ロクでなし魔術講師と復讐の精霊使い   作:ユキシア

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亡霊の言葉

東の空も白む明け方頃。

グレン達はルミアを連れて旅籠に帰ってきた。

リィエルはルミアに手を引かれてシスティーナの下へ向かい、謝罪して許しを得た頃。ロクスはグレン達がいない場所で一人、地面に座り込んでいた。

「ああ、クソが……」

顔中に脂汗を流しながら悪態を吐く。いつもの黒い炎の代償がロクスの身体を蝕む。

ロクスの黒い炎。

元はただの『発火能力』であったその異能は天の智慧研究会によって変質して黒い炎へとその姿を変えた。例外であるルミア以外、あらゆるものを焼き尽くすロクスの憎悪の象徴でもある黒い炎には代償がある。常に全身を焼き尽くされるような高熱で犯され、使えば使う程にその熱量が上がる。

特に使用直後は酷い。

極度の脱力感と倦怠感。まともに歩くことさえままならない。あらゆるものを焼き尽くす黒い炎。その強大で凶悪な異能を持つロクスの弱点ともいえる。以前の魔術競技祭の後、路地裏で身を潜めていたのはその弱点を秘匿する為でもある。

その弱点を知っているのは恩人であるリック。その経緯で知られることになったセリカとセシリア。後はアルベルト……そしてルミアぐらいだ。

時間が経つにつれて落ち着くとはいえ、こんな弱り切った状態で襲われでもしたら一大事。ロクスは暫く人目が届かない場所で身を隠そうと移動する。

その際、海が見えた。

『海が見てみたい』

それは少女(ラウレル)の願い。

あの施設から出ることが出来ればまだ一度も見たことのない海を見てみたいという願いを口にしていたその時の思い出が蘇る。

「クソッタレが……」

もういない少女。自分が殺したその女の子はここにはいない。海を眺めることもできずにこの世を去った。

ロクスは海から視線を逸らして人気のない場所に移動する。急いで行かないとまたあの女に弱みを握られてしまう。そう懸念しながら足を動かすが……。

「ロクス君!」

「……チッ」

案の定と言うべきか? ロクスはルミアに見つかった。

異能を使った後でどうなるか知っているルミアは心配になってロクスを捜しに来たのだろう。駆けつけてロクスに手を貸そうとするもその手を払われる。

「触るな……」

「でも、そんなことを言っている場合じゃ――」

「触るなって言ってんのがわからねえのか!!」

怒鳴り散らす様に大声を上げる。

その怒声に一瞬だけ怯むもルミアはその手を引っ込める。

「触ったりしないから傍にいさせて」

それでもルミアはロクスの傍から離れようとしなかった。地面に座り込むロクスの隣に同様に座り込むルミアにロクスは内心舌打ちする。

(本当にどうしてお前は……)

どこまでも彼女(ラウレル)に似ている。ずっと傍にいて励ましてくれた彼女(ラウレル)と同じ瞳と共にルミアはロクスの傍にいようとする。

だからこそ苛つき、思い出してしまう。彼女(ラウレル)のことを。

(本当に、なんなんだよ、お前は……)

ロクスだって理解している。ラウレルとルミアは別人だということぐらい。

だけどどうしても重ねてしまう。

彼女(ラウレル)と同じ優しい顔と慈愛に満ちたその瞳がどうしても彼女(ラウレル)を思い浮かばせてしまう。

今すぐにでもルミアをどうにかしたいロクスだが、今はどうすることもできない為にもう無視する方向で行こうと思っていると。

「ロ、ロクス君……」

不意にルミアが震えるような声で指を指した。

ロクスにではない。ルミアの指はロクスの隣を指している。なんなんだ? と思いながら顔を横に向けるとロクスの目は大きく見開いた。

「ラウ、レル……」

何故ならそこにはいない筈の少女がいるからだ。

『久しぶり。ロクス』

間違えるわけがなかった。

その顔、その声をロクスが見間違えるわけが、聞き間違えるわけがない。正真正銘、本物のラウレルだ。しかし、その身体は薄っすらと透けている。

(幽霊……いや、違う、これは……)

もう会うこともない筈の少女との再会に驚愕しながらも頭は冷静に回ってすぐにその結論に到達したのはひとえにロクスが誰よりも異能のことを、ラウレルのことを知っていて、魔術師としての才能があるからだ。

だからこそ断言できる。

この少女(ラウレル)は魔術的に説明がつくような存在ではない。正真正銘のラウレル本人だと。

そう、ラウレルはあの忌々しいあの施設でロクスを始めとした他の異能者と比べて珍しい異能を宿した存在。その異能の名は――

「……『霊体能力』。生物の構成要素であるマテリアル体とアストラル体を置いてエーテル体のみを離脱させて行動することができるお前の異能……」

掻い摘んで説明すれば幽体離脱と同じだ。

ロクスの『発火能力』のように直接的な攻撃はないが、幽体離脱している時のラウレルは自分からその姿を見せない限りは視認することはできない。

だけど――

「お前は死んだ……。いくら『霊体能力者』といえど、戻るべき器である肉体を失えば自動的にアストラル体は集合無意識の第八世界に、エーテル体は輪廻転生の円環へ回帰する……」

それは後にロクスが知った事実だ。

天の智慧研究会に復讐する為に、同時に魔術という力を手にする為に天の智慧研究会がロクスを始めとする異能者に行った実験の詳細について調べたことがあった。

いくらエーテル体がマテリアル体とアストラル体から離れていても問題ないとはいえ、戻るべき器が壊れていればそれは死と同義だ。

なのにラウレルはここにいる。生物の構成要素を二つも失った状態で。

「……いや、そうか。そういうことか」

ロクスは気付いた。気付いてしまった。

例外はロクス一人だけではないことに。

「俺の異能が変質したように、あの時、死んだことによってお前の異能も変質したということか……」

『うん』

彼女(ラウレル)は肯定した。

肉体はなくても変質した異能によって自我や思考を保ちながら生き永らえることができた少女(ラウレル)にロクスは憎悪に満ちた眼差しで少女(ラウレル)を睨みつける。

「……今更、俺に何の用だ? 亡霊」

その睨みだけで人を殺せるかのような鋭い眼光。それを一身に受けながらもラウレルは口を開く。

『ロクス。復讐はもう止めて。私達はそんなこと望んでいない』

言えなかったことがやっと言えたかのようにラウレルは言葉を続ける。

『本当はすぐにでも会いたかった、伝えたかった。けど、今の身体を維持するのが精一杯で姿を見せることも言葉を伝えることもできなかったの。でも、やっと、やっと言える……』

ラウレルは伝えたかった想い(ことば)をロクスに伝える。

『私達の事は忘れて、生きて幸せになって。もう過去に、憎しみに囚われないで。それ以上、茨の道を進まないで』

死して尚、伝えたかった想い(ことば)

復讐に、憎しみに囚われることなく、一人の人間として幸福の道を進んで欲しいと願う少女(ラウレル)想い(ことば)を耳にしたロクスは……。

「……ふざけてんのか?」

かつてない怒りを露にしていた。

「いまさら出てきて復讐を止めろ? 生きて幸せになれ? 茨の道を進むな? ふざけるのも大概にしろ!! それならどうしてあの時、俺にお前を殺させた!?」

腹に渦巻く厭悪のままロクスはラウレルに向かって叫ぶ。

「誰よりも生きたかったのは誰だ!? 俺達の前では気丈に振る舞いながらも、死にたくないって陰で泣いていたのは誰だ!? 誰よりも外の世界を、夢を、未来を語っていたのは誰だ!? お前だろうが!?」

黒い炎の代償で弱っている筈の身体など無視してロクスは憤りのままに叫び散らす。

「それなのにお前は死ぬことを選んだ!! 希望を与えるだけ与えて自分勝手に死んだ女が復讐を止めろだと!? ふざけんな!! 悲劇のヒロインでもなりたかったのか、自己犠牲を良しとする聖女にでもなりたかったのかは知らねえがな、お前は俺を裏切った!!」

腹の底から怒りをぶつける。

「生きて欲しかった! 何を犠牲にしてでもお前だけは生きていて欲しかった!! お前が生きていてくれるのなら俺は死んでも良かった!! 両親も帰るべき居場所も無くなった俺なんかよりもお前に生きて、幸せになって欲しかった……! 欲しかったんだ……」

「ロクス君……」

ルミアから見てロクスが今、どんな顔をしているのかわからない。だけどその背はまるで小さな子供が泣き叫んでいるように見えた。

「……消えろ」

告げる。

「もう二度と、俺の前に現れるな。亡霊と話すことなどもうない」

『ロクス、私は――』

「消えろ!!」

再度、告げる。

もうこれ以上の会話は無理だと判断したラウレルはその姿を消していく。

『……最後に、これだけは言わせて』

ラウレルはルミアを見てロクスに言う。

『ロクスの異能がルミアに効かなかったのはロクスにはまだ復讐に染まらない誰かを思いやれる人の心があるから。それを忘れないで』

それだけを告げてラウレルは姿を消した。

少女(ラウレル)が消えて静寂が二人を包み込む。ルミアはどうにかしようと声を出そうとするも。

「何も、言うな……」

「ロクス君……」

「何も、言うな……」

これ以上誰かと言葉を交わす余裕などないかのようにそう告げるロクスの背にルミアはそっと手を当てる。少しでも力を込めれば壊れてしまうものでも触れているかのように優しく触れるルミアは何も言わなかった。そしてロクスもその手を払うことはなかった。

(生きたいのに死ぬことを選ぶ……だからロクス君は私のことが嫌いなんだ……)

彼女(ラウレル)と同じ選択を選ぼうとするから。

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