獄に呑み込まれるだろう。
(だが、これだけの炎なら彼も無事では)
これはもはや黒魔【トライ・レジスト】で耐えられる領域を超えている。いくらロクスが【トライ・レジスト】を
そう思ったその時、トゥルスは見てしまった。
その灼熱地獄のなかを悠然と歩くロクスの姿を。
「嘘だ……」
ありえない、どういうことだ? と疑問が生じるなかでそれを察したロクスが口を開いた。
「生憎と俺に炎は効かない」
魔術学院でレイクとの戦いからロクスは考えた。
炎は自分にとって最大の武器だ。それをどう有効活用すればいいのか。自分も
ロクスは考えた。あらゆる試行錯誤を繰り返し、自分だけの必殺を考え続けてきた。
その結果、ロクスは魔術師としてとある域に到達した。
それがロクスの
ロクスの
炎熱系の魔術にこれ以上にないぐらいに特化した
さらにその
まさに炎熱の支配者。
「終わりだ」
剣に黒い炎が纏う。まさにその黒い炎こそトゥルスが最も警戒していた異能。だが、今はそれどころではない。
「ま、待て、いや、待ってください!」
ロクスが何を考えているのか自身の
「お、お願いします! どうか、どうか障壁を、斬らないでください……ッ!」
黒い炎はあらゆるものを焼き尽くす。それが例え、魔力障壁であっても例外ではない。そして今の状況で唯一の命綱である魔力障壁が斬られたらトゥルスはすぐさま灼熱地獄の餌食になる。
「私は、私はこんなところで死ぬ、わけには……ッ!」
「知るか」
ロクスは躊躇うことなく魔力障壁を斬った。
そこには微かな慈悲や慈愛はもちろん、憐れみも情けもない。己の復讐を果たす為だけに邪魔な魔力障壁を斬った。
「あ――」
灼熱地獄に包まれるその刹那、トゥルスはロクスを見た。
業火のように荒々しい憎悪をその瞳に宿す炎の化身。漆黒に包まれたその剣を手にただ怨敵を殺す修羅。
「炎鬼……」
その言葉を最後にトゥルスは灼熱地獄にその身を堕とした。
塵一つ残らずに燃え尽きたトゥルスにもうここに用がないかのように踵を返すロクスは歯を噛み締めた。
「クソが……」
苛立つとうに吐き捨てる。
(全然足りねぇ。この程度の力じゃ、俺の復讐は果たせない。もっと、もっと力がいる……)
剣を強く握りしめながらロクスは思考を切り換えて次の行動に移る。