ダメ講師グレン、覚醒。
その報せは学院を震撼させた。噂が噂を呼び、他所のクラスの生徒も空いている時間にグレンの授業を潜り込むようになり、そして、皆、その授業の質の高さに驚嘆した。
その授業を聞きに立ち見する者や若くて熱心な講師達もグレンの授業に参加して、教え方や魔術理論を学ぼうとする者もいる。
「おい、そこどけよ」
その中でも唯我独尊を突き進むロクスに一人の男子生徒が席を退くように言った。
人気が増えたグレンの授業は毎回満席なのだが、ロクスが座っている席だけは誰も座ろうとしない。誰もが距離を取って近づこうとしない為にこういう時は嫌われ者で助かるとどうでもいいことを考えながらグレンの授業をそっちのけで自分で魔術の研鑽に励んでいたのだが、ロクスの横にグレンの授業を習いに来たであろう男子生徒がロクスの前に現れた。
「お前、先生の授業聞いてないんだからその席ぐらい僕に譲れ。やる気のない奴が堂々と座るなよ」
その男子生徒の言葉は一理ある。
ロクスはこの程度の授業は受けるにも値しない。それを学ぶぐらいなら自習の方が効率的だからだ。
それをよく思わず、ロクスにやる気がないと言い切る男子生徒に対してロクスは一言。
「邪魔だ」
それだけ告げて再び意識を羊皮紙の方に向けて羽ペンを動かす。
だが、その言葉に苛立ったのか男子生徒は机を叩く。
「こっちは真面目に授業を受けに来てんだ! やる気のないお前がいても迷惑なんだよ!」
大声を張り上げて教室内の視線が二人に集中すると、ロクスは面倒そうに溜息を吐いて立ち上がる。
その行動に男子生徒はやっとどいたか、と息を吐くが――
その顔にロクスの拳が突き刺さる。
「がっ―――」
「うぜぇんだよ」
殴り倒した男子生徒を一瞥して再び席に座って何事もなかったかのように羽ペンを動かそうとするも―――
「ちょっとロクス!! なにやってるのよ!?」
システィーナが声を荒げながら近づいてきた。
「あぁ? うぜぇから黙らせただけだ」
そんなシスティーナに対してもロクスは当然のように答え、殴られて気絶した男子生徒はルミアが白魔術で傷を癒して他の男子生徒達が医務室まで運んで行った。
「だからって殴ることはないでしょう!? それに彼も別に間違ったことは言ってないでしょう!?」
「俺は手っ取り早い手段を取っただけだ。さっきの奴のせいで数秒時間を無駄にした。たくっ、本当にうぜぇ」
面倒くさそうに息を吐いたロクスに教室内にいる誰もがどよめきだす。
手っ取り早く終わらせる為に殴るなんてどうかしているとしか思えない。
「それに、俺はあの非常勤講師から好きにしろって言われてんだ。どうしようが俺の勝手で、何をするのかも俺の勝手だ。それを邪魔したあいつが悪い」
「貴方ねぇ…………………ッ!」
自分勝手な物言いに憤りを覚えるシスティーナは左手の手袋をロクスに投げつける。
「決闘よ! 貴方に決闘を申し込むわ!」
自分勝手なその態度にシスティーナはついにロクスに決闘を申し込んだ。
ざわめきがまず教室で、それを聞いたロクスはあからさまに面倒な顔で溜息を吐く。
「お前、どんだけ決闘好きなんだよ………………………」
一ヶ月も経たずに決闘を申し込むシスティーナに若干呆れる。
「私が勝ったら貴方の自分勝手なその態度を改めなさい!」
「俺が受けるメリットがねぇよ。そもそも、お前如きが相手になると思ってんのか?」
鋭くなる眼光。それに一瞬怯むシスティーナだが、気丈に振る舞う。
「そ、そんなのやってみないとわからないじゃない!」
「いやわかる。まぁ、どうせ口で説明してもわからねえだろうから」
ロクスはシスティーナが投げた手袋を拾った。
「受けてやるよ。ただし、容赦しねえからな」
「お~い、席に着け。面倒だが授業……………………を?」
そのタイミングでグレンは教室に入ってきて剣呑な雰囲気に思わず首を傾げた。
グレンとシスティーナが一度決闘で使った中庭で今度はグレンではなくロクスがシスティーナと向かい合っている。
これから行われる二人の決闘を少し離れたところで二組と野次馬が集まっている。
「ねぇ、カッシュはどっちが勝つと思う?」
「そりゃ、心情的にはシスティーナだけど、成績じゃロクスはいつも首席だろ? 流石にそこまで実力差は離れてねえと思うが……………ギイブル、お前はどうだ?」
「フン、確かに僕も心情的にはシスティーナだが、彼の成績は紛れもない事実であるのも確かだ。まぁ、それもわからず応援している人もいるけどね」
「システィーナ! 頑張って!」
「貴方ならきっと勝てるわ!」
「そんな奴ボコボコにしちまえ!」
ギイブルが横目で一瞥した先には過剰にもシスティーナを応援する生徒達。それに対してロクスには誹謗中傷に近い言葉が投げられるも当の本人は無視して決闘の内容を告げる。
「ルール方式は非殺傷系呪文によるサブスト。模擬剣や徒手空拳による近接格闘戦もあり、降参、気絶、場外退場、致死性を持って術者の敗北を決める。文句はあるか?」
「ないわ」
学生レベルでよくある模擬魔術戦のルールの説明にシスティーナは文句はなく神妙な顔で頷いて肯定する。
サブスト・ルール下では非殺傷系の
その判定は非常勤講師であるグレンが行われる。
「俺が勝ったらもう話しかけてくんな」
「わかったわ」
互いの要件を告げてグレンは決闘の開始の合図を出した。
「《雷精の―――」
「《霧散》」
黒魔【ショック・ボルト】の呪文を唱えるよりも速くロクスが黒魔【トライ・バニッシュ】で打ち消した。
「《大いなる―――」
「《力よ無に帰せ》」
続けて唱える黒魔【ゲイル・ブロウ】を【ディスペル・フォース】で無効化。
「《紅蓮の炎陣―――」
「《霧散》」
「――――――――――っ!」
「どうした? その程度か?」
三回連続で無力化されたシスティーナはまるで自分の手の内が読まれているかのように薄気味悪い感じがした。
「《なら・俺の・番だ》」
呪文改変によって起動された黒魔【フラッシュ・ライト】。強烈な閃光を放つ護身用の初等呪文。殺傷能力は皆無だが―――相手を視界を一瞬だけ奪うには有効だ。
「っ!?」
突然の閃光に思わず目を閉じていたシスティーナは次に見た光景は眼前に迫るロクスの姿だった。
「ら、《雷精―――」
「遅ぇ」
システィーナが呪文を唱えるよりも速くロクスの拳がシスティーナの腹部に直撃した。
「うっ!」
腹部から襲う痛みと嘔吐感。システィーナは思わず膝をついて口を押えるも―――
「おい、何寝てんだ?」
そんなシスティーナに情け容赦ない蹴りが炸裂する。
「あぅ…………………うぐ………………………」
「立てよ。まだ勝負はついてねえだろう。さっきまでの威勢はどうした?」
地面に倒れ伏せるシスティーナに歩み寄るロクスにシスティーナの瞳は恐怖に怯える。
「ひぃ…………………ッ! ま、まって―――」
「《雷精》」
システィーナの制止を無視して黒魔【ショック・ボルト】を起動させて紫電がシスティーナの肩に直撃する。
「それで敵が待つわけねえだろう? 馬鹿か。それに俺は言ったぞ? 容赦しねえって。《虚空の咆哮よ》」
黒魔【スタン・ボール】を一節で詠唱させて空気圧縮弾が弧を描いてシスティーナに炸裂。炸裂する音と振動の衝撃にシスティーナの身体はボールのように地面を跳ねる。
「【スタン・ボール】は【ブレイズ・バースト】。炎熱系なら今のでも致死判定にはギリギリならねえ」
「待てロクス! それ以上は―――」
これ以上は続けられないと判断したグレンは決闘を中止させようと声をかけるも―――
「何言ってんだ、非常勤講師。決闘はまだ続いている。こいつはまだ降参も気絶も場外退場を致死判定も受けていない。つまり、まだ戦える。そういうことだろう?」
ルール上では確かにシスティーナはまだ負けてはいない。だが、もう戦う意思がないことぐらい誰が見てもわかる。
「酷い………………………」
野次馬の誰かがそう呟いた。その言葉をロクスが鼻で笑う。
「酷い? ハッ、これのどこが酷いんだ? 世界にはお前等が知らないだけで死んだ方がマシだと思えるぐらい残酷な最後を迎える奴もいるんだぞ? それに比べればこの程度で酷い? 流石は透明な空気を吸ってきた坊ちゃんお嬢様達だな。なら、よく見ておけ。今から行う惨劇よりも酷い世界があるということを」
「………………………………ぅ、ぁ」
恐怖で掠れた声しかでない。瞳からボロボロ流れる涙を気にも止めずにロクスはその手を伸ばす。
のだが――――
「もうやめて」
ルミアがシスティーナを守るように前に立った。
「決闘の邪魔だ、ティンジェル。どけ」
「システィの負けでいいからこれ以上システィに酷いことをしないで」
身を挺してでも守るように両腕を広げるルミアにロクスは溜息を吐いて伸ばした手を下ろす。
「優しい親友に助けられてよかったな、フィーベル」
興が削がれたように学院中庭から離れてくロクスに二組の殆どがシスティーナを心配して駆け寄る。
この日を境にロクスの酷評は更に広まった。