そこは血の臭いが充満した拷問部屋。
異能者の持つ異能について調べる為に天の智慧研究会の一員は異能者を拷問にかけていた。
「あ~あ、死んじまったか……。たくっ」
両手両足を拘束された状態で椅子に座らされ、拷問を受けていたロクスの目の前で一人の少年の異能者はその瞳から光が消えて、息を引き取った。
「おい、気を付けろ。俺達の仕事は異能について調べることだろ。サンプルを無駄に壊すな」
「別に問題はねえだろ? 近い内に新しいのが追加されんだし」
そう言いながら少年の死体をゴミ箱へと放り捨てる。
「俺のことよりそっちの方は何か進展があったのかよ?」
「いや、わかったことといえばこのサンプルは炎に特化した
「ふーん、そういや、資料にはこのサンプルの親は二人共、魔術師だったな。魔術師がそうであるように異能者の異能も遺伝によるものなのか?」
「さあな。とはいえ、異能者でありながら魔術師の素質もあるんだ。他のサンプルよりも貴重な駒にはなるだろう」
「だな。ああ、それなら、いっそのこと他の異能者と交配させるってのはどうだ? 異能者同士で交じり合ったらそのガキも異能者になるか、試す価値はあると思うぞ」
「ふむ。確かに。今度、上に掛け合ってみるか」
異能者を人間と見ずに
(だれか……たすけ、て……)
この地獄から誰か助けに来てくれることをただ祈ることしかできない。
「あ、起きた?」
ロクスは目を覚ますと眼前にはサラがいた。
いつものように
(ああ、そうだ……召喚したままだったな……)
新しい力を身に付ける為にどうしても契約精霊であるサラの力が必要だった。だからその為に召喚してそのまま寝てしまっていたことを思い出す。
「ロクス。大丈夫、私が傍にいるからね」
優しい声音と共にそっとロクスを抱き寄せる。
母親のように、愛しい恋人のように、優しく抱き寄せてくるサラにロクスは好きなようにさせる。
サラなりのスキンシップにはもう慣れた。別に害はない為にロクスは好きなようにさせることにしている。
(そういえば今日だったな……)
サラに抱き締められながら頭を働かせる。今日はレオスとシスティーナの結婚式。ロクスには招待状が届いていないから聖堂内に入ることができない為にルミアの護衛は外からしなくてはならない。
(何事もなく終わる……ってことはならねえかもな)
一応、アルベルトから異変があれば連絡できるように指示は受けている。同時にアルベルトからも何かあればロクスに連絡するようにしている。
(さて、どうなるか……)
不可解な事件が重なり、『
清澄な空気に満ちた、厳かな聖堂内陣祭壇の場にて、システィーナとレオスの結婚式が始まった。
司祭マルコが取り仕切る式で何の滞りもなく粛々と進んで行くのをロクスは聖堂から少し離れた物陰で遠見の魔術を使いながら様子を窺っていた。
(今のところ怪しい動きをする奴はいねぇな……)
仮に、万が一に、ルミアを狙う輩がレオスを操ってこの聖堂に招き寄せたというのであれば何かしらの動きを取ってくる筈だ。そう睨みながらも頭の片隅にはたぶん、違うだろうと自分の推測を否定する。
(クライトスを操り、フィーベルと結婚するとしたらティンジェルは親友の結婚式に参加する。確かに招き寄せることはできるが、その手が通じるにならティンジェルはとっくに殺されている筈だ)
それを許すほど宮廷魔導士団だって無能ではない。
それにルミアの隣にはリィエルはいる。獣染みた鋭い直観力と桁外れの錬金術にバカげた剣術を使うリィエルがいる場でルミアを暗殺するのは至難の業だ。
仮にリィエルを突破することができてもロクスもいる。この場でのルミアの暗殺は不可能に近い。
(なら、狙いは……ん?)
思考に耽っているロクスはあるものを見た。
グレンが花嫁であるシスティーナを攫う光景を。
(あの講師、やりやがったな……)
半分呆れながらも半分感心するロクス。暴れるシスティーナごと聖堂から花嫁を攫って行った。
「――っ」
だが、ロクスは目を見開いた。
それはグレンがレオスの花嫁であるシスティーナを攫った光景でも、それに驚きながらも喜んでいるクラスメイト達にでもない。
(嗤った……)
レオスが嗤っていたことだ。
三日月のように口を歪ませて嗤うレオスのその顔はかつてロクスがいたあの施設で天の智慧研究会が見せたその笑みと酷似していた。
自分の都合通りに進んでいることに喜びを隠せないその笑みに驚くのも束の間、アルベルトから通信が入った。
『ロクス。聞こえているか?』
「ああ、ちょうどいい。こっちも今――」
ロクスはレオスのことをアルベルトに話そうと思ったが、先にアルベルトからとんでもないことを知らされることになる。
『レオス=クライトスの死体を発見した』
「は?」
ロクスは自分の耳を疑った。
『死体の損傷が酷く断定はできんが、以前、お前が話していたグレンとレオス=クライトスの決闘の場として行われていた魔導兵団戦の場に近い上に身に付けている恰好からの判断になるが、ほぼ間違いではないだろう』
(ちょっとまて……)
なら、ロクスが今、見ているレオスはいったい何者なのか?
混乱する思考、いったい何がどうなっているのか、思考も定まらないなかで追い打ちをかけるかのように……。
「な、なんなんだよ!? あんたら!?」
離れた位置から聞ける悲鳴染みた声。ロクスは再び遠見の魔術で聖堂内陣を見てみると光灯らぬ虚ろな目、土気色の顔色をし、包丁や鉈などで武装した一般市民風の人間が大勢聖堂内に入っていく。
「まさか……『
資料で読んだ通り、その一般市民風の人間には全員、網目のごとく血管が浮いている。
(なんでここに……? いや、そんなことは後だ)
「フレイザー。後でこっちから連絡する」
『待て、そっちにいったい何が――』
通信を切ってロクスは『
「ロクス君!」
「ロクス!!」
突然のロクスの登場に驚くクラスメイト達。だが、そんなことにいちいち反応してやる余裕はロクスにはなかった。
(クライトスの偽物がいない……。逃げた? いや、今は目の前のこいつらに集中しねえと)
薬物により制限の外れた中毒者達の動きはあまりにも俊敏で奇天烈。更にはしぶといと聞いている。元は一般市民といえど油断して勝てる相手ではない。
(なによりこの数だ……)
ざっと見ただけでも数十人、五十人はいるだろう。それを護衛対象を守りながらではとても戦えない。
「レイフォード。お前はティンジェル達を連れてこの場から離れろ」
「でも、それだとロクスが……」
「俺の心配よりもそいつらの心配でも……チッ! 《炎獅子》!!」
悠長に話している暇も与えてくれることなく中毒者達は人間離れした俊敏な動きで手に持つ包丁や鉈で攻撃してくるもロクスが瞬時に発動した黒魔【ブレイズ・バースト】で消し炭にする。
爆音と共に爆裂が聖堂内陣で響き、クラスメイト達は小さな悲鳴を上げる。
「行け! お前等を守りながら戦えるほどこいつらは甘くねえんだよ!!」
怒声を上げるロクスにルミアは皆に声をかける。
「皆! 行こう! リィエル! 皆を守って!」
「んっ!」
聖堂内陣の裏口から脱出に向かうクラスメイト達。クラスメイト達が裏口に向かうのを確認したルミアは一度振り返ってロクスに言う。
「ロクス君。無事でいて……」
「うるせぇよ。さっさと行け」
冷たくあしらうように告げるロクスにルミアとリィエルも裏口に向かう。そして、その場に一人残ったロクスは中毒者達と対峙しながら小さく息を漏らした。
「何やってんだよ、俺は……」
どうしてクラスメイト達まで助けるような真似をしたのか? ロクスの護衛対象はルミア=ティンジェルただ一人。それならばルミアだけを抱えてこの場から離れるのが一番の最善な方法だ。
クラスメイト達を切り捨てていれば、自分自身の安全も確保できたはずだ。
「俺にはもう、誰かを守る資格も、助ける資格もねぇってのに……」
偽善紛いな選択を取った自分に腹を立てながら眼前にいる『
「お前等も、今回の首魁に利用されているだけの一般人だったんだろう」
『
「もうお前等を助けることはできない。だからせめて苦痛なく終わらせてやる」
ロクスは契約精霊であるサラを召喚してサラに手を伸ばす。
「サラ。アレをやるぞ」
「いいの? まだ負担が大きいんじゃ…うん、わかった」
一瞬、ロクスの身を案じるも相棒の顔を見て了承するサラはロクスの手を取る。
「「
一人の青年と一体の精霊の声が重なる。
それから十秒の時も経たない僅かな時間で『
「火葬で悪いな」
最後に末期中毒者達がいた場所にロクスはそう言い残して聖堂を後にする。