御者の正体はロクスの雇い主であり、名高き
正午にさしかかることで日差しが強くなり、吹きさらしの二階席にいると余計な体力を消耗してしまう……ということで、生徒一同は馬車内に集まっていた。
当然、セリカも馬車内の隅に腰かけたのだが……
(ど、どうしてアルフォネア教授ほどの御方が……?)
(あの生きた伝説が……俺達と一緒に……? ま、マジか……?)
(な、なんか緊張するよぅ……)
生徒達はセリカの席からなるべく離れた位置の席で固まって、縮こまっていた。
無理もない。確かに生徒達は、アルザーノ帝国魔術学院、セリカ=アルフォネアという大陸最高峰の魔術師が籍を置いているのは知っていたし、学院内でその姿を見かけたこともある。グレンとも師弟関係であるという話も知っているのだが、セリカには良くも悪くも様々な噂や逸話、伝説があるのだ。
近代魔術史の教科書に、度々名前が出てくるのが序の口。
曰く、二百年前の魔導大戦で邪神の眷属を殺した英雄、曰く、とある町一つ虐殺した殺戮者、曰く、帝国軍で戦略兵器扱いされていた《灰燼の魔女》、曰く、実は古代の魔王の生まれ変わり―――等々、枚挙に暇がない。
おまけにセリカは学院で授業やクラスを受け持たない為に生徒達とまともに言葉を交わす機会がほとんどない。その魔性の領域に達した美貌も、精緻すぎるがゆえに冷たさと硬質さを醸しだし、一種、近寄りがたい雰囲気を演出している。
生徒達が緊張に身構えるのは当然であった。
「なんであんたが御者のふりをしていたのかはどうでもいいが、俺を雇った条件は守って貰うぞ? コレ、あんたから見てどう思う?」
そんなセリカにロクスは平然と話しかけ、ある紙の束をセリカに手渡した。
「まったく、お前は本当に変わらないなぁ。少しは本ぐらい読ませろ」
そう言いながらも本を閉じてロクスから紙の束に目を通す。
「ほぅ、なるほど。これは面白い。完成自体はできてはいるが、まだ完全ではないというわけか……」
「ああ、これが完全になれば俺はもっと強くなれる」
「確かに。これはお前、お前達でなければできない魔術だな」
ロクスはそんなセリカ相手に平然と話しかけ、何らかの紙の束を見せ合いながら会話をしている。
誰が相手でも臆すことないロクスはいつも通りといえばいつも通り。しかし、二人の会話からまるで以前からお互いのことを知っていたかのような口ぶりにシスティーナは思わず訊いてみた。
「ねぇ、ロクス。貴方、アルフォネア教授と知り合いだったの?」
その問いにはセリカが答えた。
「そうだぞ、フィーベル。まだこいつが包帯だらけの半死人状態だった時に学院長に頼まれてな。少しだけ魔術の手ほどきもしてやった」
「半死人……」
どうしてそうなっていたのか、知りたくても聞きたくはない。だが、ロクスがどうでもよさそうに言った。
「その時はまだ拷問などで受けた傷が治っていなかったからな。まぁ、今も完全には治ってはいねえが」
「拷問……」
システィーナ達の誰かがポツリとそう言葉を溢した。
見ればその言葉にシスティーナ達の顔は少しだけ青ざめているのを見てロクスは嗤いながら言う。
「ああ、拷問だ。裸にひん剥かれて手足を拘束され、生爪を剥がされるなんて初歩の初歩。様々な道具を使って如何に生かさず殺さずの具合で苦痛だけを与えられるか。下手な奴はすぐに殺してしまうからな。まぁ、素人の方が余計な苦痛を感じることなく死ねて幸せだろうが。上手い奴は本当に上手い。肉体だけでなく精神的な苦痛も与えてくる。特に魔術師であれば虫を使役させて殺さない程度に内側から食い荒らしたり、頭を弄って殺しを強要させて罪悪感を植え付けて逃げられないようにしたり、頭の骨に圧力をかけて頭蓋骨を軋ませるのもあったな、頭の骨が軋む音は一度聞いたら忘れられない。俺も未だ忘れられないからな」
「ヒッ……」
「女なら強引に交らわせて女としての尊厳も滅茶苦茶にするなんてものもあるぞ? 性奴隷として人間の相手をするならまだ幸せだ。
女性陣は顔面蒼白で両腕を抱きかかえるように自分の身を抱き締める。
身の毛もよだつ冒涜に、想像を絶する悍ましさに生理的嫌悪感が拭えない。
「テロリストのクソ共はそういうことを顔色一つ変えずにやるぞ? 魔術を究める為ならなんだってやる。誘拐、強姦、殺人から口では言えない悍ましいことまでなんでも、な」
あくどい笑みを浮かばせながら脅すかのようにロクスはそんなことを口にする。
「言い過ぎだ、馬鹿」
そんなロクスにセリカは呆れながら頭をチョップする。
「お前達もこの馬鹿が言ったことは気にするな。確かに奴等はそういうことを平然とするクソ共ではあるが、それを許すほどこの国も無能ではない。今のお前達の何十倍も優秀な魔術師の集まりだ。そうなる前にお前達の事を助けてくれる。それに」
セリカはチラリと前方の御者台にいるグレンに視線を向ける。
「必ずお前達を助けてくれる奴はいるさ」
その言葉にシスティーナ達は安堵の表情を浮かべる。そして、セリカが自分達と思っていた人とは違うと思ったのか、馬車内の緊張感が薄くなり始める。
「ふん」
セリカに歩み寄ろうとするクラスメイト達を見てロクスはセリカ達から距離を取る。
(これでよし……)
これで興味が先の戦闘からセリカに移った。余計で面倒な問答をしなくて済むと思ったロクスの膝にサラが頭を置いて枕にする。ロクスはそれをどうこうすることなくサラの好きなようにさせている。
それを見た誰かが「やっぱり
(助けてくれる、か……)
先のセリカの言葉にロクスは内心で嗤った。
(俺達の時は、誰も助けてはくれなかったがな……)
やがて、一行を乗せた馬車は、緩やかに起伏する草原を西へと進む。
そのまま、のんびりと、馬車に揺られていき……
傾いた日が遠い山の稜線にさしかかる頃――その遺跡は、ついに一行の前に姿を現した。
仰げば、透き通る
見渡せば、遥か遠くに美しく紅の指す連峰、その麓に広がる美しき湖の
見下ろせば、黄昏色に燃え上がる広大な草原。
そんな絶景を仰望できる切り立った崖の縁……この一帯でもっとも空に近き高台に。
その神殿は……静かに鎮座していた。
「あれが……『タウムの天文神殿』か……」
石で造られた、巨大な半球状の本殿。周囲に並び立つ無数の柱。渦を巻くような不思議な幾何学文様が、石で構成されたその壁面にびっしりと刻まれている。
独特な建築様式で造られたその神殿は、背後に背負う圧倒的な勝景に負けることなく、その確かな存在感を誇示しながら、そこにあった。
「……『タウムの天文神殿』……ここならば、あるいは……」
いつになく、思い詰めたような表情でそんな呟きを零したセリカ。偶然にもその呟きを聞いたロクスであったが、聞かなかったことにして自分用の