『遠征学修』を終えて再びアルザーノ帝国魔術学院に戻ってきたロクス達はまたいつもの学生生活に励んでいた。ロクスもまたいつものように自分の席で力を得る為に魔術の研鑽を積み上げている。
アルベルトに鍛え上げられ、
そんなロクスでも定期的に足を運ばなければいけない場所がある。
そこは――医務室だ。
「また、無茶を……」
柔らかな髪を緩く三つ編みにした、線の細い、いかにも儚げな印象の年若い女性――セシリア=へステイア。学院の医務室に勤務する法医師はたった今、検査が終えたばかりの生徒に対してなんとも言えない声を出す。
「別に無茶っていうほどじゃねえ」
そのセシリアの言葉に対して問題ないかのように答える生徒、ロクスはそう答えた。
「ロクス君。何度も言いますがロクス君の身体はまだ完全に癒えたわけではありません。今はまだ魔術薬で無理矢理誤魔化しているだけで本来であればきちんと治療を受ける為にも入院してしっかり検査を受けた方が……」
「そんな暇はねえ。それにちゃんとあんたの言いつけは守ってる」
制服の袖に腕を通しながらロクスは言う。
「俺は強くならなきゃいけねえ。天の智慧研究会に復讐する為には力が必要だ。その為なら無茶の一つや二つなどするし、復讐を果たせるのならこの身体が壊れようが構わねぇ」
「ロクス君……」
出会った当初から変わらないその瞳。
法医師として、一人の大人として無理矢理にでもロクスを拘束して病院に連れて行くべきなのだろう。だけど、その程度でロクスが止まるわけがないことをセシリアは理解している。理解しているからこそできない。
セシリアができることと言えばこうして定期的にやってくるロクスの身体を治療し、魔術薬を手渡してあげるぐらいだ。
「あんたには世話になっているし、学院長同様に感謝もしている。だけどこれだけは絶対に譲れない」
治療が終えていつもの魔術薬を手にしたロクスは医務室の扉に手をかける。
「世話になった。また来る」
最後にそれだけ告げて医務室を後にするロクスにセシリアは息を漏らす。
「法医師、失格ですね……」
ロクスの身体も心も治すことができない自分の未熟さを嘆くセシリアは今でもあの時のことを鮮明に思い出せる。
それは数年前、学院長であるリックがロクスを連れてきた時のことだ。
『セシリア先生。この子を!!』
リックが抱えて来たその子供は余分な肉はなくまるで皮と骨だけの傷だらけの身体。いったいどんな生活をしていればこうなるのか、セシリアは目を瞬かせた。
無論、セシリアはすぐに子供を治療した。だけどそれと同時にわかってしまう。身体の傷もそうだが、内臓もボロボロ。辛うじて機能している程度だ。
死が目前。いや、殆ど死んでいるような子供はいつ死んでもおかしくなかった。治療そして療養に全力を尽くしているセシリアでさえも死んでもおかしくないと思えるほどに。
それでもその瞳は死んでいなかった。
何が何でも生にしがみつく。生き残る意志の強さだけがロクスを生かした。
「皮肉ですね……。彼が復讐に囚われているからこそ生を繋げることができたなんて……」
復讐を果たすまで死ねない。
その強烈なまでの復讐心がロクスを生かす糧となった。その後の辛いリハビリも乗り越えられて今に至る。もし、その復讐心がなければロクスはあのまま死んでいたかもしれない。
(だけど、それでも……)
まだロクスの身体は完全に癒えたわけではない。
今は魔術薬を飲ませ、定期的に健診を受けさせることで生活できてはいるが、それがなければまた身体を壊してしまうが、そこはセシリア自身がどうにかできるからあまり問題ではない。
問題があるとすれば……。
(私ではロクス君の心まで治すことはできません……)
一番重症であるロクスの心。
復讐を果たす。その為に何度も何度も無茶な訓練を繰り返し、寝る間も惜しんで魔術を研鑽し続けてきた。その過程で何度倒れようとも、何度注意を受けても、それを止めることはなかった。
(もし、ロクス君の心を救える人がいるとすればきっと、寄り添ってくれる誰かなのでしょう)
ロクスを想い、無償で傍にいてくれる誰か。
ロクスにはきっとそういう人が必要なのだとセシリアはそう考えている。
そうでなければきっとロクスは止まらないし、止められない。
「せめて、私にできることを……」
自分がロクスにしてあげられる最大限のことをしてあげよう。セシリアはそう決めた。