いつも通りの日常、学院生活に戻ってきたグレン達だが、ある変化が訪れた。
レオス=クライトス。
有力領地貴族の家の一つであるクライトス伯爵家の次期当主候補の一人であり、アルザーノ帝国魔術学院に次ぐ第二の魔術の学舎であるクライトス魔術学院の講師を務め、魔術師としても一流。
魔術研究にも実に精力的で、最近では軍用魔術に関する画家的な研究成果や論文をいくつも発表し、そのどれもが高い評価を得ている。
帝国総合魔術学会に学会員として所属している魔術師ならその名を知らない者はいない英傑。
そのレオス=クライトスが急遽、一時的にアルザーノ帝国魔術学院の講師を務めることになった。
アルザーノ帝国魔術学院の講師の一人が急病で倒れ、その療養の為に一時休職。その穴埋めに学院長であるリックがダメ元でクライトス魔術学院に打診したら予想外な人物が派遣されてきた結果となった。
そしてレオスはシスティーナの
更にレオスの開設した専門講座―――その名は『軍用魔術概論』。
教壇に立ったレオスは軍の一般魔導兵の半分以上が、イマイチ理解していない
(へぇ……)
他者に興味がないロクスでさえもレオスの授業には感心を抱くほどに。
しかし、それをよく思わない人達もいる。
(レオスのやつ……確かにスゲェ授業をする。だが……いくらなんでも、この内容はまだ早過ぎるだろ……ガキどもに教えるのは……)
魔術を志す者のほとんどが、大なり小なり自己顕示欲の塊だ。普通の人間とは一線を画した自分、他者が持ち得ない強大な力をもった自分というものに憧れ、そんな自分にひとり悦に入る。
だから、今日のレオスの授業は――まだ新米の魔術師に過ぎない生徒達には、さぞ麻薬のように心へ深く染み入ったことだろう。
出来の良い生徒ならば、たとえ【ショック・ボルト】のような初等呪文でも、やり方次第で人を殺せることに気付いてしまったはずだ。
(……こいつらはまだ大きな力を持つ意味も、その行使がもたらす結果も、知識として知っているだけで、何一つ実感が伴っていないんだぞ……? あいつほどの魔術師にそれがわからないはずないだろうに……)
不機嫌そうに頬杖をつきながら、グレンが一人、悶々としていると。
「やっぱり、先生はこういう授業、あまり認めたくありませんか?」
そんなグレンを気遣うように、ルミアが曖昧な笑みを浮かべながら、囁いた。
「……私も思ったんです。まだ、私達には……過ぎた力だなって」
「……」
「気を付けないといけませんよね……大きな力には。先生が常日頃、力の意味と使い方をよく考えろ、力に使われるな、と口を酸っぱくして仰っていますけど……今はなんとなく意味がわかる気がします」
グレンはちらりとルミアを横目で流し見た。
「大丈夫ですよ、先生。少なくとも先生の教えを受けた生徒で間違える人は、きっといません。ご不安になるのはわかりますが、もっと私達を信じてください」
そう言うルミアは、花のような笑顔で……
「なに温いことを言っていやがる」
二人の会話に割り込むようにロクスが口を開いた。
「過ぎた力? なら何時になったらその力を扱える? そんな悠長なことを言っている余裕がお前にあるのかよ? ティンジェル」
「ロクス君……」
「どんな力だろうが使うのは自分の意志だ。そんな温いことを言っている暇があるのならもっと力を磨くべきじゃねえのか? まぁ死にたがりのお前に言っても無駄だろうが」
「おい、ロクス……」
流石に言い過ぎだとグレンが言おうとする前にロクスは今度はグレンに言う。
「講師。お前も過保護過ぎなんだよ。どんな力を身に付けようが、使おうがそいつの責任。何が起ころうが、そいつがどうなろうとも自己責任だろ」
「それは……」
ロクスが言うことも間違いではない。万が一に身に付けた力で何かしでかした人がいたとしてもそれは力に酔ってしまったその人の責任だ。
「力は所詮力でしかねえ。どう使うかは自分で決めることだ」
それだけ告げて席を立つ。
「俺が見事、白猫とくっついて逆玉の輿、夢の無職引きこもり生活をゲットするために――今からお前らに魔導兵団戦の特別授業を行う!」
「「「「ふっざけんなぁああああああああああああああああああああああ――――ッ!?」」」」
教壇に立つや否や、突然の授業変更を宣言したグレンに、突然クラス中が非難囂々となった。
何故、突然グレンがそんなことを言い出したのか? それには理由があった。
レオスがシスティーナに結婚を申し出たが、システィーナは祖父との約束、メルガリウスの天空城の謎を解いてその城に辿り着くという約束がある。その為にもまだ結婚はできないとその申し出を断る。
しかしレオスはシスティーナに女としての幸せを掴んで欲しい為に魔導考古学から手を引くように説得するも、システィーナも己の夢を諦めることはできなかった。
そこでグレンが割って入った。
だけどこれはフィーベル家とクライトス家の問題であってグレンが割って入り込む余地はなかった。なかったのだが……そこでシスティーナがグレンは将来を誓い合った恋人同士だと宣言してしまった。
それによりレオスとグレンはシスティーナを賭けた決闘を行うようになり、その決闘の内容が『魔導兵団戦』である。
グレンは逆玉の輿の為に魔導兵団戦の授業を行おうとするが。
「勝手にやってろ」
下らないと言わんばかりにロクスは席から立ち上がった。
「お、おい、ロクス。気持ちはわかるけど、これにはシスティーナの結婚がかかってんだぞ?」
そのロクスを止めようとカッシュが勇気を出して声を出すも、ロクスは息を漏らしながら言う。
「ならそのクライトスって奴と結婚でもなんでもしちまえがいいじゃねえか」
あっさりとそう言ってのけた。
「おい、フィーベル。お前は何がしたいんだ?」
突如、システィーナに声を飛ばすロクスだが、その意味が分からずにシスティーナはただ怪訝する。
「お前の夢とやらはうざいほどに耳に入るからよく知っている。ならどうしてその夢を他人に委ねる真似をしやがる?」
「ゆ、委ねてなんかいないわ! 私はただ――」
「委ねているじゃねえか、そこの講師に。そして俺達を巻き込んでいやがる。本当にお前が自分の夢を諦めていなかったらお前を賭けた決闘なんてなかったはずだろうが」
「――ッ」
確かにそうかもしれない。
システィーナが自分の夢を絶対に諦めない強い意志をレオスに示していれば結婚を諦めてくれていたかもしれないし、グレンが割って入ることもなかったかもしれない。
少なくともクラスメイトを巻き込むような決闘を行うことはなかっただろう。
「お前の夢も他人に委ねてもいい程度の覚悟ならいっそのこと諦めて女の幸せでも手に入れてろ」
「お前、そんな言い方はねえだろ!!」
カッシュがロクスの胸ぐらを掴み上げて憤る。
同じクラスメイトとしてシスティーナの夢はよく知っている。それはカッシュだけでなくこの二組全員がそうだ。だからそんなことを言うロクスの言葉は許容できなかった。
しかし、ロクスにはそんなことどうでもよかった。
「離せ」
ドス、とロクスの膝がカッシュの腹部に叩き込まれる。
「がは…」
「カッシュ!?」
膝をついて腹を抱えながら身を丸くするカッシュにセシルが駆け寄るもカッシュはロクスを見上げるように睨みつける。
「てめぇ……ッ!」
怒気を込めて睨みつけるカッシュの眼差しをロクスは悠然と受け止めて睨み返す。
「‶汝望まば、他者の望みを炉にくべよ〟。自分の意志も望みも貫く覚悟もない怠惰的な奴に使ってやる力も時間も俺にはない。友情ごっこはお前等だけでやっていろ」
そう言ってロクスは教室から出て行った。
静まり返る教室のなか、徐々にロクスに対する怒りがふつふつと湧き上がる。
「なんだよ、フィアンマのやつ……」
「……少しはいい奴と思っていたのに」
「あそこまで言う必要あるのかよ……」
眉間を怒りで歪ませ、怒りや不満を口にする二組の生徒達。それを口にしない生徒達も口を真一文字に引き結んでいる。
「システィ……」
「大丈夫。私は大丈夫よ、ルミア……」
心配してくれる親友にシスティーナは気丈に振る舞いながらもロクスの言葉に何も言い返せなかった自分に憤りを募らせていた。
(悔しい……私は、ロクスの言葉に何も言い返せなかった……ッ!)
――‶汝望まば、他者の望みを炉にくべよ〟。
魔術師を目指すならば、誰もが最初に教わる言葉。その意味もシスティーナは知っている。けど、それだけだ。システィーナにはまだ己の望みの為に他者の望みを蹴落とし、踏み躙り、目的の為に優しさや甘さを捨て切れる覚悟がなかった。だからこそ、ロクスの言葉に何も言い返せなかった。